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木あそび
   アオダモの枝で本当に水が青くなるのか


  アオダモの名前の由来に関しては、小枝を水に浸けると水が青くなることからこの名があるとするのが定説で、アオダモの説明に当たっての定型文となっている実態にあるが、実際に水が青くなったとする報告や写真はほとんど目にしない。かつて、北海道産のアオダモの枝で試したことがあったが、全く反応が無くてがっかりしたことがあり、確認できないままになっていた。
 幸いにも身近な知ったところにアオダモの植栽木があって、このことを思い出したため、小枝を頂戴して、改めて確認することにした。【2010.7】


 図鑑での説明事例
 
 図鑑類では次のように説明されている。
@  アオダモ(コバノトネリコ、アオタゴ とも)
 和名は枝を切って水につけると水が青くなることによる。【山渓 日本の樹木】
A  アオダモ(アオタゴ、コバノトネリコ とも
 枝を切って水につけると、水が青色に変るところから青タゴの名をもつ、タゴまたはタモはトネリコのことである。【牧野新日本植物図鑑 S.36】
B  コバノトネリコ(アオダモ、アオタゴ、アオダコ、フジキ 等とも)
 切枝を水に浸すと水が青色となる。【樹木大図説
 試験その1

 常識的に考えれば、抽出成分が多いのは材部よりも樹皮と思われる。そう考えつつも、念のために以下のパターンのサンプルを屋内外光下で水道水に浸漬してみた。

 単に小枝を短く切断したもの
 小枝を半割りしたもの
 小枝の樹皮をそぎ落としたもの
 小枝を樹皮付きのままたたきつぶしたもの

 上記のいずれも、水が青くなる気配は全くなかった。当初は水が薄い茶褐色となり、時間が経過すればするほど、水溶性の成分が溶け出して、茶褐色の色が濃くなるだけであった。D の溶液は、そのまままで草木染めに使用できそうである。
 試験その2

 そこで、仕方なく論文等を検索すると、アオダモが属するモクセイ科トネリコ属の樹木の樹皮の抽出成分に関して研究された経過があって、従前から蛍光物質の存在が確認されていた。
@   <トネリコ属の抽出成分(蛍光物質)>
 −ヤチダモの抽出成分に関する研究:北海道大学 寺沢実、笹谷宣志 1968.12−

 モクセイ科トネリコ属の樹木の樹皮の多くは蛍光反応を有しており、その蛍光物質については島田(薬誌72)によって研究がなされていて、同属のトネリコ節(注:アオダモ、ケアオダモ、マルバアオダモ、ヤマトアオダモ、シマトネリコ、トネリコ等がある。)では、エスクレチン(aesculetin)、その配糖体エスクリン(aesculin)を含み、一部フラキセチン(fraxetin)とその配糖体フラキシン(fraxin)を含んでいて、その抽出液は著しく蛍光を有すると報告されている。
 シオジ節(注:シオジ、ヤチダモを含む。)のヤチダモでもエスクレチン、フラキセチンとその配糖体の存在を確認した。
A   <アオダモに関する記述例>
 続樹木と方言
:倉田悟(昭和42年7月31日、地球出版株式会社)

 「尾台喜貞氏によれば信州軽井沢にはアオダモ類にイロノキといった方言名がある。これはもちろん『色の木』の意で、その枝を切って水に入れると藍色の蛍光水となるからである。」
 こういった話であれば、方針転換が必要である。タンニンが溶け出したような濃い色になってしまってはたぶん蛍光を確認しにくいと考え、水道水を入れたビーカーにアオダモの小枝を数本挿して屋外の日陰で様子を観察した。

 すると・・・  なんと! 蛍光を発したのである! 枝を挿した直後から感動の淡い青色を確認できたのである! 
 枝を投入した直後に、水の底でインクが広がるような模様が確認できた。
 
