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続・樹の散歩道                     
  アブラチャンの名前の由来


 アブラチャンの名は、初めて聞いた人にとっては間違いなく最もかわいい印象を持つ植物名の一つである。たぶん、多くの人が念のためにその名の由来を検索して、その結果、実に説得力に欠けた説明内容を目にしてがっかりすることになる。そもそも、もう少し受け入れやすい講釈がないものであろうか。 【2018.4】 


 
                   アブラチャンの果実と種子
 アブラチャンはクスノキ科クロモジ属の落葉低木 Lindera praecox (Siebold et Zucc.) Blume で、種子には多量の油を含み燈火用に使用されたほか、樹皮や枝葉にも精油を含み、たいまつにも使用されたという。  
 
     
 アブラチャンの様子         
 
          アブラチャンの葉表
 葉柄の基部が紅色でよく目立ち、よい目安となる。
           アブラチャンの葉裏
 葉裏はやや色が薄い。葉柄の色が鮮やかである。
 
 
     アブラチャンの雄花 
 花は雌雄異株で、非常に小さい。
     アブラチャンの雌花 1
 長い雌しべが突き出ている。
     アブラチャンの雌花 2
 花は複雑で、6個の花被片と雌しべ以外は構造を確認しにくい。
     
     アブラチャンの果実 1      アブラチャンの果実 2      アブラチャンの果実 3
     
    アブラチャンの果実 4
 果実は熟すと果皮が不規則に割れて種子をだす。
    アブラチャンの果実 5
 成熟果実の様子。 
     アブラチャンの種子 1
  右端は種子の断面である。本体は2個の大きな子葉である。
 
 
 
                      アブラチャンの種子 2
 左から内種皮に包まれた種子。次は内種皮を剥がした状態で、半球状の2つの子葉からなる。
 右の2つは子葉を開いた状態で、幼芽は微小である。 
 
     
 
   
       アブラチャンの種子の小さな幼芽      アブラチャンの種子の燃焼の様子 
 
     
   油糧種子でもあるダイズ種子は着火すれば単独でも燃焼するというから、面白半分にナマのアブラチャンの種子の外種皮を剥いて火をつけようとしたが、残念ながらそのままでは着火しなかった。そこで、乾燥種子として火を付けたところ、油が燃える際に固有の煙を出しながら弱く燃焼した。比較用としたバターピーナッツがメラメラと大量の煙を出しながら勢いよく燃えたのに比べると、アブラチャンは油の含有量がそれほど多くないと思われる。したがって、種子を搾った際の油の収量は少ないと思われる。   
     
   アブラチャンの種皮を取り除いた種子は、マカデミアナッツというにはやや小さいが、まるでヘーゼルナッツのような風情で、美味しそうである。ものは試しで口に入れて噛んでみると、味はなくややぬめりを感じるのみであった。それではと、電子レンジで熱してみると、期待できそうな香りがやや生じたものの、まずいことには変わりなく、食用とはならないことが判明した。噛んでいるとぬめりが一層強くなって、すり下ろしたヤマトイモのようになり、はき出したものは全体がどろりと一体になってぶら下がるほどのぬめりが生じていた。   
     
   アブラチャンの種子は個体によって中味の充実度に随分差があるようである。つまり、種子の子葉が変に萎縮したものしかつけない個体を少なからず目にした。   
     
 アブラチャンの名前のよくわからない説明  
     
 アブラチャンの名を初めて耳にすれば、多くの人は冗談半分、期待半分に「アブラちゃん」の表記を思い浮かべてしまうの普通の感覚である。ところが、その一般的な説明として、「昔この果実から油を採ったから「アブラ」で、「チャン」はピッチ、コールタールを意味する「瀝青(れきせい)」のことである。」としている。

 この名前の説明について、「アブラ」まではいいのであるが、何でピッチ、コールタールを意味するという「チャン」の語が突然たたみ掛けるように登場するのか全く理解不能で、とても受け入れられない。漆黒の石油由来のドロドロ、ベタベタ成分など全く関係ないはずで、類似性もないから、これに関連づける理由は見当たらない。さらに、「チャン」の奇妙な音は明らかに日本語的ではないとの確信をもって、これを調べてみると、何とピッチの英語名 chian turpentine (チャン・ターペンタイン)の省略形に由来するらしいとの説明を目にする。こうした特定分野の一般性に欠けた語まで持ち出して講釈するというのは、かなり強引で無理な講釈と受け止めざるを得ない。

