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続・樹の散歩道
  バイモの蜜を貯める部位は何と呼ばれているのか


 バイモには “” があるとの講釈を耳にした。花被片にはイカリソウやオダマキで見られるようなくちばし状の突起はないはずであり、少々疑念を持ちながらもどれどれと花をのぞき込んでみた。すると、6個ある個々の花被の基部近くにわずかな凹みがあり、その中がキラリと光っている。早速ながら味見をしなければならないと、ペロリとなめてみると確かに甘い。こんなところに蜜腺を持っていたのである。
 そこで、図鑑ではこの部位を一般的に何と呼んでいるのかを念のために確かめるとともに、ついでながらこの植物の奇妙な名前について、どの程度詳しい講釈がなされているのかを学習することにした。 【2018.5】 


 バイモの外観  
 
           花をつけたバイモ 
 中国原産のユリ科バイモ属の多年草 Fritillaria thunbergii 又はFritillaria verticillata var. thunbergii 
中国名は 浙貝母
             バイモの花 
 花被片の内側に紫色の市松模様に似た網目模様があって、これが表側にも透けて見える。別名アミガサユリの名の由来とされる。
 
 
        バイモの花冠の中の様子 1
 花被は6個あり、環状に2列に並ぶ。雄しべは6個、雌しべは1個で柱頭が3裂する。
       バイモの花冠の中の様子 2
 ときに花被が7個、雄しべが7個の花が見られる。
 
 
 
          バイモの花被の外側
 花被は船底形で縦方向の中央部が突出している。
         バイモの花被の内側
 花被の基部近くの凹みに蜜が溜まっている。 
 
     
 
     
    バイモの若い果実(蒴果
 奇妙な形態で、6枚の翅をもつ。
   バイモの若い果実内の種子
      バイモの若い種子
  種子は扁平でゆがんだ四角形。
 
     
 バイモの蜜腺の名前  
     
 複数の図鑑で確認したところ、さすがにバイモの花被片基部手前の凹みを「距」としている例は見られなかった。以下は様々な表現例である。  
 
 ・ バイモ属では花の内面の下部に腺体がある。【改訂日本の野生植物ほか】 
 ・ 浙貝母(バイモの中国名)は花被の基部に腺体をもつ。【中薬大辞典】 
 ・ バイモ属では花被片基部にはがある。【原色日本植物図鑑】 
 ・ 貝母属では花被片内面の基部近くに1つの凹んだ蜜腺窩(原文では「凹陷的蜜腺窝」)がある。【中国植物誌】 
 
 
 腺、腺体の語は一般に同義で使用されているが、これだけでは何を分泌する組織なのか明らかではないから、蜜を分泌するのであれば素直に「蜜腺」あるいは「蜜腺体」と表記してもらいたいものである。そうでなければ、蜜を分泌している組織であることが認識できない。その点、中国植物誌の記述はていねいであり、「蜜腺窩(みつせんか)」の語は凹んだ形態も表現しているからわかりやすい。

 なお、横道に逸れるが。図鑑を見ていて、ふと目に止まった情報があった。つぎのとおりである 
 
 
ユリ科では花被片にしばしば蜜腺を持つ【改訂日本の野生植物】 
ホウチャクソウ(イヌサフラン科チゴユリ属)では花被片は基部が小さな距となって蜜を貯える【原色野草観察・検索図鑑】 
 
 
 はバイモもカバーした内容と理解される。しかし、は全く認識のない内容である。バイモと同様に釣鐘形の花をつけるホウチャクソウの距とは、バイモの幻の距の再登場を思わせる。分類をベースに情報をメモすると以下のとおりとなる。  
 
 
ユリ科:  花被にしばしば蜜腺を持つ(日本の野生植物) 
  ユリ属:  花被の基部の内面に蜜溝がある(日本の野生植物) 
    オニユリ:  内花被片の内面下部は中央脈に沿って凹み、蜜を分泌、蜜溝と呼ばれる。(野草観察・検索図鑑) 
  バイモ属:  花の内面の下部に腺体がある。(日本の野生植物) 
イヌサフラン科:  ふつう花被片または雄しべに蜜腺がある(日本の野生植物) 
  チゴユリ属: しばしば花被片基部にふくらみや距がある(日本の野生植物) 
    ホウチャクソウ: 花被片基部に嚢状のふくらみがある(日本の野生植物)
花被片は基部が小さな距となって蜜を貯える(野草観察・検索図鑑) 
 
     
 ★ 参考:ホウチャクソウの“小さな距(蜜腺)”の様子  
 
   ホウチャクソウの花の基部
 6個の花被の基部は同じ形態となっている。ふつう感覚では距に見えない。 
   ホウチャクソウの花被の基部
 雄しべの花糸を引き上げると花被の基部に蜜を確認できる。
    ホウチャクソウの小さな距
 つぼ状の小さな距(蜜腺)に溜まった豊かな蜜の様子。
 
     
   ホウチャクソウの花をじっくり観察すれば、いかにも距という印象はないが、小さな距といえばまあ言えなくもないかなあといった印象である。したがって、人によっては積極的に距と呼ぶことには抵抗があることも想像され、ホウチャクソウの場合は蜜腺部を指して「距」の呼称はほとんど定着していないものと思われる。   
     
    オニユリの蜜溝の様子についてはこちらを参照  
     
3   バイモの名前に関する情報 (バイモの名前の由来)  
     
(1)  国内での既存情報   
     
   バイモの名前に関する一般的な講釈は、この植物の鱗茎が貝の形に似ることにより「貝母」の名前を持つとしているが、この際なぜ植物の見える外観ではなく根部に着目したものなのか、また、漢字表記の「母」は一体何なのかについては語られることがない。    
     
