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木あそび
  木の繊維や蔓(ツル)を使いこなした知恵 その2
   織物用樹皮繊維とカゴ用つる類の質感を体感する


 別項の「その1」では、簡易な和紙造りのまねごとを通じて、樹皮の繊維質を体感してみた(参照)が、今度は特に織物やかご編み利用した樹皮の繊維質や靱性の感触を体感してみることにした。
 樹木系の繊維質の利用の例としては、しごいた材を結束素材として利用する場合があるほか、樹皮から織物の繊維を採取する場合が見られる。前者には、かつてはヒノキ縄マツ縄等が存在し、後者にはオヒョウニレシナノキの樹皮繊維の利用技術があって、現在でも一部に工芸的に継承されている。また、蔓類はそのままで、あるいは樹皮をかご編み素材として利用することができるため、現在でも日用品に利用されているのを確認できる。【2022.12】 


   まずは、古くから蓄積されてきた利用の知恵について、特に個人的に関心のある処理技術に視点を置いて概観してみることとする。 
   
 樹木系結束素材に関する事例  
   
 
・   ヒノキ縄マツ縄は生木の辺材を用ふるを最も可とすマツ縄にはアカマツを可とすクロマツは劣れり【工藝】 

・   筏(いかだ)を編製するに要する材料中所謂ネジ木と称するものはケヤキ、ホウソ(ナラ)、サルタ、カシ、チサ(エゴ)、トネリコ、サカキ等の根芽モミ、ヒノキ等の枝を捩じて用ふ【工藝】 

・   大堰川筏綴り緒根苧(ねを、ねそ)と称す雑木の生木を火に焙り捻り砕きて柔にし製す太さ元口径一寸以内長七尺以内、其強さ藤に倍す【工藝】
  
 上記の知恵はさすがに過去のものとなったと思われるが、別項(参照)で取り上げたマンサクの枝の結束材としての利用に関しては文化財保存の技術として継承されている。 
   
 樹皮由来の織物用繊維の利用に関する事例 
 
 @  オヒョウ(オヒョウニレ) 
   
 
              オヒョウの葉          オヒョウの樹皮
   
 
・   内皮は茶褐色でなめらか。ぬめりが多く、短時間水に浸すだけで、柔らかくなる。この樹皮繊維で織った布をアットゥシアツシアトゥシとも表記。漢字では「厚司」を当てている。)と呼んで、アイヌが用いたことが知られている。
 
・   樹皮の繊維が非常に強く、アイヌは樹皮を水にさらして細く裂き、糸に紡いで厚司(あつし)を織る。アイヌ語ではこの木の樹皮ないしその繊維をアツ(原義は紐)、アハまたはオピウというが、このオピウからオヒョウの和名を生じたという。また地方によっては、縄、皮箕、鉈(なた)の柄などを作るのに用いる。【平凡社百科】
 
 樹皮の皮層には繊維多く粘液に富む、この強い繊維で織ったのが厚司織といひ北海道ではアイヌが常用する。厚司を織るには樹幹又は樹枝を採り雨に当てぬようにし湖畔の温泉に浸すこと数日(冬季は七日、夏時は十日位)これをとり出し剥皮して糸条とし織機にかけて織る、阿寒地方のもの最良であるといはれる。樺太にシラヌシより東方に当りウルウという地方がある、ここでは六月中旬この皮を採集し水に浸すこと一日余、麻糸の如くに仕上げて織物とする、これをアツシという、北海道アイヌ人はアツニ、樺太土人はヲヒゥと云う。【樹木大図説】
 
・   オヒョウ(アッ)の樹皮は春から秋まで採取できる。特に木の内部に水分の多い春先から夏ころまでの期間が樹皮を剥(は)がしやすい。木はあまり細くなく節や枝の少ないものを選び、直径15〜20p位の太さが良いとされている。オヒョウの内皮は薄い皮が何層にも重なっていて木灰で煮ることにより軟らかくなり、薄い層に剥(は)がれるようになる。【財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構】 
   
