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続・樹の散歩道
  オニシバリとナニワズの雄花?雌花?両性花?


 雌雄同株(雌雄異花同株)であれ雌雄異株であれ、雄花と雌花が別々に存在する樹種では、それぞれの花の形態は明らかに異なっているのが普通で、肉眼でも確認・納得の上で写真を撮ることが出来る。しかし中には雌雄異株とされていながら、花をちょっとのぞき見ても雄花なのか雌花なのか少々わかりにくい厄介なものがある。庭先であれば、実をつけるか否かといった基本的な情報が蓄積されるが、たまに目にする個体では謎の写真を撮り溜めることになってしまう。オニシバリナニワズはその例である。 【2016.4】


 オニシバリとナニワズの奇妙な通性  
 
 よく似た両種に共通する奇妙な性質は以下に示す季節変化のながれで認識できる。  
 
 ①  早春に開花 
 ②  初夏に果実が赤熟 
 ③  夏に落葉 
 ④  秋に新葉を出し翌年用の蕾をつける 
 ⑤  雪国では葉と蕾をつけた状態で雪の中でペチャンコになって越冬 
 
 
 特に③の夏に落葉する性質から、両種ともナツボウズのユーモラスな別名がある。

 初夏にさっさと葉を落とすということは、自らが小低木で落葉広葉樹の葉が繁る時期は日照条件が悪くなるから、そそくさと店じまいをしているのであろう。そして、他の樹種が秋に落葉する時期が近づくと新葉を出すという作戦である。しかし、北国では葉と蕾をつけたままで雪圧でぺちゃんこになって耐えるというのも、自ら選んだ試練である。

 オニシバリの名前は、樹皮(靭皮)が強靱で、鬼でも縛れるほどとの意味で、ジンチョウゲ科のジンチョウゲ、樹皮が和紙原料となるミツマタ、ガンピなどに共通する性質である。

 なお、ナニワズの名はオニシバリに対する長野県の方言で、北海道で長野県人が本植物をこのように呼んだことにはじまるという説をみるが、なぜ長野県出身の入植者が道内から各地に向けて植物名を仕切るのか全く理解不能で、さらにこの方言の存在自体も確認できない。ということは、かなりいい加減な説である。
 
     
 オニシバリとナニワズのあらまし(従前からの情報)   
     
 <オニシバリとナニワズのあらまし>  
 
区分 オニシバリ(ナツボウズ) ナニワズ(エゾナニワズ、エゾオニシバリ、ナツボウズ) 〔参考〕 ジンチョウゲ(沈丁花)
学名 Daphne pseudo-mezereum
ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属の落葉小低木
Daphne jezoensis
Daphne jezoensis subsp. Jezoensis
ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属の落葉小低木
Daphne odora
Daphne odora f. odora (中国植物誌。栽培種と見なしている。)
ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属の常緑小低木
分布  本州(東北地方南部~東海地方東部の太平洋側、近畿地方以西)、四国、九州に分布。日本固有。(樹に咲く花)  北海道、東北地方、北陸地方、南千島、サハリンに分布する。(樹に咲く花) 中国原産とされるが、自生地は不明である。(植物の世界)
中国名:瑞香、睡香、露甲、风流树(風流樹)、蓬莱花、千里香、瑞兰(瑞蘭)、沈丁花、蓬莱紫、夺皮香(奪皮香)(中国植物誌より)
 葉は長楕円形で両端は長鋭形(日本の野生植物)  葉は倒披針状楕円形で、上端近くが最も幅が広く、円頭ないし鈍頭で、微突起かわずかにくぼみ、基部は長いくさび形。(日本の野生植物)  葉は長楕円形または倒披針形
性型  花は雌雄別株。(樹に咲く花、原色日本植物図鑑)
 はっきりしない雌雄異株。(日本の野生植物)
  花は雌雄異株(北海道樹木図鑑) 雌雄異株で日本には普通雄株のみがある。(日本の野生植物)
・ジンチョウゲは雌雄異株とされ、普通は果実はできず、実のなる木はごく少ない。実のならない株の花にも実のなる株の花にも完全な雄しべと雌しべがあり、形態的には立派な両性株である。(植物の世界)
花は形態的には両性だが、結実する株と結実しない株があるために、雌雄別株ともいわれる。(樹に咲く花)
 中国植物誌では雌雄異株とはしておらず、両性花であることが前提となった花の説明となっている。
・萼筒の先は4裂する。
・花は淡黄緑色(日本の野生植物)
花被は淡黄緑色、雄本の花は雌本のものよりやや大型、花色も黄色が強い。(樹木大図説)
・花は帯緑鮮黄色(日本の野生植物)
やや小さめで、緑色がかったうす黄色の花が雌花で、ひとまわり大きく、濃い黄色で、山吹色の雄しべ(注:葯を指している。)が花の外から見えるのが雄花とされてきた。
(光珠内季報1995.2)
・花が美しいため広く栽培もする。
(植物観察事典)
 萼筒の先は4裂、外面は紅紫色、内面は白色。白花の品種もある。 
果実  液果は赤く熟し、辛く有毒(日本の野生植物)  液果は赤橙色に熟す。(日本の野生植物)  ごくまれに径1センチほどの卵球形の赤い液果を結ぶ株もある。(日本の野生植物)
 中国植物誌では、果実は別に珍しいものとしておらず、あっさりと「果実紅色、果期7-8月」とだけ記している。
毒性 全株が有毒で、クマリン誘導体を含み、腹痛、血便、口内炎を起こすことがある。果実にも有毒成分を含む。(日本の有毒植物) 全株が有毒で、毒性分はクマリン配糖体といわれている。樹液が皮膚につくと、皮膚炎を起こす人がいる。(日本の有毒植物)
・果実は有毒(北海道樹木図鑑)
・アイヌは猟の矢毒をつくった。(北大)
果実は有毒(樹に咲く花)
<参考>
 中国原産といわれるが自然の分布域は明らかでない。染色体数が2n=24-28と変わることや雌株の少ないことによって、園芸起源も考えられる。(日本の野生植物) 
薬効
成分 
 あくまでも外用で、慢性皮膚病、リウマチに。樹皮にダフニン、メゼレイン酸など。(東邦大学)   -   花を乾燥し煎じ服用すると喉の痛みや腫れに効くという。
 
