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続・樹の散歩道
  ホップの花と果穂の観察


 ビールの香りや苦味の供給源としてなくてはならないホップは、しばしば植物園等に植栽されていて、クマシデの果穂を少し短くしたようなものが多数ぶら下がっている姿をしばしば見かける。何の面白味もない印象で、特に気にも留めなかったが、退屈紛れにその果穂状のものの苞片を押し広げて、種子の存在を確認しようとしたところ、特に種子らしきものは見当たらず、その代わりでもないが透明で黄色の小さな粒が小苞の基部に多数ついているのを確認した。はて、これは何かと調べてみると、何とこれがビール造りに必須の物質であるルプリン(lupuline)を含む分泌腺(ルプリン腺 Lupulin glands 、ルプリン粒、ホップ腺、ホップ粉とも)であることを知った。調べついでにこの粒状の生成物をもった果穂状のものも観察してみた。 【2018.8】 
 注:ホップのクマシデの果穂に似たものは、とりあえずは「果穂」と呼ぶことにする。 


 ホップについて調べて、まず確認できたポイントは以下のとおりである。  
 
 ・  ホップは雌雄異株で、ビールの原料となるルプリン腺をもつ雌株の果穂が採取される。 
 ・  雄株が混在していると、種子ができてルプリンの収量が減少することから、雌株のみが栽培される。このため、目にするホップは基本的には雌株のみであり、種子も見られない。 
 ・  ホップのルプリンは多くの成分を含む樹脂と精油からなり、ビールに特有の苦味と芳香を与えるほか、タンパク質を沈殿させてにごりをおさえ、泡立ちをよくするほか、ビールの腐敗を防ぐ効果がある。(世界大百科事典ほか) 
 
 
 ホップの様子  
 
 ホップはヨーロッパ東部、小アジア、中央アジア~シベリア西部まで分布するアサ科カラハナソウ属のつる性の多年草
 Humulus lupulus 。
 雌雄異株
で、雄花は多数が円錐花序をつくるとされる(残念ながら写真なし)。雌花序は長い柄をもち、球状の穂状花序となって対生する上部の葉腋に下垂する。

★  ホップの雄花は現物を身近で目にできないが、円錐花序をなし、上部の葉腋と小枝の先端に小花を20から100ほどつけた円錐花序をつけ、花被片(萼片)と雄しべはそれぞれ5個、短い花柄をもつとされる。都立薬用植物園はホップの雄株と雌株があることで知られていたが、同属のカラハナソウの侵略を受けて、当面の間は雌株だけが公開されているようである。 
 
     
             ホップの葉 1
 葉は対生してつき、ふつう3裂し、さらに分岐して掌状となる場合もある。 
           ホップの葉 2
 しばしばハート形の葉が混在する。  
   
           ホップの雌花序 1 
 葉腋から雌花序の柄が伸び出ている。
           ホップの雌花序 2
 
   
           ホップの雌花序 3 
 苞葉の間から雌花がそれぞれ細い2裂した花柱を伸ばしている。
            ホップの雌花
 1つの苞葉2個の雌花を抱いており、さらに、写真では見にくいが、それぞれの雌花の子房部はカップ状の小苞が抱いている。この小苞が後に苞葉並みの大きさに成長する。
   
        ホップの果穂 1(受精なし) 
 果穂は葉腋から垂れ下がり、長さには幅が見られる。この写真の果穂はやや短めであるが、もう少し長いタイプも見られた。
         ホップの果穂 2(受精なし)
 
写真の中心線に先の丸い小苞が密に並び、両側に先の尖った苞葉がゆるく並んでいることがわかる。全体では苞葉1に対して小苞2の割合で存在するはずである。写真の左下にはひからびた柱頭がまだ付着している。  
 
 
<ホップの参考メモ>  
 ホップは明治初年に渡来し、冷涼地を好むため、現在の国内での栽培は東北地方が中心となっていて、大手ビール会社との契約栽培が行われている。 
 開花後10~45日後に苞の基部のルプリンが淡黄色になり、特有の芳香を放つようになれば収穫の適期である。(園芸植物大事典) 
 ・  ホップはグリーンカーテンにも利用され、書籍やネットを通じて栽培方法については多くの情報が得られる。 
 
 
 ホップの雌果序及び果穂の様子  
 
 ホップの雌花序では葉のような形の多数の苞葉の間から、多数の雌花の雌しべがそれぞれ緑色の2裂した花柱だけを出している。この時点では花穂の小苞は外からは見えない。成長につれて、柱頭は暗褐色となって子房から離れ、苞葉や肥大した小苞にしばらくの間はまとわりついている姿を見るが、やがて脱落する。

