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木あそび
    かんじきの話 その2
   伝統的な輪かんじきの素材の質感を楽しむ


 日本の伝統的な「輪かんじき」は,既に“絶滅危惧種”となっているところであるが、間違いなくこれが日本各地で生活用具として存在し続けたものであり、その素材はそれぞれの地域の適材が経験的に選定され、それぞれの環境条件に適合した一つのデザインとして定着し、長きにわたって作り続けられたものである。このことを思うと、その機能美にうっとりし、限りなくいとおしく感じてしまう。【2013.1】  


   近年は、生活用具というよりも趣味的な世界を“生息地”としている感がややあるものの、製品としては取り巻く環境が変わっても泰然として各地に分散して“生息”している。既に色鮮やかな金属・プラスティック系のスノーシューが全盛であるが、雪中のウォーキングが企画・開催されるときは、やはりスノーシューとは異なる伝統の木製かんじきは日本の文化をを知る演出にもなっている。さらには、しばしばかんじきづくりの体験の企画が見られるなど、その気になれば手作り可能な自然素材の実用品は人を引きつける魅力があるようである。 
   
   かんじきの分類の例

 日本各地のかんじきの型を概観して、次のような分類をしている例(北海道の民具:北海道新聞社)が見られる。  
   
 
区分名称  説 明  備 考 
 1 単輪型(たんわけい)  1本の木、竹で組んだ円形のもの  北陸地方から東北地方に分布
 2 複輪型(ふくわけい)  前輪と後輪を組み合わせたもの  東北地方北部から北海道に分布
 3 すだれ編型  主として竹を横並びに組み合わせたもの  (管理者注)雪踏み用と思われる。
 4 瓢箪型(ひょうたんけい)  木を瓢箪(ひょうたん)の形に組んだもの  岩手県北部とアイヌ民族に分布
 主として山仕事に使用する複輪型やマタギが使う頑強な単輪型のカンジキの両側には、滑りを止めるための爪を取り付けてあるものが多い。 
   
2   かんじきの例 

 かんじきの質感の魅力は素材の多様性に加えて、ざっくり割った材面や刃物のやや粗い痕跡、皮を剥いだだけの小径材の肌といった実にワイルドな実用の具としての素材の感触である。飾るための工芸品ではないから、丁寧な鉋がけや磨きなどといった余分なことをいていないシンプルな仕上げが持ち味である。
   
(1)  立山のかんじき(複輪型・爪付き) 
   
 
素材:本体はマンサクとしている。かんじき素材としては一般的である。ツメはミズナラ、渡し紐及び付属の固定紐はマニラ麻

製作者:佐伯英之氏
(富山県中新川郡立山町大石原162)
 

 足を載せる渡し紐は前後ともひとつなぎで巻いていて、なれた技で是非ともご教示願いたいほどである。たどってみても、どういった手順で巻くのかよくわからないのは癪である。「立山かんじき」と呼んでいる。
   
 
           部分写真 1
 前輪と後輪の接合部分を上から見たところである。前輪と後輪は亜鉛引き鉄線(針金)で固定している。この前後2箇所の針金は連結されていて、抜ける心配はない。ツメのミズナラは厚めで頑丈である。 
         部分写真 2
 ツメの形状は写真のとおりである。ツメは本体のマンサク材に沿って浅く欠いた上で挟んで固定している。 
   
(2)  岩手県のかんじき(複輪型・爪付き)の例 
   
 
素材:本体はジサキ(エゴノキ)としている。この材は堅く割れにくく、和傘の轆轤(ろくろ)材として使われてきたが、かんじき素材としての利用はそれほど一般的ではない。つなぎ合わせはコクワサルナシ、シラクチカズラとも)、ツメはカエデイタヤカエデであろう。)としている。
渡し紐及び付属の固定紐はポリエチレン・ビニロン混撚ロープで、ポリエチレンの性質から水濡れには強そうであるが、やや縛りにくい印象がある。固定紐は自分の使いやすい材質のものを選んだ方がよいかも知れない。

製作者:高橋栄治氏
(岩手県和賀郡西和賀町沢内字七内24地割61-1)
 

