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続・樹の散歩道
  銀座のマロニエ通りのトチノキの仲間たちの
  樹幹がやや奇妙な外観となっている理由


 日本人はマロングラッセ(Marron glacé )も好きなようであるが、それ以上にフランス語のマロニエ(marronnier)の語感が大好きで、憧れのパリのシャンゼリゼ通り(Avenue des Champs-Élysées )にはマロニエの並木があるらしいことは誰でも知っている。しかし、多くの人は話に聞くだけで、ストリートビューで散歩することはできるが、植栽樹の葉まで子細に観察することはできない。そこで、たぶんパリの雰囲気を少しでも演出できればとの思いを持ちつつ高級店舗の出店を願って、銀座にマロニエ通りが誕生したものと思われる。久しぶりに歩いてみると、海外ブランドの店が随分多くておしゃれな雰囲気はあるものの、疎外感を覚えるだけであったため、折角の機会でもあるので、マロニエ通りの並木の正体(樹種)を見極めることをテーマとして改めて検分しながら歩いてみた。【2014.10】


 1  マロニエ通りの並木の正体   
     
 
 マロニエ通りの看板  マロニエ通りの様子
 
   
   以前に並木の紅色の花の写真を撮ったことがあるため、おおよそのイメージは持っていたが、葉をざっと見たところ、日本固有種のトチノキと、交雑種のベニバナトチノキ(ギリシャ北部・小アジア原産とされるセイヨウトチノキと米国南部原産のアカバナトチノキの種間雑種)の両方が特に規則性はなく混植されていることを確認した。
 ということで、セイヨウトチノキ(本来のマロニエ)は植栽されていない。(2014年8月)

 3種は小葉の鋸歯及び形から簡単に識別できる。
 花や果実の様子等についてはこちらを参照。
 
 
     
 
トチノキの小葉の先端部  ベニバナトチノキの小葉の先端部  セイヨウトチノキの小葉の先端部 
 
     
   セイヨウトチノキは在来種のトチノキによく似て花色も同様であり、特に魅力となる個性があるわけでもないことから、実生苗が安く手に入るトチノキに代えて入手しにくいセイヨウトチノキを積極的に植栽する理由は一般的にはないと考えられる。
 結果として、セイヨウトチノキの植栽例は植物園や一部の公園などに限られていて、需要もほとんどないと思われ、苗木が販売されていることも確認できない。
 ふつうの感覚では、よく似たトチノキとセイヨウトチノキを街路樹に混植することはあり得ない。
 これに対して、ベニバナトチノキは紅色の花色がきれいで、トチノキと混植すれば2色の花色を楽しんでもらうことができる。 
 
     
 2  看板表示の難しさ

 この並木を大雑把に見ている限りはひとつの街の風景であり、何ということはないが、真面目に見てしまうと、様々な悩ましい点があることに気付いてしまう。 
 
     
(1)  通りの名称

 都内のローマ字表記の案内板は外国人には全く理解できない代物であることに最近行政がやっと気付き、たぶんこの通りの名称の表記もオリンピックまでには修正されるのであろう。現在の GINZA MARONIE DŌRI を例えば GINZA Marronnier Ave. とでもするのであろうか。いずれにしても。“DŌRI” は明らかにまずい。

 ところで、うるさい人もいるから、「マロニエ」はセイヨウトチノキを指し、トチノキもベニバナトチノキもマロニエと同じトチノキ科トチノキ属(新たな分類では、残念なことにムクロジ科になってしまった。)の樹種であるものの、マロニエとは種(しゅ)が異なる」との主張がありうる。端的に言えば、「マロニエ通りといいながら、マロニエは全くないではないか!」という厳しい指摘である。
 中央区がこうしたこうした観点で執拗に責められた場合にどのように対応しているのかは知らないが、これに耐えるためには、本家フランスでマロニエの語がどのように使用されているのかを知ることはヒントになるかも知れない。まず、実態的にはパリ市内ではいろいろな樹種が利用されている中で、セイヨウトチノキとベニバナトチノキの両方が植栽されている模様である。そこで、「パリではトチノキ属の樹種をマロニエと総称しておりますので、まあ、間違いとは言い切れません、はい ・・・ 」として説明し、その場をしのぐのがよいと思われる。
(*パリ市民が実際に何と呼んでるのかは確認していない。)  
 
     
(2)  樹名板

 中央区としては事の成り行きからたぶんマロニエの呼称にこだわりがあるのであろう。並木には所々に樹名板がついている。樹名板ということになると、標準和名と学名が基本となってくるから、実は先の話より厄介である。樹名板は3種類見られ、「マロニエ」が2種、「トチノキ」が1種である。 
 
     
 
