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続・樹の散歩道
  ソテツの種子と芽生えの観察


 以前にソテツの種子を1つだけ植木鉢に植えたことがあるが、最終的には腐ってしまった記憶がある。あるとき、たまたまソテツの木を見たところ、種子から根のようなものが出ていることに気づいた。まるでイヌマキの胎生種子のイメージで、何だかよくわからないが、これを植えれば間違いなく芽生えの経過を短期間で観察できるであろうと考えて、数個採取して植木鉢に収めて様子を見ることにした。 【2019.1】 


 ソテツの姿、花や種子の様子  
 
 ソテツなど今までに観察などしたことがなかったが、まずはソテツの花と種子についての学習からで、その外観を見てみる。  
     
          大分市大手公園のソテツ
 ソテツはソテツ科ソテツ属の常緑低木 Cycas revoluta
 九州南部、沖縄、中国(福建、広東)、台湾に分布。
 ★ 日本固有種との見解もある。
 一見、ヤシ科の植物のように見えるが、ソテツ科で唯一日本に分布する裸子植物である。
         大分地方裁判所前のソテツ
 花は雌雄異株で、開花結実するのは静岡県以南に限られるという定型的な説明も目にするが、都内でも個体差はあるがふつうに果実は見られる。 
 
 
 
         小石川植物園のソテツ
 池野成一郎が精子を発見したとされる鹿児島市内のソテツの分株(雌株)が植栽されていて、説明板がある。 
           国会前庭のソテツ
 都内では最大級の大きさと思われる。ただし、撮影した時点では管理不良で、古い黄変した葉が放置されていて、あまり美しくなかった。 
 
     
 以下のソテツの花と種子は、すべて都内植栽のものである。

 ソテツの開花時期は夏期(6月~7月)で、一般に「種子は10~12月に成熟する。」と図鑑で表現されているが、そのオレンジ色の種子の胚はその時点では全く発育していない。(このことについてはあとで触れる。)こうした性質から、種子は発芽するために約1年の後熟期間を必要とするともいわれている。また、一般に隔年に開花結実するといわれている。
 なお、実生用とする種子は通常、晩秋から冬期に採取するものとされる。
 
 
 
      初期のソテツの雄花
 初めてこれを見ると、一体何なのかさっぱり分からない。(6月下旬)
    花粉を出し始めた雄花
  花粉を出し始めているが、小胞子嚢穂はさらに伸びて、50センチほどにもなる。(7月上旬)
    穂が伸びきった雄花
 この時点でも花粉嚢(小胞子嚢、葯胞)には花粉が見られた。しかし、気の毒なことに、この年は雌花の開花が少なく、付近の雌株にも雌花が見られなかった。(7月上旬) 
     
    雄花の鱗片を開いた状態
 鱗片(小胞子葉)はフェルト状に淡褐色の毛で覆われ、下面に花粉嚢をつけ、裂開するとボール状の胞子塊をポタリと下に落として、花粉がばらける。
(7月上旬)
   鱗片の下面の花粉嚢の様子
 一部の花粉嚢が裂開している。(7月上旬) 受粉は隣接木では風と昆虫により、離れたものは昆虫によるとの報告例がある。
   裂開した花粉嚢中の花粉
 鱗片を採取して、裂開を待って撮影したもので、自然状態では下向きについていて、花粉嚢が裂開すれば直ちに花粉塊は落下して粉々になってしまう。
(7月上旬) 
     
       受粉期前の雌花
この段階ではまだ大胞子葉が発達していない。(6月下旬)
       受粉期の雌花
大胞子葉が発達し、下部の胚珠が受粉できるように全体がゆるく開いている。(7月上旬))
    受粉期の胚珠の様子
 大胞子葉を開くと、柄部に小さな胚珠が多数ついているのを確認できる。
(7月上旬) 
     
                  大胞子葉についた胚珠の様子
 大胞子葉は20センチほどの長さがあり、胚珠はふつう6個ほどつける。(7月上旬) 
     