 こちらの紐も一筆書きの如くに熟練の技で連続的に処理されている。
   
 
           部分写真 1
 こちらの場合は前輪と後輪の固定にサルナシのつるを藤皮のように使っていて、質感として他に差を付ける効果十分である。さらに芸が細かくて、ツメの上部を三角に欠いて、紐の端末処理に利用しているのは面白い。 
        部分写真 2
 ツメはやや薄い仕様で、幅広となっている。前出の製品と同様にツメの腹を横方向に浅く欠いて固定している。ツメの焼き印はいい演出になっている。「陸中猿橋 えいじ」とある。 
   
(3)  北海道のかんじき(複輪型・爪なし)の例 
   
@ 製作者:宮武良雄(みやたけよしお)氏 
   (北海道蘭越町吉国) 
   
 
    素材:本体はヤマグワで、青い渡し紐はポリプロピレンロープ

 製作者は高齢のため現在は製作していない。以下のような経歴が知られている。

 平成4年3月31日 蘭越町名人・博士認定
 平成19年9月 森の名手・名人選定(森の聞き書き甲子園)
 

 現在まで継承されている典型的な北海道型のかんじきである。
       全体写真 
 先端部には反りがある。
      部分写真 1
 表面は特に鉋掛けはしていない。 
 
   
 
   
              部分写真 2
 前輪と後輪は実にシンプルに針金で固定している。ポリプロピレンの紐はややコスト抑制的である。この紐の素材は擦れによって毛羽立ちやすく、耐久性は高くないため、適時取り替えが必要となろう。紐を巻いた部分にはズレ防止のために釘を打ち込んでいる。
         部分写真 3
 先端部の焼き印は名字の一字で、製作者の署名と同じである。
   
A 製作者:渋谷吉尾(しぶやよしお)氏  (写真なし)  
   (北海道黒松内町) 
    
   製品の素材、形態は前出@と同様であるが、渡し紐には針金を使用している点が異なっている。製品は地域で「渋谷式かんじき」と呼ばれて親しまれていたようである。本体に、丸に「吉」の字の焼き印がある模様。氏は平成15年に92歳で死去。白く長いあごひげをたくわえた名物じいさんで、TVタックルにも出演し、たけしや丸川珠代とのかみ合わない会話が大いに受けていた。多数の多様な受賞歴がある。 
   
  B 製作者不詳  (道南地方の産の模様。) 
   
 
         全体写真
 ヤマグワの複輪型のかんじきで、前出@、Aと形態的には同様であるが、心材を前輪では外側に、後輪では内側に使用している点が異なる。
         固定用のゴムバンドの様子(左足用)
 固定用として、繊維補強ゴムベルト(ゴムバンド)が使われている。かんじきを安定させるためには足の甲部分のベルトをキッチリ締める必要がある。そのためにはある程度の剛性のある靴が望ましく、柔らかい長靴では利用しにくい。
   
 
   このかんじきの使用素材の目に付く特徴は、渡し紐に牛革を採用していることである。硬めに鞣した革で、耐久性は問題ないと思われる。防水性を付与するのであれば、皮革用のグリスをベッチョリ含ませることが考えられる。

 針金使いが少々無骨であるが、実用上は問題なさそうである。 
   
   
   以下のかんじきも北海道産で、いずれもヤマグワを素材としている。C、Eはオーソドックスな複輪型であるのに対して、Dは少数派の単輪型である。  
   
   
 
C 製作者不詳(再掲)  D 製作者不詳(再掲)  E 製作者不詳(再掲) 
  素材はヤマグワ@Bの製品よりも板の幅が広く、丈夫そうである。
 渡し紐が随分前に寄っているが、もちろんテールを引きずることを前提としている。
 素材はヤマグワで、前部で接合している。前後のビニールテープは使用者が保護用に巻いたもの。 業務用利用の場合は写真のような専用の固定バンド(前出)で前紐のみを固定するのが一般的である。
 素材はヤマグワ。(北海道開拓記念館展示品・大正期)
形態的には、靴裏にぴったり固定するタイプであろう。 
   