 
 マロニエその1 マロニエその2  トチノキ 
 
     
   このうち、特にマロニエの樹名板であるが、主として(この意味は後で触れる。)ベニバナトチノキに付されていて、詳しいバージョンでは当然のことながらセイヨウトチノキの学名がしっかり記してある。樹名板自体はよく見る既製品であり誤りはないが、これをベニバナトチノキにつけてしまうと、もう逃げられない。「東京銀座ライオンズクラブ」にお世話になったもののようであるが、付されている枚数は多くないから機会を捉えて付け替えた方がよいであろう。

 その際に、マロニエの語が消えてしまってはつらいであろうから、ベニバナトチノキはその名を正直に明記し、その下の説明文に「フランスのパリではセイヨウトチノキと合わせてこの木もマロニエと呼ばれ市民に親しまれています。」とでも添え書きしたものを特注すればよい。
(*パリ市には確認していない。)

 さらに、日本固有種のトチノキの説明文であるが、これにも無理矢理マロニエの語を入れるとしたら、「トチノキは日本固有の樹木ですが、ヨーロッパで広く植栽されているセイヨウトチノキ(マロニエ)とは近縁種で実際にもよく似ており、言わば日本のマロニエとも言えます。」としたらどうであろうか。 
 
     
  <参考>   
   銀座に近い有楽町の読売会館から丸の内の東京国際フォーラムにかけてのJR沿いの道路の片側歩道にもベニバナトチノキの並木が見られる。読売会館の横にはベニバナトチノキとトチノキが交互に植栽されていて、国際フォーラムの横にはベニバナトチノキのみが列植されている。よくみると、一本にだけ小さな「ベニバナトチノキ」と記した樹名板(写真)が見られた。  
     
 
 
 東京国際フォーラム東側の並木
この辺りはすべてベニバナトチノキである。
 ベニバナトチノキの樹名板
 
     
     
   植物に関心がある者であれば気付く奇妙な点
 

 トチノキはふつう実生繁殖した苗が利用されるのに対して、ベニバナトチノキは国内ではトチノキの台木に接ぎ木して増殖した苗木が利用されている。接ぎ木をしている理由は、日本の気候に適合した台木を利用した方が抵抗力があること、ベニバナトチノキの実生繁殖は一般的ではないこと(注1)が理由となっているようであり、さらに、少々高めの接ぎ木をすれば、育苗期間を大幅に短縮することもできる。

 したがって、マロニエ通りでは樹幹を見て接ぎ木跡があるものは全てベニバナトチノキと理解してよいことになり、たとえ落葉した状態であっても識別が可能である。

 ところが、不思議なことにトチノキの樹名板が付された樹にも接ぎ木跡のあるものが複数見られるのである。これらについて、視線を上方に移せば、何ということはない、明らかにベニバナトチノキである。ということで、折角つけた樹名板につけ間違いがあることがわかってしまったのである。これの付け替えは簡単である。

 さらにである。ベニバナトチノキに誤って「トチノキ」の看板が付されたものもみられた。これも手直しが必要である。ややこしくなってしまったので、整理をすると以下のとおりである。 
 
     
 
樹種  樹名板の実態 メモ 
 トチノキ   トチノキの樹名板あり  正解 
マロニエの樹名板あり  誤り 
看板なし  -  
ベニバナトチノキ    マロニエの樹名板あり  マロニエ及びセイヨウトチノキの和名並びに学名入りは誤り 
トチノキの樹名板あり  誤り 
看板なし  -  
 
     
 
(注1)   ベニバナトチノキの生理的な特性等の詳細は承知していないが、目にする個体では、トチノキのように実をたっぷりつけている姿は見たことがない。この樹に関しては例えば、
① ベニバナトチノキは人為的な交配によってつくりだされた雑種であるため、結実しないか結実しても不稔であるため、接ぎ木で増殖する(道立林業試験場道南支場)
② ベニバナトチノキは交配によって作り出された樹木で、通常トチノキに高接ぎされた苗木が植えられる。(札幌市)
といった説明を目にする。
 一方、国内では栽培品種については触れられていないが、おなじみのDave's Garden では、(品種の種類によって結実、発芽率が異なるのか、)実生(Aesculus x carnea 'Briotti' , Aesculus x carnea 'O'Neill's Red' )又は接ぎ木(Aesculus x carnea 'Fort McNair' )によって増殖するとして説明している。

(注2)   セイヨウトチノキは日本のトチノキと外観が似た樹種であるが、花色もトチノキ風で、ベニバナトチノキのように花色の個性は特にないため、国内ではこれを積極的に利用する理由がなく、植栽例は極めて少ない。トチノキの街路樹が多く見られる北海道内でも、セイヨウトチノキの街路樹は岩見沢市に数本あるのみ(北海道立林業試験場)という。
 
