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続・樹の散歩道
  サルスベリの小さい雄しべは花粉を出すのか


 植物観察の無料ガイドは大変有り難い存在で、全く関心が向かなかった植物について、興味深い知見があることを紹介されると、自分でもちょっと調べてみようという気になる。しかし、ガイドさんの方は大変で、樹木と草本の両方について、幅広の知識がないと全く対応ができない。ついでに昆虫やキノコについての知識もそこそこ求められる。なぜなら、参加者はリピーターも多く、特に学習意欲が旺盛なおばちゃん達を相手にするとなると、一般的な話程度では「へー」と言ってくれないからである。したがってガイドさんは必ず事前に現地を確認して説明のシナリオの大枠を描くとともに、おばちゃん達に負けない各種情報の仕込みをした上で本番に臨まなければならない。また、日頃からの広い分野にわたる自己研鑽もおろそかにできない。正に総合的な雑学が必要であることが、特定分野の知識に偏りがちな学者や研究者ではガイドが務まりにくい理由となっている。【2015.10】 


 ガイドさんの講釈を聞く側は全く気楽なもので、思いついた疑問をそのまま投げかけることができるし、たまたまガイドによって説明内容に食い違いがあったりすると、益々興味が高まり、よい学習素材となったりもする。
 そんな話の一つで、今回はサルスベリの花が題材である。 
 
 
 お馴染みのサルスベリの様子  
 
       開花期のサルスベリ(ピンク花)
 中国南部原産のミソハギ科サルスベリ属落葉小高木で、高さ2−10メートル。Lagerstroemia indica
        開花期のサルスベリ(白花)
  その他、赤花のものも見られる。
   
          サルスベリの花 1
 よーく見れば花のパーツが確認でき、この花では花弁7、雌しべ1、長い雄しべ7 のタイプで、黄色い葯をもった短い雄しべは多数見られる。
           サルスベリの花 2
 この花は標準的な花弁6、長い雄しべ6 のタイプである。 
 長い雄しべでは虫の体に花粉を付けるため、すべての葯が下向きになっている。
   
           サルスベリの葉の様子
 しばしば葉が左右交互に2個ずつ並ぶ、いわゆるコクサギ型葉序のものが見られる。 
         サルスベリの成熟果実
 翼のある種子がミカン状果のような状態で納まっている。
 
     
 サルスベリの2種類の雄しべの花粉について  
     
 サルスベリの花で見られる2種類の雄しべに関するガイドの説明で、少々異なる2つの講釈を耳にした。それは次のとおりである。  
 
@ 小さい雄しべの花粉は昆虫の餌用で、長い雄しべの花粉が昆虫の体について運ばれる。 
A 小さい雄しべは見せかけのもので花粉を出さない。 
 
 
 Aの話は@の話とは別の日に聞いたもので、まるでツユクサの飾り雄しべと同様の説明風であったが、その際に早速ながら小さい雄しべを指で摘んで揉んでみたところ、花粉の粒々感を確認した(:次の写真でも確認できる。)ところから、「花粉を出さない」というのは誤りであることは直ぐにわかったが、その花粉の機能に関してどうなのかは目で見てもわからない。
 
 一方、@の説明はもうすっかり忘却の彼方にあったが、改めて複数の資料を読み返してみると、広く受け入れられている一般的な知見となっていることを再確認した。ボーッとして本を見ても全く記憶に残らず、やはり現物で体感するとか、印象に残るようなきっかけがないとダメである。
 
 
   サルスベリの長い雄しべの葯 1
 つぼみの中の花粉放出前の葯である。
 まるでアワビのような形でいやらしい。
 サルスベリの長い雄しべの葯 2
 花粉放出中の葯である。 
 サルスベリの長い雄しべの葯 3
  同。
 
     
 
  サルスベリの短い雄しべの葯 1
 
つぼみの中の花粉放出前の葯である。 
 やはり、アワビ風である。
 サルスベリの短い雄しべの葯 2
 花粉放出中の葯である。 
 サルスベリの短い雄しべの葯 3
 同。花粉がまるでトビウオの魚卵のようで、美味しそうに見える。 
 
