トップページへ 樹の散歩道目次へ 続・樹の散歩道目次へ |
続・樹の散歩道 アサ(麻)は電気の導体なのか不導体(絶縁体)なのか
麻畑は雷避けになる?
ついでに「麻の種類」について
あまり科学的な表題ではないが、要は栽培される繊維作物としてのアサ科アサ属のアサ(麻、大麻 タイマ、大麻草とも)が電気を通しやすいのか否かということである。 このこと自体がやや唐突であるが、NHKのラジオ放送で、ある出演者が面白い話を紹介していたことがきっかけで、気になり始めた事情がある。 その要旨は、「かつて日本国内で繊維作物としてのアサが広く栽培されていた歴史があり、そうした地域で、雷から身を守るには麻の畑に逃げ込むのがよいという伝承がしばしば確認できる。実はアサは重金属を多く吸い上げる性質があって(栽培適地がこうした地質条件のところでもあった。)、このことが関係しているようである。」というのである。 【2013.6】 |
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1 | 麻と落雷に関する言い伝え 例によって、安易なウェブ検索によれば、情報の出所は全く不明であるが、以下のような言い伝えがあるという。言い回しは諺(ことわざ)のようには定型化していない。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
並べてみたものの、どういうことなのか訳がわからない。一般の諺(ことわざ)、伝承的な知識とはやや異質で、認知度が低く、確かにそのとおりであるなあと認識するに至ることもないし、最近科学的にその正しさが立証されたとも聞かない。したがって、わからないことは講釈のしようもないから、諺、格言等の辞典でも全く採り上げられていない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2 | どのような原理が考えられるのか 実は相反するコメントが存在している。冒頭の話は、(ナマの)アサが電気を通しやすく、いわば避雷針(注)と同様の原理を想定したものと考えられる。一方、「(製品としての)麻は電気が通電しにくく、古代の人が雷から身を守るのには最適の繊維でした・・・」とした記述(科学的な根拠はもちろん示されていない。)もある。
どちらも科学的に確認された説とは思えないが、おもしろ半分に考えてみたい。(以下はあくまで素人の独り言である。) |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【導体説(前者)】 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
栽培種のアサは草丈が3メートルにも及ぶとされ、これが本当にたっぷり金属を吸着・蓄積していたら、素人的にはまるで避雷針のように機能しそうな気がしてしまう。しかし、いくら金属を吸着してもその量など微々たるもので、麻畑のビッシリ生育するアサに避雷針の原理が適用できるはずがない。これは単にアサが人の背丈よりも高いから、人には落ちないような気がするだけなのではないだろうか。つまり、背の低い作物で覆われた普通の畑に一人おっ立っているよりは、麻畑に逃げ込んだ方がましと考えたのであろう。しかし、通電性に関してはアサよりも人の体の方がはるかに優れていると思われ、なぜ麻畑が安全なのかについては全く説得力がない。より背丈のある樹木で覆われた森林が落雷に対して安全であるとも聞かない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【不導体説(後者)】 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
こちらは逆に絶縁性能が優れているとするものである。しかし、畑に育つ麻の通電性がいいとか悪いとか、議論するような特異性があるとは思えない。仮に通電性を測定して、ほんのわずかにその傾向が認められたとしても、通電性に優れた人の方が雷に狙い撃ちされ易いことに変わりはなさそうである。 そこで、蚊帳のはなしに関してであるが、落雷に際しては壁際は配線や金属管が埋め込まれているから、(蚊帳を吊った)部屋の中ほどの方がましであろうとする説明があって、これならまだわかりやすい。ただし、一般の住宅の室内で雷の直撃を受けたなどということはそもそも聞いたことがないから、これも説得力がない。本気で実験をする科学者もいないであろう。 なお、麻が絶縁物としてかつては碍子(がいし)の素材の一部にも利用されていたとする内容が広くコピペされているが、単に乾燥したセルロースであって、それ以上でも以下でもないことは明らかで、麻に特異な絶縁性能があるなどという説明材料にはならないと思われる。 (注)本稿で桑畑は対象としていないが、桑畑には落雷がないというのは、例の“桑原”の話があるなど楽しいものの、いずれもおとぎ話的な内容で、物理的な効果をうたったものではないとされる。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
したがって、結局のところ、屋外であれば @身を低くする、A高い木から離れる、B車の中に飛び込む等々の方がいいようである。本件については、もしあればであるが、専門家の分析・見解を期待したい。 ということで、現時点で麻や麻畑を巡る変な言い伝え(伝説)に関しては全くの迷信と思われ、すっかり興味が失せてしまった。しかし、この自然素材の感触と民俗情報には関心があるので、これを機に少しだけ調べてみることとした。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
3 | 狭義の麻と広義の麻について(麻の種類) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
