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木あそび
 アカザ(藜)の杖は現在でも存在するか


 仙人にとっては必携の「アカザの杖(あかざのつえ)」であるが、中風の予防になるとして昔から有名である。やはり中国からもたらされた言い伝えなのであろうか。アカザ自体は古い時代に中国経由で伝来し、食用として栽培された歴史があるとされ、日本各地で見られるという。この草本を素材とした杖が、はたして現在でも作られているのであろうか。
【2009.12】


アカザの紅紫色の若葉は何とも美しい
アカザの花
                                                             
アカザのあらまし
   
  アカザ (藜) Chenopodium aibum var. centrorubrum はアカザ科アカザ属の1年草。インド原産で古い時代に中国経由で渡来し、食用に栽培されていたものが野生化したものといわれる【山渓 野に咲く花ほか】(注:インド又は中国原産との記述も見られる。)。学名上は同属のシロザが基本種で、アカザはその変種扱いである。日本各地にふつうに見られるといわれるが、どうも実感がない。
 アカザの畑から逃げ出したものは若菜の中心部の特有の鮮やかな紅紫色が消え、シロザに近いものとなるが、シロザとは全くの別の種である。【薬草図鑑:家の光協会】 →この見解は他では目にしない。
 茎は直立して2メートルほどにもなり、径は3センチほどにも達して、質は堅い。
 アカザは好窒素植物で、エンバクの3倍も窒素を吸収する。【小学館食材図鑑】
 アカザやシロザはビタミン類が豊富で、かつては若葉をよく食べたが、今では同科のホウレンソウなどの普及によりほとんど用いられなくなった。人によりアカザ中毒疹を起こす場合がある。これは煮た葉を食べてから強い日光に当たると局所的に発赤、むくみ、紫斑、ただれ、潰瘍などが生じ、灼熱感と痛みを伴うものである。【薬草図鑑:家の光協会 ほか】
 第二次世界大戦中は救荒植物として栽培された。【花と樹の事典:柏書房】
 葉についているでアレルギー症状が出ることがあるのでよく洗い流して利用する。
【よくわかる山菜大図鑑】
(注)「粉」に見えるものについては葉と繋がっていて、「粉状毛」等の名がある。その様子についてはこちらを参照。なお、アレルギー症状の原因をこの粉状毛に特定することには疑問がある。
 アカザ中毒の臨床例のほとんどのものは豚において報告されているが、反芻動物も中毒する。アカザの主要な中毒の原理は分かっていない。【農研機構】
   
 アカザの効用
   
@ 薬効等
 民間薬で葉を揉んで虫歯に塗り、また煎剤(1日20g)として健胃、強壮薬にする。
【保育社薬用植物図鑑】
 齲歯(うし(くし)。虫歯の意)のときに乾燥した茎葉を煎じた汁を口中に含んでいれば痛みが止まる。毒虫に螫(さ)されたときは、生葉の揉み汁を塗布するとよい。また揉み汁を塗布すれば癜瘋に効がある。果実を黒焼きとして之れを胡麻油で煉って塗布すれば小児の頭瘡を治すると云ふ。【薬用植物事典(村越三千男】
 アカザはわが国では一部で葉を食用にするほか、民間で生葉を揉んで虫の咬刺傷に外用したり、葉の煎汁を服用して健胃、強壮の効があるという。また、煎汁を歯痛にうがい薬とする。中国ではアカザはシロザの近似の品種としてシロザと同様に薬用に供されている。【本草図譜総合解説:株式会社同朋舎出版】
   
A 杖の効用
   
 アカザの杖など日常では目にすることはないが、古くから中風中気脳梗塞)の予防になるとの言い伝えがある。しばしばこれに言及した記述を目にするものの、具体的にどの文献に記載されているのかについては一般に触れられていない。しかし唯一、韓国の聞慶市のホームページで、本草綱目において中風を防止し、治すことができるとした記述があることを紹介していた。
 http://japan.gbmg.go.kr/open_content/special/item/cheongryeojang

 またしても、中国の本草学かと、念のために本草綱目の該当箇所(菜部第二十七巻柔滑類 藜)を春陽堂版の国訳で確認したところが、そんな記述は見あたらない。杖のことに関しては、単に「(アカザが)老いれば杖になる。」としているだけである。版の違いによるものとは考えにくいが不明である。
   
 本草綱目啓蒙(小野蘭山)では、杖としての利用に関して、「肥地に栽ゆれば甚長大にして杖となすべし 然れども葉間に枝を生ずれば形ゆがみて宜しからず 故に務めて嫩枝を摘み去るべし」として杖作りの留意点を講釈している。

