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続・樹の散歩道
  ドングリとトチノキの芽生え
   知っているようで知らない芽生えの様子


 小学生の自由研究と同じレベルの話であるが、ドングリの芽生えの様子をじっくりと見たことがないため、身近なミズナラの樹下に散らかっているドングリを純真な少年の心で観察してみた。
 落下したドングリがどこからどんな具合に根を出し、どの辺から芽を出すのか、特に注意を払ったこともなかったため、実に新鮮な経験となった。ついでにトチノキについても観察してみた。こうしているうちに、いつの間にか本当に少年になってしまった。 【2013.9】
 


 1  ミズナラの場合   
     
(1)  芽生えの風景   
     
 
               ミズナラの芽生え 1
 葉(本葉)は3枚出している。割れた果皮が剥がれかけている。殻斗は見当たらない。 
 
     
 
   
         ミズナラの芽生え 2
 堅果(ドングリ)の先端部から根を出している。この場合は殻斗が付いたままである。 
    ミズナラの芽生え 3
  根を掘り出したもの。根の先端は切れている。 
 
     
   発根の様子を見ると、堅果の尖った先端部から果皮を突き破って根を伸ばしていることから、堅果の先端部に幼根が収まっていることがわかる。    
     
(2)  発根、発芽部位見ると・・・   
 
   
      ミズナラ種子の発根部位の様子 1      ミズナラ種子の発根部位の様子 2
 
     
   一見すると、実に奇妙な形態である。
 上方に伸びた茎(上胚軸)が出ている部位を見ると、まるで下方に伸びた根の途中を二つに引き裂いて発芽しているように見えて、何じゃこりゃといった印象である。

 そこで、ゆるゆるに浮いた果皮を脱いでもらって子葉の位置を少し手直しするとスッキリ納得できる。 
 
     
 
   写真のように、子葉の位置を変えてみれば、何ということはない、ふつうの双子葉植物の双葉と全く同じ位置関係・形態であることが合点でき、疑問解決である。

 つまり、双葉の間からふつうに茎(上胚軸)を伸ばしている形態である。ただし、栄養をたっぷり含んで重いミズナラの子葉は、もちろん左右に広げて上に持ち上げることなどできないから、これを開くこともなく地面にごろんと転がったままであるため、結果として先の写真のような形態となるのである。

 ドングリの子葉は光合成を担っているわけではないので、展開することもなく、貯えていた養分を供給してその役割を終えることになる。
          ドングリの発芽形態の真相  
 
     
  【気づきの点】

 こうした発芽時の形態を指して「地中子葉型、地下子葉型(地下発芽)」(その子葉を「地下性子葉」)と呼んでいるが、貯食性の小動物が土中に埋めたり、大きめの動物に踏ん付けられたりしない限り、通常は自然状態では自分で地中に潜らないから、この呼称には違和感がある。人為的に播種した場合は適度に覆土するのが普通で、どんぐりにとってはこの方が乾燥する恐れがないから都合がいいことは間違いないが、かといって、発芽する場合にどんぐりが地中にある状態が普通であるかのような誤解を招きかねない呼称は一般性に欠けるから、むしろ「子葉地表存置型」とした方がまだわかりやすい。

 ドングリは乾燥に弱いようで、地上に落下後にそのまま乾燥してしまえば一巻の終わりとなる。また小動物のよい餌になり、昆虫の幼虫にとってもいいごちそうである。しかし、子葉の部分が少々虫に食い荒らされても、胚の部分が無事であれば発芽に影響はないようである。

 なお、子葉を地上に伸ばした胚軸先端で開き、一定期間光合成を行うものを「地上子葉型(地上発芽)」(その子葉を「地上性子葉」)と呼んでいる。この呼称は先の奇妙な呼称と対比的に使用されているもので、決してビジュアルな表現ではなく、何やら地上に転がっているようにイメージしてしまう欠点がある。むしろ「子葉地上展開型」とした方がわかりやすいと思われる。
 
     
 2  コナラの場合  【2016.4 追記】  
     
(1)  発根して年を越したコナラ堅果(種子)の様子   
     
   間もなく芽を出す時期にある。ほとんどの場合、子葉の表面が赤みを帯びている。発芽に向けて気持ちの高ぶりを抑えがたく、興奮状態にあるように見えてしまう。     
     
 
 発根済みのコナラ種子 1
 発根済みのコナラ種子 2
 
 発根済みのコナラ種子 3
 
 発根済みのコナラ種子 4
根が堅果を持ち上げている珍しい風景である。 
 
     
 