  <比較用 : アイヌのかんじき>

 次は札幌市のアイヌ文化交流センター(サッポロピリカコタン)の展示品で、北海道アイヌ協会の協力で復元製作されたものである。ポリプロピレンの紐などを使ったら非難されてしまうから、シナ縄(シナノキ樹皮の内皮から採取される繊維で作られる)を使用しているのはうれしい。   
   
 
              サルナシの単輪型のかんじき

 最もシンプルなつるを利用した単輪型のかんじきである。材料さえあれば誰にでも作れそうである。シナ縄は遠目にはわら縄のように見えるが、繊維質ははるかに繊細である。

 サルナシは日本全国に分布していて、つるが丈夫で腐りにくいことが知られている。そのため、古くから筏(いかだ)の結束や吊り橋の素材とされたとされる。徳島県の祖谷の蔓橋にもサルナシ(シラクチカズラ)が使用されている。

 北海道ではヤマブドウの方がよく目にするが、アイヌのつるを利用したかんじき素材としてはヤマブドウは存在感がなく、主としてサルナシ(コクワ)が普通に使用された模様である。要はかんじき素材としてはサルナシの方がその性質や性状が適していたということなのであろう。
                  
   
 
ヤマグワの複輪型のかんじき

 先が反ったヤマグワ素材の複輪型のかんじきで、北海道型で広く見られるものと同じである。 
           シナ縄の質感
 アイヌはシナノキの内皮で縄を作ったほか、繊維を脚絆などに織った(分類アイヌ語辞典)という。 
               
   
  <参考品 : 試作品> 
   
 
          ぶどうづるのかんじき

 左はヤマブドウのつるで試作してみたかんじきである。粗皮をはがして、くるりと丸め、ステンレスの番線で固定し、6ミリのクレモナロープ(三打ち)を渡し紐としたものである。つるの分岐部分が節くれていて、きれいな輪にならず、ややゆがんでいるが実用上は問題ない。 固定用として、紐ではなくナイロン製のベルト(後で説明)を使用。

 ヤマブドウの皮は至高の編みかご素材として評価されているが、つるそのものはかんじき素材としてはほとんど聞かない。こうしてみると、かんじきは消耗品であり、身近で手に入る大抵のつるが利用できると思われる。ただし、長い経験があるとよりベターなものがわかるのであろう。 
   
3   気づきの点 その他メモ  
   
(1)  単輪型と複輪型の特性
 単輪型のつるを素材としたものであれば、かつては必要な状況において、現地でも作成することもあったとされ、その簡便さが特徴である。一方、複輪型は力のかかる部分が二重となっていて、構造的に合理的なものとなっており、また、爪付きとしている場合は、この部分に爪を挟んで固定していて、この構造ゆえに可能となっていることが理解できる。さらに、爪付きの複輪型の場合、前後の渡し紐は連結されている上に爪を挟む状態となっているため、結果として紐が前後にずれることがないという効果を生んでいる。 
   
(2)  割材の利用
 ヤマグワの材を素材とする場合は基本的には割材を使用しているようである。当然とも言えることで、曲げ加工をする必要があるため、鋸で製材したような目の切れた材では曲げ木に堪えられないからである。これに関連して面白いのは、しばしば1対のかんじきの材色がそろったものを目にすることである。つまり割った材のペアを使用しているということである。見た目にもいいし、まるで上質な桐下駄下の場合の木取りと共通するような取り扱いで興味深い。
 
   
(3)  つる材・萌芽枝の利用
 生活用品としてかんじきを自作するとなると、そのまま利用できるつる材が最も簡便であり、続いて細くて通直なものが得やすい萌芽枝を利用するのが最も自然である。これに対して前記の割材は、曲木のための特別の工程(加熱・成型)が必要となる。さらに爪を付けるには木工作が必要となって手間がかかる。
 
