トップページへ  樹の散歩道目次へ   続・樹の散歩道目次へ
続・樹の散歩道
  植物の雌雄異熟、雌雄異株、自家不和合性など


 植物が自家受粉(自花受粉)による弊害を避けるために、雄しべと雌しべの成熟時期をずらしている場合(雌雄異熟)があったり、雄花をつける個体と雌花をつける個体が分離している場合(雌雄異株)があって、多くの該当事例があることから、それぞれ広く知られていている。特に後者については身近な植栽樹でも見られ、肉眼で容易に確認できることから、そこそこの認識が普及しているが、雌雄異熟の例を自分の目で確認するためにはその様子を継続的に虫眼鏡的な観察をしなければならないために、案外関心が向かない現実がある。しかし、植物観察をテーマにした書籍で、その様子のいくつが丁寧に紹介されているのを目にすると、念のために撮り貯めた写真で確認してみようかという気持になる。そこで、早速手元の写真で “復習” してみると、写真がうまくその様子をカバーしていれば、幸いにして視覚的に十分納得することができる。【2015.9】 


   身近な「雌雄異熟」の事例    
     
(1)  キキョウ (キキョウ科キキョウ属の多年草)

 キキョウは雄しべ先熟(雄性先熟) のわかりやすい例として有名である。
 
   
 
   
キキョウの花  キキョウのシロバナ品種 
 
     
 
       キキョウの花 1
 雄しべは直立したままで、既に花粉を出し始めていて、成熟前の青い雌しべを取り囲んでいる。
       キキョウの花 2
 雄しべの葯は花粉を出し続ける一方で、雌しべが伸び始めている。
      キキョウの花 3 
 伸びた雌しべの花柱の周りに生えた毛(集粉毛)に花粉がつき、雄しべは倒れはじめている。この頃に蜜を求めて訪れた昆虫によって花粉が他花に運ばれる。
     
 できれば根気よく、同じ花を追跡した方がよいのであるが、横着して撮り貯めした写真から拾ったため、花びらの色合いにバラつきがあるほか、多少の個体差を感じる部分もある。 

 雌しべの成熟時点で、花柱や花冠の底には花粉が残っているようであるが、この花粉の寿命は短いといわれているから、同花受粉は起こりにくいのであろう。

 ただし、同じ個体で複数の花をつけ、成熟のタイイングはずれているから、同一個体内での自家受粉は避けられないと思われる。 
      キキョウの花 4 
 雄しべは完全に役割を終わっており、花粉をつけていた集粉毛も脱落しているようである。
      キキョウの花 5 
 雌しべが成熟し、柱頭が5裂して白い柱頭面を表し、受粉の準備が完了し、蜜を求めて訪れる昆虫を待つ。 
 
     
(2)  ヤブガラシ (ブドウ科ヤブガラシ属のつる性の多年草)

 ヤブガラシは他の植物を覆い尽くすたくましさを持ち、都市部の道端の緑地帯でもはびこっていて、観察するには都合がいい。雄しべ先熟(雄性先熟)といわれ、花弁と雄しべをさっさと落としてしまうのは潔くわかりやすいが、雌しべの柱頭が割れないので、雌しべ自身の成熟のタイミングは正確にはわかりにくい。
 
     
 
       ヤブガラシの花 1
 朝開花すると4個の淡緑色の花弁と黄色い葯をつけた雄しべは午前中に落ちてしまう。オレンジ色の花盤には蜜を豊かに貯えていて虫たちの訪問が絶えない。右は花弁と雄しべを落とし花柱が伸ばした花。 
      ヤブガラシの花 2
 蜜を出し続けたままで、花柱が伸びて、花盤はピンク色となる。
 花盤には蜜が盛り上がっている。
 ヤブカラシは雄しべ先熟であることに加えて自家不和合性(後出)の性質があるともいわれている。
    ヤブガラシの謎の球体
 ヤブガラシの花柄にはしばしば透明で微少な短毛のある謎の球体を目にする。大きくても1ミリほどで、指ではさめばプチッと壊れて水分を出す。
 楽しい宿題となった。
 こちらで検討 
 
