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続々・樹の散歩道
  謎のセッコウガキ


 小石川植物園「セッコウガキ」とした樹名板の立ったカキ類が植栽されている。理学系の植物園であるから、樹名板にはもちろん樹種名の表記のほかに学名、原産国、科名も記されている。たまたま花の時期に枝先を見ると、鮮紅色の小さな花がビッシリついていて、ふつうのカキノキのイメージとは随分異なっている。花の中をのぞき込むと、すべて雄花であるから、この樹もマメガキやリュウキュウマメガキと同様に雌雄異株のようである。雄株であるから、もちろん秋まで待っても実をつけることになはならない。ところが、調べてみると、横浜市の「こども植物園」などには意外や同名の樹の雌株が存在することを確認した。 【2019.12】


 小石川植物園の「セッコウガキ」としたカキ類の様子(雄株)  
 
          セッコウガキの樹名板
 学名は Diospyros glaucifolia Metc. とある。
             セッコウガキの樹皮
 まあ、いかにもカキの仲間といった印象である。
   
          セッコウガキの葉の様子
 食用となるカキノキの葉のような照りはない。 
        セッコウガキの雄花の着生状態
  雄花だけを多数つけていて、雄株とわかる。雄花は集散花序をなし、通常3花をつけるとされる。
   
        セッコウガキの雄花の様子 1
 花冠の縁は眩しいほどの鮮紅色である。萼は小さく、花冠の基部に張りついている。 
         セッコウガキの雄花の様子 2
 花冠の中に見えるのは雄しべで、雄しべはカキノキの雄花と同様に16個とされる。雌雄異株のカキ類の雄花では、雌しべは退化して微小である。
 
 
 横浜市こども植物園の「セッコウガキ(浙江柿)」としたカキ類の様子(雌株)  
 
 
           セッコウガキの樹名板
 「浙江柿」の漢字名を付している。「P.C.渋」の表記は、種子の有無にかかわらず、軟熟するまで完全に渋が抜けない「完全渋柿」の意で使用している。
        セッコウガキ(雌株)の樹皮
 雄株と雌株の樹皮の様子に違いはないが、この雌株はいわゆる果樹園風に高さを抑える仕立てとしていた。 
   
      セッコウガキ(雌株)の葉の様子
 先の雄株と変わりはない。
      セッコウガキの雌花の着生状態
 
雌花は単生又は2〜3花叢生するとされ、腋生。この個体では花冠の縁は赤橙色である。
   
       セッコウガキの雌花の様子 1
       セッコウガキの雌花の様子 2
 花冠の中に見えるのが花柱で、4深裂して、柱頭は2浅裂する。
   
       セッコウガキの雌花の様子 3
 花柱の周り、下方を退化雄しべが取り巻いている。 
           セッコウガキの果実
 成熟間近な果実の様子で、形はやや扁平・方形で、対角線方向の径は23〜25ミリ程度。周辺には多くの種類のカキ類が植栽されているから、他種の花粉でふつうに結実するものと思われる。 
 
 
 「セッコウガキ」の素性を調べると・・・  
 
 これを機会に、中国産とされるこの樹の中国名など、もう少し詳しいことを知りたく、中国植物誌で確認することにした。

 中国植物誌で学名のDiospyros glaucifolia を見ると、筆頭の中国名は粉叶柿(粉葉柿)であるが、同名扱いで浙江柿の名もある。ということで、和名としてはこの中国名を使っていることがわかる。

 ところがである。中国植物誌には注書きがあって、修訂がなされていて、修訂後の学名は Diospyros japonica で、従前の学名 Diospyros glaucifolia はシノニム扱いとなっており、さらに、中国名も変わって「山柿」(注参照)となっている。

