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刃物あそび
 
  絶滅への道を歩む天然砥石たち
             


 刃物を石でゴリゴリやれば必ず磨り減るわけで、これが砥石の原理・起源である。北海道紋別郡白滝村(現遠軽町)は旧石器時代の黒曜石の遺物が多数出土していることで知られているが、利器としての骨角品や装飾品を磨いた砥石と考えられるものも出土しているという。このように身近な石の中から、使い勝手のよい粒度、硬度のものを選んで使ってきた長い歴史があって、国内の各地で様々な名称の天然砥石が産出されてきたことが知られている。しかし、近年は均質で成型自在の合成砥石に押されて、残念ながら一部の高級仕上げ砥石と複数の比較的廉価な中砥を除いて天然砥石はほぼ絶滅状態にあり、各地の砥石の名前も忘れ去られようとしている。生き残っているわずかな天然砥石が店頭から消えるのは時間の問題であろう。【2009.1】 


砥石屋さんの天然砥石
   
 
     都内唯一の砥石専門店の様子
 当然ながら、天然の仕上げ砥石が主役である。
            同左 
「といしや」 野村忠治郎商店
東京都台東区西浅草1-8-14
   
 
        出張販売の砥石 1
 上の写真は三木金物まつりで出店していた砥石屋さんの仕上げ砥石(合せ砥)である。値札は全てウン万円である。これらの採掘地では形成された地層による特性があって、細かい区分・名称がある上に、品質評価の格差が非常に大きい。すべてが京都産である。
 商品としての呼称は「本山」、「正本山」、「正真本山」、「純正本山」、「純真正本山」などと実に自由奔放なネーミングが氾濫している。したがって、こうした名前に惑わされることのない、よくわかっている者でないと手が出しにくい実態にある。     
       出張販売の砥石 2
 左と同じく金物まつりでの展示販売品の青砥(粘板岩の中砥)である。家庭用の日常使いの砥石として知られてきたもので、価格も安い。小さいもので数百円、大きいものでも数千円程度である。現在ではこうした砥石さえない家庭が一般的になってしまった。
 なお、青砥の最高級品は京都府亀岡産のものとされる 
   
ホームセンターの天然砥石
 写真は関東に本社を置いて全国展開する、あるホームセンターで見かけた製品である。

 左の2本が九州の天草砥石(やや荒い凝灰岩の中砥)で、1650円。鎌研ぎによく利用されている。

 中2本が少し格上の天草砥石である備水砥石である。1850円。

 右の1本は五十嵐砥としている。1980円。五十嵐砥とは新潟県産の中砥(安山岩)である
   
 ホームセンターによっては天然砥石を全く置いていないところもある。置いていてもせいぜい2、3種類である。 

【追記 2009.3】
 ある方から興味深い情報を提供いただいた。五十嵐砥沼田砥として一般に販売されているものは、実際には備水砥その他の砥石に偽装表示したものであるということである。確かにこれらは在庫品がわずかに残るだけのようである。いつの世でも変わらずに見られる流通上の公然たる偽装表示が砥石の場合にも普通に見られるということか。


 こうして目にすることさえあまりなくなった天然砥石であるが、かつての歴史を語る資料として、以下に国内で産出された多くの天然砥石の種類を掲げた2種類のリストを紹介する。 


天然砥石リスト その1
 わが国における主な天然砥石(内田 広顕)
  通称 産 地 用途 岩石 特質等
1 脇野沢石 青森県下北郡脇野沢村武生泊 普通砥石 石英粗面岩 白色・均一・不悪粒はあまり目立たない
2 御堂石
志戸前砥 
岩手県岩手郡岩手町
岩手県岩手郡雫石町志戸前
中砥石、風化したものを砥石とする 輝石安山岩
角閃石安山岩
 