     
   ヤブガラシは確かに同花受粉は避けられるが、花序に多数の花をつけて次々に咲き、足並みはそろっていないから、
同一花序内及び同一個体の花序内の花粉による自家受粉は普通に生じていると思われる。 
 
     
(3)   ゲンノショウコ (フウロソウ科フウロソウ属の多年草)

 キキョウと同様に5裂する柱頭が印象的な花である。これも雄しべ先熟(雄性先熟)の例とされることがあるが、成熟した雄しべと雌しべが仲良く並んでいる風景をふつうに見ることから、模範的な教材にはならない印象である。
 
     
 
 
       ゲンノショウコの花 1
 雄しべの葯は既に花粉を出しているが雌しべはまだ成熟していない。
    ゲンノショウコの花 2
  雌しべの柱頭が5裂し受粉体制を整えたと思われるが、葯には花粉が見られる。これでは同花受粉してしまう。
    ゲンノショウコの花 3
  色違いの花で、やはり葯が花粉を持った状態で柱頭が5裂している。
 
     
   個体差もあるかも知れないが、雄しべの葯がまだ花粉を有するときに柱頭が5裂している姿を普通に見ることから、同花受粉を避け切れていない印象があり、雄しべ先熟の教材としてはイマイチである。
 ゲンノショウコは花もかわいいが、種子を “投石機” で飛ばすシステムを持つことで親しまれている。紅花系は西日本に、白色系は東日本に多いとされるが、下痢止め整腸の薬効に変わりはないという。 
 
     
(4)  ヤツデ(ウコギ科ヤツデ属の常緑低木)とウスベニアオイ(アオイ科ゼニアオイ属の多年草)

 これらはいずれも雄しべ先熟(雄性先熟)の例といわれている。   
 
     
 
 ヤツデの両性花 1 
 雄しべが花粉を出しているが、雌しべはまだ伸びていない。蜜滴が見える。
  ヤツデの両性花 2
 雄しべと花弁が脱落後に伸びた柱頭の先が5裂している。 
          ウスベニアオイの花
 左の花は雄しべが成熟して花粉を出している。右の花では雄しべは下方で萎びていて、先端からは雌しべが伸びて柱頭が開いて(10裂)いる。 
 
     
   ヤツデは花序の茎の先端には両性花をつけ、さらに分岐した茎には雄花をつけるとされる。両性花はヤブガラシの花と同様に雄しべと花弁を先に落とし、しかも小花序内では同調しているとされるから、同花受粉及び小花序内での相互の受粉は回避している。このため、同花受粉を避ける仕組みの説明によい(植物観察事典)教材とされる。しかし、やはり花序内では自花受粉は避けられない。 (なお、雄花は遅れて開花するようであるが、全体としてはわかりにくいシステムである。)
 アオイ科のサンプルとして、ウスベニアオイに登場願った。確かに雄しべが先行して成熟しているが、雌しべが受粉する時点下方の萎んだ雄しべに生きた花粉が存在するのか否かは確認できない。ただし、こうして並んで花をつけているから、自家受粉は避けられない。
 
     
(5)  カンレンボク(キジュ) (オオギリ科カンレンボク属の落葉高木)

 カンレンボクは中国原産であるが、しばしば公園樹として見るほか、果実と根に薬用成分(抗癌効果)があって、薬用植物園でもその姿を見る。非常にわかり易い雄しべ先熟(雄性先熟)の例である。 
 
     
 
 雄しべ成熟期のカンレンボクの花    雌しべ成熟期のカンレンボクの花    カンレンボクのユニークな果実
 
     
   キジュは中国名の「喜樹」からで、カンレンボクも中国名の「旱蓮木」による。花は頭状花序で、構造はわかりにくいが、個々の花の花弁は5個、雄しべは10本とされ、雄しべを落としたのちに花柱を伸ばし、柱頭は2(〜3)裂する。    
     
(6)  ホオノキ (モクレン科モクレン属の落葉高木)

 こちらは雌しべ先熟(雌性先熟)の例とされる。巨大な花をつけるから観察には都合がよさそうであが、駆け足で変化するため証拠写真の確保が厳しく、さらに高木で一般に低い位置に花をつけてくれないこともあって教材となり難い。  
 