 
   上記のうち、特にそれぞれの種の性型や花の外形的特徴に着目すると、従前からの説では、両種が雌雄異株で、雌花は雄花より小形で、淡色又は緑色がかっているというのが、おおよその見解となっている。   
     
 雌雄異株とは異なる見解  
 
 前項で関係情報を抽出したとおり、オニシバリやナニワズと同属(ジンチョウゲ属)のジンチョウゲでは①雌雄異株である、あるいは②形態的には両生株であるが、雌雄異株ともいわれるとか、雌雄性については何だかよくわからないという現状が見られる。

 一方、オニシバリ(ナニワズも同様と思われる)についても①雌雄別株である、あるいは②はっきりしない雌雄異株といった興味深い記述が見られる。「はっきりしない」とは「よくわからない」ということと同義である。

 そこで改めて調べてみると、ナニワズに関する調査報告があって、ナニワズは従来からいわれているような雌雄異株ではなく、雌個体と両性個体が存在する(雌性両全異株、雌性両生異株とも)ことが確認された(北海道林業試験場 光珠内季報 No.98,1995.2)としている。

 その要旨は次のとおりである。
 
 
雌花 雌花の雄しべには花粉が入っていない。 
雌花の結実率は30%から50%に達することがわかった。
(これは、もちろん別の両性個体の両性花の雄しべの花粉で受粉したことになる。) 
両性花 従前雄花とされてきた花は立派な雌しべをもった両性花で、結実率は数%から10%程度であった。 
両性花は袋かけ試験をした結果、自花受粉をしない(注:しにくい)ことを確認。 
 
 
 さらに、ジンチョウゲ属の各樹種について、科研費補助金研究(2008~2010)成果報告書には、以下のような記述が見られた。    
 
 
 「日本に自生するジンチョウゲ属のうち、ナニワズ、オニシバリ、コショウノキ、カラスシキミについて、それぞれ性表現は雌雄異株であると報告されていたが、両性株と雌株をもつ雌性両全異株であることが明らかとなった。その中でも、常緑であるコショウノキ、カラスシキミは自家和合性が高いが、冬緑生のナニワズ、オニシバリは低く(注:つまり、自花受粉しにくい。)、より雌雄異株に近い性表現に機能的分化が進んでいることが明らかとなった。暗い林内で、ポリネーター制限があるため、両全性をもつほうが有利であったものと思われる。」 
 
     
   やっと最近になってこうしたことがわかったとは驚きで、ヒトにとって植物のことはまだまだわからない事だらけである。   
     
 改めてオニシバリとナニワズの雌花と両性花を識別するには   
     
   以上の学習の結果等に基づき、オニシバリとナニワズの雌花両性花を外見だけで識別するポイントを再整理すると以下のとおりとなる。   
     
 
雌花  花(萼片)は小さめで淡黄色(オニシバリでは黄緑色)。ただし萼片の色には個体差がある。
雄しべの葯は退化して貧弱で、花粉を出さない 
(したがって、雌株は両生株の花粉で結実し、もちろん単独では実ができない。)
両性花 花(萼片)は大型で濃い黄色
雄しべの葯は赤実のある黄色花粉を出す
(両性株では自花受粉による結実は難しい。) 
 
     
   そこで、以前に撮った写真を改めて見て、外観で識別することに挑戦することとし、さらに、オニシバリをサンプルとして、花粉の有無を念のために顕微鏡で観察してみることにした。   
     
(1)  北海道のナニワズの例(自生と植栽)   
     
 
 
      ナニワズの花(自生)
         ナニワズの雌花(植栽)
 野生種ではこれほど花をつけているものは見ていない。これは単独の個体で果実はつけなかった。
 
     
 
     ナニワズの雌花(植栽)
 明らかに雄しべの葯が貧相である。 
      ナニワズの両性花(自生)
 葯にオレンジ色の花粉が見られる。 
   
     ナニワズの両性花?(自生)
 両性花の雄しべの葯が萎びた状態か?
     ナニワズの若い果実(自生)
 
