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刃物あそび

  天然砥石の木っ端は引き出しの刃物の友


 かつては砥石は全て天然砥石で、各地に多くの砥石の鉱山があったという。現在ではほとんど工業的に生産される、いわゆる合成砥石が全盛である。しかし、天然砥石が決して絶滅したわけではない。ホームセンターではお手頃価格の特定の種類のものに限って取り扱っている。また、高級刃物にふさわしいものとして、専門店で高価な天然仕上げ砥石を取り扱っている。いいものはびっくりするような価格である。こうしたものには手が出ないが、不整形な木っ端砥石なら安く売っている。
 この天然の仕上げ砥石、なかなかいいところがある。 


 ホームセンターにはどんな天然砥石があるか

 
現在販売されている砥石は、ほとんどが合成砥石で、酸化アルミニウム、炭化珪素などの研磨剤を各種結合材で固めたものである。合成砥石は天然砥石よりも研削力が強く、品質も均一で、従来の天然砥石をほとんど駆逐するところとなった。しかし、ホームセンターを覗いてみると、わずかに天然砥石が生き残っているのを目にする。例えば、以下のようなものが販売されていた。
 
天草砥  中砥(凝灰岩)。熊本県産。農具、山林用刃物によく利用されている。その利用目的からサイズは大きめである。特に、備水砥(びんすいと)と呼ばれるものもこれと並んで販売されていて、評価が高く、刀剣用中砥としても使用されるという。
大村砥  荒砥(砂岩)。和歌山県白浜町産。比較的柔らかく、刃が細かく研げるとされる。実は、大村砥の本家はその名のとおり長崎県大村市産であったが、大正初期頃から紀州産が大村産に代わって出回るようになったという。「ニュー大村砥」はナニワ研磨工業(大阪市)の合成砥石である。
 なお、紀州産の大村砥も、既に産出がないという。
丹波青砥  中砥(粘板岩)。京都府亀岡市産。やや硬く、主にカンナ、ノミ用の中砥。包丁には仕上げ砥として使用される。
 
 上に掲げた天然砥石が生き残っているのは、鉱山が枯渇していないことはもちろんのこととして、比較的低価格で提供できることによるものと考えられる。仮に合成砥石よりも価格が高ければ、一般には敢えて選択されることはほとんどないであろう。

 しかし、高級打刃物には天然の仕上げ砥石が一番との根強い評価があり、刃物専門店には必ず高価な天然仕上げ砥石を置いている。最もよく知られているのは京都産の合砥あわせど)で、「本山」,「正本山」の名を冠しているものが多く見られる。この砥石の木っ端が、比較的安い価格で、小さい刃物用に販売されている。(東急ハンズでも見かけた。)
 

 天然砥石のここがエライ!!

 この粘板岩系の砥石は、合成の砥石と比較すると、以下の大きいメリットがある。 
 
 合成砥石は、使用に際しては、あらかじめ時間をかけて水をたっぷり吸わせなければならないため、すぐ使いとならない。しかし、天然砥石はほとんど水を吸わないことから、水を垂らして即研ぎを開始できる。
 合成砥石の場合は、手の汚れが落ちにくいが、天然砥石の場合はきれいに洗い流せる。
 
 ということで、大工道具用とは別に、この小さな砥石を引き出しに入れておけば、普段使いの小刀、ナイフなどをちょっと研ぎたいときはわざわざ流しで店を広げる必要はない。おもむろに砥石を取り出し、少し水を垂らしてチョチョイのチョイで研ぎ上げて、ティッシュで拭えばOKである。 
 
 手持ちの木っ端砥石のひとつ。形はどうしても不整形となるが支障はない。台ももちろん木の「木っ端」。  
 都内に高齢のじい様が店番をしている砥石の専門店があることは知っていたが、いつ店が閉じるかわからないので、覗いてみることにした。都内台東区の田原町(西浅草)の「といしや」である。

 店主の体力の衰えが著しいのか、店はシャッターが一枚だけ半開きとなっていた。電気はついているから声を掛けると、かなり高齢のばあ様が出てきた。おしゃべりしながら天然砥石を鑑賞している間にいつもの病気が再発して合砥(あわせど)の木っ端をまた買ってしまった。

 都会の中の砥石専門店とは貴重な存在であるが、いつまで持つのか心配である。 
【2007.2】

といしや 野村忠治郎商店
 東京都台東区西浅草1-8-14
 
 【2014.9 追記】 「といしや」のその後 
 たまたま、といしやの前を通りかかったところ、相変わらず、シャッターを半開きにして、電気がついていた。幸いなるかな、淡々と営業を続けているようである。 

 おじいちゃんは既に他界されたようで、おばあちゃんが引き継ぎ、娘さん(といっても既に立派なおばあちゃんである。失礼。)が手伝っている模様である。

 追って、シャッター半開きの真相を初めて知った。それまではおじいちゃんの体力の衰えがそのまま反映したものと思い込んでいたのであるが・・・ 
       「といしや」の店先の様子(2014.9)
  「といしや」のシャッター半開きの真相! 
 
 何と、これは一人で店番をするお年寄りの自己防衛手段であった!
 ある出版社(株式会社 風土社)のホームページに、当人の語りが記録されている。
 要点をまとめると、シャッターを全部開けておくと、5、6人でどやどやと入ってきて、砥石を万引きする輩がいて、こうした被害を抑えるためにこの方式を採用した経過があるのだそうである。
 
 いつの時代でも、人のものを騙し、あるいは力ずくで奪ったり盗んだりするならず者、粗暴な遺伝子を持つ者が必ず一定数生息しているもので、年寄りを狙うのは特にタチが悪い。

 ウン十万円級の砥石を多数置いているからか、引き戸にはおなじみのアルソック ALSOK のシールが見える。20メートルほど北側には田原町交番がある。   
 
日本各地で産出した天然砥石の種類に関してはこちらを参照。