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続・樹の散歩道 「芳樟」の名のクスノキ科の樹木の周辺
「芳樟(ホウショウ)」の名の樹名板を付した植栽樹を見たことがあった。ほとんどクスノキと同じ印象で、全く興味がわかなったが、別項(参照)で取り上げたように樹木由来のエッセンシャルオイル(精油)をリストアップしていたところ、この樹木に由来するエッセンシャルオイルが市販されていることを知った。さらに、その原料の産地を見れば、多くは中国産であるが、国産の製品も存在することがわかった。クスノキであれば公園樹、緑化樹、街路樹等として広く利用されていて、お馴染みのものであるが、芳樟であるとして植栽されている例は限られていて(見てもよくわからないが)、名前自体があまり知られていない。 かつてはクスノキの豊かな資源が存在した台湾をも擁していた日本にとって、クスノキに由来する樟脳、樟脳油は重要な輸出産品であったが、こうした中で芳樟は一体どんな存在であったのであろうか。そして、このエッセンシャルオイルは現在どこで生産されているのであろうか。 【2013.5】 |
クスノキ科の樹木は葉に独特の芳香を持つものが多く、例えばクスノキ、ヤブニッケイ、ニッケイ、アブラチャン、クロモジ、ヤマコウバシ等々、葉を揉んだ際の香りは広く知られている。そして、クスノキの材から採取される樟脳はかつては有用産物で、昭和30年代まで重要な輸出産品でもあったし、ニッケイの根は「ニッキ」の原料であったし、樹皮付きのクロモジはそのほのかな香りを活かして高級爪楊枝として現在でも健在であるほか、クロモジ油(精油)もわずかながら生産されている。そして、この芳樟であるが、まずはそのいろはを確認しなければならない。
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1 | 芳樟とは | ||||||||||||
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一見するとクスノキと変わらないような印象であるが、「芳樟」はクスノキの変種あるいは亜変種とされ、台湾及び中国南部に分布する(注:中国のものが自生なのか植栽なのか詳細は確認できない。)という。その特徴として、次の点が知られている。 | |||||||||||||
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冒頭で2本の芳樟を紹介したが、やはり数多く見かけるクスノキの樹型と較べると、いずれも細い枝が低い位置から分岐していて、クスノキのようなたくましさはなくスリムで、印象は随分異なっている。 別称として、臭樟、リナロールグス、ラッグス、 ラウグス 栳樟、クスノキダマシ等の名も目にするが、それぞれが同様の識別の認識に立ったものなのかはよくわからない。 |
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2 | 芳樟はどこの呼称なのか 名前の意味は文字どおり芳しいクスノキであると理解するが、中国あるいは台湾における一般的な呼称なのかといえば、どうも違う印象がある。断定はできないが日本による台湾統治時代に定着した呼称で、さらに日本語読みの発音が英語の呼称にまで及んだように思われる。周辺事情は次のとおりである。 |
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(1) | 芳樟の学名と呼称 | ||||||||||||
① | 国内 国内の図鑑等では、ホウショウ(芳樟)は、クスノキの変種、あるいは亜変種と位置づけて、以下の学名が見られる。台湾統治の歴史があるためか、いずれも日本の学者による命名である。ただし、「芳樟」の名の起源については言及した説明は見ない。 Cinnamomum camphora Sieb var. glaucescens Al. Br. 樹木大図説 Cinnamomum camphorioides Hayata 樹木大図説 Cinnamomum sieboldii var. glaucrscens. Hayata (保育社原色日本薬用植物図鑑) Cinnamomum camphora Sieb var. nominale Hayata (樹木大図説:ラッグス) Cnnamomum camphora var.nominale subvar. hosho (朝日百科植物の世界) Cinnamomum camphora Presl var. nominale Hayata subvar. hosyo Hatusima (平凡社世界大百科事典) Cinnamomum camphora Presl var. linaloolifera Fujita (ラウグス:木の大百科) Cinnamomum camphor var. nominale Hayata subvar. hosho Hatusima (平凡社世界有用植物事典) Cinnamomum camphora subvar. form. var. occid , subvar. linaloola (朝倉書店 香りの百科) 芳樟の学名に関しては、日本以外では認知度が低い印象がある。 |
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② | 中国 中国の樹木図鑑である「中国樹木誌」では、中国産のクスノキ属の樹種を多数掲載しているが、芳樟の種名は見当たらないし、何と樟樹(クスノキ)の別名としても掲げていない。ただし、日本の学者が芳樟に与えた学名を樟樹(クスノキ)の学名のシノニムとして次の2つだけ掲げている。 Cinnamomum camphora(L. )Presl var. nominale Hayata Cinnamomum camphora(L. )Sieb. var. glaucescens Nakai |
