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続・樹の散歩道
  トベラは本当に悪臭を発するのか


 トベラは個人的には極めて身近な存在であった樹木で、故郷の我が家の庭の奥にいつの間にか生えたものと聞くトベラが大きく、高く育っていて、赤いべちゃべちゃの種子を出す実をたくさんつけることは幼い頃から承知していた。地域では、節分にヒイラギとイワシの丸干しで魔除けとしたりする習慣など全くなかったが、このトベラも地方によってはこうした利用がされきたとする記述が広辞苑にも記されている。
 ただし、ヒイラギの場合は葉の鋭いとげが武器となっているのに対して、トベラの場合は面白いことに茎や葉の悪臭がとげに変わる武器となっているようである。しかも、このトベラは、燃やせば更に強烈な臭気を発するとされる。こうしたことは全く実感がないため、念のためにこの香りをじっくり体感してみることにした。【2018.6】 


     都内日比谷公園でかつて見られたトベラ(雄株) Pittosporum tobira
 大きな丸い樹冠に花の時期には見事に多数の芳香のある花をつけていた。トベラ科トベラ属の常緑低木または小高木で、庭園、公園等で広く利用されている。雌雄異株。
 
 
 トベラの様子  
 
 花や果実の様子は以下のとおりである。  
 
          トベラの雄株の雄花
 艶やかなは葉は暖地の樹木を感じさせる。沖縄や中国、台湾にも分布。
          トベラの樹名板の例
 においのことについてもちゃんと記述している。  
   
             トベラの雄花
花は白色であるが、時間の経過で黄色になり、香りが増すという。
            トベラの雄花
  雄花の雌しべは発育が悪く不稔とされる。
   
             トベラの雌花
 雌花でも白色と黄色の2色となる。 
             トベラの雌花
 雌花の雄しべは発育が悪く、柱頭は頭状となる。
   
             トベラの果実
 果実は刮ハで1.5センチほどの球形。
            トベラの裂開果実
 表面がベチョベチョの鮮やかな赤い仮種皮に包まれた種子を出す。見るからに美味しそうで小鳥たちの大好物とされるが、飲み込んでも消化できるのは赤い仮種皮の部分だけらしい。
 
     
 トベラのにおいに関する諸情報  
 
 においに関しては、別項でヘクソカズラを採り上げたが(こちらを参照)、その際は期待した悪臭を体感することができず、においに対する感受性はかなりの個人差があることを痛感してがっかりしたところであるが、今回もその恐れを感じつつも、とりあえずは既存情報に目を通してみることにした。  
 
広辞苑 (トベラは)茎葉に一種の臭気があり、昔、除夜に扉に挟んで疫鬼を防いだ。 
植物の世界  (トベラの)和名の由来には諸説あるが、節分にトベラの枝を戸口に挿して鬼払いをした風習から「扉(とびら)の木」「扉」と呼ばれるようになったという。これはトベラの枝や葉の独特の臭気が鬼除けに効果があるということらしい。 
樹に咲く花 (トベラは)枝や葉、根には臭気がある。枝や葉の臭気が鬼よけに効果があるということで、節分にトベラの枝を戸口に指して疫鬼を追い払った風習から、「扉の木」、「扉」と呼ばれるようになったという。トベラはトビラの転訛。 
樹木大図説 (トベラは)枝幹根皮に悪臭あり、燃やすと更に甚し、駿河の方言御荒神嫌いはこれによる。葉を薬用とする。和漢三才図会に「樹葉の状楊梅(やまもも)に似て臭気あり、相伝へて云、除夜之を門扉に挿せば能く疫鬼を避く、故に扉木と名く・・・牛病を治するには葉を用う、擂揉して塩少し許りこれをよし。」 とある。 
前出樹名板 (トベラの)名の由来は、樹木全体に臭気があり、魔除けとして戸口に掲げられていたことからと云われている。 
植物観察事典 (トベラの)根の周皮をはぐと異様な悪臭があって、手などにつくとなかなか悪臭がとれない。材を割ってまきにしても悪臭が残る。また、ヤギがこの葉を好んで食べるが、ヤギの肉まで臭みが移るという。 
 
 
 においの確認  
 
 においの根源に関しては書籍によりやや幅が見られるが、結果として葉、枝、幹、根と全植物体が登場している。そこで、ふるさとの庭木で小枝を採取して、香りを確認してみることとした。

 まずは葉をちぎって嗅いでみるものの特に変なにおいはない。植物はそれぞれわずかながらの違いはあるにしても、総じて青臭いにおいをもつが、トベラの場合も同様で、「臭気」の語は全くなじまない。

 続いて、小枝の皮を剥いて嗅いで見るも、やはり何ともない。がっかりである。

 そこで、今度は火であぶってみることにした。 
 
 
 まずは葉をあぶってみたところ、驚いたことにパンパン、パチパチと葉が膨れて爆ぜるいい音が連発し、主題から全く逸れてついつい喜んでしまった。ただし変なにおいは発生しない。 

