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続・樹の散歩道 ヤブガラシの謎の球体の正体
都会のうだるように暑い夏の昼近く、粉じんにまみれる道路端の過酷な環境でもヤブカラシは元気にツルを伸ばし、下に植栽されているであろう何かを葉ですっぽり覆って、おなじみのオレンジ色〜ピンク色の花盤の目立つ花をたくさん咲かせている。この花は開花してもさっさと雄しべと花弁を落としてしまうため、普段目にするのは雌しべだけの花らしくない姿である。このため、わずかに存在するまだ花弁をつけた花の写真を撮ろうと目を凝らして探していると、花序の花柄に何やら透明のごく小さな球体があちこちに見られる。さて、これは一体何なのか、とりあえず思い当たるものがない。【2014.8】 |
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○ | 検討1 蜜か飛沫か ヤブカラシの花は花盤が豊かな蜜をたたえている姿が印象的であるため、当初は花盤から滴り落ちた蜜がタラリと花柄につき、花柄の毛がこれをはじいて丸い水滴状−蜜滴になったのかとも思ったが、これはハズレであった。 持ち帰った花序の球体を手で擦れば簡単に離れて指につき、さらに指で挟めばプチンと弾けるのをかすかに感じることができ、わずかにとろみのある液状のものが出てきた。ということはこの球体はごく薄い膜で包まれているということである。まるで小さな寒天の粒のような感触である。大きさは大きいもので1ミリほどで、かなり小さいものも存在する。この感触は蜜滴ではないし、外部から何らかの飛沫が付着したものでもない。(念のためにつぶしたものをなめてみたが全く甘味はない。) |
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○ | 検討2 植物体の付属物か では、植物体の付属物なのか。大小の差があるのは植物体由来であれば可能性がなくもない。そこでこの球体を顕微鏡で拡大してみると、何と、表面には微細な短い毛が存在している。小さい球体は毛が密にあり、大きい球体は小さいものよりも毛が疎になっているから、いかにも生長したような印象がある。 |
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ここで、各種の図鑑を確認してみたが、ヤブカラシに関して、こうしたものについての言及は一切ない。唯一、「日本の野生植物」で、「若い部分には粒状の突起毛がある。」とする記述があったが、「粒状」はよいが、さすがに「突起毛」ではないから、明らかに指しているものが違うし、茎の表面に “粒状の突起毛” らしきものは別に存在することを顕微鏡で確認した。しかし、植物体由来の可能性は捨てきれない。ひょっとすると、植物体が汗のように過剰なものを分泌(排出)したものかも知れないが、とりあえずは保留である。 | |||||||||||||||||||||||||||
○ | 検討3 生物由来の卵か 別の可能性も考えてみる。あとは外界の生物に由来するものである可能性である。ヤブガラシは蜜が豊かであるから、昔からアゲハチョウが喜んで飛び回る姿は見慣れた風景である。ひょっとすると、チョウの卵であろうかか? 先に触れたプチプチ感も卵であれば違和感がない。 チョウの卵などを意識したことがないからさっぱり分からないため、図鑑で調べてみるとチョウ類の卵の形態はバラエティに富んでいて、まるで植物の花粉のように多様である。中には表面に毛をつけたような形態のものも見られ、十分楽しませてもらったが、にわか勉強で確信できるものに行き着くことはできなかった。そもそもチョウの卵としては膜が薄すぎる印象があり、付着量も多すぎる。また、卵であれば大きさがそろっているはずであるが、写真でも明らかなとおり、大きさにかなりのバラつきがあって不揃いである点は卵にはふさわしくない外観である。 それに、植物体から採取した球体を放置すると、数時間で乾燥して暗褐色のぺちゃんこのカスとなってしまう点も卵とは全く異質のものであることを物語っている。 |
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○ | そして結末は・・・ ということで,再び植物体由来の可能性に戻る。あまり期待しないでグーグルスカラーで「ヤブガラシ」の語を検索したところ、国内の特定の研究者の報告があって、何とあっさり正体が割れてしまった。さらに、呼称がわかったことで膨大な海外情報が存在することを知ることができた。 この正体は Pearl bodies (真珠体)あるいは Pearl glands (真珠腺)とも呼ばれている植物体由来の栄養体なのだという。 何と、植物が自分を守るために虫に与えている餌となっているとの見解もある。そうであれば、花外蜜腺で推定されている機能と同様ということになる。 ブドウのツルや葉裏についたものでは Grape pearls (ブドウ真珠)あるいは Sap balls(樹液球)と呼んでいて、Guttation(溢液現象)であるとしている。 国内のぶどう栽培家の間でもブドウの真珠腺 として、全く害のないものとして知られている。 国内での研究はごく限られているが、海外情報は豊富で,微細構造にまで及んだ情報も目にした。以下に関係情報の一部を抽出して並べてみる。なお、国内での用語は翻訳語のようである。 |