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③ | ウェブ情報 中国語の「百度百科」では、芳樟は樟樹の別名の一つとして掲げている。他の別名としては、木樟、烏樟、番樟、香蘂、樟木子 の名を見る。 一方台湾のWEB情報では、日本統治時代の痕跡なのか、芳樟を樟樹の中の一つの種類としているものがしばしば見られる。 |
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(2) | 英語名の実態(エッセンシャルオイルとしての呼称) クスノキは英語で Camphor Tree であるが、リナロール成分の多い芳樟は水蒸気蒸留で採取される精油が、エッセンシャルオイルとして広く販売されていて、その呼称が興味深い。葉から採取されるものを Ho Leaf Oil (ホーリーフオイル) 、材から採取されるものを Ho Wood Oil (ホーウッドオイル)と呼んでいる。さらに、芳樟とその旧称「臭樟」を英語でそれぞれ Ho-Sho 、Shiu-Sho とした表現も普通に見られる。 (説明例)The Ho-Sho [Ho = fragrant] tree was called formerly Shiu-Sho [Shiu = bad smelling], and the oil obtained from it was known as Shiu Oil. The characteristic of the Ho-Sho is that its chief component is linalool. At one time Ho-Sho was not produced at all. 【gritman.com(米国)】 中国語では、芳樟と臭樟はそれぞれ Fāng zhāng , Chòu zhāngの発音を見る。したがって、Ho-Sho 及びHo Leaf / Wood Oil の Ho の表記はどう見ても日本語読みと思われ、日本が発信源としか思えない。 また、台湾では芳樟の精油は第二次世界大戦前は年間300~400t生産されていた(世界有用植物図鑑)とされ、日本(あるいは日本の一部としての台湾)の産品として認知され、リナロールの主要な供給源の一つであった経過があると考えられる。 |
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(3) | 芳樟の名の登場について触れた情報 これに関して次の記述が見られた。 「ホウショウはクスノキからの樟脳の単離が中心と考えられていた時代は “臭樟” と呼ばれきらわれていたが、主成分が香料としてより有用な Linalool(リナロール)であることが判明した昭和初期からは、「芳樟」ホウショウと改名された。」【香りの百科】 これは日本統治下の台湾での経過で、しかも樟脳が台湾でも台湾総督府専売局の下で専売制が敷かれていた時代のことであるから、日本語としての呼称の変遷と理解される。 本当は台湾の歴史の生き証人に確認したいところであるが、以上のことからすると、芳樟の呼称、英語の音の由来も、日本の痕跡と推定される。 |
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3 | 芳樟のエッセンシャルオイルの生産国、生産地 芳樟由来のエッセンシャルオイル(精油)の製品としてのホーリーフ、ホーウッドの原産国としては中国、台湾、日本の名前を見る。このうち、中国原産としている製品が圧倒的に多い。リナロールは合成品も普通に存在するが、中国原産の製品にこれが混入されているかはわからない。 台湾独立後の日本国内でのこれら精油の生産の経過の詳細に関する資料を見ないが、以下のような記述が見られた。 |
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① | 日本にはホウショウの自生地はなく、第二次大戦と前後して台湾より導入された和歌山、高知、鹿児島の栽培種の育種改良、品種改良、蒸留方法の改善がなされ、単位面積あたりの収油率量と品質は従来品よりも優れたものとなっている。【2009香りの百科】 | ||||||||||||
② | 芳樟は台湾の原産で、日本樟より耐寒性が弱い。昭和41~2年には鹿児島県下で32ha、高知県下で220ha、小豆島で2~3ha栽培された。現在も高知県下では栽培され採油している。【1988川西良雄 香川県】 |
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③ | 現在は Pinene ピネン、Acetylene アセチレン、Isoprene イソプレンを出発原料とする合成リナロールとの価格競争に押され気味で、必要に応じて、四国地方で生産されている。【2009香りの百科】 | ||||||||||||
④ | 高知県では1953年より栽培が開始され、栽培面積及び精油収量はその後急速に増加し、1969年には約230ha、25トン強の生産量にまで達した。しかし、わが国経済の発展にともなう生産資材及び労働費の急騰にもかかわらず、農家の精油の売渡し価格はほとんど据え置かれたために、生産意欲は次第に薄れ、1978年には僅かに1トン弱の生産量まで落ち込んでしまった。【岩本薫、林喜三郎ほか】 | ||||||||||||
⑤ | 戦後、日本各地で栽培が試みられたが、薩摩半島南部の鹿児島県開聞町(注:現在の指宿市開聞川尻)で現在約30 haの栽培がおこなわれ、香料原料とされている。【世界有用植物辞典】 | ||||||||||||
以上のとおり、国内における芳樟の栽培の経過として複数の県が登場しているが、このうち鹿児島県内では現在でも芳樟の葉から精油を生産・販売している事業者が存在することを確認した。その他の県産の製品の有無は確認できない。なお、クスノキの精油の製品がこれとは別に存在し、原産地は中国産と国産(九州産)で、いずれもクスノキの木部由来となっている。 | |||||||||||||
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<参考:芳樟のあらまし> | |||||||||||||
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