 
     
 
 
      ナニワズの熟果(自生)
        ナニワズの熟果(自生)
 艶やかで鮮やかな赤色果実で、思わず食べたくなってしまう。
 
     
(2)  栽培によるオニシバリの例   
     
 
        オニシバリの葉)
 
         オニシバリの花
 この写真では雌雄は少々わかりにくい
 
     
 
 
      オニシバリの両性花
 オレンジ色の花粉が確認できる。 
 オニシバリの両性花の葯(同左個体)
 こうして花粉を出していれば、迷うことなく両性花とわかる。この両性株は後に実をつけた。
   
 
      オニシバリの両性花
 上記とは別個体で、こちらの方が萼片の黄色味が強い。 
 オニシバリの両性花の葯(同左個体)
 葯の内側がオレンジ色で、この後に花粉を出すのを確認した。 
 
     
 
         オニシバリの雌花
 この個体では萼片がほとんど緑色である。単独の雌株では、果実ができない。
   オニシバリの雌花(同左個体)
 雌花の雄しべの葯はやはり貧相で、花粉を出していない。 
   
   オニシバリの雌花の雄しべと雌しべ
 萼筒を縦割りにした一部で、筒内には雄しべは上下二段に4つずつついている。
      オニシバリの雌花の雄しべ
 雌花の雄しべは花粉を一切出さないことが確認できた。
   
         オニシバリの熟果
        オニシバリの熟果
 
 
     
  *ジンチョウゲ属各樹種の毒性薬効に関してはこちらを参照。    
     
5   ついでにジンチョウゲの花についてもチェック   
     
   ジンチョウゲは室町時代の中期以前に雄株のみが中国から渡来したという怪しげな説があり、さらに、近年、中国から雌株が導入されたなどという信じ難い記述も目にする。これらは何れもジンチョウゲが雌雄異株であることを前提とした記述である。また、従前から国内ではジンチョウゲは希にしか結実しないとした記述も目にしていて、時に結実する個体が存在するらしく、実際に赤い果実が紹介されている事例を目にすることができる。

 そこで、参考までに〝結実しないわが国ではふつうのジンチョウゲの花〟の中をのぞいてみることにした。 
 
     
 
 
        ジンチョウゲの萼筒の断面 1
 どう見ても両性花といった風情で、子房もムッチリ大きく、これが雄花の退化した雌しべとはとても見えない。
     ジンチョウゲの萼筒の断面 2
  雄しべはオニシバリやナニワズと同様に上下2段に4個ずつある。
   
 
      ジンチョウゲの雄しべの葯の様子 1
 明らかに花粉を出している。
    ジンチョウゲの雄しべの葯の様子 2
 花粉の粒が確認できる。
 
     
   子房や花粉の生理的な機能までは厳密には確認できないが、外観を観察した限りでは両性花としか見えない。
 ということで、ジンチョウゲはそもそも両性花をつける花木であると理解するのが素直な感性であろう。国内では一般に結実しないということは、よりにもよって、結実性の悪い(ほとんど結実しない)系統のものが中国から導入されて、多くはこれが増殖されてきたものと思われる。

 したがって、従前から時に結実するものが見られるというのは、これが決して雌株ということなのではなく、ふつうに結実する系統のもの(当然ながらもちろん両性株である。)が一部に存在するものと思われる。

 なお、「実成り沈丁花」の名で、結実するタイプのジンチョウゲが販売されていて、これが雌株であると講釈している例を見るが、正しくは結実するタイプの両性株であろう。 
 
     
6   さらにミツマタの花もチェック   
     
   ミツマタもジンチョウゲ科(ミツマタ属)の低木で、和紙原料として利用されてきた歴史があるが、やはり中国から渡来しものとされる。個人的には果実を観察したことはないが、こちらはしばしば結実する模様である。   
     
 
   
       ミツマタの萼筒の断面
      Edgeworthia chrysantha
    アカバナミツマタの萼筒の断面
   アカバナの園芸品である。
   
   
 ミツマタの雄しべの葯と雌しべの柱頭
 葯が花粉をたっぷり出し、柱頭が花粉にまみれている。
   アカバナミツマタの雄しべの葯と
   雌しべの柱頭

 いかにも両性花といった風情である。 
 
     
    ジンチョウゲ科の花の性はややこしいが、ミツマタの場合も室町時代に渡来したとされるものの、果実が見られるため、安心してこれが両性花であるとされてきた。もしも、結実性の特に悪い個体が導入されていたら、また、「中国からは雄株のみが渡来したため、国内では結実を見ない。」などとして説明されてきたに違いない。  
     
   【追記 2017.6】ミツマタの果実と遭遇】    
    たまたま、そこそこの結実状態のミツマタを観察することができた。たぶん系統による結実率の差があるものと思われるが、花粉媒介者にも恵まれたのかも知れない。  
     
 
ミツマタの若い果実(核果)     ミツマタの成熟果実
 
触れただけでポロリと落ちる。 
ミツマタの種子(核)