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続・樹の散歩道
  モクレン科の種子の糸は何のため?


モクレン科樹種で見られるモコモコした形の集合果では、成熟して袋果が裂開すると赤い種子が白い糸でぶら下がるというのは図鑑で見られる一般的な記述内容である。ぶら下がっていなければ、露出した赤い種子を無理矢理引っ張り出すと簡単にこの状態とすることができる。よく知られていることであるが、なぜこんな状態となるのか、このことにどんな意味があるのかについては聞いたことがない。 【2016.3】 


  シデコブシの垂れ下がった種子
 植栽樹の低い位置で見かけたものであり、人の手によるものである可能性が高い。 
    コブシの垂れ下がった種子
 人為的に種子を引き下ろしたもの。コブシの糸は太くて丈夫そうに見える。
  タイサンボクの垂れ下がった種子
 これも人為的に種子を引き下ろしたものである。 
 
 
 白い繊維質の糸は珠柄(胚珠の柄。種柄とも。)と呼ばれ、正確には珠柄内を走る道管の二次肥厚部が伸びたものとされる。  
 
 白い糸の役割  
 
 珠柄は言わば臍の緒に相当する器官の構成組織であることは見て明らかであるが、種子が成熟した後は生理的な役割は終えているはずである。しかし、この繊維質の細い糸の束のようなもので種子が下垂するのは非常に面白い風景で、意味なくこんな状態になるはずはないから、何らかの役割、機能を担っていることは間違いない。しかし、このことについて特段の解説は見たことも聞いたこともない。

 そこで、以下は勝手な想像である。

 まずは、種子の赤い色は鳥に食べてもらうようにアピールする色であることは経験則で理解できる。

 次にこの種子をぶら下げるということにどんな意味があるのかである。まずはその前提として確認しなければならないのは、袋果は閉じたままでは鳥は種子をついばむことはできないから、裂開させなければならず、また裂開することで初めて赤い種子の色を見せることになり鳥を招くことができる。

 そこで考えられるのは次の2点である。

 一つ目は、袋果を裂開した場合に、種子を地上に落としてしまったら、鳥に見つけてもらえないし、食べてもらえる可能性が失われてしまうから、珠柄は果実成熟後も裂開した袋果に種子を引き続きつなぎ止めておくための役割を担っていることが考えられる。この観点では、珠柄は必ずしも伸びる必要はない。

 二つ目は、これも鳥に対するサービスで、種子が短い糸でぶら下がっていれば、鳥は袋果からホジホジすることもなくいとも簡単についばむことができると考えられる。
 
     
 ところで鳥は本当にモクレン科樹種の赤い種子を食べるのか  
 
 先の検討では、最初からモクレン科樹種の赤い種子は鳥がついばむもの、つまり種子散布の主役は鳥に違いないとの勝手な思い込みが前提となっている。しかし、実は赤い種子を鳥がついばんでいる風景など見たことがない。そこで調べてみると、一応は鳥が散布者として概念的には整理されている模様であるが、実際に鳥が食べるかを自信に満ちた記述をしている例はなく、「植物の世界」でも「(ユリノキを除くモクレン科では))見掛けは赤い果実と同様で、鳥に散布されているように見えるが、はっきりとはしない。」としていて、要は余りよくわかっていないというのが実態のようである。我孫子市鳥の博物館によるコブシでの調査研究報告でも、それほど積極的な採食は見られず、鳥が種子散布の主役を担っているとは思えないような結果となっている。

 ということは、ひょっとするとモクレン科樹種の赤い種子は鳥にとっては不人気種子であるため、鳥による種子散布はごく限られていている可能性がある。(実質的には空振りに近い状態か?)

 となると、主たる種子散布の手段がどうなっているのかわからなくなってしまう。
 
 
 ところで糸で種子を垂らすのは普通の風景なのか  
 
 図鑑ではモクレン属の各樹種では、袋果が裂開して赤い種子が種柄で垂れ下がるという表現が多く見られるものの、個別の樹種毎に見ると、必ずしもすべての樹種について触れているわけではないことに気付く。これは、たぶん均質な表現とするのに必要な信頼できる情報が得られないことに原因があるように思われる。  
 