     
     受粉期のソテツの胚珠
 白い毛が密生していて、先端の尖った部分が珠孔部である。(7月上旬)
    受粉期の胚珠の珠孔部
 筒状の構造となっていて、タイミングを捉えれば夜間に珠孔液(受粉滴)を分泌している姿が見られるそうである。
(7月上旬)
  大胞子葉で形成されたソテツ雌花
 受粉時期を少々過ぎていて、大胞子葉は受粉時期にはゆるく開いていたが、この時点ではキャベツのように内側に密着している。バレーボール大である。(7月下旬)) 
     
  手前の大胞子葉を除去した状態
 フェルト状に淡褐色の毛に覆われ羽状に裂けた大胞子葉の下部の柄に多数の緑色の胚珠がついている。
(7月下旬)
  受粉期のソテツの胚珠の断面
 緑色~黄緑色(右の写真)の部分が珠皮、半透明の丸い部分が胚乳となる部分である。花粉が2か月以上留まる花粉室は珠孔直下の珠皮の内側にあるはずである。(7月上旬)
  受粉後のソテツの胚珠の断面
 受粉してもすぐに受精せず、秋(9月~10月)になってやっと受精するという。(7月下旬)
     
    受精時期のソテツ種子
 受精は9月から10月にかけての時期に、種子をザックリ切って初めてその動向が確認できるという。(10月上旬)
    受精後の乾いた花粉管
 10月中旬時点であるが、既に受精後なのか花粉管(矢印)はひからびていた。(珠孔直下の内種皮の内側の様子である。) 
   受精後の造卵器部分(断面)
 2つの造卵器部分の断面であるが、単に水っぽいだけで、よくわからない。
     
★ 活きのよい花粉管や精子の様子を観察するのにそれほど高い倍率を要しないため、受精のタイミングさえとらえれば、観察は難しいことではないそうである。「ソテツ精子の観察法:堀輝三・宮村新一」が参考となる。 
★ ソテツの胚珠の構造を示した図はあまり目にしないが、以下の左の図は前記資料に掲載されていたものである。また、下の右の写真は、知り合いが撮影したひからびていないソテツの花粉管の姿である。 
 
       ソテツの胚珠の先端側の断面構造
        (「ソテツ精子の観察法」より)
      【参考】ソテツ種子内の花粉管
    (横浜市内で9月下旬に鈴木さん撮影)
     
     
      ソテツの成熟種子
 豊かに稔ったソテツの種子で、一般に成熟種子と表現されているが、この時点でも胚は全くの未発達で、これを植えても今春には発芽しない。(2月)
   ひしめき合ったソテツの成熟種子
 個体によっては受粉ができなかったのか発育不良のままで終わっているものも目にするが、この個体では種子の出来がよい。(2月)
  大胞子葉に付いた種子の様子
 種子はムッチリと大きく、長さは45ミリ、重さは28グラム(種皮を剥がすと16グラム)ほどあった。昨年秋に成熟したものであり、当年度産である。(1月)
 
 
         ソテツの種子の様子(2016年産)
 中央は肉質・朱色の外種皮(種皮外層)を除いた状態で白色の堅い中種皮(種皮中層)を見せている。
 右は中種皮を除いた状態で薄皮状の内種皮(種皮内層)を見せている。(結実の翌年1月中旬採取)
  ソテツの種子の様子(結実翌年)
 ソテツは一般には隔年で結実するとされ、写真は非結実年の6月に採取した古い種子で、さすがに外種皮が乾燥してしわが生じている。 (結実翌年の6月に採取)
 
 
 
  ソテツの種子の様子(2014年産)
 ソテツでは、2年前の古い種子が樹上で同居していることは珍しくない。この個体では外種皮がボロボロになっていて、しばしば樹上で種子の頂端部から根を出していた。胎生種子と理解される。(1月中旬採取)
           種皮を完全に剥がしたソテツの種子
 上の写真の左は2016年産の種子で、右の2つは2014年産の種子である。2014年産のものでは胚乳がやや縮小していて、中種皮の中でコロコロと踊る状態となるが、中のを見ると2016年産とは全く異質で、胚はしっかり発育していることがわかる。
 
 
     
