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続・樹の散歩道 バイモの蜜を貯める部位は何と呼ばれているのか
バイモには “距” があるとの講釈を耳にした。花被片にはイカリソウやオダマキで見られるようなくちばし状の突起はないはずであり、少々疑念を持ちながらもどれどれと花をのぞき込んでみた。すると、6個ある個々の花被の基部近くにわずかな凹みがあり、その中がキラリと光っている。早速ながら味見をしなければならないと、ペロリとなめてみると確かに甘い。こんなところに蜜腺を持っていたのである。 そこで、図鑑ではこの部位を一般的に何と呼んでいるのかを念のために確かめるとともに、ついでながらこの植物の奇妙な名前について、どの程度詳しい講釈がなされているのかを学習することにした。 【2018.5】 |
1 | バイモの外観 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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2 | バイモの蜜腺の名前 | ||||||||||||||||||||||||||||||
複数の図鑑で確認したところ、さすがにバイモの花被片基部手前の凹みを「距」としている例は見られなかった。以下は様々な表現例である。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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腺、腺体の語は一般に同義で使用されているが、これだけでは何を分泌する組織なのか明らかではないから、蜜を分泌するのであれば素直に「蜜腺」あるいは「蜜腺体」と表記してもらいたいものである。そうでなければ、蜜を分泌している組織であることが認識できない。その点、中国植物誌の記述はていねいであり、「蜜腺窩(みつせんか)」の語は凹んだ形態も表現しているからわかりやすい。 なお、横道に逸れるが。図鑑を見ていて、ふと目に止まった情報があった。つぎのとおりである |
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①はバイモもカバーした内容と理解される。しかし、②は全く認識のない内容である。バイモと同様に釣鐘形の花をつけるホウチャクソウの距とは、バイモの幻の距の再登場を思わせる。分類をベースに情報をメモすると以下のとおりとなる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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★ 参考:ホウチャクソウの“小さな距(蜜腺)”の様子 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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ホウチャクソウの花をじっくり観察すれば、いかにも距という印象はないが、小さな距といえばまあ言えなくもないかなあといった印象である。したがって、人によっては積極的に距と呼ぶことには抵抗があることも想像され、ホウチャクソウの場合は蜜腺部を指して「距」の呼称はほとんど定着していないものと思われる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
オニユリの蜜溝の様子についてはこちらを参照 | |||||||||||||||||||||||||||||||
3 | バイモの名前に関する情報 (バイモの名前の由来) | ||||||||||||||||||||||||||||||
(1) | 国内での既存情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||
バイモの名前に関する一般的な講釈は、この植物の鱗茎が貝の形に似ることにより「貝母」の名前を持つとしているが、この際なぜ植物の見える外観ではなく根部に着目したものなのか、また、漢字表記の「母」は一体何なのかについては語られることがない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
バイモの鱗茎の様子 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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比較的詳しい記述のある「野草の名前」における説明は以下のとおりである。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
【野草の名前:平凡社】 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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①について バイモの渡来については色々な説がありそうで、園芸植物大事典には次のようにある。 「バイモは中国原産で、「延喜式」(927)にも貝母の字が出ていて、古くから知られていたが、実際の植物は江戸時代の1724年(享保9)に渡来した。伊藤伊兵衛政武「地錦抄附録」(1733)の中に図が出ている。 さて、貝母の鱗茎は中国では古くから薬材として使用されていて、神農本草経にも採り上げられているというから、植物体の渡来が江戸時代とは少々信じ難い印象がある。中国で普及していた薬材としての乾燥鱗茎は間違いなく古くに渡来していたと思われる。 |
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②について バイモ(貝母)の名は中薬名=植物体の呼称と理解して、古くから定着していたものとも思われる。 一方、国内の図鑑においてバイモとアミガサユリのいずれが筆頭和名となっているのかとなると、ほとんどがバイモの名を種名として優先して掲げている。これは言うまでもなく、中薬名の貝母が定着していた中で、属名をバイモ属としたことから、当然の成り行きであろう。 アミガサユリの名はバイモの名前がある中でも、わかりやすく情緒のある呼称として創出されたものと思われる。 なお、バイモ属では国内に8種が確認されているにもかかわらず、なぜ渡来種がバイモ属のバイモなのかについては整理の観点で違和感がある。本来的には日本に渡来して馴染んだ代表種として「トウバイモ」とした方がふさわしい。 |
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③について 認識が少々違っていると思われ、次項で整理することとしたい。 なお、国内での生薬としてのバイモ(貝母)は日本薬局方に収載されていて、「本品はアミガサユリ Fritillaria verticillata Willdenow var. thunbergii Baker (Liliaceae) のりん茎である。」としている。 |
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(2) | 中国情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||
バイモは中国原産であるから、原産国の情報の方がホントらしさがある。 中国における「貝母」の名はバイモ属植物全体の総称である。 中国植物誌には中国に産するバイモ属植物が20種、変種が2種あるとしていて、いずれも「○○貝母」の中国名がある。 和名「バイモ(貝母)」(Fritillaria thunbergii)の中国名は「浙贝母」である。 本種は中薬「浙贝」の来原で、中国国内では浙江寧波專区で、大量に栽培されているとされるから、浙貝母の名は浙江の「浙」を頭に冠したものと思われる。 和名バイモ(貝母)は中国でのバイモ属の総称をもらって、中国渡来の浙贝母に当てたということになる。 貝母の名は本家中国で薬材(鱗茎)の形が貝に似ることによるとしている。 貝母の名は漢代の中国最古の本草書「神農本草経」に中品として記載されている。 貝母の名の由来については、陶弘景(456-536)の「本草経集注」に説があり、「形似聚贝子,故名贝母」(形は貝子を聚(あつ)めたものに似る。故に貝母と名づく)とある。 〔参考資料〕:中国植物誌、百度百科、互動百科、本草経集注訳注(家本誠一、静風社) また「母」の字の意であるが、漢字の「母」には中国語で植物の塊根の意があるとされ、例えば、ユリ科の多年草ハナスゲは中国名が「知母」で、その乾燥根茎は著名な中薬で、薬材名も「知母」と呼ばれる。(国内でも中国産のものが生薬「知母(ちも)」として知られ、日本薬局方にも収載されている。) こうしたことから、貝母の「母」は、その鱗茎部を意識した命名要素であろう。 なお、中国ではバイモ属の複数種の鱗茎が薬材として利用され、それぞれの種類に応じて呼び分けている。 (例) 川贝母 Fritillaria cirrhosa → 川貝 梭砂贝母 Fritillaria delavayi → 炉贝 砂贝母 Fritillaria karelinii → 伊贝 伊贝母 Fritillaria pallidiflora → 伊贝 甘肃贝母 Fritillaria przewalskii → 川贝 太白贝母 Fritillaria taipaiensis → 川贝 浙贝母 Fritillaria thunbergii → 浙贝 平贝母 Fritillaria ussuriensis → 平贝 |
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