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続々・樹の散歩道
  コウヤマキの雌花はマツ科樹種とは細部の様子が随分異なるが・・・そもそも胚珠や受粉部位は一体どこにある?


 マツ科のマツ属、カラマツ属、モミ属、トウヒ属の樹種のいくつかに関しては、雌花の種鱗の奥に収まっている胚珠やその受粉部位を別項(こちらを参照)で観察して、おおよそのイメージを持つことはできたが、同様に似た球果をつけるコウヤマキ科のコウヤマキについては、球果そのものやその種子については以前に見たことはあるが、雌花についてはじっくりと観察したことがないことにふと気がついた。
 タイミングを見計らって、承知している範囲で植栽された身近なコウヤマキで雌花(雌球花)を見てみると、その様子はマツ科樹種の場合とは随分様子が異なっていることがわかった。やはり実際に見ると認識を新たにしてさらに興味もわいてくる。 【2020.2】 


1   コウヤマキの様子   
     
          コウヤマキの植栽樹 1
 都内のあるマンションまわりの植栽例で、こうした利用は少ないが、三角錐の樹冠のまとまりがよくて美しい。
(右の写真も同一場所) 
         コウヤマキの植栽樹 2 
 コウヤマキ科コウヤマキ属の常緑高木。
 Sciadopitys verticillata  英名 Japanese Umbrella Pine   日本特産の科で、コウヤマキ1種からなる。
   
      展開し始めたコウヤマキの葉芽 
 葉の先端の凹みがわかりやすい。
          コウヤマキの新葉
 若い枝で確認できる褐色の点状のものは、鱗片葉とされる。 
   
   
      コウヤマキの葉裏(左)と葉表(右)
 針葉は2個の葉が合着したものとされるが、講釈がよくわからない。葉裏には白い気孔帯が見られる。
            コウヤマキの樹皮
 樹皮は縦に長く裂ける。高齢の天然木であれば、これよりも深く裂ける印象となる。
 
 
                 コウヤマキの球果の独特な外観
 
 
 以前に撮影したコウヤマキの球果の写真を改めて見ると、その形成プロセスがよくわからない。種鱗の外側が奇っ怪である。見た目には個々の種鱗の表面の茶色い薄皮が破れて「笑ウせぇるすまん」風の大きな歯(しかも緑色!)が不気味に露出したような外観である。この状態を何と説明できるのか?また、苞鱗は一体どこへ行ってしまったのか?
 資料による学習と併せて雌花から球果への部位の変化の過程をフォローしないと理解しにくそうである。とりあえず、本件は後回しである。 → 「3」で扱う。

 コウヤマキは樹形のまとまりがよく、かつて本多静六博士がアラウカリア(ナンヨウスギ属のナンヨウスギを指していると思われる。)、ヒマラヤシーダー(ヒマラヤスギ)と並ぶ「世界三大公園樹」と称した(樹木大図説)とか、出所不明であるが、ヒマラヤスギ、ナンヨウスギと並ぶ「世界三大庭園木(樹)」であると広くコピペされている。「世界三大」の名を冠するためには、世界に広く普及するとともに特に高く評価され、ほぼ世界共通の認識となっていることが必要であるが、英語サイトで検索してもこうした表現は見つからない。たぶん前者は、世界三大公園樹と言っもよいくらいであろうと主張した者が国内にいたという意味と思われ、後者は無責任な前者の派生形であろう。不幸なことに、奇妙な表現が日本国内だけで既に一人歩きして、何の疑いもなく世界の常識であると信じている人がいるようである。
 
 
 コウヤマキの雄花と雌花の様子  
     
 膨らみ始めたコウヤマキの雄花
  コウヤマキの雄花序の縦断面
 
    ひとつの雄花の横断面
 
 
 
        コウヤマキの雌花(雌球花) 1
 マツ科樹種の雌花よりかなり地味である。灰色の扇形のものは種鱗で、先が三角状に尖った茶色のペラペラのものは苞鱗の先端部である。 
     コウヤマキの雌花(雌球花) 2
 種鱗の先端部は不規則な浅い切れ込みがあって下方に垂れて波打っている。各種鱗の直下の奥に苞鱗の肉厚の部分が見えている。 
 
