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続・樹の散歩道 アケビの種子の白い附属物はエライオソームなのか?
次はアケビの果実があちこちで実った時期に、同僚と交わした会話である。 「アケビの種子にまとわりついている白いものは一体何なんだろう。粘っこいものがまとわりついていて、洗ってもきれいに落ちないんだよねえ。」 「確か何とかというものじゃなかったかなあ。例の・・・」 「エッ、まさか、エライオソームとかいうものじゃあないと思うんだけどねえ・・・・」 「そうそう、それ!」 「エーッ! まさか!」 【2013.10】
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近年、野生児はどこにも見られなくなったから、アケビの実がわかる子供はほとんどいないであろう。わかるのはおじいちゃん、おばあちゃんだけで、その当人たちも、家に帰ればお気に入りのおいしいお茶菓子の買い置きがあるから、今更アケビの種を口に含んでプップーと吹き飛ばす風景は想像しにくい。 それでもたまに、ふっくら実ったアケビを見ると、その何ともいえないほんのり紫色を帯びた色合いと姿が美しく、愛おしい。また、恥じらいながらぱっくり開いた実の内側の白さが例えようのないほど初々しい。そしていつも感心するのは、ツルが細いのにムッチリした実をたくさん着けるガンバリ振りである。 さて、エライオソームなのか否かの検証である。まずは種子の様子を目に焼き付けてから、調べることとする。 |
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1 | エライオソーム(エライオゾーム)とは 参考図書を拾い読みすれば、以下のような説明が見られる。 |
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これらを見てわかるのは、種子に白い付属物があれば何でもエライオソームと呼ぶものではないこと、及び、あくまでそれがアリさんの好物で、種子もろとも普通に巣に運び込まれる事実が確認されている場合に、初めてエライオソームと呼ばれるものであることである。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2 | エライオソームを持つとして例示されている植物 アリ散布植物(一般的には種子にエライオソームを付けた植物)としては、以下に掲げるようなものが書籍で例示されている。 (種名は例示。属内のすべての種が必ずしもエライオソームを有するものではないと思われる。) カタクリ属(カタクリ)、エンレイソウ属(エンレイソウ)、カンアオイ属(カンアオイ)、イチリンソウ属(ニリンソウ)、フクジュソウ属(フクジュソウ)、キケマン属(キケマン、ムラサキケマン、エンゴサク)、クサノオウ属(クサノオウ、ヤマブキソウ)、イカリソウ属(イカリソウ)、オドリコソウ属(ホトケノザ)、スズメノヤリ属(スズメノヤリ、ヌカボシソウ)、トウダイグサ属、コマクサ属、タケニグサ属、バイモ属、スミレ属(タチツボスミレ、アオイスミレ)、ミスミソウ属
参考資料:図説植物用語事典:八坂書房 写真で見る植物用語:農文協 朝日百科植物の世界:朝日新聞社 種子たちの知恵:多田多恵子 植物という不思議な生き方:蓮実香佑 ほか これらの中には、残念ながら「アケビ」の名は確認できない。 |
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3 | アケビの種子を本当にアリが運べるのか アケビの種子はアリに対しては巨大であり、果たしてこれをエッサカホイホイ運べる力持ちのアリがこの世に存在するのであろうか。南方系の巨大なアリならともかく、普通見かける国内のアリには、とても運べる代物とは思えないのであるが・・・ 。仮に集団的に襲って仕留めた昆虫のように共同作業で運ぶことを想定しても、種子表面はツルツルで、食らい付ける場所が附属物のある部分に限られており、明らかに扱いが難しそうである。 アケビ種子の付属物がエライオソームであると主張をするためには、日本産の巨大アリが、頭に鉢巻きをして、汗を流しながらヨイショ、ヨイショとアケビ種子を運んでいる証拠写真(できれば動画がいい。)を提示する必要があろう。しかも、アリは運ぶ前の作業として、ドサッと落下した果肉の中からベチョベチョ物質がまとわりついた種子を取り出さなければならない。アリがそこまでするとはとても考えられない。 したがって、アケビ種子の付属物がエライオソームであるとの主張は、証拠写真がない限り信じられないから、とりあえず、今の段階では保留である。 |
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4 | 文献情報はあるか 個人ホームページでは、アケビ種子にはエライオソームがついていて、種子をアリが散布するとする内容が広く伝播していることを確認した。しかし、図鑑類や植物に関する一般書籍で、アケビの種子付属物がエライオソームであるとしている記述は確認できなかった。アリにとってはアケビ種子はあまりにも巨大であり、植物学者自身アリがアケビ種子を苦労して運んでいる風景を確認していないのであろうか。そもそも、アリが運ぶためには、アリ自身が巨大アリでなければならないし、ベチョベチョのゼリー状の物質を全体にまとった種子は、アリが見つけ次第大喜びでくわえて運び去るような代物とは思えない印象である。 ただし、このベチョベチョの心配を打ち消すかのような記述が数件見られた。 |
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その1 あるNPO団体のホームページで、動物の糞中のアケビ種子に白い付属体が見られる写真を紹介し(白い付属物を残し、ゼリー状の物質はきれいに?消化されている。)、これがエライオソームであって、この種子の散布にはアリが係わっていることを紹介している例が見られた。(自然観察大学 室内講習会第2回報告) (注)アリが運んでいる写真は紹介されていないから、説得力はイマイチである。 その2 次は少年少女の観察記録である。多分、ちゃんとした指導者の下での取り組みと思われるが、子供たちの我慢強い観察は貴重である。その観察結果の要旨は次のとおりであえる。
(注)トビイロシワアリが鉢巻きはしていないがアケビ種子の附属物に食らいついた写真(運搬中としている)を紹介している。種子は人為的に果肉塊を拭い取ってから与えたものであろう。 その3 今度は国民の税金が投入された研究(科学研究費補助金研究)で、研究者が本気で取り組んだ事例である。 関係部分の要旨は以下のとおりである。