  モクレン属樹種の袋果裂開後の成熟種子の様子  
区分 日本の野生植物 樹に咲く花 新牧野日本
植物図鑑
植物観察図鑑 
モクレン属 しばしば長く伸びる珠柄で垂れ下がる。
ここでのしばしばは、属内のすべてではないという意か、often の意か不明。
糸状に長く伸びた珠柄の先にぶら下がり、すぐには落ちない。 − 
 ホオノキ 糸で垂れ下がる。 長い糸状の珠柄でぶら下がる。 白色の糸状の種柄で垂れ下がる。 長く色い糸状にほぐれた珠柄の道管()によってたれ下がり、風で遠方に吹き飛ばされる。 
 オオヤマレンゲ (掲載なし) − 
 シデコブシ 長くのびた白い珠柄の先にぶら下がる。 (掲載なし) 
 ハクモクレン 珠柄で垂れ下がる。 白い糸状の珠柄の先にぶら下がる。 白色の糸によって垂れ下げる。 白色の糸で7〜8cm もたれ下がり、秋〜冬にかけて強風を受けて遠方へ飛散する。 
 モクレン 珠柄で垂れ下がる。 白い糸状の種柄ある種子を出す。 白い細糸状にほぐれた珠柄の長い道管()によって袋果からたれ下がる。 
 コブシ 長くのびた糸状の珠柄の先にぶら下がる。 白糸によって垂れ下がる。 白色の細い糸で種子をぶら下げる。 
 キタコブシ 白い糸で垂らす。 (掲載なし) 
 タムシバ 糸状の珠柄の先にぶら下がる。 垂れ下げる。 − 
 タイサンボク 種子がたれ下がる。 
 
    注1:「−」はこのことに関する記述がないことを示す。
  注2:一部に(強)風で(遠方へ)吹き飛ばされるとの説明が見られるが、やや違和感がある。
  注3:「珠柄の道管」の語が見られるが、繊維は道管そのものではないから、誤解を招く。
 
     
 種子の糸をテーマに掲げてきたが、実を言うと、ざっと見た範囲では、糸でぶら下がった種子はほとんど見たことがない。「ほとんど」というのは、たまにぶら下がった種子を見ても、冒頭のシデコブシの例のように、植栽樹の目の高さの果実では人為的な改変の可能性を否定できず、自然状態での現象と断定できないからである。

 ところが、各種図鑑の表現では、モクレン属の成熟種子はぶら下がって当たり前、必ず糸でぶら下がるものと受け止められるが、これが一般的な属性であるとはとても思えないのが率直な感想である。まさか、ぶら下がった途端に鳥に食べられてしまって、目に付かないなどとは思えない。

 そこで、広く植栽されていて最も観察しやすいコブシに絞って改めて観察した範囲では、

@  集合果のままで丸ごと地上に落ちているもの 
A  裂開して暗褐色に乾燥した集合果にある程度の赤い種子がしがみついているもの 
B  集合果で裸出した種子がそのままの状態で乾燥・黒変しているもの。 
C  樹上で暗褐色に乾燥した集合果が(種子が全て脱落して)完全に抜け殻となっているもの 

 と様々であったが、@Bのケースは何らかの条件で通常とは異なった展開となったものと思われる。また、C場合に果たしてこの集合果が種子をぶら下げたのかは確認のしようがない。

 さらに、複数のコブシの個体で経過観察してみたものの、1粒たりともぶら下がった種子は見られなかった。総論的な記述をするためにはさらに多くの個体で我慢強い継続的な観察が必要であるが、たぶん次のいずれかの表現がふさわしいように思われる。
 
 図鑑の記述を最大限に尊重すれば、

A: 「種子は白色の糸状の珠柄で垂れ下がることがある。」
 といった程度か、あるいはもう少し控えめに 
B: 「種子はまれに白色の糸状の珠柄で垂れ下がっているのを見ることがある。」  か、あるいは、ひょっとすると単に
C: 「種子を引き下ろすと白色の珠柄の繊維が伸びて垂れ下がった状態となる。」 とするか、あるいは
D: 「種子が脱落した後の袋果には、珠柄に由来する白い糸が残る。」 としたほうが正確かもしれない。
 
   
   ということで、種子がぶら下がる現象は仮にあったとしても極めて限られたものである可能性が高く、自然状態では普通は垂れ下がらないと理解するのが妥当と考えられる。

 コブシを例に集合果の袋果から種子を引き出してみるとよくわかるが、鮮度のよい種子の珠柄は案外丈夫で簡単に自然に垂れ下がるような印象はない。また、そもそも一定の力を加え続けなければ垂れ下がった状態にはならない。一方で裂開したままで時間が経過して珠柄基部が劣化すればポトリ(あるいはタラリ)と落ちるであろうことは容易に想像できる。

 そこで、念のために裂開し始めたコブシの複数の集合果を採取して屋内で吊して放置したところ、赤い種子はすべて見事に裸出したものの、ぶら下がる種子は全く見ることができなかった。

 目を凝らして珠柄部分をよく見ると、袋果の乾燥・変形に伴って、珠柄部分に種子を引きはがす方向の力がわずかに加わって、特に袋果に種子が2個ついたもので珠柄が1〜3ミリほど伸びている例は普通に見られた。この状態は単に珠柄が短く突っ張ったもので、垂れ下がる状態とは全く異なっている。ただ、これを見ると、明らかに伸びる珠柄は裸出した種子の落下をしばらくの間だけ防ぐことに貢献していることは理解できる。
 
     
   (コブシの果実の変化)   
 
      コブシ集合果 1
 袋果が裂開し始めた状態である。
      コブシ集合果 2 
 種子が次第に落下して、数を減らしている。 
      コブシ集合果 3
 全ての種子を落としたあとである。
 それぞれの袋果に糸が残っている。
     