     
   コウヤマキの雌花の種鱗の上面(向軸面)
 この種鱗では胚珠が6個並んで付いている。
 下方が軸側である。種鱗は円状扇形、淡褐色で肥厚し、上部は灰色で薄く、外方に反曲し、縁辺は灰色である。胚珠の位置であるが、種鱗上面の奥が一段薄くなっていて、この段差が生じた弧状の線に沿って球形で淡白橙色の胚珠が6個前後(雌花の両端では数が減少する。)並んでいた。
   コウヤマキの雌花の種鱗の下面(背軸面) 
  苞鱗も扇形で、幅は種鱗よりせまく、下部は淡褐色でタマネギの鱗片のように肥厚していて中部は灰色、上部はごく薄く茶色で、先端は三角形となって種鱗よりも外側に出て反曲している。苞鱗の下部は種鱗と癒着しているが、雌花の段階では剥がすことは可能で、剥がすと癒着部の隣接部分には絨毛が密生している。
   
  コウヤマキの雌花の種鱗と苞鱗 (向軸面)
 種鱗に張り付いた苞鱗を引きはがしたもので、苞鱗は写真の種鱗の裏側に付いていたもの。
 多くの図鑑では、胚珠は6〜9個としている。
  コウヤマキの雌花の種鱗と苞鱗 (背軸面)
 種鱗に張り付いた苞鱗を引きはがしたもので、この写真では、苞鱗は種鱗の上に張り付いていたもの。種鱗の先端が外側に反り返った様子がわかりやすい。
   
 
      コウヤマキの胚珠と珠孔の様子 1
 残念ながら受粉滴(珠孔液)は確認できなかった。
 珠孔は斜め上方を向いていることになる。
     コウヤマキの胚珠と珠孔の様子 2
 胚珠及び周辺に見られる粒状のものは花粉粒である。珠孔に花粉を取り込んだのかはわからない。
 
 
             生育途上のコウヤマキの胚珠
 受粉期からほぼ1か月経過した状態で、胚珠は軸方向に伸長して小さな種子の形態となっている。この種鱗では7個の胚珠が見られ、重なり具合をみると、中央の胚珠を上にして、左右に行儀よく順に下方に重なっている。
 
 
 コウヤマキの雄花については面白くも何ともないから横に置に置くとして、雌花についてはマツ科樹種でよく見られるような赤色系の色合いを予想していたが、随分地味な色合いであるのは意外であった。さらに鱗片をバラしてみると、種鱗の大きさに対して苞鱗が非常に小さくて目立たない一方で肉質であることもマツ科樹種とは異なっている。また、種鱗の上面(向軸側)に弧状に並んだ白い粒状のものは直感的には胚珠の受粉部位で、胚珠の本体は肉厚の種鱗の布団の中にもぐっているような印象をもったが、詳しい書籍等で調べるとこれが胚珠そのものとして説明している点は理解しにくい上に、マツ科樹種では胚珠が2個であるのに対して、はるかに数が多くてズラリと並んでいる(胚珠見合いの数)のには驚きであった。  
ペンディング:★1か月後の形態的な変化
種鱗の先端はより反り返る
 苞鱗は先端部を除き種鱗とほぼ同じ幅に成長
 胚珠は周りに翼のある丸い形態となって、既に小さな種子状態となっている。
 
 
 コウヤマキ球果の鱗片の外観の理解  
 
     雌花(球花)から球花へ成長の経過  
 
 開花期の4月上旬  6月上旬 6月下旬   9月上旬
 
     
 
 開花翌年の4月下旬 開花翌年の9月下旬(採取) 
 
     
   以前に撮影したコウヤマキの成熟期の球果の写真を見ると、直感的には種鱗の露出部の上下が分厚く肥厚し、表面の茶褐色の薄皮が水平に割れて上下にめくれ、緑色の縦筋のある部位が露出して、ほとんど「笑ウせぇるすまん」の喪黒福造のようないやらしい口元を連想する形態となったものと想像したが、この外観について正確にはどのように説明できるのかは、はっきりはわからないままとなっていた。