         バイモの鱗茎の様子   
     
 
 
 バイモの鱗茎(都立薬用植物園展示品)
「生薬名 バイモ(貝母) アミガサユリ(ユリ科)のりん茎 鎮咳、消炎などの目的で漢方処方に配合」とある。 
          バイモの鱗茎(同左)
 鱗茎は半球形、直径1.5~3cm、多肉質の鱗片2~3個をもち、中心部には複数の小鱗茎がある。(中薬大辞典)。 
 
     
   比較的詳しい記述のある「野草の名前」における説明は以下のとおりである。   
     
  【野草の名前:平凡社】  
 
 バイモという植物は、古い時代に中国から日本へ渡来した。すでに平安前期の「新撰字鏡」で“ハハクリ”という名前で登場している。その名前は、クリのような球根「偽鱗茎」から新しい球根が現れ、その球根の中央から茎が伸び、葉や花が展開するこのことから、“母の栗 ”という意味で、呼ばれていたと思う。 
 その後、花姿が虚無僧がかぶる深編笠に似ていて、花がユリに少し似ることから、“アミガサユリ”という名前がついた。江戸時代の文献では、その名前でその名前で登場している。 
③   現在は、中国で “貝母” という漢字を当てていたので、音読みにして、“バイモ”と名前がつけられている。 
 
     
   ①について
 バイモの渡来については色々な説がありそうで、園芸植物大事典には次のようにある。
 「バイモは中国原産で、「延喜式」(927)にも貝母の字が出ていて、古くから知られていたが、実際の植物は江戸時代の1724年(享保9)に渡来した。伊藤伊兵衛政武「地錦抄附録」(1733)の中に図が出ている。
 さて、貝母の鱗茎は中国では古くから薬材として使用されていて、神農本草経にも採り上げられているというから、植物体の渡来が江戸時代とは少々信じ難い印象がある。中国で普及していた薬材としての乾燥鱗茎は間違いなく古くに渡来していたと思われる。 
 
     
   ②について
 バイモ(貝母)の名は中薬名=植物体の呼称と理解して、古くから定着していたものとも思われる。
一方、国内の図鑑においてバイモとアミガサユリのいずれが筆頭和名となっているのかとなると、ほとんどがバイモの名を種名として優先して掲げている。これは言うまでもなく、中薬名の貝母が定着していた中で、属名をバイモ属としたことから、当然の成り行きであろう。
 アミガサユリの名はバイモの名前がある中でも、わかりやすく情緒のある呼称として創出されたものと思われる。
 なお、バイモ属では国内に8種が確認されているにもかかわらず、なぜ渡来種がバイモ属のバイモなのかについては整理の観点で違和感がある。本来的には日本に渡来して馴染んだ代表種として「トウバイモ」とした方がふさわしい。 
 
     
   ③について
 認識が少々違っていると思われ、次項で整理することとしたい。

 なお、国内での生薬としてのバイモ(貝母)は日本薬局方に収載されていて、「本品はアミガサユリ Fritillaria verticillata Willdenow var. thunbergii Baker (Liliaceae) のりん茎である。」としている。 
 
     
(2)  中国情報   
     
   バイモは中国原産であるから、原産国の情報の方がホントらしさがある。

 中国における「貝母」の名はバイモ属植物全体の総称である。
 中国植物誌には中国に産するバイモ属植物が20種、変種が2種あるとしていて、いずれも「○○貝母」の中国名がある。

 和名「バイモ(貝母)」(Fritillaria thunbergii)の中国名は「浙贝母」である。
 本種は中薬「浙贝」の来原で、中国国内では浙江寧波專区で、大量に栽培されているとされるから、浙貝母の名は浙江の「浙」を頭に冠したものと思われる。
 和名バイモ(貝母)は中国でのバイモ属の総称をもらって、中国渡来の浙贝母に当てたということになる。

 貝母の名は本家中国で薬材(鱗茎)の形が貝に似ることによるとしている。
 貝母の名は漢代の中国最古の本草書「神農本草経」中品として記載されている。
 貝母の名の由来については、陶弘景(456-536)の「本草経集注」に説があり、「形似聚贝子,故名贝母」(形は貝子を聚(あつ)めたものに似る。故に貝母と名づく)とある。
 〔参考資料〕:中国植物誌、百度百科、互動百科、本草経集注訳注(家本誠一、静風社)

 また「母」の字の意であるが、漢字の「母」には中国語で植物の塊根の意があるとされ、例えば、ユリ科の多年草ハナスゲは中国名が「知母」で、その乾燥根茎は著名な中薬で、薬材名も「知母」と呼ばれる。(国内でも中国産のものが生薬「知母(ちも)」として知られ、日本薬局方にも収載されている。)

 こうしたことから、貝母の「母」は、その鱗茎部を意識した命名要素であろう。 

 なお、中国ではバイモ属の複数種の鱗茎が薬材として利用され、それぞれの種類に応じて呼び分けている。

(例)
川贝母 Fritillaria cirrhosa  → 川貝
梭砂贝母 Fritillaria delavayi  → 炉贝
砂贝母  Fritillaria karelinii → 伊贝 
伊贝母  Fritillaria pallidiflora → 伊贝
甘肃贝母  Fritillaria przewalskii → 川贝
太白贝母  Fritillaria taipaiensis → 川贝
浙贝母  Fritillaria thunbergii → 浙贝
平贝母  Fritillaria ussuriensis → 平贝