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木の雑記帳
  マンサクの枝と樹皮


  現在でも一部地域で利用されている樹木に由来する結束素材としてマンサクの枝条がある。世界遺産でもある飛騨白川郷の合掌造りの骨組みの結束に利用されていて、その技術が保存・継承されている。かつては薪の結束や、筏(いかだ)の結束にも使用されたという。これらに関する説明はしばしば目にするが、その内容に関しては確認したい点があった。【2010.6】


     マンサクの葉
 マンサク科マンサク属の落葉低木または小高木。 変種としてマルバマンサクオオバマンサクを掲げることがある。
Hamamelis japonica 
     マンサクの花 1
 開花途中の4枚の花弁は巻き込んでいて、現在でも健在の伝統的紙製おもちゃである「吹き戻し」を思わせる。
     マンサクの花 2
 花は生臭いとされるが、感じ方に個人差があるのか、そう感じたことはない。
 
 
 以前、白川郷を駆け足で見る機会があったが拝観料をケチっていなければ、マンサクを利用した結束材であるねそ(「捻苧」か【広辞苑】)の利用状況を観察できたかもしれない。
注:「ねそ」はマンサクそのものも指す。
 
 
 
                   広く知られるところとなった白川郷合掌造りの風景。

 世界遺産としては、岐阜県大野郡白川村荻町集落と富山県五箇山の菅沼・相倉(あいのくら)集落が「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として、1995年に登録されている。
 
 
 外から眺めてもロープ(藁縄には見えない。)でぐるぐる巻きにした姿が見えるだけで、ねそは全く見あたらない。
 
 
   ねそはどの部材結束に使用されているのか   
     
 記録映像としては、かつてNHKが合掌造りの屋根材の葺き替え作業の経過を追った番組(注)を放映したことがあって、その映像を見ると、格子状に組んだ屋根下地構造材がこのねそで結束されていることが伺えた。
(注)NHKアーカイブス NHKスペシャル「80年ぶりの大屋根ふき 白川郷“結”復活の記録」(初回放送2001年5月19日)
 
 次に「合掌造り民家はいかに生まれるか−技術伝承の記録−」(民族文化映像研究所映像民俗学シリーズ 日本の姿第13巻:紀伊國屋書店)を見ると、ある合掌造り住宅の移築の経過が記録されていて、その事例での手法が解説されていた。ねその利用部位は次のとおりである。
 
 
@  屋根の骨格をなす合掌材の先端部をねそで結束。
A  合掌材の間に配置した小径材である「クダリ」と交差して水平に配置する小径材である「ヤナカ」をねそで結束。
 
 合掌材と「ヤナカ」は藁縄で結束するとしていた。なお、かつては屋根のすべての部材をねそで結束していたともいわれる。

 この地域では、昔はマンサクの枝条を結束材とするために捻りながら曲げてほぐす(ねる)技術が成人男子が身につけるべき必須の生活技術であった模様で、まだ一人前ではないものに対して「ようねそもねらんで・・・」といった言い回しがあったとされる。

 さて、このねそであるが、これに触れた多くの説明では、枝が強靱であるとする内容と、樹皮も強靱であるとするものがあって、実際のところはどうなのであろうかと以前から気になっていた。 
 
 マンサクの枝又は樹皮に関する説明例  
     
@  マンサクはをねじっていかだや合掌造の骨組みを結わえると,たいへん強靱でゆるまない。
 【平凡社世界大百科事典】
A  マンサク:をねじって筏や、合掌造り建築の結束に利用する。
 【原色日本林業樹木図鑑(地球出版)】
B  (マンサクの材は)一般にやや堅硬・強靱で、曲げに対して強い。樹皮も強靱なので皮付きの枝条は土木工事用の柵や蛇籠を作るのに用いられ、また、背負籠の骨組にも使われる。山でのそだや薪の結束、筏を組むねじり木にも使われた。越中五箇山、飛騨白川の合掌造りの大きな屋根の軸組みは釘を使わずにネソで縛り合わせたものである。樹皮はまた縄に作られた。【木の大百科】
C  ねそ:(「捻苧」か) 刈柴を結い束ねる材料。筏(イカダ)を組むのにも用いる。鉤樟(クロモジ)・まんさくの皮、藤蔓などを捩(ね)じたもの。ねっそ。捻柴(ねじりしば)。 【広辞苑】
D  ねそ:刈芝、薪などを束にするのに用いる、クロモジの皮、マンサクの皮、フジヅルなどの称。ガマズミ、クロモジ、マンサクの異名。 【小学館日本国語大辞典】
E  里山ではマンサクの樹皮が強靭であるから、縄の代用として薪を縛ったり、また合掌造りにも縄として昔から利用されて来ました。 【岐阜県揖斐川町】
 

