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続・樹の散歩道
  アカザやシロザの葉の粉とは一体何なのか


 アカザシロザもアカザ科(新分類はヒユ科)アカザ属の1年草で、アカザは道端ではなかなか見ないが、シロザは道端の雑草としてしばしば見かける。いずれも食用とされた歴史があるとされ、シロザの葉は白い粉(原色日本植物図鑑)あるいは白い粉状物(野に咲く花)に覆われていて、アカザの葉は紅紫色の粉(日本原色雑草図鑑)、紅紫色の粉状物(野に咲く花)に覆われているとされる。少々興味を感じて拡大して見たところ、何と、美しいガラス玉のようなつぶつぶの粒子が葉の全面を覆ったワンダーランドが眼前に展開した。 【2017.7】  


        アカザの葉の様子
 古いい時代に中国から渡来したともいわれるアカザ科(ヒユ科)アカザ属の1年草。  Chenopodium giganteum , Chenopodium album var. centrorubrum , Chenopodium centrorubrum 紫紅色の若葉が美しい。
           シロザの葉の様子
 ユーラシア原産のアカザ科(ヒユ科)アカザ属の1年草。
Chenopodium album 白い若葉が特徴。
 地域名としては、アカザもシロザも区別しないでまとめてアカザと呼んでいることもあるという。  
 
 
 葉のつぶつぶの呼称とその姿  
 
 多くの図鑑で使われている「粉」とか「粉状物」の表現はこれが果実表面のブルーム(粉状のロウ物質)と同列のもののように聞こえて、葉の表面で生成されたものでありながら、現状では単に付着した状態にあって、軽くこすれば簡単に脱落する性状をイメージしてしまうが、アカザ属の2種の葉の表面を拡大して見ると、「粉」のイメージとは全く別物であることがわかる。

 そこでよりわかりやすい呼称がないものかと図鑑等を調べてみると、表現は色々であるが、粉、粉状物以外の表現が以下の通り確認できた。
 
 
出典 シロザ アカザ
日本の野生植物・旧版 若い葉には白粉がある。 若い葉は表面下部には赤色の粉粒を密布する。
日本の野生植物・新版 若い葉には白色または淡紅色の粉状毛がある。 若い葉は表面下部には赤紫色の粉粒を密布する。
園芸植物大事典 新芽や若い葉には球状の細胞がついている。
野草大図鑑 若い葉の中心部が白い粉(粉状毛)におおわれている。 若い葉の粉状毛が紫紅色
原色日本帰化植物図鑑 若い葉は両面とも粉状の毛に被われ、白色、ときに淡紅色、成葉は下面だけにまばらな粉状毛があって白色を帯び、上面は光沢を欠く。 若い葉が紫紅色の粉状毛に被われる。
植物観察事典 若葉には白い粒子がみられる。これは丸い細胞である。いいかえると丸い毛といえる。
 
注:   「日本の野生植物」がシロザに関する記述で従来「白粉」としていたもを、新版では「粉状毛」と改めたことは結構であったが、残念なことにアカザに関する記述と統一されていない。
 
 
 調べた範囲では「粉状毛」の語が優勢であった。「粉」の語では植物体と生理的には分断された概念として受け止められるが、「毛」であれば、生理的には植物体と連続しているものとして表現されるから、(形態に由来する違和感や機能がよくわからないことは別にして)明らかに従来よりはわかりやすい。ただし、なぜ「毛」と呼ぶのかについては、毛の概念が曖昧であるから、誰も答えられないであろう。

 植物の毛として整理されているものには、生活感覚での毛とはずいぶんかけ離れたものがあって、例えば鱗状毛などは、毛のイメージとは全く異なるものの、ほかに適当な語がなくて、仕方なくこの語が使用されている印象がある。そもそも植物の毛の機能が詳細には解明されていなかで、現行名をリセットして用語を整理するのは困難と思われる。

 こうしたなかで、粉状毛の語は仕方がないと感じつつも、ガラス玉のような丸い形状のイメージを表現するには、むしろ「粒状毛」の語の方がふさわしく、この語の使用を提案したい。
 
 
      シロザとアカザの粉状毛(粒状毛)の様子(葉裏と葉表、2種類の倍率による)  
 
シロザの葉の粉状毛(葉表)  シロザの葉の粉状毛(葉裏) 
   
 シロザの葉の粉状毛(葉表) シロザの葉の粉状毛(葉裏) 
   
