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刃物あそび フィットカットカーブが招いた歪み
非常に残念なことであるが、フィットカットカーブの名の決して革新的ではない上に使い勝手もあまりよろしくないハサミの販売メーカーが巧妙な目くらまし戦略を展開し、結果として多くの消費者が乗せられてしまったようで、この商品の多くのラインナップが街の文具売り場のハサミコーナーの比較的多くのスペースを占拠する事態となってしまったことを確認した。一方で、この製品により明らかにシェアを食われたと思われる他社が同様の目くらまし戦略で追随するという行動に出ている(正確には追随せざるを得なくなった)現実を目の当たりにした。物の流通、販売の世界では、節操のない行動が繰り返し見られるのは、ヒトが常に野生の粗暴さを残していることによるもので、嘆いていても次から次と目にすることに対して疲労感さえ覚える。こうした現実を前にして、例えば食品のウソを見抜くことは全く困難であることを痛感するものの、モノを選ぶためには、やはり可能な範囲でその機能・質に着目して製品を選べるような目を養う努力をするしかないことを改めて感じる。【2014,10】 |
プラス株式会社のフィットカットカーブが登場したのは2012年初頭のことであるが、革新的な技術に基づく高機能製品と錯覚させるような巧みな宣伝により売り上げを伸ばした模様で、同業他社はその目くらまし戦略にしてやられた格好であった。 フィットカットカーブの実質的な機能は決して他社を驚かすものではなかったはずであるが、市場でシェアを奪ったのは明らかであり、結局のところ、コクヨ株式会社は翌年7月に、さらにはこの分野ではあまり存在感のないナカバヤシ株式会社が遅ればせながら2014年7月にほとんど同じコンセプトの製品で後追いするという展開となっている。 フィットカットカーブの売りとしていた諸点についての検討は別項(こちらを参照)で触れたとおりであるが、そのありふれたカーブに関することを含め、各社の宣伝文のポイントを整理すると以下のとおりである。生きるための驚くべきパクリ戦略が明らかとなる。本当に優れたものに対する追随現象は結果として製品全体のレベルアップにつながるが、決してそうでもないものに追随する姿は残念ながらモノ作りの精神の劣化、商業主義の軽薄な悲しむべき行動と受け止めざるを得ない。 各社による自社製品の宣伝文を整理すると以下のとおりである。 |
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カーブ刃を持った3種類のハサミ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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注:いずれの製品にも横並びで同様の仕様の樹脂製のカバーが付属している。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
個々の内容について、改めてコメントする気にもならないが、ただ、各社の刃の形態及び断面形態に若干の違いがあることに気付いたため、少々観察してみることにする。 | ||||||||||
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さて、ハサミは刃の摺り合わせ(かみ合わせ)が命であることは昔から広く知られてきたところであり、要は適正な素材でていねいに裏スキ・各種調製・カシメられたハサミは心地よい摺り合わせを示し、そのことは心地よい切れ味を象徴し、約束するものであるということである。このことに関しては普及価格の事務ばさみであっても意識すべきであることに変わりはない。 しかしながら、先の3社の製品はいずれも摺り合わせが極めて重く、使用感がよろしくないことでは奇しくも共通している。これは、小さな事務ばさみでありながら、共通してダンボールや厚紙でも楽に切れると欲張った主張するための無理があることを示していると思われる。 そもそも、こうした小さい華奢なハサミで、どうしてもダンボールを切りたいという者が果たしているのかは疑問である。個人的な経験からすれば、ダンボールは普通のカッターが最も使いやすく、ハサミで切ろうなどと思ったこともない。 こうしたレアな用途のために重い摺り合わせとしているとすれば、全く本末転倒であり、基本的な考え方が間違っているし、消費者を誤った方向に誘導しかねない。摺り合わせを大切にしないハサミは本来的にはハサミの風上にも置けないものであることを再認識すべきであろう。 これらの鋏で新聞の切り抜きを1度でもやったら、何で紙1枚を切るのにこんなストレスを感じなければならないのか、心底腹が立つのがふつうの感覚である。 説明振りにも係わってくるが、ほとんどあり得ないと思われるダンボールを切る作業がわずかに楽になる?(意味がないので特に確かめていない。)のと引き替えに、ふつうの紙を切る際には常時重い摺り合わせに我慢しなければならないという事実に全く目を背けているのは、明らかに客観的な説明になっていない。 いずれの会社も刃物メーカーではないものの名は知られており、中国での生産における品質管理は適宜なされていると思われ、タチの悪い粗悪品を垂れ流しているものではないが、モノづくりの本来の姿勢としては誠実、堅実な考え方を基本とするとともに、まやかし的ではないわかりやすい情報の提供にも努めるべきであろう。 普通のハサミが本来具備すべき摺り合わせの要件を犠牲にした製品が日常生活における標準的なものとして居座ることにより、多くの人がハサミに対する感性を失うことになりかねないことが心配される。 なお、これは決して高級なハサミを基準にして論じているものではなく、例えば、ステンレス鋼板の普通の事務・家庭用を含めて多様なハサミを作り慣れているシルキーの鋏(丸章工業)は(切れ味を反映する)摺り合わせの感触を非常に大切にしていて、先の3製品と比較すれば雲泥の差があり、別次元の快適さを認識できる。 |
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追記1 チタンコーティングについて サンプルの3製品は、横並び精神で存在しているチタンコーティングのタイプである。このタイプで特に大げさな宣伝文が見られるために採り上げたものであるが、ハサミにとってはこれは単なる化粧と受け止めた方がよい。価格差に見合うだけの効用、有効性があるとは思えない。 |
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追記2 簡単な切れ味試験 念のためにまず、3製品でラップを切る試験をしてみた。新品の状態で快適かどうかは別にして刃先までラップが切れることが鋏の最低限の条件である。で、3製品とも切ることはできた。しかし、紙1枚を切るにも摺り合わせが重いのには辟易していたところであり、ラップのように極薄のものではさらに一層摺り合わせの重さが際立つことになってしまった。この摺り合わせの重さは半端ではなく、このために薄いものを切る際の感触がほとんど手に伝わらないのである。紙切り芸人もきっと呆れるに違いない。 次にデンタルフロスを刃先で切る試験をしてみた。ふつうの鋏では難なく切ることができるが、ここでカーブ刃の弱点の一つが露わになった。いずれの製品も刃先の強めのカーブが災いして、デンタルフロスが逃げてしまってうまく切れないことが判明した。 |
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追記3 貝印も既に参入していた!! 気がつかなかったが、刃物・家庭用品の総合商社的な存在である貝印株式会社もいつの間にか参入していた。 刃形はナカバヤシと同様で、刃裏はコクヨの製品の出っ張り部を研磨して刃付けしたような形状である。生産地は中国ではなくベトナムである。パッケージ台紙の説明書きの表現には変な目くらましはなく、最も誠実・常識的である。 なお、本来の当たり前であるが、デンタルフロスも問題なく刃先で切れる。 *カーブ刃の話はこれで打ち止めとする。 |
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