 そこで、書籍等で学習するとともに、画像を分析すると、球果の種鱗の「笑ウせぇるすまん」の口元風の外観については、次のように解される。 
 
 
@  緑色の歯のような形態の部分は、茶褐色の薄皮が剥けて露出したものではなく、成熟期の球果の外側の本来の色合いと思われる。身近なアカマツやクロマツを思い出せば褐色となって種鱗を開く前の球果は緑色である。さらに、縦筋については、奥に列状に並んだ種子の間に凹みが生じているものと思われる。(雌花の時点で、種鱗の内側にも既に筋が形成されているのが確認できる。) 
A  上唇のような部分は、褐色の薄い種鱗の先端部が下方に丸く反り返った部分と思われ、また、下唇のような部分は、密着・肥厚した苞鱗の肉質部分の縁である。この際に、苞鱗の先端の薄い部分についてはほとんど目で確認できないほどに劣化・消失したものと思われる。 
 
 
 成熟球果の種鱗や苞鱗に関しては、概略以下のような説明事例を目にする。

 成熟した球果の種鱗の外面露出部は緑色で縦のしわがある。その下部に先端部が隆起した苞鱗が密着・癒合している。苞鱗の球果の種鱗の内面に胚珠の数に一致する(6個前後の)種子が並ぶ。種子は球果の中央部では多く、球果の両端では数が減少する。胚珠がついた種鱗の上方の面には胚珠の数に対応した浅い切れ込みがある。
(「日本産針葉樹の球果の成熟習性とその外部形態について:小林義雄」ほかを参考)
 
 
 コウヤマキの種子の様子  
 
     コウヤマキの種鱗上の種子の様子
 1つの種鱗を押し下げた状態で、先に成育中の胚珠で見たとおり、几帳面な状態で種子が重なり合って収まっている。手前側(種鱗の外側)が種子の付着部位であることから、「種子は倒生している」と表現されている。
           完全に開いた球果
 完全に乾燥して全開となった球果の様子である。種子は既に取り出している。
   
   
   球果の種鱗に種子が付いていた箇所の痕跡
 種子のへそが付着していた箇所が、灰褐色の丸い斑状(白の矢印部分)となって残っている。軸側の凹んだ形は種子がぴったり収まっていたことに由来する。 
         球果の種鱗の裏側     
 種鱗と苞鱗が合着した状態で、写真の上面は苞鱗で、「種鱗の外面」とした部分は、かつては個性的な緑色であった箇所である。 
   
  1個の球果から取りだしたコウヤマキの種子
 左側は充実した種子で、106個収まっていた。右側はしいな及び発育不良の種子である。
           コウヤマキの種子
 「へそ」は種子が付着していた痕で、反対側が珠孔があった箇所となる。種子の周囲には薄いが付いている。 
 
 
 
             コウヤマキの種子から取り出した胚の様子
 コウヤマキの種子の胚乳から胚を取り出したものである。左側の2裂した部分が子葉である。この写真では子葉がわかりやすいように、人為的に少々開かせてもらった。結果として、口を開けたクジラのように見える。
 この子葉の様子から、コウヤマキは発芽に際しては最初に2個の子葉を展開することが予想できる。
 
     
 コウヤマキの葉の個性   
     
    コウヤマキの葉はマツとは一風違う印象があるが、学習するとその個性は次の点にある。  
     
 
@ 葉には短枝につく線状葉(線形の葉)長枝につく鱗片葉の2種類があること。 
A 線状葉はひとつの短枝に輪生しているのではなく、短枝自体が長枝の節部周囲に多数輪生し、その短枝の先端に線状葉がついているため、輪生しているように見えるものであること。 
B 線状葉は1本の葉のような外観を示すが、実は2本の葉が裏返しになって側面で合着したものである(日本の野生植物)こと。 
 
     
 
 
    コウヤマキの長枝の鱗片葉
 どう見ても葉には見えない印象であり、葉が退化した痕跡と解した方が馴染みやすい。
 この説明中、「裏返しになって」の部分は内容が高度すぎてよくわからない。この論理については外観ですぐにわかるものではなく、葉の断面の維管束を観察することで、この見解に至っている模様である。なお、これは表現の仕方であるが、2本の葉が合着したのか、分離しなかったのかは、分化の過程からはどちらの表現が適当なのであろうか?