  (参考比較)ハルニレの木から取った繊維は、そう強くないから、織物としては使用しなかったが、織物に模様を付けるために織り込まれる。【分類アイヌ語辞典】 
   
 A  シナノキ 
   
 
 
 シナノキの葉  シナノキの樹皮
   
 
・   外皮をはがし内皮を繊維、シナ布(科布、信濃布)、縄として使った。
 アイヌは縄、編み袋、ワラジなどを作った。【山川 弘】
 
・   樹皮は繊維が強く,耐水性があり,縄,畳糸のほかに粗製の布もつくられた。ジュートもシナノキ科。【平凡社百科】 
・   繊維のとり方はシナノキの径4センチ内外のものを五六月伐採し、すぐに一端から皮をはぎとるがよくはげるものである。その皮を灰水で煎じ外皮を去り、次に流水にひたし漂白すること数時間、乾上げて紡績して糸とする、皮を鉄気のある水に浸すと黒く染まる、これは皮の中のタンニン分による、これらの仕事は女の手で行う、家庭ではこれを糸車にかけて織ったものである、岩手県雫石地方の雫つづれ箱の糸を経とし、五色の木綿糸を緯としたもので、女の野良着に用いられていた。【樹木大図説】 

・   山間の村で織られていた科布は、大麻布や苧麻布普及によって、まず中世より衰退の兆しが見え、江戸時代の中頃より西日本における木綿の栽培が始まってからは、より一層生産地が減少し、北の雪が深い高地あるいは山間地で細々と生産されるにすぎなくなっていった。【別冊太陽 日本の自然布(平凡社)】
 
 科布(しなふ)は現在でも山形県内で生産が見られるが、手間のかかる手作業による少量生産であるため、その製品は高価格の高級品となっている。 
   
 B  オオバボダイジュ 
   
 
 オオバボダイジュの葉 オオバボダイジュの樹皮 
   
 
・   シナにはアオジナと言われるオオバボダイジュと、アカジナと言われるシナノキの2種類があり、葉が大きくて幹が青いアオジナの方が編む材料には適している。皮をはぐ時期は、5月〜6月中旬までがはぎやすく、適している。直径10〜30cmに成長した、枝が少なくまっすぐな木を選ぶ。内皮は幾層にも分かれているので、それを1枚ずつはがしていきます。アオジナはよくはがれます。アカジナのものではうまくはがれないと言います。【財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構】
(注)オオバボダイジュよりシナノキの繊維の方が優れているとする記述も一部にある。
 
・   繊維を取るのにもっとも適するシナノキは、オオバボダイジュで、幹の根元の直径で15〜20センチくらいである。灰汁で処理した揉んだシナ皮は10枚から20枚にはがすことができる。【織物の原風景(紫紅社)】
 
*   アイヌの代表的なそして最も身近な衣服は、アットゥシ(注:漢字に置き換えて「厚司」とも表記する。)と呼ばれる樹皮衣です。オヒョウやシナ、ハルニレなどの木の繊維(せんい)を布にしたもので、木の皮を剥(は)ぐことに始まるこの仕事は今でもアイヌの人たちを中心に受け継がれています。【財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構→HPで具体的な手順方法を詳しく記述している。】
 
   
 C  フジ(藤布) 
   
 
ヤマフジの葉  ヤマフジのつる(小径) 
   
 
・   春の彼岸から秋の彼岸までの間に採取して剥皮、靱皮部のみを使用する。 
・   大変な手間がかかるため、中世の頃より、麻の普及に伴って、藤布を製織する地は減少していった。【別冊太陽 日本の自然布(平凡社)】 
   
3   かご編みに利用される植物の例

 
かご編み素材としては手に入る多くの自然素材が利用されていて、樹木の樹皮、蔓類そのもの、蔓類の樹皮、萌芽枝、へぎ板とその素材は極めて多様である。(イネ科等の草本素材、竹類についてはここでは対象としない。)   
   