 (ソテツの胚乳内の胚の様子 -2014年産及び2016年産ソテツ種子の断面-)  
  2016年産ソテツ種子の未熟胚
 2016年産のソテツの成熟(赤くなった)種子では、翌1月時点でも胚乳内の胚らしきものが見つからない。写真は多数のソテツ種子をザクザク切って、やっと見つかった8ミリほどの長さしかないペラペラの器官で、初期の胚と思われる
   2014年産ソテツ種子の胚
 胚乳内で2年がかりで胚がしっかりと成熟した状態である。胚の子葉は2個あることが確認できる。こうした形態であれば直ちに胚であることが理解できる。胚の長さは17ミリほどある。
 追って確認したが、発芽能力を有していた。
   2014年産ソテツ種子の胚
 胚乳から取り出した胚の例で、2個の子葉の間には縦筋が見られるが、先端部から中央部分までは合着していて剥がれない。発芽に際して中央からやや下の部分(子葉の柄部)だけが割れていて、そのすきまから本葉の芽を出す。幼根部の糸状のものは、丸まっていた珠柄が伸びきったものである。 
 
★ 成熟後1年経過した種子と2年経過した種子の胚の様子はほとんど変わりがないように感じられた。  
     
  <参考:ソテツの生殖器官の説明例(抄)>   
   針葉樹の生殖器官の呼称は、例によって日本語では全く馴染めないものばかりで本当にいらつくが、ソテツの場合の具体的な説明事例は以下のとおりである。いろいろな呼称が併存していることがわかる。   
     
 
区分 いわゆる雄花 Male Cone いわゆる雌花
Female Flower , Female Cone
日本の野生植物 雄花は円柱形の毬果状で茎頂に直立し、長さ50-70cm、多数の鱗片(小胞子葉)からなる。鱗片はやや長方形で先は3角形、長さ約3cm、下面に花糸のないが多数密着する。花粉は楕円形で広い発芽溝があり、気嚢はない。 雌花は褐色毛を密生する大胞子葉からなり、大胞子葉は葉状で長さ20cm、先は羽裂し、柄に2-8個の直生胚珠が互生する。
植物の世界 雄の生殖器官球花、小胞子嚢穂(しょうほうしのうすい)ともいう)は長さ30-60センチ、直径15-20センチもある細長い円柱形の球果で、多数の黄白色の鱗片からなり、各鱗片の下面に無数の花粉嚢がつく。 雌の生殖器官は黄褐色の柔毛でおおわれた大胞子葉である。大胞子葉は羽状に切れ込みがあり、柄に近い部分の両側に6個ほどの胚珠をつける。受粉に成功した胚珠は、肥大して朱色に熟し、やや扁平な卵形の種子となる。
樹木大図説 雄花は6月、頂生、毬果状長円柱形、長500-700mm、径100-150mm、多数の鱗片(雄葯)よりなり、その下部に無数の葯胞をつける。 雌花も6月、頂生、多数の葉状心皮が集まって大形半球形を呈す、全面に淡褐色絨毛密生す、心皮は上部羽状に分裂し、下部柄状の両側に3-5個の裸出無柄の卵子をつける。種子は10月成熟し、ほぼクルミ大で稍扁平卵形、長40mm、外種皮は朱紅色、内に白色のあり。
樹に咲く花 雄花は長さ40-60センチで、小胞子葉が多数集まっている。小胞子葉の裏面にはまるい葯がびっしりとついている。 雌花は羽状に切れ込んだ大胞子葉が束生し、大胞子葉の下部に2-6個の胚珠がつく。胚珠は子房に包まれず裸出している。大胞子葉は長さ20センチほどで、褐色の綿毛が密生している。種子は秋に朱赤色に熟す
世界大百科事典 雄花は長さ50~70cmに達する狭楕円体で,花軸のまわりにオール状の小胞子葉(雄しべ)を多数つけるが,この小胞子葉の裏面一面には小胞子嚢(花粉嚢)が密生する。 雌花は先が掌状に裂けた大胞子葉が多数束生し,花としてのまとまりがわるく,いわば花の原型を示す。大胞子葉は黄褐色の柔らかい毛でおおわれ,下半部に1~3対の胚珠をつけ,胚珠は秋から冬にかけて,橙赤色で卵形の長さ4cmにもなる種子となる。
中国植物誌 雄球花圆柱形,长30-70厘米,径8-15厘米,有短梗,小孢子飞叶(小胞子飛葉)窄楔形,长3.5-6厘米,顶端宽平,其两角近圆形,宽1.7-2.5厘米,有急尖头,尖头长约5毫米,直立,下部渐窄,上面近于龙骨状,下面中肋及顶端密生黄褐色或灰黄色长绒毛,花药(花葯)通常 3个聚生 大孢子叶(大胞子葉)长14-22厘米,密生淡黄色或淡灰黄色绒毛,上部的顶片卵形至长卵形,边缘羽状分裂,裂片12-18对,条状钻形,?2.5-6厘米,先端有刺状尖头,胚珠2-6枚,生于大孢子叶柄的两侧,有绒毛。种子(種子)红褐色或桔红色,倒卵圆形或卵圆形,稍扁,长2-4厘米,径1.5-3厘米,密生灰黄色短绒毛,后渐脱落,中种皮(中種皮)木质,两侧有两条棱脊,上端无棱脊或棱脊不显著,顶端有尖头
 