 バックが暗色でないとよく見えないことが判明。

 白い紙を敷いてきれいに写真を撮ろうとしたが、かえって蛍光が確認できなくなる。

 また、日にかざすと、かえって蛍光は確認できなくなる。

 以上のことからすると、当初の試験では、白い皿を使ったために、蛍光がよく見えなかったものと思われる。 
 ガラスコップを使っていれば、左のようなイメージを確認できたであろう。ただし、水溶性成分が多く溶け出して、水が暗色となっては確認が難しいと思われる。
 これを見たからには、さらに美しい青色を見なければ気持ちが収まらないため、ある秘密基地に持ち込んでさらに確認してみた。
 紫外線を当てると、このように美しい青い蛍光を発した。ガラスの中に巨大なホタルがいるようである。
 比較用に、右側にただの水道水を入れたビーカーを並べたもの。

 蛍光物質の発光であることが確認できる。

 先の水溶性成分がたっぷりとけ込んだ茶褐色の水にも紫外線を当ててみたが、、水自体が暗色となっていて、きれいな発光を確認できなかった。これを水で薄めることで(蛍光物質も薄められることになってしまうが)弱い蛍光を確認した。
 別のフタ付きのガラス容器に入れ替えたもので、左側がアオダモの枝を浸した水で、右が比較用にただの水道水を満たしたものである。

 紫外線に反応して美しいネオン管のように明るく鮮やかな光を放っている。

注:アオダモ側の蛍光が強いため、写真は両者を離して撮影し、撮影後に両者を合成して隣接状態としたもの。
 これでやっと安心することができた。

 ところで、現行の図鑑類の説明ぶりであるが、経験則を踏まえると、単に「水が青くなる」とする内容では、いかにもわかりにくい。正確には「紫外線で蛍光を発する」ということである。顔料や染料の青い色のイメージとは全く別で、屋外でも日にかざしてもよくわからないし、白い紙をバックにしてもよくわからない。暗色のバックで初めて淡い青色の蛍光が確認できる。

 多分、多くの人がアオダモのこの件では首をかしげた経験を持っているはずである。
  <参考1:アオダモの花と果実> 
   
   アオダモは雄花を付ける株と両性花を付ける株が存在する。 ヒトツバタゴよりも花が小さく密に付き、繊細な印象である。
   
   
 
アオダモの花(雄花)
   
 
    アオダモの雄花
 4枚の花弁と2本の雄しべがあるが、雌しべは見られない。 
    アオダモの両性花 1
 赤く見えるのが雌しべ。
   アオダモの両性花 2
 両性花には4枚の花弁、2本の雄しべ、1本の雌しべがある。
 開花後、花弁と雄しべが脱落した両性花
 
若い果実
 雌しべの柱頭が残っている。 
    成熟途中の果実
 
果実はぺらぺらの翼果で、倒披針形。 
     アオダモの葉
 葉は奇数羽状複葉で、小葉は3〜7枚、
     アオダモの芽生え
 初期葉は成葉の印象とは随分異なっている。
     アオダモの幼木
 ここまで来ると羽状複葉の葉の形態となっている
   
<参考2:アオダモの材?>
 これは本物のバットではなくて、ある企業のPR用小物としてのミニチュアバットである。38センチほどの長さである。相当量を生産したはずであるから、あまり大きくならないアオダモでは歩留まりが悪いし、量の確保も難しいと考えられることから、多分、はるかに大径木となり、入手しやすいヤチダモであると思われる。木口面では大きな道管が確認できた。
 北海道で購入したミニチュアバットのキーホルダーである。長さは9センチ弱である。HIDAKA(日高)とあるからには、アオダモでなければならない。
 
これは本物のアオダモの年輪盤で、左の大きい径のもので約30センチほどである。アオダモの中では太い方である。
 木口面の拡大写真で、環孔材であることが確認できる、
  <参考3:アオダモ材確保の取組>

 NPO(特定非営利活動法人)「アオダモ資源育成の会」は、バットの優良素材であるアオダモの安定供給に貢献すべく、社団法人日本野球機構からの助成金、一般寄付金、折損バットから作ったグッズ等の販売収入を原資にして、平成12年以来、北海道の各地で毎年アオダモの苗木の植栽を行っている。 
 
   
(メモ1:アオダモの名の由来)