 
 ヤマブドウ オニグルミ  コリヤナギ 
     
 
 イタヤカエデ アケビ  ミツバアケビ 
     
 ムベ  サルナシ マタタビ 
     
 ツヅラフジ アオツヅラフジ  ツルウメモドキ 
   
 @  ヤマブドウ(山葡萄) 
   
 
   山葡萄は20〜30年を経たものがベストとされる。幹の太さはタマゴぐらいで、その場で幹の皮を剥いで持ち帰る。採取する時期は、夏前の土用の丑までというのが通説。6月中が勝負なのだ。外皮を捨てて、内側の赤褐色の樹皮を使う。採取したら1ヶ月ほど陰干しする。その後水に戻すのと鉄の棒を使ったなめし(注)を繰り返して皮を真っ直ぐにする。繊維が強いので、タテの繊維に沿って、刃を入れて、寸法に切っていく。テープ状にして使うが、繊維としても使う。【自然素材で作るつるかご】

: ヤマブドウの樹皮の調製に係わり、しばしば慣用的に「なめし」の語が使われているが、これは動物皮を薬品等でなめす(鞣す)のとは全く異なり、金属板のなどの角を利用してしごいてクセをとることを指している。
  
 ヤマブドウの樹皮は極めて靭性に富み、その質感の魅力と優れた耐久性から評価が高く、そのため製品の価格も驚くほど高く、女性用のバッグで数万円するのは普通である。樹皮の質感は次項を参照。  
   
 A  オニグルミ(鬼胡桃) 
   
 
 

 この素材にはひときわ柔軟性が要求されるところからなるべく若い木の樹皮を使う(萌芽枝の)せいぜい人差し指ぐらいの太さになったものを選び剥皮する。この樹皮は乾燥すると容易に折れるが、水に浸すとたちまち柔軟性を回復し、実に強靱な素材として利用できる。【樹皮の文化史】

 籠編みのデザインとして、樹皮は淡色の表側と暗色の裏側を組み合わせて編んでいる例をよく目にする。(右の写真を参照) 
 
      オニグルミのバッグの例(部分) 
   
 B  コリヤナギ(行李柳) 
   
 
   秋に刈り取り冬の間保存。春に田に挿すと新芽を吹き、このタイミングで皮を剥がす。遅れると中の養分が抜け出て柳が軽くなる。剥皮後、川で洗ってぬめりを落とし陰干しして干し上げる。そして土用を過ぎてから使用する。土佐柳が最高の品物が出来ると言われた。【塩野】
  
 兵庫県豊岡市、養父市、美方郡香美町等の豊岡杞柳(きりゅう)細工が有名で、かつてはどこの家にもあった柳行李(やなぎこうり)を主体に生産していた。国指定の伝統的工芸品となっていて、時代に対応した製品例を見るも、価格的には今や高級品と化している。聞くところによると、風流な柳行李が革を補強材とした仕様で、現在でも存在するそうである。コリヤナギは朝鮮半島原産で、かつては国内各地で栽培されていた。和名は「行李柳」から。 
 
   
 豊岡杞柳細工のバッグ   豊岡杞柳細工のバッグ
   
 C  イタヤカエデ(アカイタヤ) 
   
 
   イタヤカエデの若木のへぎ板を素材としてかご類が製作されている例があり、秋田県仙北市角館町、秋田市等で生産される製品はイタヤ細工と呼ばれている。秋田県指定の伝統的工芸品となっている。 
   
   ヨーロッパではハシバミ、ハコヤナギ、ヤナギといった落葉広葉樹や灌木の柔軟な若枝は、理想的なかごの素材(世界のかご文化図鑑)としている。 
   
   なお、蔓のままでかご編みに利用される素材として、アケビ、ミツバアケビ、ムベ、サルナシ(コクワ、シラクチヅル、シラクチカズラとも)、マタタビ、ツヅラフジ(オオツヅラフジとも)、アオツヅラフジ(カミエビとも)、ツルウメモドキ等々の名を見る。その気になれば何でも広く利用できそうであるが、このうちアケビ蔓は手に入り易いためか、その製品をよく見掛ける。  
   