     
 ソテツの芽生えの様子  
 
   ソテツの芽生えの初期の様子は、さまざまな段階の胎生種子を並べて見れば、おおよその経過を知ることができる。
 なお、ソテツ種子が樹上で根を出す場合がある点については、樹木大図説にも「着生している種子の下部から発根する。」とした記述が見られる。 (写真の種子はすべて1月に採取した一昨年度産ものである。)
 
     
 
ソテツの胎生種子から見た発芽の経過
 写真の下から上の形態に徐々に変化するものと思われる。
 
        ソテツの芽生え初期の形態
   
   胎生種子内の胚の様子
 胚乳内の子葉が非常に大きくなっているが、外に姿を見せない。
   胚乳から取り出した胚
 本葉を出す子葉の基部(柄部)だけが割れている。
 
 
   胎生種子は、植物体に付いたままで発根・発芽する準備をキッチリ整え、適時落下するのをじっと我慢して待っているものと解され、これを採取して植えれば、百パーセント発根して葉を伸び出す。以下はその様子である。    
   
       ソテツの胎生種子の芽生えの様子  
 
   
     ソテツの芽生え 1
 頑丈な根を出した後に、まずは葉を1枚だけ出す。
     ソテツの芽生え 2
 小葉は当初は表側に巻いている。
    ソテツの芽生え3
 小葉が次第に展開している。
 
     
 
   
      ソテツの芽生え 4
 4月下旬時点の様子である。9個の胎生種子で発芽試験をしたところ、発芽率は百パーセントで、4月以降に次々と葉を出した。
           ソテツの芽生え 5
 追って、もう1枚の葉が出て展開した。(6月下旬)
 この状態で冬を越した。
   
 さらに、翌年の4月に新しい葉が出始めた。  結局新葉が3枚出て、計5枚となった。(5月上旬。当初の葉の1枚は新葉の下に隠れている)
 さらに6月下旬に3枚の葉を伸ばしはじめた。要は
春と夏の2回に分けて出葉した。 
 
     
 ソテツの芽生え初期の形態を見ると、見た目にはドングリの芽生え(こちらを参照)とそっくりであることに驚く。つまり、種子の頂部から根を出し、子葉を種子内で閉じたままで、露出した子葉の基部の股の間から本葉を出すという形態である。

 ただし、大きな違いはドングリが無胚乳種子であるのに対して、ソテツは有胚乳種子であることである。ドングリでは子葉が閉じた状態で地表にゴロリと転がったままで養分を供給するのに対して、ソテツでは胚乳がタップリ詰まった地表の種子内に子葉を突っ込んだ状態で本葉を展開するに際しての養分を供給するという形式となっている。つまり、イチョウの芽生えと同様である。(イチョウの芽生えについてはこちらを参照)

 ということで、ソテツの場合の芽生えの形式は「胚乳内子葉残留型」で、「種子地表存置型」である。
 
 
3   2016年産種子の発芽特性胚の成熟過程の再観察   
     
   「1」で、当年度産ソテツ種子の断面を見ても、胚の存在がよくわからないほどの状態にあることがわかった。ソテツの種子は大きいから、発芽前の胚の様子を観察するには最適であると単純に考えたのであるが、全くの意外な展開であった。そこで、関連情報を拾い上げてみると、以下のとおりである。  
     