 アオダモノ名前の由来に関する説明で、水が青く見える(蛍光を認識できる)としていても、見やすい条件を知らないと見逃す恐れがあって、一般性がなく、簡単・直感的に納得しにくい点があることは少々気になるところである。倉田悟は各地の地域名から類推し、アオダモの「アオ」は樹皮の色によるものと解釈したいとしている。【続樹木と方言】
 確かに、我が日本国では緑色は基本的に「あお」と呼んでいるから、先の疑問と合わせ考えれば、簡単に同調してしまいそうである。
 
        アオダモの樹皮の様子
 樹皮は写真のようにブナのような斑文のある灰褐色である。(道内某所で大量にストックされていたもの。)
     枝の外皮の一部を擦り落としたもの
 若い枝は緑色で、少し太くなったものや成木では左の写真のような色となる。灰色がかった樹皮は、太さにかかわらず、モチノキ科の「アオハダ」と同様で、薄い外皮を擦り落とすと鮮やかな緑色の肌が現れる。
        
(メモ2:アオダモの生材はよく燃えるか

 アオダモは、生材でもよく燃えるとしばしば記述されていて、樹木大図説には次の記述(引用)が見られる。
 「小野蘭山の木略にアオタゴの解として『木薪となし未だ乾かざるもの亦よく燃ゆ、猟師獣を逐ひ雪を侵し山に入り此木を伐り火をたき寒を凌ぐ』とある。」
 また「コタン生物記」(更科源蔵ほか)にも、生材でも燃えやすい樹種として、モクセイ科トネリコ属のアオダモ、ヤチダモ、シオジの名が例示されている。
 これらは経験的に知られていたものであるが、特にアオダモに関しては生材含水率が低い樹種であることがデータとしても明らかにされていて、このことから生材状態でもよく燃えることが説明されている。
 ただし、近年の体験的記述はほとんど目にしない。北海道でもアオダモはそれほど多くはないし、大径木にもならないため、これを雑木のように薪として、しかも生材のまま燃やす機会には巡り会えないからであろう。
 これについても是非とも自分の目で確認したいところである。贅沢な薪は手に入らないため、気休めに生の小枝を燃やそうとしたが、全然燃える気配はなかった。
(メモ3:アオダモは青色染料になるのか)

 アオダモが青色の染料に使用されたとする記述が個人ホームページで広く見られるが、これはたぶんウィキペディアの記述に由来するもので、図鑑類を含めて一般的には認知されていない。ただし、アイヌ文化に関して、アイヌ文化研究家の更科源蔵氏の著作に次の記述が見られる。

 (厚司を黒く染めるのに、アオダモの煎汁も使われたことを紹介した上で、)釧路地方ではアオダモで青く染めることもあったという。
 アオダモの皮を水に入れておくと青くなるので、それを厚司を織るオヒョウの皮の繊維をつけて青く染めるのにも用いた。
【コタン生物記:更科源蔵・更科 光】
 
 しかし、氏の他の著作では、次のとおり、釧路白糠では(アイヌが)アオダモの煎汁で黒色に染めた例を紹介している。
 
 
 黒い色に染めるには、胡桃(クルミ)の樹皮や果皮の煎汁で煮て青粘土の中に埋めるのが最も普通の方法で、釧路や十勝では柏(カシワ)の真皮の煎汁で煮たのを、鉄分のある湿地の泥に埋めるのである。この他アオダモの煎汁(釧路白糠 くしろしらぬか)、ケヤマウコギの実(静内農屋 しずないのや)、鉄分のある湿地に入れる(新冠滑若 にいかっぷなめわっか、十勝音更 とかちおとふけ)などがある。
 赤はほとんどハンノキの皮の煎汁で染める・・・・
 黄色は例外なくキハダの真皮の煎汁で染める・・・・ 
【アイヌの民俗(上):更科源蔵】 
注:赤く染めるのに、静内地方ではカシワの樹皮を使用した例がある。【アイヌ生活誌:(財)アイヌ無形文化伝承保存会】 
   
   更科説の影響なのか、北大植物園の「北方民族植物標本園」の説明板には以下の記述が見られた。 
   
 
アオダモ(アイヌ民族の利用)
用途:樹皮で織物を青色に染める。材で弓や器具の柄を作り、松明(タイマツ)や焚き火にもする。樹皮の浸出液を入れ墨の染料や傷の止血消毒に用いる。【北大植物園】
   