 一般に目にするホップの果穂はすべて受粉のなかった雌花序が種(そう果)が成熟することなく生長したもので、花穂を構成する2種類の薄い鱗片状のものを英語では先の尖った Bract ブラクト(ここでは苞葉と訳す。)と先の丸い Bracteole ブラクテオール(ここでは小苞と訳す。本来であればこれが1個の果実を抱く。)の名前を与えている。イメージとしてはマツ類の球果の苞鱗(花時に種鱗と胚珠を保護する。)と種鱗(種子を抱く。)の役割と共通している。また、別項で見たシラカバハシバミの花の構造に似ているとも言える。ただし、ホップの果穂の苞葉と小苞は規則的に重なっているようには見えず、苞葉と小苞の対応関係は外観からはわかりにくい。ただし、果穂の全体を見ると、苞葉と小苞は縦方向に交互に整列(それぞれ4列)しているように見える。
 
     
 ルプリン腺は主として小苞の基部の背軸面に存在している。半透明の黄色で、やや粒の大きい花粉のように見える。これを指にとって摺り合わせてみると、やや粘る感触があって固有の清涼感のある香りがする。

 なお、ルプリン腺について、植物自身にとっての生理的な役割、機能についても興味を感じるところであるが、ビールにとっての効用の講釈ばかりで、具体的な情報が得られない。たぶん知見が得られていないものと思われる。
 
 
 
      ホップの果穂の楯断面 1(受精なし) 
 果軸に沿って果実のように見えるのは受精のなかった子房である。
       ホップの果穂の断面 (受精なし)2
 特に小苞の基部付近に黄色の粒状のルプリン腺が生成されている。 
   
      ホップの苞葉と小葉の様子(上面) 
 両者の向軸面の様子で、苞葉は先が尖り、小苞は先が丸く、この面の基部に子房を抱いている。(受精なし) 
       ホップの苞葉と小葉の様子(下面) 
 特に小苞の背軸面の基部にルプリン腺が多く生成されているのが確認できる。。
   
              小苞の様子
 受粉できず、果実になり損なった子房が確認できる。
         小苞の基部のルプリン腺様子
 小苞の基部は子房を抱いて巻き込んでいるため、ルプリン腺が多数ついた小苞の裏側を見せている。
   
          ホップのルプリン腺 1
 ルプリン腺は球状ではなく、先端がやや尖っている。
          ホップのルプリン腺 2
 
 
 
    ホップのルプリン腺 3 
 全体に縦じわが見られる。
     ホップのルプリン腺 4
     ホップのルプリン腺 5 
 ルプリン腺の着生状態。
 
   
 ホップの雌花序と果穂の構成要素及び雌花序が成長する際の部位の変化については目で見てもわかりにくく、図鑑でも詳しい説明が見られない。

 そこで、これらを理解するため、花穂の構成について、国内の図鑑のわずかな説明例と海外のウェブ情報を以下に抽出してみた。 
 
   ホップの葉裏でも見られる黄色い腺体
 
若い葉で見られ、サイズは小さく、ルプリン腺とは見なされていないようである。 
 
 
 ・  雌花序の内外1対の苞(注:この表現はよくわからない。)は膜状になって、何段にも重なって球状になり、内側に花弁を欠く小さな花をおおう。苞の内側基部には有効物質ルプリン(lupuline)を含む分泌腺がある。(園芸植物大事典) 
 ・  雌花穂は短柄あり、球穂状に集まり、2花毎に鱗状包に包まれる。(原色世界植物大図鑑) 
 ・  雌花は葉腋から出た茎の先端や小枝の先端で房をなし、房では10から50対の花がつき、それぞれの2個の花は緑色から黄色がかった苞葉(bract)に包まれる。多くの苞葉は鈍頭で基部に黄色い腺が点在する。雌花には2個の糸状の花柱をもち、花弁はない。雌花穂は長さ3/4インチに至り、重なり合った無毛の苞葉が基部につく。 (Minnesota Wildflowers info)
 ・  雌花は1つの苞片腋間に2個あり、苞片は瓦状に配列して球形に近い穂状花序をなす。果穂は球果状で、直径3-4センチ。苞片は乾いた膜質で、長さ約1センチ、無毛、油点がある。そう果は扁平で、苞腋毎に1-2個内蔵する
(中国植物誌)  
 
 
   限られた情報であり、用語が統一されていないことに加えて必ずしも苞葉と小苞を明確に区別しているわけでもないなど依然として不分明な点があるが、推定を交えてホップの雌花序及び果穂のイメージを描けば、おおよそ以下の通りかと思われる。   
     