 
・   種子は10月成熟暖地では大体1月下旬に完熟する結実は一般に隔年である。幼樹の種子は発芽率悪く大体30%である。老樹の種子では80%は発芽する。本葉が見えたら子葉を切り除く。(樹木大図説)。 
・   種子による繁殖では、受精した種子を2月以降に播種(2月前では発芽が悪い。)する。播種後早いものは3か月程度()、遅くても1年の間には葉が1枚でてくる。(花奔園芸大百科) 
・   タネは晩秋から冬期に採取する。タネは発芽するために約1年の後熟期間を必要とするといわれているが、後熟期間を短縮するための各種の処理方法(温湯処理、種皮外層の除去等)が有効であるという報告がある。(日本の樹木種子) 
・   発芽には2年間を要するとされる。(発芽状態では)2本の子葉柄が明瞭。胚軸を持たず、子葉節以下は太い根、それ以上は葉と茎である。(樹木の実生図鑑) 
 
     
   上記の記述事例のうち、「発芽に2年間を要する」というのは前提条件が明らかでない。
 種子の成熟時期(ここでは図鑑的な見かけ上の成熟時期の意味)は10月から1月頃と受け止めれば、1月に種子を採取するのは問題なさそうである。しかし、播種後に早ければ3か月程度で本葉を出すという記述がある一方で、1年間の後熟期間を要するという記述もあり、一般論として定着した表現が見られない。この混乱振りは、採取した果実がいつ形成されたものなのかが明確でないことに原因があると思われる。つまり、新しい種子なのか、果実として樹上で年数を経過したものなのかがはっきりしない。

 これは想像するに、たぶん増殖事業者にとっては実生では出荷までに年数を要して実用的ではないため、実生苗の生産に関する経験則を反映した一般的な情報が不足していることが原因しているものと思われる。ソテツの増殖では、実生のほかに子株、枝芽のかき取り、挿し木(切植法)が可能とされる。

 なお、当年度産の種子が発芽する時点で、その胚がどのような状態となっているのか(胚がどの程度成熟しているのか)に強い興味を感じるが、有用な情報が得られないため、新しい種子を植えておく一方で、実際に胚の成熟経過を観察してみることにした。(以下のとおり) 
 
     
(1)  結実翌年の1月下旬時点(2016年産種子を翌1月に採取したもの)での種子の様子
 (ソテツ種子の胚があるはずの場所及びその周辺の様子を観察)
 
 
     
 
     外種皮に残った珠孔
 外種皮の頂端部の様子で、チューブ状の尖った部分は受粉に際して花粉を取り込むための珠孔液受粉滴)を分泌した珠孔の痕跡である。
    珠孔直下の中種皮の穴
 花粉を取り込んだ穴の痕跡である。 
    胚乳に残った2つの穴
 胚珠の造卵器につながる精子の通路となったもので、浅く凹んだ造卵器室の底に2個ある場合が多いが、ときに3~5個見られた。 この数に見合う卵細胞が中に存在したことを示している。
     
 未成熟の胚(ソテツ種子の断面)
 慎重に種子を割ったところ、2個確認できた。基部のふくらみは造卵器の外膜で、胚乳の空洞に収まっている。写真の種子では若い胚の先端部が交差した状態となっている。
 造卵器の空洞(ソテツ種子の断面)
 左の若い胚の基部の造卵器が収まっていた胚乳の空洞の様子である。胚乳頂端部の凹み(造卵器室)の底の2つの穴がそれぞれ造卵器のあった空洞に通じている。受精期には造卵器室は受精液で満たされていて、ここに伸び出た花粉管精子を放出する。
    取り出した未成熟の胚
 基部の造卵器部分の外膜は風船状で、胚乳の空洞の壁に張り付いていた。長さは全体が8ミリほどである。最終的には1つのみが受精し、胚として成熟するのであろう。
 
     
 
