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木あそび
   木の繊維や蔓を使いこなした知恵 その1
    和紙造りを通じて樹皮の繊維質を体感する


 衣類や結束用の繊維はかつてはそのほとんどを植物に依存し、一部が動物系のものであったことは周知の事実である。利用できるものは精一杯利用したといった印象で、その素材は多岐にわたっている。そのうち、樹木に由来するものも多数あって、衣類、縄、さらには十分ほぐして和紙原料にもなっている。また、各種の蔓類もそのままで、或いはその樹皮を使いこなして結束用やかご編みにも利用してきた。
 古来の知恵を認識するため、休日のお遊びとして、まずは我流で和紙を漉いてみることにした。やはり実際の経験が大事である。【2010.7】


 牛乳パックを利用した葉書造りはイベントの定番メニューで、自分も昔経験した記憶がある。道具は出来合のキットを利用していたように思う。
 しかし、少しばかりの実験のためにキットを買うのも馬鹿馬鹿しいため、漉き枠は自作することとした。
 和紙材料の確保
 材料は事情を知った区域に植栽されたミツマタ(三椏)クワ(桑)と藪のヒメコウゾ(姫楮)の小枝を使用することとした。葉書一枚程度を想定しているからわずかな量である。
ヒメコウゾ・葉 ヒメコウゾ・雌花 ヒメコウゾ・雄花 ヒメコウゾ・果実
       
ヒメコウゾ・樹皮 ミツマタ・枝と葉 ミツマタ・花 ベニバナミツマタ・花
       
ミツマタの枝を曲げると・・・ ミツマタ・樹皮 ヤマグワ・葉 ヤマグワ・雌花
       
ヤマグワ・雄花 ヤマグワ・果実 クワの樹皮(裏と表)
   
 和紙原料となる樹種の小枝の樹皮はつるりと剥けて、しかも柔軟性があって切れない。ミツマタを例に取ると、1センチほどの径の枝を曲げても柔軟で強靱な樹皮がガードして、ぽきりと折れない。また、この樹皮はふかふかとした繊維質で、まるでフェルトのような質感でる。
 漉き道具の準備
 「トコトンやさしい紙の本」(小宮英俊著 2001.12.28 日刊工業新聞社)に紹介されていた牛乳パックによる葉書づくりの手法によることとした。紙の博物館の学芸員である著者が博物館での紙すき教室用に作成した道具を紹介しているもので、一般の仕様と次の点が異なっている。
@  水に溶かした繊維をすくうのではなく、漉き枠に繊維を溶かした液を必要量だけ流し込む方式である。このため漉き簀を挟む上下の漉き枠のうち、上段の枠が深くなっている。
A  簀(漉き簀)は葉書作りでは一般にナイロンやステンレスの網を使用しているが、紹介されている説明では、「金網やプラスチックの網は操作性が悪くお勧めできません。」としていて、習字で使う「筆巻き」を勧めている。巻きずしの簀の子も似たような印象があるが、やや竹ひごの間隔が粗いかもしれない。
 操作性云々はとりあえずよくわからないまま、先達の経験を尊重することとして、以下の道具を揃えた。
A  15ミリ高と60ミリ高の2個の漉き枠をヒノキで作成。こうした用途にはやはりヒノキが一番である。
B  竹ひご製の筆巻き、フェルトの習字用下敷き、プラスティック製のバット(カインズで98円也はうれしい。)を調達。(筆巻きは葉書よりも一回り大きい程度に切った方が明らかに取扱い易いと思われるが、もったいないのでそのまま使用。)
C  取り出した漉き枠を置くタオル、吸水用の布(手拭い)、押さえ用となる板2枚(キリの端材)を用意。
  揃えた紙漉具。フェルト、タオル、手ぬぐいは別途。  後日、都内北区王子の紙の博物館で見かけた紙漉用具セットの販売品。漉き簀はステンレスの網を使用していた。1,800円也。
 素材の調製〜紙漉き
@  ヒメコウゾミツマタクワの小枝の樹皮を剥皮、短冊状に切断して重曹(炭酸水素ナトリウム)で煮沸。その後に表皮をそぎ落とし、板の上で金槌を使って繊維を叩解。片栗粉(一般な簡便法では洗濯糊を使っているが、手元にある物を使用したもの。)を微量添加した水で繊維を煮て溶かすとともに、繊維が分散するよう軽くとろみ付け。
A  浅い漉き枠の上に漉き簀を載せ、さらに深い漉き枠を載せた状態で、4センチほど水を張ったバットに沈め、@の液を枠内に投入。静かに漉き枠を取り出し、上置きの枠を撤去。以下は一般の手法とほぼ同じで、漉いた紙の水分を除去してアイロンを掛けて乾燥。
 紹介されていた脱水方法のイメージは、漉いた紙を布で挟み、さらにフェルトで挟み、さらに板で挟んでプレスして脱水し、次にフェルトを新聞紙に変えて2回ほどプレスするという方法であったが、適宜手抜きした。