 たぶん、多くの人がこうした講釈に強い違和感を持っているはずであり、残念ながら全く納得のできない、最も不信感を抱かれている語源解釈の一つとして受け止められると思われる。しかしながら、同時に断定口調の訳のわからない講釈が幅をきかせていて、これまた断定的な口調のままでコピペされて普及してしまっている。

 もう少し受け入れやすい講釈がないものかと、複数の図鑑類をあたってみた。まずは一般的な説明事例からである。
 
 
(アブラチャンの名前に関する一般的な説明事例)  
A   【樹に咲く花】
 名前の由来:種子や樹皮は油を多く含み、生木でもよく燃えるところから付けられた名前。チャン瀝青のことで、ピッチやコールタールなどの総称。別名のムラダチ(群立)は幹が多数叢生することによる。 
 【牧野新日本植物図鑑】
 日本名:果実や樹皮に油が多くて、よく燃焼するからで、チャン(瀝青)を合わせて名としたものであろう。一名をムラダチ(群立)というが、樹枝が多数あるからである。また、一名ズサ、ジシャの意味は不明である。(内容は旧版の牧野日本植物図鑑と同様)
 注:「・・・であろう。」としているのはまだ謙虚であるが、本当は「・・・とする説がある。」として欲しかった。 
 【植物観察図鑑】
 樹皮や果実に多くの油を含み、よく燃えるので、日本の油と中国の油、すなわち、油と瀝青(れきせい)を合わせて命名したものである。つまり油の重語である。このような語を複合名詞という。山の人は本種がよく燃えるので、まきとして好んで用いる。
 注:ここまで自信をもって言い切ると、ほとんど暴走といった印象となってしまう。 
 
 
 アブラチャンの語源解釈に関する異説  
 
 きわめて少ないながら、異なる説が見られるほか、複数の説を併記・紹介している良心的な例も見られる  
 
(アブラチャンの名前に関する異説)  
 【樹木大図説】
 アブラヂシャが訛ってアブラチャンとなったと考える 
 【世界の植物】
 アブラチャンのチャンとは瀝青(れきせい)のこと、あるいはジシャの訛りともいう。(ジシャまたはズサの方言名は、東北、関東、中部地方に広く通用している。) 
 【花と樹の大事典】
@ チャンは「瀝青(天然のピッチの類)」を指し、種子から油が採れ、幹や枝がよく燃えることから。 
A 種子や幹、枝に油を多く含むため、アブラジシャといい、転じてアブラチャンになった。「ジシャ」は「チシャ」でエゴノキの異名でもある。アブラチャンとエゴノキは分類上は異なるが、樹勢、果実のなり方、油が採れることなど類似点が多く、混同される。 
 属名は「異なった para」と「(属名)Benzoin」で、Benzoin 属と似るが、果皮が割れる点で異なるため。種小名は「早熟の、早咲きの」の意。
注:Parabenzoin praecox (Siebold et Zucc.) Nakai  の学名はシノニム 
 【横山健三 2001-2,新潟県植物保護 Vol.29 p.3-3 】
 アプラチャンの実物と名前を初めて知った時に、これはアブラチャがアブラチャンに訛ったと考えた。アブラチャンの果実と種子がチャの果実種子に酷似しているからである。
 クロチャン、クロチャ、チャガラなどの方言がある。アブラ(油採取用)とチャ(茶果実種子類似)との合成である。 
 
     
 
<参考メモ>

 【広辞苑】

 チャン【瀝青】(chian turpentine チャン・ターペンタインの略という) タールを蒸留して得る残滓、または油田地帯などに天然に流出固化する黒色ないし濃褐色の粘質または固体の有機物質。道路舗装や塗料などに用いる。ピッチ。

 れきせい【瀝青】(bitumen ビチューメン)(本来は天然アスファルトの意) 天然に産する固体・半固体・液体または気体の炭化水素類に対する一般名。主なものは、固体のアスファルト、液体の石油、気体の天然ガスなど。ビチューメン。

 チャンぬり【瀝青塗】土器に瀝青を塗ったもの。油が土器にしみないので灯火が長持ちする。胸算用五「又紙屑集めし者は― の土器仕出して世に売れども」

 アブラチャンの中国名大果山胡椒 (樟科・山胡椒属)  
 