         ソテツ胚乳内の未成熟の胚の拡大写真(1月下旬)
 
     
 
                   ソテツ胚乳内の未成熟の胚の拡大写真(1月下旬)
 
     
(2)  結実翌年の3月下旬時点での様子(種子採取後2か月経過)   
     
 
                  ソテツ胚乳内の未成熟の胚の拡大写真
 種子を採取してからから2か月経過しているにもかかわらず、胚?は全く成長していない。絡み合ったようなひも状のものは胚柄(珠柄)であろう。
 
     
(3)  結実翌年の4月下旬時点での胚の様子(種子採取後3か月経過)    
     
   4月下旬に種子を割ってみたが、その様子は3月下旬時点と同様で、胚の発達は確認できなかった。つまり、この状態では発芽するはずがない。となると、目にした「播種後早いものは3か月程度で葉を出す」とする説明には疑問を感じる。そもそも種子がオレンジ色に大きくなってから1年以上経過した種子であった可能性を感じる。   
   
(4)  結実翌年の6月下旬時点での胚の様子(種子採取後5か月経過)  
     
   複数の種子を割ってみた中で、最大のもので胚が8ミリ程度に成長しているのを確認した。ただし、ほとんど成長が見られないものもあり、種子によってまちまちであった。何ともスローペースで、未だ胎生種子で見た胚の大きさには遠く及ばず、発芽できる状態にはないと思われる。   
     
 
         一部でやっと成長が確認できたソテツの胚の様子(取り出した状態)
 胚柄が2個見られるが、1個は途中で終わっている。子葉は2個に割れた筋が見られる。結局胚は1個だけが成熟するという流れのようである。写真の胚柄はくしゃくしゃに固まっていたものを少し引き延ばした状態となっている。すべての種子でこの程度まで生育しているわけではなかった。
 
     
(5)  結実翌年の7月下旬時点での胚の様子(種子採取後6か月経過)   
     
   前回から1か月経過ではほとんど変わらないと思いつつも、1月に採取して6か月経過した節目で、念のために複数の種子を割ってみたが、5か月経過したものと同様に胚が確認できないものから、6~9ミリ程度に成長したものまで、やはり成長には幅が見られた。   
     
 
   
 種子内の胚の様子の例 1 種子内の胚の様子の例 2 
 
     
   なお、 9月下旬に胚の様子を見てみると、相変わらず一部で胚の発育が見られないものがあったが、複数の種子で胚が11~14ミリほどになっていた。先に発芽した2014年産の種子では、胚が17ミリほどであったから、来春には発芽が期待できそうである。  
     
(6)  結実の翌々年の春の動向(取播きした2016年産種子の発芽の様子)   
     
   胎生種子による発芽は先に確認したところであるが、念のために通常の種子による発芽試験をしてみた。
 2016年産の種子を取り播きしておいたところ、4個中の2個が2018年の春に発芽した。 
 
     
 
        通常のソテツ種子の芽生え 1
 発根した種子を掘り出したものである。 
        通常のソテツ種子の芽生え 2
 とりあえず、1本の葉の軸が伸び出した。胎生種子の芽生えと同様である。 
 
     
   このことから、ソテツの種子はふつう開花した翌々年の春に発芽することを確認した。   
     
   針葉樹では受粉しても受精までに数ヶ月から1年以上を要する例があったり、また、受粉してから種子が成熟するまでに1年以上を要する例がふつうにみられる。しかし、ソテツの場合は概念的な整理が誤解を招いている感がある。つまり、ソテツは夏に開花して、その年の秋頃に種子がオレンジ色となって成熟するとして表現されてきているが、それはあくまで外形的な印象に基づくものである。そもそも秋になってやっと受精することが知られており、その秋に種子が即成熟するはずがない。種子が成熟するまでにはさらに1年ほどを要する現実があり、客観的に種子の成熟時期を表現するためにはこの点を念頭に置いて、「ソテツ種子は開花の翌年の秋から冬にかけて成熟する。開花年の秋のオレンジ色の種子では胚が全く生育していない。」として、ふつうに表現すべきであろうこうした性質はアカマツやクロマツなど、多くの針葉樹でふつうに見られる性質である。ただし、マツの場合は、開花の翌年の初夏に受精すると言われている。

