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木の雑記帳
  平成撞木事情   
   驚異の全自動撞木を検分する


 近年、寺院の鐘楼堂(しょうろうどう)に釣り下げられた梵鐘(ぼんしょう)を定刻に自動的に撞いてくれる驚きの装置が普及しつつあることを耳にしていたが、ある地方の小さな寺院でその現物を目にすることができた。「全自動撞木」の名のある製品である。
 決して撞木の周辺を無骨なメカが取り囲んでいるわけではなく、あまりにもシンプルであるため、どんな仕組みで動くのかまったく想像することもできず、却って好奇心を刺激されてしまった。そこで、物好きにもその動きの子細を観察すべく、改めて“定刻”を狙って再訪することとした。【2012.6】 


   撞木及びその周辺の様子(外観)は以下のとおりである。 
   
 全自動撞木の外観 
   
 
            鐘楼堂の全景
 この寺は、戦中に梵鐘を金属供出し、長らく鐘なしの鐘楼堂であったが、近年突然近代的な姿となって、梵鐘が復活した。 
       梵鐘、撞木、周辺機器の外観
 仕掛けらしきものは、アームと、大小2つのボックスが固定してあるだけである。見ただけではさっぱりわからない。 
   
             アーム部分
 ワイヤーに吊られたアームの先端部に取り付けられたローラーの胴は、撞木の曲率に合わせている。   
            撞木のヘッド部分
 ヘッドは木製で、打撃面(木口)は樹脂の環を打ち込んで強化している。側面に電気コードが確認できる。
   
 
@  撞木の上方にはL字型に曲がったアームが固定されていて、その先端部には白色の樹脂製のローラーがあり、折れ曲がったアームの下部はワイヤーで吊り上げられた状態となっている。ワイヤーをたどると電気コードがつながった小さなボックス部に繋がっているから、ワイヤー長をモーターでコントロールする仕組みであることが見て取れる。 
   
A  一方、撞木は鐘を撞く先端部が木製である以外は、金属(銅製)の筒状となっていて、この撞木自体を外部の力で機械的に揺らすための機構は全く見当たらない。但し、撞木を釣り下げた4本の鎖のうちの1本に電気コードを絡めていて、撞木本体に繋がっているから、この撞木の内部に何らかの電動の仕掛けがあることがわかる。 
   
   近所の住人の証言によれば、鐘は朝の6時と夕方の6時に、それぞれ3つずつ鳴るとのことであった。

 そこで、定刻における撞木の様子を観察すると、おおよそ以下のとおりであった。 
   
 全自動撞木の動き 
   
 
 定刻の6時少々前から、モーターにより回転する歯車音が始まり、L字型のアームを吊るワイヤーが徐々に緩められて、アームのバネが解放されて「くの字」になった状態で先端部のローラーが撞木上部に接した状態となった。
   
 さらに歯車音が続いた後に、突然、カシャーンという大きな金属音とともに撞木がはじかれたように梵鐘に突き当たり、やや荒っぽく鐘を撞いた状態となった。
 人の手により鐘を撞く場合は、バックスウィングさせて、吊り具の長さに応じた穏やかで自然な振れの速さに従って撞くことになるが、この撞木の動きはバックスウィングなしのいきなりの異様に高速な打鐘となっていた。 
   
 あらかじめセットされた回数の打鐘を了すると、直ちにアームが引き上げられた。小さな樹脂製の箱に収められたタイマー機能を内蔵するであろう制御盤が、アームの昇降用モーターと撞木内のモーターの両方をコントロールしていることがわかった。 
   
   3連発の様子は以下のとおりである。 
   
   
   
 全自動撞木の仕組みのはてな 
   
 
@  アームの役割は何か

 アームの役割は、先端部のローラーで撞木を押さえ、鐘を撞いた後の揺れを早めに静止させ、次の打鐘に備える役割を担っていることがわかる。自然の揺れに合わせた打鐘が機械では困難であるために採用された方式であること理解した。 
   
A  撞木はなぜ弾けるように動くのか

 撞木が動く仕組みは一見してわかりにくいが、多分、撞木内に一定の重さを有するおもりが仕組んであって、これがモーター駆動のバネ仕掛けで鐘と反対側に飛ばされ、この反作用で撞木本体が鐘を撞くものと思われる。
 喩えて言えば、小舟を軽く蹴って上陸する場合に船は陸から逃げる方向に力がかかることが感覚的にも知られているところであり、この場合の人がおもりに、船が撞木本体に相当すると思えばわかりやすい。 
   
 改良を要すると思われる点

 勝手ながら、改良を要すると思われる点を以下に提案したい。
   
 
 アームは目立たないように細めでシンプルなものとなっているが、やはり少々目障りであり、基本的にはアームなしの構造を目指すのが望ましい。そのためには揺れのタイミングをセンサーで捉えて、撞木を静止することなく打鐘する仕組みが理想的である。
   
 撞木内でおもりが弾かれる際の金属音がやや大きいのは惜しい点であり、可能な限りの静音化が望まれる。 
   
 全自動撞木の製造元

 調べたところ、この全自動撞木の製造元は以下のとおりである。

 上田技研産業株式会社
 本社:奈良県奈良市帝塚山1丁目1−3

 全自動撞木は他に取り扱う事業者がいないため、この会社のシェアが100%とされる。会社では製品の装置に“ナムシステム NAMsystem ”(南無システム?)の名を付けている。また通常の(手動の)撞木の生産も行っていて、会社のホームページによれば、「ゆく年くる年」でおなじみの京都知恩院の巨大梵鐘を撞く現在の木製撞木も同社製であるとしている。なお、撞木のほかに、花時計を含む大型時計の施工も行ってるとのことである。


 農家のために田植機やコンバインなどの便利なものがあるのであるから、坊さんのための便利なものがあってもいいし、現に喜ばれているようであるが、人っ気のない鐘楼堂の撞木が突然バシッと釣鐘を撞く情景は、事情を知らない人にとってはまさに超常現象であり、不気味な霊力を連想し、時に恐怖感を抱くことになるになるかもしれない。 お年寄りが心臓発作を起こすことがないよう祈るのみである。えっ!その時はお任せをですって!(冗談) 南無南無・・・ 
   
: シュロ材の撞木についてはこちらを参照。