 以下は、初体験お試し作品で、あまりできはよくないが、次第にコツがわかってきた。
         ヒメコウゾ(姫楮)100%和紙            同左拡大写真
          ミツマタ(三椏)100%和紙            同左拡大写真
             クワ(桑)100%和紙             同左拡大写真
 感想
@  溶かした繊維の投入量で紙の厚さが決まるわけであるが、これは経験則で感覚を身に付ける必要がある。
A  上側の漉き枠を引き上げるときに、比較的長い繊維が枠の内側周辺に張り付いていて、はがき周辺の繊維が引っ張られて、結果としてはがき周辺が毛羽立ってしまうことはが避けられない。これを指して耳付きと呼ぶようであり、手漉き和紙っぽい証拠のようなものである。枠に付着したものを下へそぎ落とせばある程度押さえられる。
B  漉くための簀について、竹簀が操作性の観点からよいということであったが、これは多分、簀を剥がすときに竹簀であれば曲げながらじわじわと剥がしやすいことを指しているものと思われる。
C  工業的な紙生産では、漉き網(ワイヤ)で漉した後にエンドレスのフェルトに夾んで脱水する模様で、紹介されていた方法でもフェルトを使うようになっていた。これは工業的な製紙技術を知っている著者の知識に由来する方法なのかもしれないが、特にフェルトがないと具合が悪いとは感じなかった。
D  考えてみると、植物はみな繊維質を有するから、これらから紙を造ろうとすれば、多分不可能なものはないと思われる。和紙として利用された植物は、入手(栽培)し易すさ、素材としての優位性、作業性の良さ、歩留まりの良さ等の観点で選択され、定着したものなのであろう。現在でも和紙製品の美しさと優秀性は変わらず評価されていて、各地でその伝統が継承されていることは喜ばしいことである。
<参考1:和紙素材としての楮(コウゾ)、三椏(ミツマタ)、雁皮(ガンピ)等のメモ>
@  コウゾ
 全体にクワの葉にやや似ているが葉柄は短く有毛で短く、鋸歯が細かいこと、上面がざらつくことで区別できる。【木の大百科】
 果実はほとんど結実しないのでなかなか見られない。【樹に咲く花】
 楮は内地にあるだけでも、品種が二十種位あり、代表的なものは、「黒楮(まそ)」、「赤楮(あかそ)」である。【丹下哲夫】
 楮は日本各地で栽培され、特性は産地によって違いがある。それが各地に独特の楮紙を生んでいる。土佐楮(高知)、那須楮(栃木)、石州楮(島根)などが知られている。【すぐわかる和紙の見分け方(東京美術)】
 国内の機械式和紙のほとんどでタイ産コウゾが使われているとされる。正確な輸入国、数量、金額を把握することはできないが、国内で流通しているコウゾのおよそ半数は外国産と見られている。【日本特用林産振興会】
 楮(コウゾ)の繊維は、各種の紙材料の中で最も長く(靱皮繊維は長さ0.9〜21ミリ)強いのでよく絡みあい、強靱な紙ができる。毛筆には適しているが、滲みやすいのでペン書きには適さない。【和気町歴史民俗資料館ほか】
 コウゾは現在和紙の原料としてもっと主重要なものであって各地で広く栽培されている。コウゾの靱皮繊維は極めて長く強靱であるが、機械抄造に向かないので専ら手抄きが行われる。12月〜1月に採取する。【木の大百科】
 楮紙は書写用紙、版画用紙、障子紙、襖紙など幅広く用いられてきた。【すぐわかる和紙の見分け方(東京美術)】
 楮をよい原料に仕上げるには、落葉するとなるべく早く刈って、よく蒸すことです。これを守れば、剥ぎ易く、しじり易く、叩解(こうかい。繊維を解きほぐすこと)し易く、必ずよい紙が出来ます。【丹下哲夫】
 山渓日本の樹木ではコウゾの別名をヒメコウゾとしている。
 天然のものはヒメコウゾで、栽培されているコウゾは、ヒメコウゾとカジノキの雑種であるとする見解がある。
 コウゾとヒメコウゾを葉だけで区別するのが難しいことが多い。【樹に咲く花】
A  カジノキ
 若木ではしばしば浅く3〜5裂している。【木の大百科】
 葉の質は厚く、表面はざらつき、裏面には短毛が密生する。【山渓日本の樹木】
 古くから和紙の原料用に栽培され、山野に野生化している。本年枝や葉裏にはビロード状の軟毛が密生する。【樹に咲く花】
 和紙原料としても古くからコウゾとともに用いられ、わが国ではそのための栽培もされていたが、コウゾよりも質が劣るので現在ではこの利用はすっと少なくなっている。【木の大百科】
B  ヤマグワ
 樹皮は強靱なので和紙に混用され、またロープなどを作ることがあ、黄色の染料にもなる。【木の大百科】
 剥皮は容易。
C  ミツマタ
 中国原産の渡来植物であるが、本格的な栽培は日本だけ。製紙用の栽培は江戸時代以降。明治15年頃から紙幣の主原料となり今日に至っている。機械抄紙が可能。秋に採取する。【木の大百科】
 三椏(ミツマタ)の繊維は楮と比べて細く、短く(靱皮繊維は長さ2〜6ミリ、平均4〜4.5ミリ)、強さでは劣るが滑らかで艶があり、滲みにくいので、紙幣、半紙、印刷用紙、便箋等に使われる。【和気町歴史民俗資料館ほか】
 印刷効果がよいところから、大蔵省印刷局が三椏を使って紙幣や局紙を作り、その栽培を奨励したため、明治以降雁皮の代用原料として多く使われている。近年は、かな書き用の書道半紙や金箔の間に引く箔合紙、便せん、はがきなど文房具類に用いられている。三椏の主な産地は、岡山、高知、徳島、鳥取、愛媛、静岡、山梨など。【すぐわかる和紙の見分け方(東京美術)】
 剥皮は容易であるが、外皮と内皮は簡単に分離しない。内皮は厚めのいかにも繊維質の外観・感触は、まるでフェルトのような印象がある。木部は軟弱。
D  ガンピ
 ガンピは落葉小低木で、栽培は難しく、かつては野生種を和紙製造に採取していた。ガンピの剥皮(剥皮の容易な時期)はコウゾ、ミツマタが秋に行われるのと違って、春から晩夏に及ぶ。ガンピによる和紙が作られたのは奈良時代からとされる。【木の大百科】
 雁皮(ガンピ)の繊維は、楮と三椏の中間くらいの長さ(靱皮繊維は長さ2.5〜5ミリ、平均3ミリほど)で、大変細かく、蝋分等を多く含んでいるため滑らかな美しく強い紙となり、「和紙の王」といわれている。【和気町歴史民俗資料館ほか】
 雁皮紙はかな料紙、写経用紙など細字用に使われてきた。近代にはタイプライター用紙、謄写版原紙に用いられたが現在は箔打紙や表具用紙などに重宝される。また、保存用の記録用紙にも使われている。【すぐわかる和紙の見分け方(東京美術)】
<参考2:本職の和紙造りの主な手順>

