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続・樹の散歩道
  シラカバの雌花序、果穂の構造はどうなっているのか


 緑豊かな環境で駐車した車に乗り込んだときに、どこから入り込んだのか、あるいは自分の体に付いて持ち込んだのか、小さなタネが目に入った。薄い羽根を付けた非常に小さいペラペラのタネで、いかにも風に乗ってよく飛びそうな様子である。シラカバの果穂をほぐしたことがあるため、たぶんこれがシラカバのタネであろうことはわかったが、よく見ると面白い形態である。羽根(翼)を2枚付けた姿はまるでのようである。遠くまで飛びたくて、蝶の形を真似したようにさえ見える。そこで、ついでながら付近の果穂で果鱗も改めてよく見れば、そのシルエットはまるで空を飛ぶヒバリの姿ようである。果鱗まで飛びたがっているのか ・ ・ ・ 【2013.10】


 1  シラカバの雌花序の様子   
     
 
      シラカバの雌花序と雄花序
 下垂する雄花序に較べると、直立する小さな緑色の雌花序は地味で全く目立たない。
         シラカバの雌花序(部分)
 苞鱗(苞)の間から、赤い花柱をチョロチョロと出している。
 
     
   外観のイメージとしては、シラカバ雌花序苞鱗(苞)子房の位置関係は、マツ科樹木の雌花で見られる鱗片(種鱗、苞鱗)胚珠の配置に似たものと想像される。

 図鑑では次のように説明されている。

【増補版牧野日本植物図鑑】
 「雌花穂は短枝上に頂生して上向し紅緑色を呈し、苞鱗腋に3花を着け、2小苞あり。雌花は萼を欠き、1子房、2花柱あり。果穂は3−5cm 許の円柱形を成して下垂し、果鱗は3裂し、側片は丸く開出し、小堅果は長楕円形にして左右に薄膜の廣翼あり。」


【原色日本林業樹木図鑑】
 「雌花序は3雌花が集まって1苞葉と2小苞葉に被われ、これが花序軸に穂状に付き尾状花序となって垂下する・・」

  
 
     
 2  シラカバの雌花序をよくみると   
     
 
 左の写真は、シラカバの雌花序の上半分をちぎり取り、残りを上から覗いた様子である。
 
 マツ科のいくつかの樹種について、雌花の鱗片(種鱗、苞鱗)と胚珠の様子、さらには鱗片の変化を別項(こちらを参照)で観察してみたが、シラカバの場合は花柱がごちゃごちゃしていて観察しにくい。

 先の図鑑の説明によれば、ひとつの苞鱗(苞)に対して3つの花・子房がセットになっているということになる。
 
 左の写真で画面下方の1枚の苞鱗に着目すると、2本で1セットの花柱が重なりながら3セット(3個の雌花)収まっていることが確認できる。 
シラカバの雌花序の断面   
 
     
 3  シラカバの果鱗と種子(堅果)        
     
 
 
         シラカバの成熟直前の果穂
 種子を挟み込んだ果鱗がぎっしりすき間なく円柱形を構成している。ふつうは短枝に1つの雌花序が付いているが、写真では2つの果穂が付いている。
       シラカバの成熟果穂
 果穂は果軸を残して翼果と果鱗がバラバラに崩れ、風に舞う。写真のものでは上下から崩れている。
 
     
 
   
       果鱗と3個の種子のセット
 1個の果鱗の向軸面に3個の種子が載っている。下に隠れた2個の種子は扇状に左右に少しずれて収まっている。(写真の下方が果軸側)
                左の1セットを展開したもの(写真倍率は異なる)
 ユニークな形状で興味深いため、少々拡大して見てみることにする。 
 
     
 
   シラカバの果穂の果鱗 その1(外側・背軸面)
 果鱗は空高くさえずりながら舞うヒバリのようである。しかし、種子よりやや重いから、それほど飛ばないと思われる。もっとも飛ぶ必要はないが。
(右側が果軸側。以下同様。)
   シラカバの果穂の果鱗 その1(内側・向軸面) 
 果鱗の中央の裂片を「中裂片」、左右に張り出した部分を「側裂片」と呼んでいる。 
 
     
 
   シラカバの果穂の果鱗 その2(外側・背軸面) 
 特に外側、先端部に毛が多い。果鱗の形態には写真のとおり大きな個体差が見られた。
   シラカバの果穂の果鱗 その2(内側・向軸面)
 
 
     
 
 
              シラカバの種子(翼果・堅果)その1
 蝶の形の種子(翼果)には花柱が残っていて、これが何と蝶の触角を思わせる位置と形態で、やや出来過ぎのような感がある。
 
     
 