      コブシの裂開袋果 
 納まっていた種子2個のそれぞれの伸びた糸が残っている。種子を放出した後は、皆こうした状態となっている。
     コブシ珠柄の繊維 1
  珠柄の糸を構成する微細繊維は規則的に縮れたような形態となっている。
     コブシ珠柄の繊維 2
 たぶん、これは道管の内壁でらせん状をなしていて、道管が引きちぎられるとこの微細繊維がコイルバネが伸びるように引き出されるものと思われる。
 
     
   (屋内で吊したコブシ果実の様子)   
     
 
   
   袋果裂開後の種子の様子
 袋果の乾燥・変形に伴って、糸がわずかだけ引き出されている。開いた袋果に密着し、突っ張った状態であり、垂れ下がってはいない。    
  裂開後1か月経過した集合果 
 屋内で全ての袋果が裂開して1か月を経過したが、吊り下げた袋果から種子がたれ下がる気配は全く見られず、さらに2か月、計3か月を経過しても種子が垂れ下がることは一切なかった。 
【参考】肉質の種皮を除いた種子の様子
 赤い種皮外層と肉質の種皮内層を取り除いた(種皮内層に包まれた)種子である。播種する場合は、乾燥を避けて肉質種皮を除去してとり播きするのが普通とのことである。
 
     
   参考までに、3か月経過した集合果の種子を引き下ろしてみると、鮮度がよい種子に較べると糸の伸びはイマイチであったが、一応は糸が引き出された。

 そもそも、屋内では屋外環境のような風雨、日照、温度変化等の外的な強い影響がないため、種子は全く落下しないようである。 

 結局のところ、どうやらモクレン科集合果の赤い種子は鳥にとっては不人気種子のように思われることに加えて、種子をぶら下げることも稀であるとすると、最初に検討した鳥にとってのぶら下がる種子の効用などたいした問題ではないということになる。つまり、鳥にとってほとんど見られないぶら下がった種子の効用など、極めて軽微、付加的な効用でしかないと考えるに至った。さらに、伸びる珠柄のおかげで種子が簡単には落ちにくいこと自体は、鳥に対して少しでもいいから食べてくださいと、哀願しているようなものと思えてくる。

 したがって、モクレン属樹種の種子は多くは樹冠下へ集合果のままドサッと落ちたり、あるいは珠柄の劣化に伴いパラパラと落ちたりと、自らの周辺に散布にならないような散布がなされているものと思われる。そしてごく一部は樹上で鳥がついばみ、また、コブシの落下種子をカラスが食べるのを目撃したとの声も耳にするから、落下種子のごく一部は鳥が食べるものとして理解しておくことにした。 
 
     
 
注:  ウェブ上で目にするぶら下がった種子については、断りがない場合でも写真撮影のために人為的に種子を引き下ろしているものが少なからずあると思われる。また、植栽樹にあっては、手の届く範囲の高さで見られるものについても要注意である。自分もモクレン科の植栽樹の種子を随分引っ張り出したから、ひょっとして、これを喜んで写真撮影した者がいるかも知れない。 
 
 
   (肉質種皮内の珠柄の様子)   
     
 
   
        コブシ種子の伸張前の珠柄
 上方が果実への着生部である。珠柄は尻から出て、種子の中央の溝状に凹んだ部分に沿って上方に回り込んでいる。右は珠柄を引き下ろした状態である。
    コブシ種子の伸張前の珠柄の繊維(珠柄は横向き)
 個々の道管に細かい縞模様が確認できる。引き出される前の繊維が密に巻いたコイル状を為しているものと思われる。
 
     
 オガタマノキ属樹種の種子はぶら下がるのか  
 
 モクレン属と同じモクレン科のオガタマノキ属の樹種に関しては、この点に関しては実は図鑑で触れている例は見ない。国内自生種のオガタマノキと中国からの渡来種のカラタネオガタマのそれぞれの植栽樹を経過観察したところでは、種子をぶら下げている姿は全く見かけなかった。しかし、しばらく観察した成果として、オガタマノキにカラスが数羽とまって、果実をついばんでいる姿を目撃することができた。(シジュウカラも多数見られたが、実際に採食したのかは確認できなかった。体に対して種子が少々大き過ぎか?)

 なお、せっかくなので両種の種子を引っ張り出してみると、(人為的ではあるが)写真のとおり珠柄でぶら下がった状態となることは確認できた。と、まあそれだけのことであるが、やってみて初めてわかる。
 
 
    オガタマノキの集合果
 ほとんどの種子を裸出しているが、この後も種子が垂れ下がることは一切なかった。 
   糸を出したオガタマノキ
 人為的種子を引き出したもの。
   糸を出したカラタネオガタマ
 これも人為的種子を引き出したもの。
 自然状態で種子を裸出した集合果の様子はこちらを参照。