<参考>   筑波実験植物園にはトチノキ、セイヨウトチノキ、ベニバナトチノキの3種が植栽されていて、トチノキ以外はどちらも接ぎ木増殖されたものが植栽されている。
 セイヨウトチノキは新宿御苑、日比谷公園にも植栽があるが、いずれも株立ち状に分岐した変則的なもので、実生か接ぎ木が判別できない。 
 
     
   樹幹の外観があまり美しくない理由 

 冒頭の表題でもあるが、先に触れたとおり、ベニバナトチノキは接ぎ木苗が使用されるため、通常はその継ぎ目がクッキリ見え、特に高接ぎしたものではどうしても継ぎ目が視野に入ってしまう。マロニエ通りの例では、しかも接ぎ木の高さがいろいろで、クッキリと太さの違いによる段差が生じているものも多く、お世辞にもその樹幹は美しいとは言えない。実用本位の果樹とは違うから、やはり、至近距離で目に入る条件下にあっては、接ぎ木の位置は低い方が好ましいと思われる。接ぎ木位置が根際(地際)であれば、台木が少々広がっていても、樹木のたくましさが表れているようで、全く気にならないからである。 
 
   A マロニエ通りのベニバナトチノキの樹幹の様子  
 
       
ベニバナトチノキ1 ベニバナトチノキ 2 ベニバナトチノキ 3  ベニバナトチノキ 4 
 
     
   実は先に触れた有楽町から丸の内にかけてのJR沿いの並木のベニバナトチノキを見ると、マロニエ通りのものとは全く様子が異なっていることに気付く。こちらの樹幹は見苦しい接ぎ木による継ぎ目の段差などほとんど目に付かないのである。よく見ると、すべての接ぎ木位置が根際となっているため、接ぎ木であることに気付かないほどである。やはり、年数をかけて育てた苗木を使用した方が明らかに見栄えがよいことを実感できる。  
     
   B 東京国際フォーラム東側のベニバナトチノキの樹幹の様子   
 
     
 ベニバナトチノキ 5 ベニバナトチノキ 6  ベニバナトチノキ 7 
 
     
 5  並木にとっての過酷な環境

 日本の道路事情はせせこましいから、そもそも街路樹がなじむのかという議論があるくらいで、マロニエ通りも条件的には過酷な印象がある。日本国内では街路樹を自然樹型で管理するなど全く不可能で、狭い空間内の存在であるため、簡単に電線につかえたり、信号・標識が見にくくなったりで、過酷な剪定がされるのがふつうである。マロニエ通りの樹木たちが今後どの程度、どんな形にに刈り込まれるのか、小さな植栽枡の中で本当に生きていくことができるのか、本当に気の毒で、ながめていると息が詰まりそうである。前出の「ベニバナトチノキ4」の根際は、枡のカバーに合わせてざっくり削られているように見える。
 そもそも、太い木が生きていける条件にはないから、やがて息絶えて植え直しされるか、邪魔になってバッサリ伐られ、また小さい木が植えられるのかも知れない。

 一方、シャンゼリゼ通りは幅が70メートルあるとのことで、ストリートビューで徘徊すると複数列のたぶん複数樹種の並木が確認できる。有名なだけあってキッチリとデザインされ、また管理されていることを理解するも、道幅に余裕があっても決して自然樹型ではないようである。それどころか高木の列の樹冠が道路を基準にして完璧に垂直の面に剪定されていて、これには違和感があり、日本の感性とは全く異質のものであることがわかる。
 
 
     
  <参考写真>  
 
         桜田通りのトチノキの並木
 高裁から法務省にかけてのトチノキの並木の様子で、道路と歩道の幅に余裕があるからまだ幸せである。ただし、毎年8月に栃の実の落下被害防止のために果実の除去が実施されて、それが一般に配布されている。
         棍棒状態のケヤキの例
 丸坊主を通り越した剪定の例で、人間界のいろいろな事情でこうなったのであろう。太いケヤキであるが、何とも気の毒である。  
 
     
   マロニエ通りの謎
 
 最後に、なぞなぞを兼ねて、3枚の写真を掲げてみる。 
 
     
 
     
① 継ぎ目のない
ベニバナトチノキ 
② 継ぎ目があるように
見えるトチノキ 
③ まだ細いのに樹皮が
ゴツゴツの? 
 
     
   は一般的ではない実生は考えにくいから、接ぎ木の位置が非常に低くて見えない可能性が高い。この並木の中では異例の存在である。

 は一見すると接ぎ木されたベニバナトチノキと思ってしまうが、葉はトチノキであるから、看板は正しい。何らかの機械的な損傷によりこんな状態となったもののようである。

 について、径の大きいベニバナトチノキで、ゴツゴツの樹皮のものが見られるから、少々細いもののベニバナトチノキかと思ってしまうが、葉はトチノキであることを確認した。樹皮の個体差と理解するしかない、奇妙な樹皮である。 
 
   
  * マロングラッセの話はこちらを参照