     
 
      ホオノキの花 1
 巨大な花披片中央の円錐状の花床上部に雌しべを、下部に雄しべを多数つける。雌しべは開花早々に柱頭が反り返るが、写真はその時期を過ぎている。既に雄しべが花粉放出中。
 なお、同じく雌性先熟のタイサンボクの場合は、雌しべの柱頭は反り返ったままとなる。  
      ホオノキの花 2
閉じた雌しべの柱頭は緑色になりつつあり、花粉を放出していた雄しべはさっさと花披片上に落ちてしまい、甲虫にとっての餌場にもなる。 
     ホオノキの花 3
 すっかり雄しべを落とした状態。 
 ホオノキの花は密を分泌しないので、香りで昆虫(花粉の媒介は甲虫)をおびき寄せるという。
 
     
   ホオノキでは同一個体の他の花の花粉による自家受粉がふつうに生じていることが確認されているという。
 また、雌しべ、雄しべの成熟時期がいずれも短くて慌ただしい中で、両者に重複が見られるという見解もあり、そうであれば、同花受粉も避け切れていないことになり、進化が中途半端とも言え、雌しべ先熟の教材としてはイマイチということになる。 
 
     
(7)  タブノキ (クスノキ科タブノキ属の常緑高木)    
     
   花が小さくて観察しにくいが、雌しべ先熟(雌性先熟)の例である。この点では、タブノキよりも同じ科のアボカドの花の方が有名である。   
     
 
【左写真】
 雌しべ先端の白いものが受粉期の柱頭部で、 この時点ではこの花の雄しべは花粉を出しておらず、倒れた状態になっている。

【右写真】
 雄しべは成熟するとともに立ち上がって葯の弁を開いて花粉を放出している。
  雌しべ成熟期のタブノキの花    雄しべ成熟期のタブノキの花   
 
     
(8)  アボカド (クスノキ科ワニナシ属の常緑高木)   
     
   アボカドは栽培上の必要性から、その生理的な特性に関する知見の集積があり、雌しべ先熟(雌性先熟)の開花特性については関係者の間では詳細にわたって広く知られている。花の様子はタブノキとそっくりである。
 アボカドに関するよろず情報についてはこちらを参照。 
 
     
 
【左写真】 
 9個の雄しべは倒れた状態で、花粉を出していない。

【右写真】
 すべての雄しべの葯の弁が開いて花粉を放出していて、内側の3個の雄しべは直立し、葯の背部で白さを失った柱頭を取り囲んでいる。
雌しべ成熟期のアボカドの花  雄しべ成熟期のアボカドの花   
 
     
   雌雄異熟とされるいくつかの植物のサンプルでその様子を見てみたが、雄しべと雌しべの成熟時期のピークは確かにずれているが、同花受粉を完璧に排除できる種は多くないとおもわれ、仮に同花受粉を排除したとしても同一個体内の自家受粉は避けようがないと思われる。しかし、全体的に見れば同花受粉を一定程度抑制することには成功していると思われる。そもそも神経質なまでに完璧を求める必要のない性質のものと理解した方がよいと思われる。
:このことを本当に理解するためには同花受粉、自家受粉による有効な結実率がどの程度なのかも知る必要がある。
 
     
   農作物の品種改良の長い歴史の中で、近親交配近交弱勢の弊害を招くことが古くから知られていて、逆に遠縁の交雑雑種強勢の効果がみられる場合があることが知られている。一方、自然の植物では驚くことに自花受粉を避けるためのさまざまなシステムが見られ、種の維持に有用な遺伝的多様性を確保して、さまざまな環境変化にも適応できるような多様な子孫を残すための適応が確認できる。雌雄異熟はその一つと言える。   
     