 それでは一見成熟種子に見えるオレンジ色のソテツの種子について、その時点での状態をどのように理解すればよいのか。強いて言えば、大胞子葉に付着しているオレンジ色の種子は未成熟ながら既に生理的に樹体に依存しておらず、採取しても順調に胚がゆっくりと成熟できる(後熟できる)状態にあるサインとして理解すればよいと思われる。

 なお、イチョウの場合も種子は秋に熟して落下するとし表現されているが、本当のところは種子はその時点では成熟しておらず、胚が完成するまでには、さらに数週間から数ヶ月を必要とするとされるから、ソテツと似たところがある。
 
     
4   ソテツの開花(結実)及び出葉の周期について   
     
   ソテツの花の開花(結実)周期に関して説明している例は少ないが、次のような記述を目にした。   
     
 
 花は隔年につける。【植物観察事典】
②   結実は一般に隔年である。開花結実するのは前年の殊に春夏の気温が高いときその翌年に特に多く見られる。【樹木大図説】  
 亜熱帯では10年生以上になると毎年開花すると言われているが、一般には相当の樹齢になってから隔年に開花結実する。原産地以外ではさらに間隔が長くなる。【日本の樹木種子】  
④   雄株では 2 年連続で開花する個体がみられたが、雌株ではみられなかった。奄美群島においてソテツ葉は年2 回(春,秋)展開する。開花した場合、雄株では秋葉から展開し、その秋葉は他の秋葉よりも早く展開した。また、雌株では翌年の春葉から展開した。ただし、少数の例外もあり、開花したにもかかわらず、雄株で春葉、雌株で秋葉が展開する個体もみられた。【鹿児島県森林技術総合センター】 
 
     
   必ずしも雄花と雌花を分けてキッチリ記述しているものではないため、少々わかりにくい。

 また、東京から伊豆諸島への航路の拠点である竹芝桟橋付近に植栽されたソテツには次のような看板が付されている。
 
     
 
 八丈島では、ソテツに咲く花を「赦免花(しゃめんばな)」とよんでいます。昔ソテツに花が咲くと不思議なことに、その年は何人かの流人に必ず赦免状が届いたのでそう呼ばれるようになったのです。赦免花が咲いた年、流人達はあたかも恋人を待つかのように、今度こそ自分が赦免されるのではないかと、御用船が吉報を持ってくるのを一日千秋の思いで待ちこがれたのです。
           嬉しさを 人に告げんと さすらいの みゆるしありと 赦免花咲く
 
 
     
   こちらの話によれば、ソテツの開花が不定期で、予測不可能なものとして受け止められる。

 しかし、都内の複数の箇所で植栽されたソテツを漫然と見てきた経験によれば、成熟した雄株、雌株が複数あれば、雄花と雌花は大抵見られるものである。この際、花は分岐した樹幹を単位にして発現していて、決して全体がシンクロしてるものではないことが確認できる。

 では、それぞれの樹幹について、開花の周期や出葉の時期・回数についてどうなのかとなると、この点はそれほど意識したことがないため、継続的に経過観察しなければはっきりわからない。さらに樹齢、気候等の生育条件による差の有無を含めて、その生理を実態的に把握しないと 正しい講釈は困難と思われる。
 
     
   <暫定的とりまとめ>  (都内での風景の例)   
   
   思いついたときの観察で、とりあえずは継続性に欠けているため、以下は暫定メモである。
 情報がさらに蓄積できたら更新することとしたい。 
 
     
   【暫定的とりまとめ:ソテツの開花と出葉の周期】   
 
・   幹が基部又は中間部で分岐している場合、開花は株単位ではなく、それぞれの棍棒状の幹を単位として発現する。 
・   若い株では、毎年出葉するが、開花しない。 
・   雌花は隔年で開花する例が見られるが、必ず隔年で開花するものでもないようである。 
・   雌株では、開花年には出葉しない。非開花年は前年の種子を付けたキャベツ状の大胞子葉の球体の中心を突き破るようにして夏に出葉を開始した。
・   雄花も必ず隔年で開花するものでもないようであるが、2年続けて開花する例を見かけた。通常、花を付ける幹は開花年はその秋に出葉を開始した。 
 
