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刃物あそび
     肥後守は生き残れるか


 少しさかのぼるが、昭和54年(1979)の暮らしの手帖第59号(3・4月号)に220本に及ぶ肥後守(ひごのかみ)の商品テストが掲載されていた。カッターナイフの登場以来、出番がほとんどなくなって、「肥後守」の登録商標を使って製造するメーカーは現在、兵庫県三木市の永尾カネ駒製作所(「カネ」は駒の字の右肩に鈎印)1つのみと聞く(2005年)。

 暮らしの手帖が取り扱った当時の製品は、本家三木市で肥後守の商標を使うメーカーのものが31本、これ以外は各地の刃物産地のものとなっており、品質のばらつきも見事でメーカー数が多かったことを物語っていた。この商品テストは「よく切れるいいナイフを作ってほしい」とする副題が示すように、余りにもいい加減な製品が多いことに怒りが込められていたが、今から見ると当時の業界のたくましい野性的なエネルギーさえ感じ、隔世の感がある。(記事の要旨は
こちらを参照)

 さて、この日本の日常雑器であった軽便ナイフの運命はどうなるのであろうか。

(注)以下、肥後守の商標以外のものも含めてを便宜上「肥後守」と呼ぶ。 


 街中で文房具のコーナーを見ると、実は肥後守型のナイフがちゃんとぶら下がっている。一般に子供達がこれを使うはずがなく、一体誰が何の目的で購入するのであろうか。ひょっとして、これらを若い頃から日常使いしてきたお年寄りであろうか? 数は出ないと思われるが、大きな謎である。

 一方、刃物専門店や東急ハンズあたりはどうかとなると、実は先ほどの「カネ駒」の肥後守はしっかり置いている。実は、この世界は絶滅危惧種に対する郷愁と愛着が支えているようである。その証は、真鍮や銅の柄のバージョンとか、高品質のスペシャルバージョンが存在することである。

 そもそも、肥後守に高価格帯のものがあること自体がおかしいわけであるが、趣味、コレクションであれ、伝統的打刃物が支えられているのであれば結構なことである。しかし、限りなく実用から離れてきているのも事実である。

 個人的には、肥後守(本家ものとその他産地もの)を複数所有している。やがて絶滅するであろうということでかなり前に購入したものであるが、特に鉛筆を削るわけでもなく、製品の目的外利用で、投げナイフの練習に一時使用した。投げ肥後守である。しかし、かつて、うれしい出来事があった。

 娘が都内の片田舎の小学校に通っていた頃、クラスの先生が生徒全員に肥後守を持たせて鉛筆削りを教えたのである。先生としては大変なリスクを負うわけで、この英断には感動してしまった。もちろん、この時は自分の手持ちの肥後守を「待ってました!!」とばかりに、しかしもったいぶって我が子に与えた。

 よくよく考えると、実用品としての肥後守の生存のカギはこれではないかとしみじみ感じる。先生方には是非ともがんばって欲しい!【2005年】