   アオダモの煎汁で青く染めることが本当に可能なのか、現在のところ確認できない。アイヌ民族博物館でも、具体的な技術については確認できていない。
 
ほとんどの植物で適切な媒染剤を使用すれば染色は可能とされるが、青色に染色できる植物は限られていて、藍とクサギ以外は一般性のあるものとしては耳にしない。アオダモの場合は蛍光物質があっても青色の染料が採れるとは考えにくい。ただし、古くから染料として利用されたとするヤマアイ(トウダイグサ科)のように、青藍(インジゴチン)を含まないから緑色にしか染まらないと思われていたものが、染織家の手で青く染まることが確認された例もあることから、難しい問題である。是非とも検証が必要な課題であるが、とりあえずは疑義があり、本気で受け止めないこととする。 
   
  (メモ4:アオダモの煎汁は入れ墨や止血・消毒に使われたのか)

 前出の北大植物園の説明板のように、アイヌがアオダモの樹皮の煎汁を入れ墨の染料に使ったという記述は書籍では確認できなかったが、入れ墨を行うに際しての、たぶん止血・消毒にヤチダモ等を使用したものと思われる記述が、例によって更科源蔵氏の著作で見られる。 
    
 
 (アイヌの入れ墨)
 刃物の先で切り傷を付け、傷口に炭をすり込む。炭は白樺の皮を炊き、綺麗に洗った鍋の底に付いた炭(油煙墨)を利用した。 炭をつける前後にカシワの真皮、ミズキ、ハンノキ、ヤチダモ、ハマナスの皮、蓬(よもぎ)、ハコベなどの煎汁で施術する肌を丁寧に拭き浄める。
 白樺の炭以外に、サメ・カスベの脂の油煙墨、ホオノキ、ノリウツギの枯れ枝を炊いた油煙の例もある。
【アイヌの民俗(上):更科源蔵】 
注:文章構成がわかりにくい部分を一部改変した。
   
   ここではアオダモは直接登場していないが、同じトネリコ属のヤチダモが登場している。
 アオダモ類に由来すると思われる生薬の秦皮については、別項(参照)で取り上げたとおりで、殺菌効果やタンニンに由来するであろう収斂・止血効果を利用していたことが理解できる。
 列挙されたものでは、カシワの樹皮は広くタンニンの原料にされてきた。ヨモギ、ハコベは止血効果が知られている。その他、一般に樹皮の煎汁はタンニンを含むから、少なくとも一定の止血効果は期待できるであろう。  
(メモ5:アオダモの地方名の例)

フヂキ(フジキ):「木材の工藝的利用」ではアオタゴ(コバノトネリコ)の俗称として「フジキ」の名を掲げているが、地方名(方言)である。同書では別に「フヂキ」を一般リストに掲げていて、こちらはもちろんマメ科のフジキのことである。
ニガキ:アオダモの地方名の一つに「ニガキ」の名があること知られている。アオダモの小枝の樹皮を実際に噛んでみると、本当にやや苦い味がする。古くは樹皮の煎液を洗眼薬にしたとも言われ、苦みと合わせ考えると、タンニンの収斂作用に期待したもののようである。
【追記 2010.8】
 左の写真は、ダイソーマジックライトペンを使ったお遊びである。
 製品は無色の蛍光剤入り液のペンのキャップ部分に紫外線LEDもどき?(注)が付いていて、その光をかざすと書いた字が初めて青く見えるというもので、使い道が思いつかないが、実に面白いおもちゃである。

 写真は普通の白い紙を使って試したもので、文字部分はこのペンで書き、丸い部分はアオダモの小枝の切り口に水を少々付けてスタンプしたものである。LED光を当てると、蛍光を発する能力ではいい勝負である。

 アオダモの丸いスタンプを見てわかるとおり、材部より樹皮部分の方が蛍光物質の濃度が高い。

 なお、原因は不明であるが、アオダモの蛍光はバブルジェット紙その他の紙で、確認しにくい場合が見られた。
(注)  紫外線LED(UV-LED)はパーツ屋で1個単位でも販売されている。波長が短いほど単価が高い。安物のLEDライトのランプを紫外線LEDに交換できる場合があるが、一般にLEDライトはランプの交換を想定した作りとなっていない。