 新たに採用されている Diospyros japonica の学名は何ということはない、日本にも分布しているただのリュウキュウマメガキそのものの学名である。


 中国植物志の英文修訂版 Flora of China には、この点について以下のように記している。

 「本種 Diospyros japonica Siebold & Zuccarini (和名:リュウキュウマメガキ)の日本の標本は Diospyrosglaucifolia var. brevipes (短柄粉叶柿) とぴったり一致するが、D. glaucifolia var. glaucifolia (粉叶柿) と区別している葉柄の長さと葉の形の違いはあいまいである。 Diospyrosglaucifolia var. pubescens(毛粉叶柿) は葉裏の脈沿いに圧柔毛がある福建省の標本に基づいていたが、本種の葉の密毛は等価基準標本間でも違いがある:Ling 3137 は密に軟毛があるが、Wang 1012 ではまばらな軟毛があるだけである。これらの標本は、明らかな変種として認めるには十分な違いがあるとはいえない。」

 つまり、Diospyros glaucifolia var. brevipes (中国名:短柄粉叶柿)は従前から別に認知されていたDiospyros japonica (この学名に対しては従前の中国名無し。中国新名:山柿、和名:リュウキュウマメガキ)と同一であり、さらに Diospyros glaucifolia var. glaucifolia (中国名:粉叶柿、浙江柿・原変種)及び Diospyros glaucifolia var. pubescens(中国名:毛粉叶柿)との明確な変異は認められないから、今後は Diospyros japonica で1本化して整理するということである。

 ということで、小石川植物園でセッコウガキとされているものは、本家中国では既にリュウキュウマメガキ(中国新名:山柿)と同一種と見なされているということになる。さらに言えば、浙江柿の中国名も既に消滅したものと理解される。

 小石川植物園には、セッコウガキの付近にリュウキュウマメガキが4本ほど植栽されていて、セッコウガキと開花時期は同様で、両者を比較することができる。一見すると、葉は区別できないが、セッコウガキの雄花は花冠の先が鮮紅色であるのに対して、リュウキュウマメガキの雄花の花冠の先は淡赤橙色で、明らかに異なっている。
 
 
<参考:リュウキュウマメガキの雄花(小石川植物園植栽樹)>  
             リュウキュウマメガキの雄株の雄花(小石川植物園)
 リュウキュウマメガキとマメガキの比較についてはこちらを参照
 
 
 これらは種内の変異の幅と見なされることになる。しかし、別の疑惑も生じてくる。そもそも、中国産とされてわずかに国内で植栽され、セッコウガキと呼ばれているものの素性が確かなものなのかという心配である。というのは、中国にはカキノキ属樹種が50種以上も分布するといわれ、仮に全くの別種であったら、何とも間抜けな話になってしまう。

 あるいは、権威を自認している小石川植物園が、セッコウガキとリュウキュウマメガキと同一種とみなす見解を受け入れるのかどうかという点も興味深い。

 本件は、素人がどうあがいてもコメントできるものでもなく、やはり、DNAによる識別の基盤を整備した上で、キッチリ整理してもらわないと、どうにもスッキリしない話である。

 ということで、先のセッコウガキとしていたものは、たぶんリュウキュウマメガキと呼んだ方がよいのかも知れないが、ひょっとすると引き続き謎のカキ類なのかもしれないと受け止めておくことにする。

(注)従前の中国名「山柿」 Diospyros montana Roxb. (仮名:モンタナガキ)の中国名をとのように整理しているかは未確認。
 
 
<参考メモ>  
 「横浜市こども植物園」は名前が「こども」でも、決してこども相手の内容となっているわけではない。複数のゾーンがあって、「くだもの園」では、例えば柿に関しては、聞けば何と95種もの栽培品種が植栽されているとのことである。既に品種保存園の状態である。こうした個性はこの植物園がコムギの研究で著名な植物遺伝学者の木原均博士の研究所跡地に設置されていることに由来する模様で、さらに、「こども」を冠しているのは、隣接して存在する大規模な「児童遊園地」とセットにした呼称と思われる。開園は昭和54年6月23日で、国際児童年を記念したものとしている。