 
 コナラの発根した根の様子
 
     
(2)  発芽を開始したコナラ種子の様子   
     
 
  発芽したコナラ種子 1
 果皮を失っている。
  発芽したコナラ種子 2
 
  発芽したコナラ種子 3
 
  発芽したコナラ種子 4 
 果皮を失って、開いた子葉を持ち上げている珍しい風景である。
 
     
(3)  本葉を展開し始めたコナラ(コナラの芽生え)   
     
 
    コナラの芽生えの風景 1
 
  コナラの芽生えの風景 2
      コナラの芽生えの風景 3
 
     
 3  トチノキの場合   
     
(1)  芽生えの風景   
     
 
   
    トチノキの芽生えの様子
 これで発根の部位が確認できる。
              トチノキの芽生えの葉
          掌状複葉の葉(本葉)を2枚出している。
 
     
   トチノキの種子もドングリと同じようにお尻(へそ)があるが、やや平たく、先端と言える場所がないため、どこから根が出るのか見たことがなければ全くわからない。トチノキの種子の外皮はミズナラの果皮が縦方向に割れやすいのに対して、全体がツルッとして随分丈夫そうであるから、なおわからない。  
     
(2)  発根、発芽部位見ると・・・   
 
         トチノキ種子の発根の様子
 根の先端部の指す方向が地面で、種子が転がっていた状態を反映している。
     トチノキ種子の芽生えの様子
 種子にとって本当はヘソの面が下向きの方が都合がいいのだそうである。
   
    トチノキ種子の幼根のある部位(突起部)     発根の際に破れる部分(白点線部)    
   
      トチノキ種子の種皮を剥がした様子
 
  黄緑色の突起部が幼根である。
       トチノキ種子の断面
 
     
 
    よく見ると、緩やかに縦長に隆起した部分の一端がぱっくりふたが開くような状態で根を出していることがわかる。種子の種皮を剥がし、あるいは断面で見れば、この隆起した部分に沿って幼根が収まっていることがわかる。
 そして、茎が出ている部分の形態は、ドングリと全く同様であることがわかる。ただし、ドングリと違って種皮のガードが堅くて剥がしにくく、子葉に登場願うためには種皮を刃物で剥かなければならない。

 トチノキの子葉は、幼根との位置関係から左右対称ではないが、無理矢理双葉風に子葉を配置すれば左の写真のとおりとなり、少々不格好であるが双子葉植物としてのいかにも双葉といった風情となる。

 ミズナラとの違いは、ミズナラの幼根は2枚の子葉に埋没していて、子葉も相似形であるのに対して、トチノキでは幼根の位置が片方に寄っていて子葉に隠れた状態にはなく、さらに2枚の子葉の形態が相似形ではないことである。
トチノキの発芽形態の真相   
 
     
     
   栃の実を食用とするためにはあく抜きが面倒で、気軽な日常の味にはならないが、ドングリの仲間にはそのままで、あるいは炒ればさらに美味しく食べられるものがあることが知られている。

 スダジイツブラジイはそのままでも美味しく、よく知った人は炒って食べる。かつて、高知市内でパックに入ったスダジイが販売されているのを見て驚いたことがある。
 マテバシイは美味しいというほどではないが、間違いなく食べられる。イチイガシシリブカガシは炒って食べると美味しいという。
 縄文人はその他の渋いドングリも、水にさらしてあく抜きをして食べたという。
 イベリコ豚がどの程度ドングリを口にするのかは知らないが、イノシシはドングリをよく食べるというから、その時期のイノシシは “イベリコ猪” と言ってもいいかもしれない。

 人は表面がツルッとした種子や果実を目にすると思わず手に取ってしまう習性があって、特にドングリはコマにしたり工作材料にしたりと、昔から子供たちにも親しまれている。このため、トングリを主役とした児童図書は実に多く、きれいなドングリ図鑑も多数あって大人でも面白い。こうした図鑑で、今まで手にしたことがあるドングリを改めてチェックするのも楽しい。
 
     
  <参考資料>   
 
 【日本の樹木種子(広葉樹編):社団法人林木育種協会】(抜粋)