 日本の野生植物には次のような説明がある。

【日本の野生植物】
葉の横断面を見ると、くぼみの左右に1個ずつ周縁層あり、その中にある維管束は、木部が裏側に、師部が表側に位置しているので(ふつうの葉では木部が表側に、師部が裏側にある。)、このことが証明される。 
 
     
   なお、葉裏には白い気孔帯が見られるところであるが、「・・・針葉の下面の溝には気孔があり、気孔の周りには単細胞性の毛が密生して白く見える。(植物の世界)」とした面白そうな記述を目にしたが、少々拡大して見てもよくわからない。針葉樹の葉裏の気候帯についてはワックス成分に由来するものと理解していたが、色々あるのか詳細は不明である。   
     
7   コウヤマキの材の様子   
     
 
   木口面                コウヤマキの柾目面
 
     
   写真のサンプル材は木曽産の天然木のコウヤマキで、年輪幅は約1ミリほどと細かく、柾目面は美しい。古い時代に(高貴なお方の?)棺材として利用されたことがわかっているが、出材量も少なくて、現在ではそんな贅沢な利用例はない。
 水湿に強い特性があって、現在でも高級浴槽の素材として有名で、実際に販売・利用されている。

 「大日本有用樹木効用編」(諸戸北郎編著,明治36)には、コウヤマキについて以下のように記している。 
 
 
 コウヤマキの材は風呂桶水桶等を作るのに最も適当す。又漬物桶、味噌桶などとなす。又船材或は建築用材とし、又工作を施し易きをもって天井板及其他の板材とす。橋梁の杭に用ゆれば能く久しきに堪ゆるものにして、東京府千住の大橋は永禄年間北条市の架したるものにして明治18年の頃大水の為め落橋せし際其杭を改め見しに、コウヤマキにして少しも不朽せざりとしと云ふ。木曽産の材は鉄釘を打ちて黒く流れず、又鵜縄用いて良好なることは他国産の及ぶところにあらず、樹皮を槇肌と称し船、桶、井戸側等の漏水を塞ぐに最も賞用せらる。 
 
     
 コウヤマキの種子の成熟時期に関する諸説   
     
   針葉樹の種子の成熟時期については、開花年の秋に成熟するもの、翌年に成熟するもの、そして翌々年に成熟するものがあるなどややこしいが、コウヤマキについては図鑑を見ると種子の成熟時期に関する記述に随分バラツキがあることに驚く。   
     
 
@ コウヤマキの毬果は開花の年10月に成熟する。(樹木大図説) 
A コウヤマキの毬果は開花の翌年の10月、褐色に熟す。(日本の野生植物) 
B コウヤマキの球果は開花の翌年の10〜11月に熟す。(樹に咲く花) 
C コウヤマキの雌花は開花の翌年の7月初旬になって受精するとされ、球果は10月頃に成熟する。(日本の樹木種子) 
D コウヤマキの球果は開花の翌々年の10月成熟。(原色日本植物図鑑) 
E コウヤマキの球果は開花の翌々年に至って成熟する。(図説樹木学) 
F コウヤマキの球果は開花の2年後に成熟する。(園芸植物大事典) 
 
     
   正解は「開花の翌年に成熟する」ということになる。開花の年に成熟するなど問題外であるが、古い毬果がそのまま付いている姿が見られることから、一部で開花の翌々年に成熟するという誤解が生じているのかも知れない。   
     
7   コウヤマキの芽生えの様子    
     
   コウヤマキの芽生えを見たことがないため、採取した種子を室内の窓際で小さなポットに播いて様子を観察した。     
 
 
 コウヤマキの芽生え 1 コウヤマキの芽生え 2  コウヤマキの芽生え 3−A 
     
コウヤマキの芽生え 3−B   コウヤマキの芽生え 4  コウヤマキの芽生え 5
 
     
   上の写真の状態までは、ヒノキの芽生え(こちらを参照)に似ている。
 当初に種仔を持ち上げる場合と、土中に残す場合が見られた。
 まずは2枚の子葉を展開し、次に直交する方向に2枚の葉を開いた。
 残念ながら、程なく枯れてしまった。