 
 感想  
 
 「チャン=瀝青説」以外には「アブラヂシャ説」と「アブラチャ説」のあることを確認した。  
 
(1)  チャン=瀝青説について  
 
 この説の支離滅裂振りについては先に述べたとおりで、繰り返さないが、この説が生まれた経過を推測すると、案外単純で、単に「チャン」の一般的な意味を調べて、迷うことなく唐突な石油に関係した「瀝青」と推定したに過ぎないと思われる。いかにも感性に欠けた説である。
 なお、瀝青(れきせい)の語は中国語由来と思われ、またチャンの音は英語に由来すると推定されていることは先に触れたとおりである。
 
     
(2)  アブラチャ(油茶)説にいて   
     
   明らかに(1)の瀝青説よりは健全である。チャノキの種子からは同じツバキ科ツバキ属のツバキ、サザンカの種子と同様に種子油が採取可能であることは知られているところであるが、わざわざアブラ(油)とチャ(茶)の語を重ねるように結合して名前にするという感性は、現実味がないように感じる。   
     
(3)  アブラヂシャ説について   
     
   残る一つとなってしまった。この説は、アブラチャンの別名として「ヂシャ」の名があることを手がかりとしたものであるが、そのジシャにわざわざアブラを冠するという感性は、やはり現実味がないように感じる。

 そこで、別の可能性を考えなければならない。
 
     
(4)  新提案   
     
   可能性として以下の経過を感じる。
 チシャノキ、チシャはエゴノキの別名でもあることが知られているが、アブラチャンの果実は油が採取できることに加えて、果実の印象が(アブラチャンより広範に存在して一般的である)エゴノキ(チシャ)の果実にやや似ていることから(エゴノキの名前を軸足として)アブラチシャ → アブラチャン となったと考えるのが自然ではないだろうか。

 ただし、エゴノキの種子油も(どれだけ一般性があったのか詳細は不明であるが) エゴ油とかズサ油と呼び、燈油として使ったとされる事実がある点は少々悩ましい。 
 
     
   植物名の語源はわからないものが多いが、楽しみながらこれを論ずる場合は、やはり謙虚な姿勢と素直な感性をもって向き合うことが必要と思われる。   
     
  *かつて種子油が採取された色々な樹種の種子の様子についてはこちらを参照   
     
5   アブラチャンの芽生えの様子   
     
   アブラチャンの果実が運よくある程度まとまった量手に入ったものの、別に油を搾る根性はないため、 とりまきして芽生えの様子を観察してみることにした。  
     
 
     
    アブラチャンの芽生え 1
    アブラチャンの芽生え 2
    アブラチャンの芽生え 3
 
     
    アブラチャンは、芽生えに際しては子葉を展開せず、鱗片状の多数の小さな葉をつけた茎が頭をもたげる。茎の下方の葉は大きくならず、上方の複数の葉がまとめて成長・展開する。
 種子を覆土して芽生えを待ったものであるが、芽生え初期の種子の様子を確認するために掘り出した姿は次のとおりであった。
 
     
 
   半球状の子葉がパックリ開いて、先に見た種皮寄りの幼芽の部分から根を出し、さらに茎がお辞儀をしながら伸び出した状態である。

 子葉が地上で展開せず、残したままとする発芽の風景は、別項で確認した同じクスノキ科のアボカドと同様である。

★ アボカドの芽生えについてはこちらを参照

  
    アブラチャンの芽生え(全身版)  
 
     
  <アブラチャンの果実に関する気づきの点 メモ>   
   アブラチャンの果実について、以前から気になっていることがある。
 アブラチャンの果実を採取して、その種子の充実具合をチェックしていると、丸い種子の種皮は通常の大きさでも、中の胚乳や胚がペチャンコで未成熟であることが多いことに気づく。

 よくよく考えてみると、特に植栽されたアブラチャンでは、雄株であったり、雌株であったりで、雄株と雌株の両方が隣接して植栽されている例は少ない実態にある。結局のところ、雌株単独植栽の場合はスカスカの果実しか見られず、雄株と雌株が隣接して植栽されてる場合は、充実した種子の入った果実をつけるという、わかりやすい事実がある。

 しかし、雌株単独植栽ではそもそも果実などつけないはずなのに、実際にはスカスカの果実をつけている風景をふつうに見かけること自体が奇妙である。この点に関して論じられている例は目にしない。