4   素材の感触を体感する 
   
 @  シナノキ
 
   小さな短冊状に採取した樹皮で試してみることとした。シナノキ類は剥皮が容易で、しかも必要とする内皮(靱皮)が柔軟で靭性があるのに対して外皮は曲げれば折れるため、両者を簡単に分離できる。
 内皮を木灰(ナラ灰)で煮た後に水洗し揉んだところ、内皮が薄い層状に剥離することが確認できた(写真下)。さらに、この薄い皮をほぐせば繊維状(写真右端)になることが確認できた。
 植物からまとまりのある量の繊維を取り出すのは、気の遠くなるような忍耐の作業であることがよくわかる。 
   
 
              薄く剥離したシナノキの内皮の様子
              (右端は繊維状にほぐしたもの)
   
A  ヤマブドウ 
   
   ヤマブドウの皮は手提げ籠(かごバッグ)の素材としては超高級品で、そのことは皮の質感を確かめることでも納得できる。

 内皮を剥皮するために切断面を起点として作業を進めると、次第に幅が狭くなって、やがてとぎれてしまう。このため、通常は同時並行的に適宜幅で全周の剥皮を進めるのが適当なようである。ガサガサの外皮は使い物にならないが、その内側の樹皮は実に柔軟性に富み、十分な強度もあることが確認できた。   
   
 
   外皮を除いたヤマブドウの
  つるの様子
 
縦に粗く裂けた外皮は簡単に剥がすことができる。
   ヤマブドウの内皮の外側
 外観はつるの経過年数や仕上げ方法によっても異なった印象となるようである。また、経年変化で、いい艶が生じるともいう。  
    ヤマブドウの内皮の内側 
 内皮の内側は平滑で、この面を外側に使う選択肢もあるように感じる。
   
 
              採取したヤマブドウの内皮
 知ったところで採取させてもらったヤマブドウの内皮のサンプル。乾燥するとカリカリに硬くなるが、水に漬ければ再び皮革のような柔軟性を取り戻す。 
      試験的利用
 ゆるゆるの編みであるが、コースターとして作ったところ、具合がよい。 
   
   <参考品:販売されていたヤマブドウのつるのバッグの編みの様子と質感> 
   
 
 ヤマブドウのバッグの例1(部分)
ヤマブドウのバックの例2(部分)
(網代編み) 
 ヤマブドウのバッグの例3(部分)
(網代編み) 
   
 
 
          ヤマブドウのつるのバッグの製品例(山形県 つる工房 鷹山)
 素材のつるの処理が美しい上に編みが先の例より凝っていて、価格もすべてウン十万円である。
   
  <追記:山のつるはだれのものか> 
   
   地域の工芸的な素材として、様々なつるが採取され、利用されていることがわかるが、さて、利用者はどこで、どのようにしてこれらを入手しているのであろうか。

 山のつるはだれのものかとなれば、それは正しくは森林所有者のものである。基本的には所有者のない森林は存在しないからである。法的には、森林の一木一草、石ころでも勝手に持ち出せば森林窃盗に相当する行為となる。

 しかし、たぶん歴史的にはささやかな生活用具を自家労働で製作するのに要するつる素材程度のものは、緩やかに地域住民の間に限っては容認されてきたものと想像される。自家用の範囲のささやかな山菜採取と同様である。

 ただし、販売目的でのまとまった量の採取となると、事情は少々異なってくるに違いない。また、素材の手当が難しくなって、広域にわたって製作者に代わって採取する事業者も存在すると聞くが、こうなると、森林所有者の許しを得て山に入って採取しているかとなると、とてもそうは思えない。放置された森林であれば、現実にトラブルとなる可能性は低いと考えられるが、おもての議論としては難しい話である。