ミズナラ等:(コナラ属・コナラ亜属)
  • 虫害種子でも、上胚珠や幼根原基が食害されていなければ発芽可能である。
  • 種子は落下直後に幼根を出し、そのまま冬を越す。上胚軸が伸長をして子葉が展開するのは春になってからである。
  • コナラ亜属(ミズナラ等)の種子は秋のうちに発根するので、とり播きが望ましいが、霜柱の害やネズミなどの獣害に注意する。幼根が発根した種子を播種すると、根元が大きく曲がった苗木になりやすい。幼根は切除してもその後の発芽、成長に支障はない。
  • 種子は地上から2〜3cmの深さに埋め込むのが最もよい。浅すぎると凍上や霜柱によって浮上し、乾燥で枯死したり、根曲がりの原因となる。
  • ブナ科の種子はブナを除いて全てが地中子葉型の発芽で、コナラ類は茎に数枚の小さな鱗片葉を生じた後に本葉が群生する。
  • コナラ亜属の種子はほぼ30%の含水率(対乾重)で乾燥死する高含水率種子である上に、落下後直ちに幼根を出す短期発芽型の種子で、長期間の貯蔵は非常に難しい。通常乾燥を防いで0〜4℃の低温で半年は確実に貯蔵できる。
トチノキ:
  • トチノキは雌雄同株、両性花と雄性花の雑居花で、虫媒花である。円錐花序の小花の9割は雄花である。花には7個の雄しべがあり、白色で基部が赤色の4枚の花弁の外に突き出している。花は最初黄色をしているが、しばらくすると赤色に変わる。赤色になった花は花粉を飛ばし終えた花である。
  • 種子は大型で、下半分がへそとなっていて、胚乳はなく、子葉が貯蔵器官となっている。東北、北海道では果実の成熟は9月中旬になる。発芽時に子葉は展開せず、土中にとどまる地中子葉型の発芽形式を取り、子葉の養分を使って上胚軸と本葉が展開する。
  • とり播きはへそを下にして種子を並べ、覆土する。へそを上にすると、幼根が反転して、主根がねじれた苗木となり使用に適さない。 
 
     
   <参考メモ:ドングリ等の成熟時期>  
 
 @はその年の秋に成熟するもの、Aは翌年の秋に成熟するもの 
 一般にブナやクリはドングリの仲間に入れてもらえないでいる。やはり椀状の殻斗を持たないから、イメージが違うとして仲間はずれになってしまったのであろう。

 
 
ブナ科 ブナ亜科 ブナ属 ブナ@、イヌブナ@
コナラ亜科 コナラ属 コナラ亜属 ウバメガシ節 ウバメガシA
クヌギ節 クヌギA、アベマキA
コナラ節 カシワ@、ミズナラ@
コナラ@、ナラガシワ@
アカガシ亜属 イチイガシ@、アカガシA
ハナガガシA、ツクバネガシA
アラカシ@、ウラジロガシA
シラカシ@、オキナワウラジロガシA
クリ亜科 クリ属 クリ@
シイ属 スダジイA、オキナワジイA
ツブラジイA
マテバシイ属 マテバシイA、シリブカガシA
 
     
 
 
 ミニ どんぐり図鑑  ドングリたちの様々な表情
 
 巡り会ったドングリたちの写真を並べてみると、それぞれに個性があって面白い。
 
 ミズナラ
Quercuscrispula
コナラ
Quercus serrata 
ナラガシワ
 Quercus aliena
カシワ
Quercus dentata 
       
 クヌギ
Quercus acutissima
アベマキ
Quercus variabilis
ウバメガシ
Quercus phillyraeoides 
アラカシ
Quercus glauca
       
シラカシ
Quercus myrsinaefolia 
アカガシ
Quercus acuta 
イチイガシ
Quercus gilva
ハナガガシ
Quercus hondae
       
 ツクバネガシ
Quercus sessilifolia
ウラジロガシ
Quercus salicina
オキナワウラジロガシ
Quercus miyagii
スダジイ
Castanopsis sieboldii
       
 ツブラジイ
Castanopsis cuspidata
マテバシイ
 Lithocarpus edulis
シリブカガシ 1
Lithocarpus glabra
シリブカガシ 2
Lithocarpus glabra
 
       
ミズナラ×カシワ
(人工交雑種の堅果)
モンゴリナラ
Quercus mongolica
ヨーロッパナラ
Quercus robur
アカガシワ(レッドオーク)
Quercus rubra 
       
ホワイトオーク
Quercus alba
ピンオーク
Quercus palustris
錐栗(シナヒョウヒョウグリ)
Castanea henryi
*飛び入り 
ツノハシバミ
Corylus sieboldiana
*飛び入り