3 文字石 宮城県栗原郡栗駒町荒砥沢 荒砥 砂岩 中粒砂岩
4 秋田県鹿角郡十和田町松山 中砥石 石英粗面岩 風化したもの
5 秋田県鹿角郡八幡平村 中砥石 頁岩 黒色、緻密
6 大葛砥
大葛石
秋田県北秋田郡比内町長部
秋田県鹿角郡尾去沢町狐平
中砥石、土木用 緑色凝灰岩 凝灰岩の珪化したもの
柱状節理がある。やや堅い。付近の需要
7 阿仁石 秋田県北秋田郡阿仁鉱山付近 鉱山研を砕石
中砥石
石英粗面岩 風化しており淡黄色
8 金山石 秋田県北秋田郡比内町大葛金山付近 砥石 岩脈をなす石英粗面岩 石質緻密・淡緑灰色
柱状節理を利用して採掘
9 新庄石
金山石
小国石
山形県新庄市山屋
山形県最上郡金山町谷口
山形県最上郡大沢
山形県最上郡最上町・向町
砥石(東小国村産) 凝灰岩 普通。地方用
10 前森砥 山形県最上郡最上町
(旧東小国村)
中砥石 凝灰岩 緑色・塊状・緻密
11 田沢砥 山形県飽海郡平田中野俣 砥石 凝灰岩 緑色・中硬
12 山形県山形市楯山風間砥山 合砥 頁岩
13 滝の原砥 福島県南会津郡田島町 中砥石 石英粗面岩 長石の斑点がある
14 助川砥
大泉砥
茨城県日立市諏訪
茨城県西茨城郡岩瀬町大泉
中砥石 粘板岩 黒色、堅硬(青中砥)
15 茨城県西茨城郡七会村上赤沢 合砥 珪質粘板岩  
16 栃木県安蘇郡田沼町飛駒 合砥 珪質粘板岩  
17 真名子石
荒内砥
栃木県上津賀郡西方村真名子
栃木県芳賀郡茂木町上深沢
中砥石 珪石を含み砂岩
粘板岩からなる
青色粘板岩・塊状・緻密
18 栃木県芳賀郡物部村三谷 中砥石 粘板岩 青黒色(青砥)
19 沼田砥
虎砥
群馬県甘楽郡南牧村砥沢 中砥石 珪長石 岩脈の風化したもの
灰白色で斑晶は見えない
20 上野砥 群馬県甘楽郡下仁田村中小坂 中砥石 角閃石安山岩 風化して淡黄色
21 銚子石
銚子砥
千葉県銚子市外川町新生
千葉県銚子市高神町南鹿島
荒砥
土台石・間知石・割栗・多少建築用
砂岩 新鮮で青灰色のもの(青砥)
風化して黄〜赤褐色になったもの(梨目、及び赤) 石灰質で堅硬なもの(アデ)がある
22 飯岡石
(銚子石)
千葉県海上郡飯岡町 砥石・土木用 砂岩 緻密・灰色と黄色
23 福平砥
五十嵐砥
富山県魚津市古鹿熊 中砥石・砕石 安山岩類  
24 浄教寺砥 福井県足羽郡足羽町浄教寺 中砥石 砂質頁岩と互層している凝灰岩 白色黒幼色ないし褐色
25 寺中砥 福井県鯖江市 中砥石 凝灰岩 白色ないし黒幼色・緻密
26 羽黒砥 山梨県西八代郡豊和村羽黒沢 荒砥石 花崗岩 細粒
27 十島みかげ 山梨県南巨摩郡南部町十島 羽黒砥 石英閃緑岩 片麻岩質
28 雨畑石 山梨県南巨摩郡早川町雨畑 砥石 粘板岩 わが国で最も有名な硯石
29 郡上砥 岐阜県吉城郡神岡町伊西 中砥石 花崗岩を貫く石英斑岩脈 緻密な珪長質の石英の斑晶が散点している 
風化したところは赤褐色を帯び多少縮状を呈している