 
              シラカバの種子(翼果・堅果)その2
 
羽根(翼)は極薄の半透明の膜で、精緻なトンボの羽根を思わせる。膜部分は平滑でツヤがある。種子は1果穗当たり600〜700粒つけるとされる。写真を撮ろうとしているときに、油断すると鼻息で飛んでしまう。
 
     
 
          シラカバ蝶の触角&舶ェの拡大写真
 種子の先端部には毛が見られ、実に昆虫的な印象である。2本の花柱は役目を終えたものであり、乾燥していて、突けば簡単に折れて落ちる。  
 
     
     
   シラカバの種子は、とにかく遠くへ飛びたい一心で進化したとしか思えない。扁平で小さな軽い種子に大きく広げた膜状の羽根を付け、ひらひらと風に乗って広汎に飛び、開けた場所や攪乱された裸地にたどり着けばこれ幸いと、確実に芽生えることができる。  
     
   ところで、シラカバの果鱗種子の形態はこうして実に興味深いが、果鱗の前身がそもそも何なのかは、途中の経過を見ていないため理解しにくい。花時の花穗の苞鱗が変化したものと考えた場合、あまりにも形態的な違いがあって気になる。一方、苞鱗とは別に形成されたものと考えた場合は、果穗に苞鱗の痕跡が全くないというのもおかしいから、やはり、果鱗の前身は苞鱗としか思えない。

 この程度のことは植物形態の基礎(常識)と思われ、類似性を感じるマツ類の雌花や球果程度の説明を目にできればありがたいのであるが、一般的な図鑑では一言も触れていないのが残念である。 
 なお、図鑑で言う雌花序の苞鱗(苞葉)ごとの2つの小苞(小苞葉)については、写真ではよくわからなかった。
 
     
   【追記 1】 シラカバの果穂の果鱗の由来について  
   シラカバの果穂の果鱗の由来について、半端な認識のままであったが、「日本の野生植物」で、カバノキ科、カバノキ属の通性をとりまとめた項に、これに触れいているのを確認した。個別の樹種の記述にとらわれていて気づかなかったもので、反省ものである。   
     
 シラカバの果鱗の形成経過を気まぐれ観察で納得することは困難と思われるが、ポイントは以下のとおりである。

 カバノキ属では苞鱗(苞、1次苞)の左右に2次苞(小苞)がつくられ、果時には合着した1次苞と2枚の2次苞が3裂した果鱗(鱗片)を形成するということである。こうした果鱗の形成経過はハンノキ属でも同様とされている。

 本文(抄):カバノキ属では瓦重ね状に配列する1次苞と合着した2枚の2次苞の腋に3個の雌花がつく。果実(堅果)は1次苞と2次苞が合着してできた3裂する鱗片(果鱗)とともに果軸から脱落する。

 つまり、先に紹介した果鱗の中裂片は1次苞に由来し、側裂片は2次苞に由来するということになる。
 
     
   【追記 2】 シラカバの雌花の2次苞を再確認  
   シラカバの雌花の2次苞が確認できないままとなっていることから、再度観察することとした。    
     
 
                       シラカバの雌花の構造
 受粉後1週間程度のシラカバの雌花序の苞鱗を1個取り出したものである。1個の1次苞の内側の左右に2次苞があり、これらに抱かれて2個の花柱を持つ雌花が3個重なり合って存在する。 
 
     
   以前に撮影した雌花序の断面を改めて見てみた。  
     
 
    矢印を付したものが2次苞と思われるが、雌花序の断面ではごちゃごちゃしていて、1つの苞鱗(1次苞)を単位とした雌花の構造がよくわからない。

 
シラカバの雌花序の断面   
 
     
   追って、シラカバの雌花のイラストの存在を知ったので、ヨーロッパシラカンバ(シダレカンバ)の雌花の公開イラストと並べてみる。いずれも2次苞が表現されている。    
     
 
          A: シラカバの雌花
 北海道主要樹木図譜(宮部金吾・工藤祐舜著/須崎忠助画 大正9年〜昭和6年)より
  B: ヨーロッパシラカンバ(Betula pendula)の雌花
 Flora von Deutschland, Osterreich und der Schweiz(Prof. Dr. Otto Wilhelm Thome 1885) 
 
     
   2つのイラストをよーく見ると、1次苞と2次苞の重なりの上下関係が両者で異なっている。シラカバのイラストが誤っていると思われる。  
     
  ★ 同じカバノキ科のアカシデの花の様子についてはこちらを参照