 右の写真は破裂した後の葉の様子である。
 
 
 さて、当初の目的に立ち返り、今度は小枝と樹皮をあぶってみたものの、やはり悪臭はない。

 そこで、仕方なく、根際の樹皮を少し剥がして嗅いでみた。すると、葉のにおいをわずかに上回る個性的なにおいを確認した。また、扱った指にも少々においが移ったのも確認した。しかし、鼻が曲がるような悪臭などというものではないし、気になるレベルにもない

 ということで、強烈な、めまいを催すようなにおいを期待していただけに、全くの空振りでがっかりであった。

 残るは根部の樹皮剥ぎだけであるが、しかし、これはさすがに気楽に行うことは困難である。

 先の書籍情報を改めて確認すると、「植物観察事典」だけはにおいの根源を「根部の皮剥ぎ時」としていて、他の記述とは異なるリアルさがあって、期待できるかもしれないが、根部だけが極端に強烈な臭気を放つとは考えにくく、案外たいしたことはないと思われる。。

 先のヘクソカズラでの経験に照らせば、においに対する感受性は個人差が甚だしく、異常に過敏な者がくさいと騒ぎ立てたことがふつう感覚の者の意に反して一般的な評価を引っ張り回す場合があるから要注意である。

 したがって、とりあえずは「トベラの根の皮を剥ぐと強い悪臭を感じる人がいる。」としてだけ受け止めておくことにした。

 で、話題転換である。
 
     
 トベラの学名  
 
 トベラの属名 Pittosporum はギリシャ語 pitta (脂)と sporos (種子)の合字とされ、また、種小名の tobira は「トベラ」の名によるとされる。

 しかしながら、この種小名の綴りには不満を感じる。
 和名が種小名として採用されている数少ない例のひとつとして貴重であるが、なぜ tobera ではなくて tobira なのか。トベラの名は扉に由来するというのが定説化しているといっても、元の音を使う理由はない。勝手に命名した(日本人ではない)命名者の勘違いであろうか。そこで、樹木大図説の次の一文が気になるところである。

 「1712年、ケンプェルは Tobira と記したが同氏の書には Tobera となっている。」

 ケンペルの老化現象に由来するのか真相は明らかではないが、いずれにしても残念ながら日本人は蚊帳の外に置かれていたことは間違いないなく、誰もが違和感を持ちつつ、どうにもならないことである。
 
 
 
【付記】   
 冒頭に掲げた見事に花をつけたトベラの木であるが、「日比谷公園でかつて見られた」としているのは、現在では姿が見られないからである。ひょっとすると虫害でやられたのかも知れない。右の写真は2007年の5月時点のもので、この木の幹にイセリアカイガラムシ(ワタフキカイガラムシ)がびっしりとついて、気の毒な状態となっていた。これ以降、特に注意して見ていなかったが、いつの間にか木の姿が消えていた。  
 
     
  【追記】 トベラの葉を焼く習慣  
   この件について「山渓名前図鑑 樹木の名前」に次のようにあった。
 「節分でのトベラの使用方法は地方によって異なり、愛媛県や高知県の一部では節分の豆を煎るときにトベラの葉を焼く。トベラの葉は燃やすとバリバリと大きな音を立てる特徴があり、その音で鬼を驚かせ、退散させることが目的である。これをトベラ焼きと言うが、トベラ焼きが行われる地方では、トベラをバリバリシバとも呼ぶ。  
 
     
<参考:コヤスノキ>  
 
 トベラ属はトベラ科の日本に自生種が存在する唯一の属で、コヤスノキ(子安木 Pittosporum illicioidesは本属の絶滅の恐れがあるお仲間たちのひとつ(本種は環境省レッドリストの準絶滅危惧種)である。中国、台湾に分布するほか、日本では兵庫県西南部と岡山県東南部のみに隔離的に分布するという奇妙な樹木で、植栽由来の疑念も持たれている。以下の写真は岡山県内の植栽樹である。
 なお、「子安木」の字があてられていることについては、その由来は不明となっている。
 
 
   
           コヤスノキの雄花
 雄花の雌しべは稔性がないとされる。
           コヤスノキの雌花
 雌花の雌しべはふつう短く、葯には花粉がないが、雌しべと同長で、花粉のある葯を生じるものもある(日本の野生植物)とされる。 
   
   
        コヤスノキの若い果実
 トベラの葉とは少々様子が異なっている。 
         コヤスノキの裂開果実
 トベラと同様に表面が粘液でベタつく赤い仮種皮に覆われた種子を出す。
   
   
         コヤスノキの裂開果実
 果実はトベラより少し小振りであるが、よく似ている。
        コヤスノキの裂開果実
 こちらの場合は粘液が特に著しい。赤い仮種皮はトベラと同様に鳥の餌になるものと思われる。