30 本郷石
中の丸石
伊豆みかげ
白石米山砥
静岡県賀茂郡下田町
  本郷・中の丸山・箕作米山
中砥石
建築用・墓用
凝灰質砂岩 灰緑色、やや硬い
陶石化した凝灰岩
白色であるが淡黄の部分もある
31 合掌寺砥 静岡県田方郡大仁町小室 中砥石 凝灰岩 緻密・淡黄色
32 名倉砥石 愛知県北設楽郡設楽町 中砥石 凝灰岩 灰黄色・淡黄色
33 三河白 愛知県南設楽郡鳳来町砥沢 合砥 白色・緻密・凝灰岩 卵黄色塊状凝灰岩中、1mの厚さの層状をなす
34 鳴滝砥 京都市右京区梅ヶ畑町
京都市右京区嵯峨町原
京都府南桑田郡亀岡町馬路
京都府亀岡市神前
京都府南桑田郡吉富村口司
京都府亀岡市大内
京都府北桑田郡美山町板橋
京都府北桑田郡瑞穂村桧山
京都府北桑田郡和知村
京都府船井郡八木町
合砥 珪質粘板岩  
35 笠置砥 京都府相楽郡笠置町 砥石用 領家変成岩中の石英片岩、砂岩  
36 下島石
宮川砥
目透砥
京都府相楽郡和束町下島
京都府亀岡市宮前町宮川・神前・猪倉(元南桑田)
中砥石 略々E−Wに近い走白を示し、珪石と互層する粘板岩 青黒色・緻密
中砥石産地として有名
37 京都府相楽郡和束町木屋 中砥石 領家変成岩の雲母片岩 細粒であるが粒子に大小不同がある
38 京都府船井郡八木町 中砥石 粘板岩 青黒色(青砥)
39 水上砥 兵庫県城崎郡日高町水上 中砥石 石英粗面岩質の岩石  
40 紀州砥
富田砥
和歌山県田部市 砥石・土台石・溝石・土木用 傾斜10〜15度で頁岩と互層する砂岩 淡黄色・硬質で均質・粗粒
41 三原砥 島根県邑智郡川本町丸山 中砥石 石英粗面岩 酸化鉄の赤褐色の斑点が縦横に岩石中に浸染している
石英・長石の巨晶を含まず細粒のものからなり、石理一根で硬い
42 蓼野砥 島根県鹿足郡六日市町蓼野 中砥石 石英粗面岩の風化したもの 主として細粒の石英・長石からなる。酸化鉄が浸潤し流理に沿って赤褐色の縞をしている。硬くない。
43 伊予砥 愛媛県伊予市上唐川
愛媛県伊予郡砥部町外山
中砥石 雲母安山岩が風化したもの  
44 行合野石
厳木石
松浦砥
まくり石
佐賀県東松浦郡北波多村行合野
佐賀県東松浦郡厳木町浪瀬
佐賀県東松浦郡肥前村駄竹
砥石・土台石・石垣 砂岩 緑色・白色〜淡黄色
細粒・長石質の砂岩
45 小佐々石
本笹口石
笹口石
長崎県北松浦郡小佐々町黒石兎・小坂兎・佐々町 荒砥石 砂岩 普通軟質一級
46 対馬砥 長崎県下県郡玉貝鮒 合砥 泥灰質頁岩 黒色j・緻密・海中の水蝕作用に耐え残留した緻密なもの
47 平島砥 長崎県西彼杵郡崎戸町南風止 荒砥石 砂岩 普通
48 高岡石 宮崎県東諸県郡大淀川沿岸
宮崎県東諸県郡高岡町付近
砥石 砂岩 細粒
刃物に関する諸材料 ステンレス鋼.天然砥石.人造砥粒:内田広顕(1970,日本刃物工業新聞社)より
表中項目の一部を省略した。
市町村合併にかかる修正は行っていない。