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なお、真珠体はオクラ(アオイ科トロロアオイ属)でも見られ、実際にわずかではあったが新葉の裏側で確認できた。 (オクラの真珠体については、作物の害虫とされるアザミウマ類の捕食性天敵として知られるヒメハナカメムシ類の餌になっているとの見解がある。) おぼろげながらも正体がわかった上でのことであるが、先に触れた「日本の野生植物」で「若い部分には粒状の突起毛がある。」としていた表現は、やや馴染みにくいが、この真珠体(真珠腺)を指したものであったのかも知れない。 ヤブガラシの花序(新葉の裏にあるものは気付きにくい。)を目を凝らして見れば誰でもこの球体の存在に気付くはずで、複数のブログでも正体不明の球体として写真を添付して紹介している例を確認した。 これほど一般的な植物で、しかも共通して見られる特徴的な外観にもかかわらず、図鑑で一般的な記述となっていないのは、よくわからないために口をつぐんできたのかも知れない。訳語は存在するものの、現在に至るもまだ 詳しいことはよくわかっていないようであり、国内での知見はまだ少ない。 とりあえずは、個人的にはヤブガラシに大量に付着した真珠体がダニだけのための存在とはにわかに信じ難い。見た目にもそうした観点で果たして実質的に機能しているのか等疑問もある。また表面の毛はどんな意味があるのか、また、どんな仕組みで形成されたのか等々知りたいことだらけである。さらに、同じブドウ科のヤブガラシとブドウの球体の存在理由が全く異なるものとは思えないが、国内の研究者の関心は高くないようである。 *ツタ(ナツヅタ)でも見られた真珠体についてはこちらを参照 *ノブドウで見られた真珠体についてはこちらを参考 |
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<参考: ヤブガラシを訪れたお客さんたち> | |||||||||||||||||||||||||||
豊かな蜜をもたらすヤブガラシの開花期には、以下のような多様な昆虫が訪れていた。変な仕掛けや障害物の全くない無防備な露出した蜜であるから、人気がある。 | |||||||||||||||||||||||||||
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なお、都内の市街地でも植え込みがあればヤブガラシが普通に見られるが、果実はまず見られない(都内のごく一部で果実を確認したとする報告事例はみられる。)。これは広く分布するヤブガラシが三倍体であることに由来し、果実をつける二倍体は西日本で見られるという(注:西日本における二倍体と三倍体の存在比率についての情報は得られない。)。空しく花をつける三倍体のヤブガラシがこれほど広範に分布するというのは、理解しにくいことである。 この件については「日本の野生植物」の改訂新版(2016)にも以下のように追記されている。 「関東以西に分布する2n=40(2倍体)のものはよく結実するが、近畿以東に分布し東日本に多い2n=60(3倍体)のものは結実しない。 |
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【追記 2017.7】 都内でヤブガラシの果実を確認!! | |||||||||||||||||||||||||||
都内でヤブガラシの果実を見るのは諦めていたが、たまたま都内港区の道端で、ヤブガラシがそこそこ果実をつけているのを発見した。多数の株がはびこっている中の1株だけで見られたもので、緑化木の植栽時に人為的に運ばれてきたものである可能性がある。 | |||||||||||||||||||||||||||
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【追記 2017.9】 ヤブガラシの成熟果実と種子の様子 | |||||||||||||||||||||||||||
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手に入ったヤブガラシの種子で発芽試験を試みたが、翌年の春になってもなぜか芽が出なかった。再挑戦しようとしたが、植栽樹に絡み付く雑草として駆逐されてしまった。 | |||||||||||||||||||||||||||