 アカザの葉の粉状毛(葉表)          アカザの葉の粉状毛(葉裏) 
 まるでルビーの輝き(実は本物はよく知らない)であり、眩しいほどに美しい。
   
 アカザの葉の粉状毛(葉表) アカザの葉の粉状毛(葉裏) 
 
     
 粉状毛(粒状毛)の属性と性状  
 
 この奇妙な粉状毛(粒状毛)については一部の図鑑等でこれが球状の細胞であることに触れている(園芸植物大事典、植物観察事典)。

 これが当面の間、球体を維持しているということは明らかに植物体とわずかに連結していることを示している。しばしば細胞液を失ってペチャンコになったものが点々とみられたが、これは植物体と分断されたことによるものであろう。

 そもそもこうした球状の毛がどんな機能を有しているのかは明解な説明を見ない。ただ、特に若くて小さな葉で密についているということは、虫による食害から身を守っている可能性を感じる。また、一般に新芽や若い葉が赤い場合は、しばしば紫外線から若い植物体を守る機能があるのであろうと推定されているが、それではシロザの場合は? 少なくとも強い光を乱反射することはできそうである。

 さて、この粉状毛であるが、軽くこすっても脱落しないのを確認した。つまり、アカザやシロザを今でもしばしば食べる人がいるのかは不明であるが、洗い流しても粉状毛は脱落しない(注:園芸植物大事典にはアカザの粉状毛の説明で、「これを洗い流してゆでて食べる。」とある。)。そこで試してみたのであるが、意外やかなり強くこすらなければ粉状毛を完全に落とすことができないのを確認した。なお、シロザでもアカザでも、葉の表面をゴリゴリこすって粉状毛を落とせば、普通の緑色の葉面が姿を現す。
 
 
  【追記】   
   アカザの毛について、英語で vesicular hairs (小胞毛)の語を使用している例を目にした。
 なお、アカザ属では海岸部などに生育して塩性(生)植物と見なされているものがあって、表面の毛を塩毛(salt hair)と呼び、この気泡細胞(bladder cells)に塩を集積し、その塩分の濃度が高くなると塩毛を落として新しい塩毛をつけ、植物体の耐塩性を高めているとされる。 残念ながら、アカザやシロザはこれには該当しないようである。
 
     
<気づきの点・まとめ>  
・   シロザの若い葉が白く見えるのは、透明のガラス玉のような球状の細胞からなる粉状毛が葉の表面を覆っていることによる。同様に、アカザの若い葉が紫紅色(赤紫色)に見えるのは、ルビー色のガラス玉のような球状の細胞からなる粉状毛が葉の表面を覆っていることによる。 
・   いずれの場合も、葉の地は同じ緑色である。 
・   シロザではわかりにくいが、アカザの場合、紫紅色の粉状毛の中で点々と白いものが見えるのは、粉状毛が葉の本体と分断されて細胞液が乾燥・消失し、ペチャンコの細胞壁だけになったものがあることによるものと思われる。 
・   ここでふと思い出したが、ヘクソカズラの花冠の外面のつぶつぶ(こちらを参照)も、同類と思われる。 
 
 
 興味を感じた情報メモ   (観)は植物観察事典、 (世)は世界大百科事典による。  
 
 
<シロザ> 
 ・   シロザはヨーロッパ原産だが、今では世界中の温帯域に帰化している。(世)
 ・   アカザは大きくなって茎は杖に用いられるほどになるが、シロザは大きくならない。(観)
 ・   シロザは畑やごみ捨て場に生える好窒素性の雑草で、やせたところには生えない。(観)
 ・   中央アジア産のものは馬の尿のにおいが強い東アジア産のものはにおいが少ないので若葉は食べられる。(観)
 ・  空襲後の焼け跡に大繁茂したが、1〜2年で絶えた。繁茂地は数年で新しい場所へ移る。(観) 
<アカザ> 
 ・  アカザは古く中国から伝えられたといわれるが、正確なことはわかっていない。(世)
 :アカザの中国名は「藜」 
 ・  葉を多く食べると、アカザに含まれている不溶解性の物質が消化管から皮膚下に運ばれ、その部分がたまたま日光の直射を受けると、水ぶくれとなる。これをアカザ皮膚炎という。大戦中や戦後の食糧難時代に、これを毎日食べた多くの人が経験した。(観) 
 
     
  アカザやシロザが戦中・戦後の日本の風景・生活と密接係わっていたことを知ると複雑な心境となる。   
  アカザの杖についてはこちらを参照