天然砥石リスト その2
 天然砥石の産地(名称)と用途 (橋本 喜代太)
砥石名 産 地 用途 摘要
1 山城合砥 京都市右京区梅ヶ畑一円産 一般刃物仕上げ用  
2 丹波合砥 京都府船井郡東本梅村大内産 一般刃物仕上げ用  
3 丹波佐伯砥 京都府南桑田郡宮前村字猪倉産 包丁研ぎ用  
4 丹波青砥 京都府南桑田郡宮前村宮川産 刃物中仕上げ用 変質粘板岩
5 但馬砥 兵庫県美方郡西浜村諸寄産 鎌研ぎ用  
6 佐用砥 兵庫県佐用郡 刃物中仕上げ用 白,白黄色,石英粗面岩
7 美濃沼田砥 岐阜県郡上郡高鷲村字鮎立産 刃物中仕上げ用  
8 三河白名倉砥 愛知県北設楽郡小坂村産 一般刃物刀剣研磨用 凝灰岩
9 三河白砥 愛知県北設楽郡小坂村産 一般刃物中仕上げ用 凝灰岩
10 浄教寺赤砥 福井県今立郡河和田村字寺中産 一般刃物中仕上げ用 凝灰岩
11 浄教寺白砥 福井県今立郡河和田村字寺中産 一般刃物中仕上げ用 白,灰色,凝灰岩
12 鷹川砥 新潟県岩船郡産 刃物中仕上げ用 石英粗面岩
13 寺中砥 福井県今立郡産 刃物中仕上げ用 白又は灰色凝灰岩
14 本伊予砥 愛媛県伊予郡南山崎村字唐川産 刃物中仕上げ用,のみ研ぎ用  
15 伊予本星砥 愛媛県伊予郡南山崎村字富山産 刃物中仕上げ用  
16 伊予赤星砥 愛媛県伊予郡南山崎村字唐川産 包丁,鎌研ぎ用  
17 茶神子 和歌山県西牟婁郡富田村字方野産 一般刃物荒研ぎ用  
18 大村砥 長崎県西彼杵郡 荒研ぎ用 細粒砂岩
19 マクリ砥 佐賀県東松浦郡入野村字納所産 一般刃物鍛冶屋用  
20 笹口砥 長崎県北松浦郡佐々村産 一般向荒砥  
21 平島砥 長崎県西彼杵郡平島村字平戸産 一般向荒砥  
22 名倉砥 長崎県対馬ノ国海中産 仕上げ砥,砥面整面  
23 常陸三谷砥 栃木県芳賀郡物部村三谷産 包丁研ぎ用  
24 荒内青砥 栃木県芳賀郡逆川村深沢産 刃物中仕上げ用  
25 白天草砥 熊本県天草郡大矢野町登立産 刃物鍛冶屋用  
26 本天草砥 熊本県天草郡大矢野町登立産 刃物仕上げ用  
27 会津砥 福島県南会津郡龍ノ原村産 刃物中仕上げ用  
28 改青砥 山形県東村山郡鈴川村産 一般刃物,剣下研ぎ用  
29 銚子砥 千葉県銚子在産 刃物荒仕上げ用 細粒砂岩
30 武州合砥 埼玉県比企郡六河村上古寺産 一般刃物荒仕上げ用  
31 上州沼田砥 群馬県北甘楽郡尾沢村砥沢産 一般刃物中仕上げ用 虎砥。
32 上州沼田生砥 群馬県北甘楽郡尾沢村砥沢産 塗師用,鎌砥,面鉋用 挽砥とす
33 上州上山砥 群馬県北甘楽郡小坂村字中小阪産 一般刃物中研ぎ用,鎌砥  
34 御蔵砥 群馬県北甘楽郡産 刃物仕上げ用 風化石英粗面岩
35 助川砥 茨城県多賀郡産 刃物仕上げ用 輝緑凝灰岩
36 大泉砥 茨城県西茨城郡産 刃物仕上げ用 緻密堅硬の粘板岩
37 蠣崎砥 青森県下北郡産 第三化層粘板岩
38 羽黒砥 山梨県西八代郡産 刃物荒研ぎ用 細立花崗岩
39 金剛砂 奈良県北葛城郡二上村字穴虫産 鉋,のみ裏出し用 酸化アルミニウム
40 油砥 米国アーカンサス州産 刃物の鋭利刃仕上げ    
「図でわかる 木工の手工具」:原著者 橋本喜代太 編著者 成田壽一郎(1988.11.20,理工学社)より
市町村合併にかかる修正は行っていない。