   
(4)  ヤマグワの心材と辺材
 ふつう、辺材は心材よりも質が劣るとして、避けることが多いが、かんじきの場合には辺材から心材に移行する境界部を跨いだ材が使用されていることは珍しくない。清酒樽用のスギ材であれば内側を心材、外側を辺材とした使い方が喜ばれたというが、それとは全く関係ない。たぶん、扱いやすいという理由でヤマグワの小径木を利用していると思われ、その場合、辺材部を排除すれば歩留まりが悪くなるため、採れる割材を余すことなく使っていることによるものと思われる。耐久性を考えれば暗色の心材のみの利用の方が望ましいが、かんじき用の素材としてはそれほどこだわる必要はないと思われる。また、辺材を曲げの内側とし、心材を外側としているケースがやや多いような気がするが、これは擦れ等の損傷に対する強度を意識したものではなく、単に見た目の体裁を考えグレードの高い心材を外側としたものと思われる。なお、曲げ加工の合理性といった観点でどうなのかについては興味があるが、試してみなければわからない。
 
   
(5)  雪の付着を防ぐには
 木の素地のままではやや雪が付着しやすい傾向はある。先の岩手県のかんじきの講釈では、亜麻仁油(乾燥を早めたものがボイル油である。)を塗布することで素材が保護されるとともに雪が付着しにくくなることに触れていた。多分その効果は他の木材用オイル(乾性油)でも共通したものであろう。なお、ワイルドな道具として、雪かき用に木の板と角材だけでスコップを製作できるが、雪の付着を抑えるために灯油をかけるとよいと教えてもらったことがある。
 
   
(6)  固定用に適合したひもの素材
 かんじきにはイメージとしては伝統のシナ縄がふさわしい印象であるが、それは贅沢で、残念ながら既に一般性がない。基本的には渡し紐と同様のものでよいと思われ、すなわち強度に加えて水に強く適度な柔軟性があって、かつ緩みにくい素材であれば化学繊維でもよいと思われる。ロープには様々な特性を持つ多様な製品があって、多分、現在かんじきを製作している者でも迷うのではないかと思われる。こうした中で、シンプルなクレモナの三打ちロープで十分と思われるが、できればいろいろな種類の製品をじっくり使った経験のある者の証言を聞きたいところである。
 
ただし、紐締めの弱点は、緩みが生じやすく、適時締め直さなければならないのがもどかしく、特にゴム長の場合は剛性がないためキッチリと締めにくい。 
 
     <参考 1>  
   左の写真はスノーシューの締め具の例である。
 (TUBBS ADVEVTURE 25)
 スノーシューの締め具は現在プラスティックのベルト(バンド)が主流で、これは少々前のモデルであるためナイロン製ベルトである。ベルトタイプの強みは、手早く締められることに加えて、ゴム長のようなフニャフニャした靴でも確実に締めやすく、緩みにくいことで、この点で紐締めよりも明らかに機能性で優っている。
 
    <参考 2>   
   紐締めがもどかしいため、立山かんじきにナイロン製のベルトを使ってみた。商品名は「エキスパート型アイゼン&ワカン用固定バンド」(エキスパートオブジャパン製)とある。ジュラルミン製の登山用かんじきの(ワカン、輪かんじき)締め具で、一般のかんじきにも転用できるとしている。

 取り付けは、写真(右足用として取り付けたもの)の長いベルトを1、2、3の丸カンに順に通し、4のバネ付きの留め金具(美錠)できっちり締める方式である。ゴム長でも緩みが生じることもなく、使用感は良好であった。  
   
(7)  かんじきの固定部位
 先に掲げた爪付きのかんじき等、前後に短いかんじきは、前後の渡し紐が靴底に密着するように固定するのが一般的(具体的な方法は図解で広く紹介されている。)である。これに対して、現在北海道で見られるような前後に長いかんじきは、前部の渡し紐のみを靴に固定して、一般的なスノーシューと同様にテール部を引きずるようにして使用する方法が特に業務用としては一般的である。もちろん、自分にとっての使いやすさで固定方法を工夫・選択するのは自由である。

 なお、前の項でも触れたことであるが、かんじきの弱点は固定方法が旧来の紐締めと原始的で、確実・安定した締め能力が劣っていることである。近年ナイロン樹脂製の新しいタイプのかんじきも登場しているが、締め具部分は未だもどかしい印象があり、むしろスノーシューの締め具の機能を取り入れて、簡便確実に固定できる仕組みを工夫願いたいものである。 
   