  これらをみると、

@ 枝が強靱であるとしているもの
A 枝と樹皮の両方が強靱であるとしているもの
B 樹皮が強靱で、結束材として使用した「ねそ」はマンサク等の樹皮のことであるとしているもの

が確認できる。
 
     
 マンサクの枝と樹皮の何れが強靱なのか  
     
 結束に使用されるのはマンサクの小枝(若い枝)とされるから、春先に小枝のサンプルを採取して木部と樹皮に靱性、粘りがあるのかを確認してみた。
 
 
 1センチほどの径の枝をそのまま強く曲げるとポキリとはならないが、繊維がほうき状になって折れた。このことで木部は非常にしぶといことが確認でき、ある程度繊維をほぐせば結束素材になりそうな印象がある。事前に捻る(ねる)ことが必要とされることも理解できる。
マンサクの枝をほぐさずに折った際の様子   
 
 
 一方、樹皮は枝を曲げた際に、引っ張る力が働いたところで適宜断裂して、ねばり強さは全く確認できなかった。繊維性の強い樹皮であればきれいにずるずると袋剥き状に剥けるのが普通であるが、マンサクの場合はコウゾやミツマタの樹皮ような柔軟性はない。さらに念のため、剥いた樹皮を横方向に破るような力を加えると、簡単にちぎることができた。また、この小枝の樹皮は、木槌で枝の繊維をほぐす処理をしたところ、バラバラに砕け剥離してしまった。  
 
      マンサクのほぐした枝材の質感
 左はテープ状に裂いた枝をほぐしたもので、右は丸枝をほぐしたもの。湿った状態で縛れば乾燥してきりりと締まるという。  
         マンサクの樹皮の質感
 樹皮には靱性はまったく感じられない。繊維の直角方向には紙が破れるようにちぎれる。(写真は剥がした樹皮の内側から見たもの。)
 
 
 以上の結果、マンサクの木部の靱性は確認できたが、樹皮には全くねばり強さがないことを確認した。

 樹木に由来する繊維は、コウゾ、ミツマタ、シナノキ等その樹皮(内皮)に由来するものが一般的であるため、マンサクについて語る際に、特に確認もなく樹皮が強靱であると思い込んで誤った記述をしている(あるいは、過去の誤った記述の例を踏襲している)例が多いといった残念な現象が生じているようである。
 実際に使っている者からみれば、笑われてしまうような実態であるが、わずかなサンプルから実に根深い誤解が存在することを確認できた。
 
     
  【追記】2014.11    
   白川郷を再訪する機会があり、今度は少々時間的余裕があったため、国指定重要文化財の和田家の屋根裏におけるネソの様子をじっくり検分することができた。

 現物を見て意外であったのは、ネソはマンサクの枝全体をしごいたものではなく、枝の基部の50センチ余はほぐされずに硬いままとして使用されていたことである。つまり、しごいてほぐした枝先から巻き初めて、最後はゆるみを防ぐために硬い枝の元の部分を屋根下地に掛けて止めるという手法が採用されていた。 
 
     
 
     合掌造りの屋根裏のネソの様子 1
 縦方向の小径材(クダリ)と水平方向の小径材(ヤナカ)の交差部の結束はすべてネソが使用されているのがわかる。 
     合掌造りの屋根裏のネソの様子 2 
 ネソの端末(マンサクの枝の基部)が、あっちこっちの方向を向いた状態で屋根の下地材で固定されている。斜めの材はコハガイと呼んでいる。
   
     合掌造りの屋根裏のネソの様子 3
 ネソの質感は写真のとおりである。樹皮は剥離してほとんど残っていない。 
    合掌造りの屋根裏のネソの様子 4 
 実際に使用する場合は、枝をしごいた後に掛矢(かけや)で叩いて軟らかくするとのことである。 
 
 
<参考1:ねその呼称>
 
@   「ねそ」は一定の地域でのマンサク等の地方名であると同時に、これらから製した結束材そのものを指した呼称としても使用されている。

 マンサクを「ねそ」、「ねそのき」等と呼ぶとされる地域の例【植物方言集成(八坂書房)より】
ねそ 新潟、富山、富山(東砺波)、石川(加賀)、福井、岐阜
ねそのき 岐阜(飛騨、揖斐)、福井(若狭)
ねっそ 岐阜(飛騨)
ねり 滋賀
ねりそ 岐阜(揖斐)
 