     
  <ソテツに関する参考メモ>   
 ・  属名 Cycas はギリシャ名 Kykas (シュロ)の1種から来た名称。種小名 revoluta は「反巻した」の意味(図説樹木学) 
 ・  ソテツに精虫(運動性のある精子)のあることを発見したのは明治29年(1896年)で池野誠一郎博士による。 (樹木大図説ほか)
 ・  根には根粒があり、中にランソウの一種のアナベナ属が共生し、空中窒素を固定する。(植物観察事典) 
 ・  裸子植物のソテツやイチョウでも種皮外層が肉質化するが、これは被食用ではなく防御用のようである。(つくば大)
 注:ソテツは生きた化石のひとつといわれているが、実は現生のソテツはそれほど古いものではないとの説もあり、残念ながら草食恐竜が種子をムシャムシャ食べたわけでもなさそうである。 
 ・  ソテツの有毒成分はサイカシン(cycasin)という配糖体である。この分解物としてホルムアルデヒドが発生する。サイカシンとホルムアルデヒドは水溶性で、水晒しによって除くことができる。ただし、種子澱粉はこれでよいが、幹澱粉の毒抜きは水晒しだけでは困難で、微生物による発酵を用いる。(「ソテツをみなおす」より) 
 ・  種子の胚乳と幹の随にはデンプンを含み、救荒植物として古くから利用されてきたが、0,005%のホルムアルデヒドを含むので、十分水洗いしないと中毒死する。(世界大百科事典) 
 ・  ソテツは奄美群島・沖縄・宮古・八重山では救荒植物として、斜面や畑の境界に数多く植えられてきた。また、奄美の島々の暮らしの中ではソテツは幹と実から澱粉を取る食料で、多くの地域では毎日食べる日常食でもあった。(ソテツをみなおす) 
 ・  国内に日本一のソテツと主張するものが複数存在するようである。しかしソテツのような形態のものは計測は困難で、また強風に弱いため、あまり高くは育たない。しかし、仮に巨大な温室で育てた場合に、どれほどの樹高に達するかは興味深い。 
 ・  かつてはソテツの葉が花材として、種子が栽培用として海外に輸出されていた。 
 
     
<ソテツ(蘇鉄)の名前に関する参考メモ>  
 
 ・   株が弱ったときに鉄くずや針を与えると元気になるという言い伝えあり、蘇鉄の名はそれによるといわれているが、酸化鉄が肥料になるとは考えられない。(園芸植物図譜)
 ・  五雑俎(ござっそ。中国明代の著作)に「番蕉 相伝ふ此の樹は琉球より来るといふ。・・・特に枯れんとする時は鉄屑を以て之に糞す、或は鉄丁を以て其根に釘すれば則ち復活す。・・・」とある。
 注:五雑俎→中国語→五杂俎(谢肇淛)
 和漢三才図会に「番蕉、按ずるに番とは外夷の称なり其状鳳尾蕉に似たる故に番蕉と名つく、特に枯れんとする者は其の根に釘すれば則ち活く、故に倭に蘇鉄と曰ふ・・・」とある。(樹木大図説)
上記両書によれば、「蘇鉄」の名は中国名由来ではなく、日本発ということになる。樹木大図説では、蘇鉄の育成に当たって宮崎県で見られた方法として、金属屑片を利用した肥料の作り方と施肥法を紹介しているが、鉄の効果は科学的には証明されていないとしている。 
 ・  中国でのソテツの呼称は以下のとおり。
 苏铁(蘇鉄。通用名) 铁树(鉄樹。北京俗名)、辟火蕉(闢火蕉。俗称)、凤尾蕉(鳳尾蕉。植物名实图考)、凤尾松(鳳尾松。中国种子植物科属辞典)、凤尾草(鳳尾草。广西临桂) ・・・中国植物誌より
 注1:中国でも分類は、蘇鉄綱-蘇鉄目-蘇鉄科-蘇鉄属-蘇鉄である。
 注2:その他別名として「番蕉(これは五杂俎による)」の名も見る。