(8)  ストックの併用
 銃を背に、タテ(熊槍 クマやり)を手に斜面を駆ける場合は別にして、お散歩目的ならスキーストック(スキーポール)が必要であり、和のかんじきなら古典的な竹製ストック(竹ストック)が素材の相性として、また見た目にもピッタリである。

    竹製ストック(竹ストック) 
 
   昔はこうした竹製ストック(竹ストック)でみんなスキーをしていたわけである。

 雪輪(リング)は籐製で、革の質感が実によく、全く劣化していない。まだ数十年使えそうである。  
   
    合竹ストック 
 
   こちらの六角形の断面を持つ竹集成材のスキーストック合竹ポール、合竹ストック)には Sinano SANGYO のロゴがあり、かつてのシナノ産業株式会社(現在の株式会社シナノ:長野県佐久市岩村田)の製品であることがわかる。この会社は現在でもスキポール(スキーストック)やウォーキングポール等を生産していることで知られいる。 

 グリップは革巻きで手縫いで仕上げている。ストラップはいかにも頑丈そうな厚い革を使用している。また、雪輪の革の使い方は上の製品とはまた少々異なっていて面白い。こちらも全く劣化していない。
   
4   最後に
 
 高齢のベテランの作り手は次々と姿を消していて、北海道にあっても同様の雰囲気があるが、実はかんじき自体は実にシンプルな道具であり、精緻な技術や美しさを求められる工芸品とは違って、素材さえ調達できれば、その気になるだけで製作できる者はあちこちにいるようである。したがって、製作者の個別情報を持ち合わせていなくて、街のよろずやさんたる仲介業者に頼めば、現在でも北海道固有のヤマグワ材のかんじきの入手は可能である。(現在、店頭販売は限られていて、通販も目にしない。)
 なお、先にも紹介したとおり、つる材を利用したかんじきであれば、ホホイのホイで作成可能である。

  かんじきの話 その1は
こちらを参照
   
 
  <参考1:アイヌのかんじきの種類>

 日本の積雪地帯ではそれぞれの形態のかんじきが使われたように、アイヌも雪中歩行のためにかんじき様の道具を使用したことが知られている。もちろん地域差はあったと思われ、また和人との交流による影響もあったと思われる。
 一般に紹介されている名称は、軟雪用の「テシマ」堅雪用の「チンル」である。チンルは瓢箪型で横滑りしないように素材の下面に稜を作ったり、尖った角や木を付けたとされる。
 しかし、アイヌ関係の複数の資料を見ると、この両者に関する記述内容が錯綜していて、まさかそれが地域差とは考えにくいし、理解しにくい点である。説明の事例を掲げれば以下のとおりである。
 
   
 
テシマ(tesma)        軟雪要のかんじき:ドレプニ(クワ)クッチプンカラ(コクワづる)で作る。
 *北海道で普通に見られるヤマグワの複輪型のかんじきのイラストを掲げている。
【萱野茂のアイヌ語辞典 増補版(三省堂)】
 
 軟雪用かんじき。和人式の雪輪。トウレプニ(桑)又はコクワづるで作った大きな楕円形のはきもので、ユクケリ(鹿皮靴)をはいた上にこれをはく。テシ=滑る、マ=泳ぐの意。
 *北海道で普通に見られるヤマグワの複輪型のかんじきの写真を掲げている。
【平取町立二風谷アイヌ文化博物館HP】
 
 テシマはひょうたん型のものをいう。
*瓢箪型(構造としては単輪型)のかんじきの写真を掲げている。
【アイヌ民族誌:アイヌ文化保存対策協議会(第一法規出版株式会社)】
  
 テシマ:ひょうたん型かんじき。まん中のくびれた所に足を入れてはく。
【アイヌ沙流方言辞典:田村すず子(株式会社草風館)】
 
 昔はトウレプニ(ヤマグワ)の木の素性のいいものでテシマ(かんじき)を作るのでテシマニ(かんじきの木)といった。(山川弘)。クネニ(イチイ)の細工のうまい人は、テシマ(かんじき)をこしらえて履いた。(織田ステノ)
【アイヌと植物 樹木編:アイヌ民族博物館】
 