(楮紙の場合の例)注:地域により呼称、手法の違いがある。
@  楮の枝を蒸すため、釜に湯を沸かして、束ねた枝を立て、これに「こしき」と呼ぶ樽をかぶせる。
A  蒸し終わったら、しじり包丁で表皮をしじる(削り落とす)。こうした皮を「白皮」という。しじり方は、根元から先に向けてやるのが普通。
B  川の水などに晒す。
C  ソーダ灰(炭酸ナトリウム)、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)などのアルカリ剤を使って釜で煮る(煮熟)。かつては灰汁、石灰水を使った。
D  川の水などに晒す。
E  繊維を叩解(こうかい。解きほぐすこと。)する。かつては木の棒で叩いた。現在でも一部にその手法を残すが、一般に打解機(だかいき)で叩き、ビーターでほぐしている。
F  漉き船と呼ぶ槽内で、叩解して水に溶いた紙料ネリトロロアオイの根やノリウツギの内皮等の粘物質を利用。)を加えて紙料液の繊維を均一に分散させる。(澱粉のりでは、濃い目であると、湿紙同士が付着して剥がしにくくなる。)
G  簀桁に簀を夾んで漉く。昔は萱簀が使われていたが、現在は竹簀が最も多く使用されている簀で、淡竹(はちく)を使用する。近年導入されたナイロン糸はもちがよい。漉き方には「溜め漉き」と「流し漉き」がある。
H  漉いた湿紙を重ねて水分を絞り(圧搾。ネリを入れないと、圧搾した紙がかえってくっついてしまうという。)、干し板に張ったり鉄板(ステンレス板)乾燥機等を利用して乾燥する。
<参考3:職人の作品例>