 また、和漢三才図会(寺島良安・平凡社版口語訳)では、アカザ(藜菜、和名 阿加佐)の杖に関しては「夏・秋に老いると茎は老帚菜の茎に似て稜があり、青に赤色を帯びる。長いもので四、五尺。杖にするとよい。」とする記述だけである。

 残念ながら、とりあえずは中風に言及した古い文献の記述が見当たらない。中国医学、本草学では認知されていないのであろうか。
 一方、否定的な記述例では、「アカザの茎でつくった杖を常用すると、中風にならないとか、中風の治療にいいと言われている。しかし、これは迷信。アカザの杖には中風を治したり、予防する薬効はない。【山渓 野草の名前】」と明言している例があるほか、国語辞典等では俗信があったとしている。

 そこで、ある杖・ステッキの専門店で聞いたところ、アカザの杖に凸凹があって、手のマッサージ効果があることに由来するものであろうということであった。つまり、手の中でクルミをコリコリやるのと同じ効用と理解できる。 劇的な効果ではないにしても、麻痺した手に対するマッサージの一定の効果については一般に認知されていることから、声を高めて否定するほどのこともなさそうな話である。
  掌中用胡桃

 いずれも拾ったオニグルミで、お試し用に3サイズ手元にある。 尖った先端部は丸めて、椿油で拭いてあり、コリコリやればさらに艶を増すはずである。
 
 アカザの杖の存在

 今の時代に、仙人が持つような杖を手にしてゆったりと歩いている老人の姿は想像できないが、アカザの杖そのものは絶滅してしまったのであろうか。

 機会あって東京と京都の杖・ステッキの専門店に足を運んで聞いてみたところ、いずれの店でも待ってましたとばかりに店の製品を見せてくれた。太さはやや細めであったが、漆塗りでウン万円の価格である。買う気はなくても、しばしば問い掛けるお客さんがいるのであろう。営業上の演出として準備しているとの印象を持った。
 多分、実際の需要は限りなくゼロに近いものと思われる。しかし、伝説のアカザの杖が存在するだけで、なぜか安心し、うれしくなってしまった。また、ネット通販でも取り扱いが見られ、さらに先に紹介した韓国の聞慶市のホームページには、アカザの杖が同市の特産品であることを紹介していて、しかも驚くことに「 '92年度から母の日及び老人の日に大統領が100才以上の年寄りに寄贈する下賜品に選定され、今でも納品されている。イギリスのエリザベス女王が慶北安東を訪問した時の記念の贈り物に選定されたりした。」とある。

 なお、東京都の薬用植物園では数ある植栽種にアカザも含まれていて、毎年ナマの現物を熟覧できるが、刈り取ったアカザを利用して職員が遊び心で制作したと思われる「本物のアカザの杖」を管理事務所で見ることができた。太さも杖に最適で、感触を確かめてみると、軽量の木材に対しても全く遜色がない。つまり、手にして初めて確認できたのであるが、非常に軽いのはもちろんのこととして、驚くほど硬く、実用的な強度については全く問題がないと思われた。
      アカザの杖の製品
 「長寿 あかざの杖」の表示がある。漆塗りで丁寧に仕上げられている。
銀座タカゲン(株式会社タカゲン)
  東京都中央区銀座6丁目9番7号
  銀座中央通り 銀座松坂屋前
  
   
  東京都薬用植物園特製のアカザの杖
 断面を見ると、まるで木の年輪のような模様が見られた。透明塗装仕上げとしていた。先端に付けるゴムは専用の各種サイズが販売されているが、これは代用品と思われる。
東京都薬用植物園
  東京都小平市中島町21−1

 
 アカザを身近なところで見つけたら、移植した上で慈しんで大きく育てれば、アカザの杖の製作は別に難しいことではなさそうである。それにしても、各地でふつうに見られるとされるアカザがふつうにみられないのだが。
   
 
                    太く育ったアカザの茎の様子
 これなら杖に加工できそうである。茎の下部の凸凹が手にした場合に具合がよさそうである。
   
【追記 2010.5】
 大量のあかざの杖が地方の道の駅で販売されていた。岡山県新庄村の「道の駅メルヘンの里新庄」で、さりげなく段ボール箱に立てたあかざの杖が20本ほど。表示からすると地元産のようである。価格は激安で、太いもので千円、やや細いもので800円である。自然素材の製品に関する都市と地方の価格差の大きさを実感した。 展示販売品に関しては、もう少し長さが必要に感じたが、小柄なおじいちゃん、おばあちゃんなら大丈夫か。
アカザの杖 アカザの杖