その4 最後に植物生態学の専門家による一般向けの著作での記述で、該当部分は次のとおりである。 「(ミツバアケビは)熟すと皮が割れ、黒いタネを含んだ白い果実がのぞきます。人間はタネをペッと吐き出しますが、動物はそのまま飲み込み、どこかでフンを出すというわけ。種子を運ぶのはおもに木登りのうまいサル、クマ、テン。だがクマやサルは大食いで、一度にどかんと出されてしまう。そこで種子は端にアリを誘うゼリーをつけた。フンに出た種子を、アリがさらに別の場所へ運んでくれる。」 (身近な木の実/植物の種:多田多恵子) |
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5 | アケビの種子散布の理解 すべての動物は完全に植物に依存していることは疑いのない事実であるが、植物にとっては種(しゅ)として生き延び、あわよくば勢力を拡大して生息のための備えを盤石なものとすることは、自らの存在目的そのものと思われる。そのために、子孫が確実に根付くよう色々な選択をしているようであり、その中には昆虫を含む動物の行動を見透かしたようなメカニズムを取り入れている例が多数見られるのは興味深いことである。具体的には受粉や種子の散布をするに際して、まるで植物自身に目があって、特定の動物にターゲットを絞り、自らのシナリオを実現するための進化を意志を持って行っているようにも見えるのは驚くべきことである。この点についてどんな説明ができるのか知りたいところである。 さて、アケビの件について、先の情報及び普通感覚により、おおよそ次のように理解される。 |
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<参考1:エライオソームとして認知されている例> | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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エライオソームとされるものをいくつか見てみたが、総じて若い種子のエライオソームは半透明でゼリー菓子のような印象があり、しかも表面の流れるような文様が美しいが、成熟期以降のものは乾燥が進行して次第に淡褐色となって収縮し、貧相なものとなる。 アリにとってどういった状態のものが一番魅力を感じるのかは、試験をしてみなければわからない。 |
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<参考2:種子がアリ散布されるといわれながら〝種子〟にエライオソームを持たない例> | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ニリンソウ(キンポウゲ科)はアリが種子を散布することについては認知されているが、詳しい説明を見ない。観察すると種子には付属体は見られないが、果実の先端部には太くて短い雌しべが残った状態となっている。ということは、これがエライオソームと同様の機能を持っているとしか考えられない。エライオソームは本来的にはアリの餌となる種子の付属体を指しているから、果実に宿存する雌しべはあくまで雌しべ痕である。一部の科学者が細かいことが面倒になったのか、これをエライオソームと堂々と呼んでしまっている例を見る。 なお、同じキンポウゲ科のフクジュソウもアリ散布植物として認知されているが、こちらはニリンソウとは異なって果実のへその側に付属体のようなものが存在するようである。これを何と呼ぶのが適当なのかは不明。 ★ フクジュソウの果実と種子の様子についてはこちらを参照 |
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<参考3:一般的にはエライオソームと認知されていない付属体をもつ例> | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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なお、タチイヌノフグリの種子には付属体は見られない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
6 | 結論 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
さて、表題とした「アケビの種子の白い附属物はエライオソームなのか」についてであるが、ウンチからアリが搬出するというのが、それほど一般性があるとは思えないことや、仮にあってもそれは条件が整った中での二次的な極めて頻度の低い現象と思われ、したがって、アケビ種子の附属物を指して積極的に「エライオソーム」であるとするのには、やはり違和感がある。 (注)わが国では「アリ散布植物は200種以上が知られている。」とする表現はしばしば目にする定型文となっているが、全リストは見たことがない。プライド高き図鑑、書籍では、必ずしもこの表現を採用しているわけではない。 |
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<参考:アケビとミツバアケビの花の様子> アケビ、ミツバアケビは何れもアケビ科アケビ属の落葉つる性木本で、雌雄異株。 |
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<参考比較:ムベの花と果実の様子> ムベはアケビと異なり、アケビ科ムベ属の常緑つる性木本。雌雄同株。 |
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<追記 2016.5> | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
参考資料の追加である。「種子(たね)はひろがる 種子散布の生態学:中西弘樹(平凡社)1994」に日本のアリ散布植物の属名リストが掲げられていて、種の数としては約200種くらいになると思われるとしている。以下はそのリストで、残念なことにアケビ科アケビ属も掲げられている。ただし、掲載した属のすべての種を著者が検証したものではない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
日本のアリ散布植物の属名リスト(中西 1993) *印は被食動物散布との二重散布 (注:基本的には種子にエライオソームを持つ植物と解されるが、キンポウゲ科は先に触れたとおり変則的である。) |
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<追記 2017.12> | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アケビやミツバアケビの種子を包む甘くてドロドロの半透明の物質の素性について未確認となっていたが、「日本の野生植物」にはこれが仮種皮であるとしている。仮種皮については調べても引き続き訳がわからない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||