 「手漉和紙の出来るまで」(昭和53年10月15日 丹下哲夫)と題する著作は、備中和紙造りを手がけてきた著者の楮・三椏・雁皮紙の見本、煮熟素材や簀の違いによる比較見本、書籍同寸の多数の綴じ込み製品見本をじっくり鑑賞できて、和紙に接するにはいい教科書になった。なお、和紙見本は各地の製品に由来する多様なものが販売されている。
      綴じ込みの和紙23種類。それぞれに付されていた説明内容は上から順に下表のとおりである。
区分 品名 原料 煮熟法 染料
顔料
漉き方・干し方 用途
 1 備中鳥の子紙(中厚)実晒 純雁皮 ソーダ灰・重曹   紗漉き、木の板で天日干し 仮名書道の小字用
 2 備中鳥の子紙(中厚)蘇芳染 純雁皮 ソーダ灰・重曹 蘇芳
(すおう)
紗漉き、木の板で天日干し 仮名書道の小字用、手工芸用
 3 備中鳥の子紙(中厚)楊梅皮染 純雁皮 ソーダ灰・重曹 楊梅皮
(やまもものかわ)
紗漉き、木の板で天日干し 仮名書道の小字用、手工芸用
 4 備中鳥の子紙(中厚)丹殻染 純雁皮 ソーダ灰・重曹 丹殻
(ヒルギ属の樹皮を煎じた汁)
紗漉き、木の板で天日干し 仮名書道の小字用、手工芸用
 5 楮紙(中厚)未晒 純楮 ソーダ灰煮   竹簀漉き、木の板で天日干し 仮名書道の小・中字用
 6 楮、雁皮混合紙(中厚)未晒 楮50%
雁皮50%
楮はソーダ灰煮、雁皮はソーダ灰・重曹   竹簀漉き、木の板で天日干し 仮名書道の小・中字用
 7 清川内紙 純楮 ソーダ灰煮   萱簀漉き、木の板で天日干し 昔、備北地方の生活に直結した万能紙
 8 提灯紙 純楮 ソーダ灰煮   竹簀漉き、蒸気による鉄板干し 提灯張り
 9 襖紙 楮70%
雁皮30%
ソーダ灰煮   萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 襖張り
10 楮紙 蘇芳染(ピンク色) 純楮 ソーダ灰煮 蘇芳 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 手工芸用・表具用
11 楮紙 楊梅皮染(黄金色) 純楮 ソーダ灰煮 楊梅皮 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 手工芸用・表具用
12 楮紙 楊梅皮染(萌黄色) 純楮 ソーダ灰煮 楊梅皮 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 手工芸用・表具用
13 楮紙 紅柄染(赤色) 純楮 ソーダ灰煮 顔料:紅柄 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 手工芸用・表具用
14 三椏便箋用紙 純三椏 ソーダ灰煮   萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 便箋用・印刷用
15 三椏便箋用紙 純三椏 ソーダ灰煮 顔料:紅柄 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 便箋用・印刷用
16 三椏便箋用紙 純三椏 ソーダ灰煮 楊梅皮 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 便箋用・印刷用
17 三椏封筒用紙 純三椏 ソーダ灰煮   萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 封筒用・印刷用
18 三椏封筒用紙 純三椏 ソーダ灰煮 阿仙薬
(アカネ科の植物由来の染料、生薬。)
萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 封筒用・印刷用
19 三椏封筒用紙 純三椏 ソーダ灰煮 栗のいが 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 封筒用・印刷用
20 三椏封筒用紙 純三椏 ソーダ灰煮 栗のいが 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 封筒用・印刷用
21 備中本宇陀紙 純楮 ソーダ灰煮 填料:胡粉 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 仮名書道大字用・表具用・墨絵用
22 備中本宇陀紙 楮とパルプ 苛性ソーダ煮 填料:胡粉 萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 仮名書道大字用・表具用・墨絵用
23 備中楮紙 楮とパルプ 苛性ソーダ煮   萱簀漉き、蒸気による鉄板干し 仮名書道大字用・墨絵用
  これは別の和紙サンプルの一つで、楮紙の極薄口  同左顕微鏡写真。ガラス繊維のような光沢がある。こうしたスケスケの極薄の和紙を漉く技術もたいしたものである。