     
<参考資料>  
【日本植物生理学会 みんなのひろば】
 サルスベリの花では長短2種類の雄しべがあるのです。
 なぜそうなっているかというと、受粉が効果的に行われるためでしょう。サルスベリの花は虫媒花で、ハチやアブの仲間が花粉を運びます。しかし、中央の黄色い葯の花粉は受粉用の花粉ではなくて、昆虫の食餌となります。受粉用の花粉は長い雄しべの葯のものが使われます。中央の雄しべの葯は上を向いていて、昆虫を呼び込みます。昆虫は夢中でこの花粉を集めている間に、長い雄しべの下向きに着いている葯に背中をこすり、その花粉を背中につけます。同時に、やはり下向きについている雌しべの柱頭に背中のの花粉がこすりつくことになるのです。受粉が終わると長い雄しべは内側に巻き込まれます。 
【植物の世界】サルスベリ:
 たくさんある雄しべは、外側の6本は葯が紫色で長く、それ以外は葯が黄色くて短い。しかもそれぞれの雄しべでつくられる花粉は機能的にも形態的にも異なっている。授精するのは長い雄しべの花粉で、短い雄しべの花粉は花粉を運んでくれるハチの餌になる。
 雄しべには2種類あり、中央にある多数の雄しべの花粉は不稔でハチを誘い、稔性のある花粉を持つ雄しべはその周りにある長く突き出たものである。 
【したたかな植物たち:多田多恵子
サルスベリの花を観察すると、長短2種類の雄しべがある。花の中心部でよく目立つ多数の黄色い雄しべと、長く突き出しているがあまり目立たない紫色の雄しべ、の2タイプだ。受精に役立つのは、目立たない長い雄しべが出す花粉だけ。短くて目立つ雄しべは、花粉は出すものの、それは肝心の染色体(DNA)を含んでいない見かけ倒しのニセ花粉。虫をおびき寄せるための、安物のイミテーションなのである。 
 
     
 サルスベリの短い雄しべの花粉にはどんな生理的な機能があるのか  
 
 このことについては一般的な書籍では情報が見つからなかったが、何と高校生の研究論文に有用な情報が見られた。ポイントを拾い上げると以下のとおりである。

 【なぜサルスベリには雄しべが2種類あるのか(熊日ジュニア科学賞の高校生の論文)】

 @  長い雄しべの花粉:
 花粉管はAより早く伸張し、発芽率もAの2倍ほど。
 花粉管で精細胞を確認。
 
 A  短い雄しべの花粉:
 花粉管は@より伸張が遅く、発芽率も@の半分ほど。
 花粉管で精細胞は確認されず、受精能力がないことが示唆された。
 グルコースが@の1.52倍あり、昆虫の食料として優れている。 
 
 
 ということで、花粉運搬者となるハチの餌用として理解されている短い雄しべの不稔の花粉について、花粉管を一応伸張させることが確認されており、さらにローコストの餌として適応したかのようにグルコースが多いことを確認しているのである。

 本職の研究者がネタにしにくいような課題をたぶん適正な指導の下に取り組んだ成果は植物のウンチク情報としてはありがたいものである。
 ついでに、ドクダミの花粉の発芽試験もやってもらえると有り難いのであるが・・・  (ドクダミの話はこちらを参照)

 最後に雄しべに関する話のついでに、ツユクサドクダミの雄しべも含めたメモを作成してみた。
 
 
種名 雄しべの種類 本数 花粉の
有無
花粉管
の伸張
生殖
能力
メモ
サルスベリ 長い雄しべ 通常6 あり あり あり 雄しべの先端が湾曲して下向きとなっていて、ハチの体に花粉を付ける。
短い雄しべ 多数 あり あり なし 花粉はハチの餌と理解されている。
(比較参考)
ツユクサ
長い雄しべ 2 あり あり あり 受粉できなかったときは同花受粉する。
やじり型(Y字形)の葯を持つ短い雄しべ 1 あり あり あり
なし
一般的には飾り雄しべと見なされているが、この花粉で結実を確認したとの報告がみられる。
X字型の葯を持つ短い雄しべ 3 僅かな不稔の花粉あり なし なし 受粉能力がないため飾り雄しべと見なされている。(花粉は餌用の偽花粉とも言っている。)
(比較参考)
ドクダミ
同一 3 あり 不明 なし 花粉に関係なく単為生殖で結実する。
 
 
         ツユクサの両性花          ドクダミの小花