  <参考:各種資料で雌雄異熟の例として掲げられている種>   
 
 資料 雄しべ先熟(雄ずい先熟、雄性先熟)の例  雌しべ先熟(雌ずい先熟、雌性先熟)の例 
岩波生物学辞典  ヤナギラン属、キク科、ウメバチソウ属、ユキノシタ科、セリ科、ニガクサ属など  ゴマノハグサ科、オオバコ科、アブラナ科、ホソバノシバナ、イヌサフランなど 
図説植物用語事典  ヤナギラン、シャク、ウツボグサ、イロハモミジ、トウカエデ、ネグンドカエデ、ハウチワカエデ   オオバコ
福岡教育大Web  ヤツデの両性花(小花序ごとに同調)、ゲンノショウコヤブガラシツワブキ、フリソデリンドウ、ハルリンドウ、ホタルブクロ、カノコソウ、ホウセンカ、シャクなどのセリ科の多く、オボロヅキ、クサギ、ソバナ、グラジオラス  クスノキ、シキミ、ツクシショウジョウバカマ、サバノオ、、オオバコ、アオカズラ、タブノキ、スズメノヤリ、ジュズダマ 
植物観察事典   キキョウ、ツリガネニンジン、ヤナギラン、ホタルブクロ、アオイ科など  キツネノボタン
写真で見る植物用語  キキョウ、ホタルブクロ、アキノタムラソウ  オオバコ、スズメノヤリ、セイバンモロコシ 
その他資料  キキョウ(日本の野生植物)、タラノキの両性花、ノアザミ、ミズバショウ、クサギ、カンレンボク(キジュ)  オオヤマレンゲ、オオバコ 、ホオノキアボカドロウバイソシンロウバイ
 
     
   そのほか、よく知られている「雌雄異株」も特定の植物が選択したシステムである。多くの樹木の種が思い浮かぶが、雌雄異株は全体の数パーセント(4%とも)に過ぎないといわれている。(雌雄異株の例はこちらを参照)

 また、「自家不和合性」と呼んでいるシステムも見られる。雌雄同花で雄しべと雌しべが同時に成熟するにもかかわらず、同花内での交雑が不和合性を示し、受精が正常に行われない性質をいう。人が人為的に交配で作出した多くの果樹品種やソメイヨシノでも見られる性質であるが、そもそも過半の植物種がこの性質を保有しているという。

 植物の性に関してはその他さまざまな現象が知られていて、植物の長い歴史の中で形成された特性に感心するが、そのメカニズムに関してはわからない事だらけのようである。 
 
     
   気になった説明事例   
     
   ところで、雌雄異熟の解説でしばしば「性転換する」として解説している例を目にする。
 しかし、これらは雄しべと雌しべを有する両性花が同花受粉を防止するために、あくまで雄しべと雌しべの成熟時期をずらしているものであり、決して花が性を転換しているものではなく、泰然として両性花であり続けていることに変わりはないことから、こうした場でのこの語の適用には強い違和感がある。

 また、この雌雄異熟花で、雄しべが成熟して花粉を出す時期を「雄性期」、雌しべが成熟して受粉できる時期を「雌性期」ととしている例も多いが、この表現も性転換の認識に立ったイメージが色濃いため違和感を与えており、それぞれ素直に「雄しべ成熟期」、「雌しべ成熟期」とした方がわかりやすい。性転換の語及びこの認識に基づく表現は人の注意引く効果こそあるが、青少年に誤った認識を与えることから、避けるべきであろう。

 なお、植物における本来の性転換の例としては、サトイモ科のテンナンショウ属の種が有名で、この属の植物では地下の芋(球茎)の重さ(サイズ)の増加に伴って雄から雌に性表現が変化し、しかも何らかの原因で球茎の重さが減少すると逆の変化をする(可逆性転換)ことも知られている。

 仮に、例えば雌雄異株の樹木で、年によって雌雄が完璧に逆転するような現象が確認できれば正真正銘の性転換と見なされることになるが、実は一部のカエデ類(ウリハダカエデ等)、その他樹種で、まれに性転換を確認したとする報告があり、発現のメカニズムは明らかになっていないが、環境ストレスが要因となっている可能性が指摘されている。テンナンショウ属の例を含め、環境あるいは自らの状況に基づき柔軟に対応していることが伺える。 
 
     
   <参考:性転換が通常の性質となっているテンナンショウ属の例>  
     
 
 ウラシマソウ ユキモチソウ  マムシグサ  ムサシアブミ