狭義の麻は、国内では紀元以前から栽培の歴史があった(苧麻も同様)と考えられているアサ科のアサ(麻)を指すが、「麻」の語自体は沿革的に類似の植物繊維を採取できる植物及びその繊維の総称として使用されていて、その種類は20種にも及ぶとされる。一般的なものを掲げれば以下のとおりである。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4 | 狭義の麻(アサ)が利用された製品 麻の国内生産については、歴史的には綿、さらには羊毛の登場に伴い、次第に生産量が低下したものの、戦前までは国内各地でアサ(大麻)が栽培されていたという。しかし、敗戦後の歪んだ占領政策で、麻の栽培が厳しく規制されることとなり、さらには多様な化学繊維の利用が拡大する中で大きく生産量を減じ、現在では栃木県等の一部で知事の免許の下にわずかに生産されているに過ぎない。 かつて麻が使用されていた、あるいは現在でも使用されている製品の事例は以下のとおりである。麻は古代から日常の衣類を含めて広く使用されてきた歴史があるため、結果として現在でも儀礼や神事にその習慣が変わらず残っている点が興味深い。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
古い時代には、大麻や苧麻は生活に密着した素材として、広く利用されていたはずであるが、改めて身の回り(あくまでも自分の管理下)を探索したところ、わずかに「麻」と表示した製品を確認したものの、日常の生活用品としてはあまり目立たない存在と化していることが確認できる。 繊維製品としての麻類の感触に関しては、総論的にシャリ感として知られているところであるが、大麻、苧麻、亜麻の3種を視覚的に識別するのは難しそうである。 家庭用品品質表示法の下では、繊維製品としての「麻」の表示は苧麻(ラミー、カラムシ)と亜麻(リネン)を指す指定用語となっているが、このことはあまり知られていないし、仮に知っていてもラミーなのかリネンなのかを識別することは困難であろう。 このように実態に照らして好ましくない奇妙な制度となっていて、さらにこれに起因して本家の大麻は「麻」として表示できないこととなっているめ、輸入された大麻の製品では、仕方なく「指定外繊維(ヘンプ)」と表示している例を確認した。 衣料品としては亜麻由来のリネン100%又は混紡の素材が夏用のどちらかといえば上質の製品に使用されている。 麻類については、自然素材としてのよさを見直し、生活に取り入れようとする機運も見られ、ヘンプやリネンのふんどしまで存在する。これらを愛用する者は、身体の最も繊細な部分でこれら素材の感触を体感的によく知っていて、的確な表現で質感を講評・評価できるかも知れない。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
5 | アサの収穫後の主な処理工程 草本植物から繊維を採取するのは、樹木の樹皮から繊維を採取するよりは手間を要しないとされるが、それでも大変な労力がかかるようである。以下はアサに係る主な処理工程である。 収穫(引き抜き)→ 葉を落として根切り(麻切り)→ 押切りで定尺に切り揃え→ 熱湯にくぐらせる(湯かけ)→ 天日で晒し(屋外乾燥)→ 水に浸してから床伏せ(発酵により剥皮が容易となる)→ 剥皮(麻剥ぎ)→ 表皮除去(麻引き、麻掻き)→ 屋内乾燥 → 湯に浸けた後に雪晒し → 湯に浸けた後に屋外乾燥→ 揉んでほぐす → 糸車で糸紡ぎ→ 機織り (参考資料) ものと人間の文化史 78-T草木布T:竹内淳子(1995.7.1 財団法人法政大学出版局) 麻 −大いなる繊維−:栃木県立博物館(平成11年8月1日 第65回企画展図録) |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
6 | アサ、大麻のあらまし(参考資料) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
7 | 麻の字のある地名の例 北海道・江別市・大麻(おおあさ) 「大麻(おおあさ)」とは「大曲(おおまがり)」と「麻畑(あさばたけ)」の二つの地区名の頭文字をとったものとされる。北海道では開拓史が当初は大麻を、後に亜麻の栽培を奨励した歴史があるが、「麻畑」がいずれに由来するのかは確認できない。当地にはJR大麻駅(おおあさえき)があるが、初めて駅名を見た者は必ず「たいま」と読んでしまって、ドキドキすることになる。 北海道・札幌市・麻生(あさぶ) 北海道における亜麻を原料にした製麻の発祥地であったことから、後年に地名が改称されたもの。地下鉄「麻生駅」がある。 東京キ・麻布(あざぶ) こちらは麻には全く関係ないとのことである。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8 | メモ 大麻取締法制定以前に栽培されていた国内の大麻について、幻覚成分をほとんど含まない品種であったとされる一方で畑では麻酔いの現象があったとか、一般的な栽培が禁止されてて以降、交雑が進行して幻覚成分が高まったとか(前掲参考資料)、詳しい真相はよくわからない。 しかし、いつものことながら、禁止されるとより強い誘惑に取り付かれる者が必ずいて、戦後の免許制の下での栽培地では、かつては見られなかった盗採が続出した歴史があるという。こうした現状から、1983年に、栃木県が幻覚成分をほとんど含有しない大麻の品種「とちぎしろ」を開発して品種登録(登録品種としての有効期限は1997年に終了している。)した経過があり、現在もこうした品種が細々と栽培されているものと思われる。 大麻栽培が例外的な免許制によるもの以外を禁じているのは、戦勝国たる米国による政策によるものであるが、大麻に対する狂気にも近い取り締まり姿勢は、かつての自国文化を平気で否定したものとなっているのみならず、他の先進国の制度とはかけ離れた実態となっている。 結果として、わが国では狭い自室でこっそり大麻を栽培する若者がしばしば見られ、これが明らかとなるや二度と立ち上がれなくなるほど徹底的に締め上げられるとともに、社会的にも叩きのめされ、極悪非道の非国民扱いとなる。一方、ヨーロッパのある街角では合法的な大麻を気負うことなく生活の一部としてカフェで燻らせる風景が見られるようであり、また、日本を叩きのめした米国では実質的に解禁状態となっていて、さらに医療的効用も認知されて、こうした目的の大麻の個人栽培や流通も見られるという。押しつけ規制を神の律法の如くに墨守する日本の姿は既に滑稽なものとなっている。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||