A  ネソ、ネッソ、ネリソの語は柴などを結える材料の枝とか樹皮などを呼ぶので、「綯麻(ないそ)」の意であろう。この利用法が樹名転じて、ネソと呼ばれる木は数種に上る。その中で普通なのはマンサクで、これをネソと呼ぶところは諸方にある。【民族と植物:武田久吉(講談社)】 
 
 
<参考2:なぜマンサクの枝なのか>
 
 マンサクの枝をしごいてみると、確かに強度は感じられるが、やや堅くて柔軟性に欠けるため、決して使いやすい結束素材とは思えない。藁縄に比べれば遙かに強いのはわかるが、例えば麻縄のような素材や蔓の方がよほど使い易いと感じる。しかし、屋根下地の維持と屋根葺きが地域での共同作業に依存していたという条件下では、地域で手に入れやすい素材として、やや使いにくい点は乗り越えて選択したものなのであろう。
マンサク故の抜きん出た特性があるのかであるが、大要次のような取材に基づく記述例【日本の世界遺産 秘められた知恵と力(日本放送出版協会)】がある。
 「合掌造りの屋根の骨組みは木材を縄やネソ(マンサクの若木)で結んであるだけである。ネソは木材の交わる箇所に斜めに巻き付けて縛る(注:十文字に縛らないということ。)が、その際、ネソをかける向きを互い違いになるようにしている。これによって妻側のどちら向きの風を受けても緩やかに動き、屋根が壊れるのを防いでいる。(こうした柔構造は)屋根の骨組みの結び方に秘密があるといえる。」
 こうした機能がマンサクのねそでなければ発揮されないのかとなれば、そこまでの特性を有するものとは思えない。現在の視点でいえば、これに代替可能な、あるいは機能性では選りすぐれた自然素材を含めた結束素材が存在すると思われるが、むしろ現実は伝統的技術の保全ということに重点を置いているものと理解される。
 
 
<参考3:いろいろなマンサク類 目にしたマンサク属とトキワマンサク属の花>  
   アテツマンサク(2月中旬)
 名前は阿哲満作で、産地の岡山県阿哲地方にちなむ。萼片が黄色Hamamelis japonica var. bitchuensis
   マルバマンサク(4月下旬)
 マンサクの変種で、葉の上半部が丸い。花はマンサクと同様。
Hamamelis japonica var. obtusata
   シナマンサク(3月上旬)
 中国中部原産で、葉裏と葉柄に綿毛が密生する。
Hamamelis mollis
   トキワマンサク(5月上旬)
 日本、中国、インドに分布。名前は常緑のマンサクの意。花弁が白色。マンサク科トキワマンサク属。
Loropetalum chinense
ベニバナトキワマンサク(4月下旬)
 中国原産で、トキワマンサクの変種とされる。都市部の緑化樹としてもしばしば見かける。
Loropetalum chinense var. rubrum
  アメリカマンサク(11月上旬)
 北米原産の秋咲きの変わり者のマンサク。
Hamamelis virginiana
  ハヤザキマンサク(3月上旬)
 北米原産とされるが、これは天下の小石川植物園植栽種で、ちっとっも早咲きでない。大丈夫かな?
Hamamelis vernalis
 アカバナマンサク(2月下旬) 
 マルバマンサクの赤花の栽培品種で、ベニバナマンサクとも。
Hamamelis japonica var. obtusata f. incarnata
     シナマンサク?
 シナマンサクと表示しているが、花弁に赤味があって、素性がはっきりしない。交雑品種かも。
(2月下旬・東御苑植栽)
     
 

日本のマンサクと中国のシナマンサクとの交雑品種はヨーロッパで作出されたものが多いようで、A-Z 園芸植物百科事典には左の2種の他に7種も紹介されている。
    マンサク ‘ダイアン’
 マンサクとシナマンサクの交雑品種のひとつで、ベルギーで改良されたものとされる。(3月上旬)
Hamamelis × intermedia ‘Diane’
 マンサク ‘アーノルド・プロミス’
 マンサクとシナマンサクの交雑品種のひとつで大きな黄花をつける。 (3月上旬)Hamamelis × intermedia ‘Arnold Promise’ 
 
 
     
   なお、マルバマンサクの一型で、花弁の基部だけが赤いものをニシキマンサク f. flavopurpurascens 、葉裏が帯白色のものをウラジロマルバマンサク f. discolor と呼ぶことがあるという。