 テシマ:かんじき。オンコの木で作る(根本)
【アイヌ語釧路方言語彙】
 
チンル(cinru)   堅雪用かんじき:クッチプンカラ(コクワづる)、あるいはドレプニ(クワの木)で作るもの。
*瓢箪型(構造としては単輪型)のかんじきのイラストを掲げている。
【萱野茂のアイヌ語辞典 増補版(三省堂)】
 
 堅雪用かんじき。滑りやすい堅雪の状態になったことをウカといい、ウカの上を歩くときチンルをはく。材料はコクワのつる紐はシナ縄。このチンルもこくわづるをひょうたん形に曲げ、形を固定してから、(横滑りを防ぐため)雪と接する底の部分を両側から斜めに削って角をつける。ひょうたん形に作るのも、丸いものよりも斜面を歩くとき前後に滑りにくいため。厚氷がはった状態になった上を歩くときは、このチンルの底に鹿の角や木の角のようにとがらせたものをつける。
*瓢箪型(構造としては単輪型)のかんじきの写真を掲げている。
【平取町立二風谷アイヌ文化博物館HP】
 
 チンルは馬蹄型のものをいう。
 *北海道で普通に見られるヤマグワの複輪型のかんじきの写真を掲げている。
【アイヌ民族誌:アイヌ文化保存対策協議会(第一法規出版株式会社)】
 
 チンル:まん中のくびれのない卵形のかんじき。
【アイヌ沙流方言辞典:田村すず子(株式会社草風館)】
 
 北海道各地でクッチ(サルサシ、コクワ)の果実を生食し、蔓でチンルを作った。
【アイヌと植物 樹木編:アイヌ民族博物館】
 
   
   これでは混乱するばかりであるため、アイヌ民族博物館(白老町)の学芸員の方に教えを請うことにした。その結果は以下のとおりである。

 @ 
テシマ 軟雪用 複輪型  素材はヤマグワ、コクワ(サルナシ)等
 A 
チンル 堅雪用 瓢箪型  同

 萱野茂氏や二風谷アイヌ文化博物館(平取町)の説明と同様であり、これを定説として受け止めておくこととしたい。

(「萱野茂のアイヌ語辞典」より)   
 テシマ チンル 

(注)上表中、定説と異なる記述内容は整理のためグレー文字色とした。
 
   
   断定はできないが、アイヌや内地からの入植者がかんじきの素材としてヤマグワを使用したのは主として北海道(東北地方でもヤマグワ素材のかんじきが存在した模様である。)に固有のものと思われる。但しこれがアイヌの伝統に由来するものとは考えにくい。アイヌが狩猟に際して現地でも簡単に製作できたのはつる材を利用した単輪型やひょうたん型のものであると考えられるからである。特に、複輪型の形式はこれを和人式とした記述(萱野茂のアイヌ語辞典)もあることから、アイヌの古いかんじきの仕様はつる材を利用した単輪型又はひょうたん型が一般的であったと推定される。 
   
   
  <参考2:アイヌのかんじきの素材と形態の関係>

  大阪の国立民族学博物館収蔵のかんじきのデータベースが公開されていて、このうちに写真が掲載されているアイヌのかんじき11点ある。樹種データはないため、外観写真から割材、つる材の区分、さらに形態として複輪型、単輪型、瓢箪型の区分を整理すると以下のとおりである。
   
 
 素材 型   整理番号
割材   複輪型  6,49,98,112 
瓢箪型  27,133
いずれも梯子状の横木を付けるタイプとなっている。
つる材  複輪型  68,104,117
(68及び104はサルナシのつるを半割りして、割った面を接地面としている。104は先反り型。) 
単輪型  118,131(これには梯子状の横木あり)
 
   これらには割材の単輪型、つる材の瓢箪型は該当するものがない。確かに割材の単輪型はほかの資料等でも見ない。しかし、つる材の瓢箪型は写真でも普通に見かけるから、たまたま収集品にないということなのであろう。 なお、上記収集品には内地仕様とされる爪付きのものは全く見られない。
 
 アイヌがかんじきの素材とした樹種に関して、「分類アイヌ語辞典(知里真志保)」では、サルナシ(北海道各地)、チョウセンゴミシ(樺太眞岡)、ナナカマド(幌別)、ヤマグワ(幌別ほか)の名を掲げている。