 
 (暫定版)
 雌花序では、瓦状に重なった苞葉の向軸面の基部にそれぞれ2個の雌花をつける。苞の先端は尖る。雌花には花弁はなく、糸状に2裂した花柱をもつ。個々の雌花は基部についた小さな小苞に抱かれる。
 
 雌花序は受粉してもしなくても、苞葉は残存して成長し、一方小苞も成長して苞葉と同程度の長さとなって果穂を形成する。小苞の基部は向軸面側に巻き込んでいて、それぞれその内側に果実(そう果)を1個抱き、背軸面には黄色のルプリン腺を多数つける。小苞の先端は鈍頭で、苞葉とは形態が異なる。


 ホップの雌花序や果穂は樹木のカバノキ科のカバノキ属、クマシデ属(シデ属)、ハシバミ属の樹種と共通したような類似性がある。参考までにこれらの花の苞鱗(苞、小苞)の構成を整理してみると以下のとおりである。(「日本の野生植物」から抜粋)
 
     
   【カバノキ科の雄花と雌花の例】  
 
カバノキ属  雄花 雄花序では花序軸の1次苞の腋にはふつう2枚の2次苞と3個の雄花がつく。1次苞と2次苞は合着する。 
雌花 雌花序では1次苞と合着した2次苞の腋に(1-)3個の雌花がつく。花柱は2裂、果時にも残る。果穂の3裂する鱗片(果鱗)は合着した1次苞と2次苞に由来。
★ シラカバの雌花の様子についてはこちらを参照 
クマシデ属
(シデ属)
雄花 雄花序では各1次苞に3個の雄花がつき、2次・3次苞(小苞)を欠く。 
雌花 雌花序では各1次苞ごとに2個の雌花をつけ、雌花には1枚の2次苞と2枚の3次苞(小苞)がある。花柱は短く、柱頭は線形で2個1次苞は脱落性、2次苞は花後に伸長増大し、3次苞とともに葉状の果苞となる。
★ アカシデの雌花の様子についてはこちらを参照 
ハシバミ属 雄花 雄花序では1次苞の腋に2次苞が2枚つき背軸側基部で1次苞に合着する。3次苞はない。これらの苞の腋に1-3個の雄花をつけると推定されいる。 
雌花 雌花序では各1次苞に雌花が2個ずつつき、2次苞を欠き、2枚の3次苞(小苞)のみを備えている。柱頭は2個。葉状または筒状の果苞は3次苞から発達したもの。
★ ツノハシバミの雌花の様子についてはこちらを参照 
 
     
   なお、先にも触れたとおり、ホップの果苞の苞葉と小苞の位置関係は果苞外観、さらにはばらしてもわかりにくいが、苞葉に2花が載ることを前提とすれば、次のように解釈できるのかも知れない。

 果苞の4列の個々の苞葉に載った2花を抱いた小苞は、苞葉の左右に振り分けた状態で成長し、結果として隣り合った苞葉に由来して重なり合った小苞の列はわずかに左右にぶれた状態で縦に配列することになっているものと思われる。 
 
     
  <比較用:クマシデ、サワシバの雌花序と果穂>   
     
 
クマシデの雌花序 クマシデの果穂 
   
 サワシバの雌花序 サワシバの果穂 
 
     
 3  改めてホップの果穂は本当は何と呼ぶのがふさわしいのか   
     
   一般的にホップの果穂については「球花」、「毬花」、「毬果」、「球果」の語の使用例を見る。つまり、マツの場合と同じ用語が登場する。しかし、「果」「花」の語が同列で使われていることには違和感がある。一方で、形態がよく似ているクマシデやサワシバ等の場合は「果穂」と呼んでいるのがふつうである。
:球花と毬花、球果と毬果はそれぞれ同義語である。

 こうした実態の由来を考えてみると、ホップは元々外来植物で、英語では針葉樹の場合と同様に cone(hop cone)、strobile(hop strobile)の語を使用していることが影響しているように思われる。しかし、国内ではクマシデ属の果苞が重なった果序を「果穂」と呼んでいるところであるから、素直かつシンプルに、やはり「果穂」と呼べばよいと思われる。

 参考までに中国植物誌でのホップ(中国名:啤酒花)の表現も先に掲げた説明文の通り「果穂」であり、きわめてふつう感覚に従っている。 

 なお、念のために言えば、この果穂については既に花の状態ではないから「球花」、「毬花」の語は明らかになじまない。また、「球果」「毬果」の語も松ぼっくりのイメージの呪縛にとらわれてしまって、しかも種なしであるから少々違和感がある。その点は「果穂」の語も事情は同じである。そこで、実態を踏まえたもう少しなじみやすい呼称を使用したいのであれば、例えば「タネなし果穂(球果)」「受粉できなかった花穂(球花)のなれの果て」という表現もいいかもしれない。