トップページへ  木の雑記帳目次
木の雑記帳
  突然のセイタン!?
   奇妙な翼果の素性は・・・


 知り合いが数人集まった場で、クイズの出題があった。持ち込まれた〝奇妙な翼果〟の樹種当てクイズである。長い果柄をもち、チョウのような翼を持った果実で、個人的には現物でも図鑑でも目にしたことがない。実のところ、出題者自身が小石川植物園の池付近のカツラの樹の近くで見つけたものの、上を見上げてもどの樹から落ちてきたものかもわからなかったということである。小石川植物園であれば、訳のわからない外国産の樹種が、成り行きで植栽されている例が多いから、たぶん外国産の樹種であろうと想像したが、素性の絞り込みもできない。その場にいた全員がギブアップで、各自調べることになった。 【2019.6】  


                 お題となった果実(翼果)
 果柄は長く、非常に細くて弱々しく、先端には2個の柱頭が宿存している。翼を含めた幅は15mmほどである。捜査の結果、あっさりとセイタン(青檀)の翼果と正体が判明した。結実時期より前の5月下旬に落果していたサンプルであるから、怪しいと思いつつ、割って見たところ、案の定シイナであった。 
 
 
 小石川植物園の植栽樹であれば、植物が大好きなお年寄りが多いから、検索にはかかりそうである。そこで、「小石川植物園」、「翼果」の2語で画像検索したところ、あっさりと素性が割れた。
 正体は中国産のニレ科樹種の「セイタン(青檀)」であった。
 この樹は小石川植物園と、これまた奇妙なものの植栽が多い(旧林業試験場跡の)都立林試の森公園にも植栽されているようであるため、念のために現地確認をすることにした。
 
 
 (小石川植物園のセイタンの様子)  
      小石川植物園のセイタンの様子
 樹皮は薄く鱗片状に剥がれている。特に珍しい風景ではないため、たぶん誰も気に留めていないであろう。何よりも、進入禁止ロープがある。未成熟の果実が多数落下していたが、樹上の果実は見上げても確認できなかった。 
    小石川植物園のセイタンの樹名板
 樹名板には、学名が記されているが、和名表記がない。この樹の利用に関する一言があれば、もう少し目を向けられると思われる。 
 
 
 
            セイタンの葉表
 3行脈はエノキ風であるが、エノキより鋸歯が尖る。
            セイタンの葉裏 
 本種にはカミエノキの名もある。 
 
 
 (都立林試の森公園のセイタンの様子)  
      林試の森公園のセイタンの様子
 小石川植物園のセイタンよりはるかに大径木である。
 樹名板はないが、謎の多い公園でおもしろい。
     林試の森公園のセイタンの樹皮
 樹皮はペラペラと剥がれて、まだら模様となっている。 
   
           セイタンの果実 1
 辛うじて、わずかに果実がついていた。目立たないから、見逃しそうである。
           セイタンの果実 2
 同じニレ科のハルニレやアキニレの翼果とは随分様子が違っている。 
 
 
 
            セイタンの果実の着生の様子(左は葉表側、右は葉裏側)
 同じニレ科のハルニレやアキニレでは、果柄の短い翼果をザワザワと着けるのに対して、セイタンの果柄は1.5~2センチほどあって長く、葉腋に1個だけつける。
 
 
   【追記 2020.4 セイタンの芽吹きと雌花の様子】  
     
 
         セイタンの展開途中の新葉
            セイタンの雌花
 雌花は花柱は短く、紫紅色の柱頭を2個もつ。
 
     
   【追記 2020.4 セイタンの芽生えの様子】  
     
 
    セイタンの芽生え 1
 2枚の子葉が個性的で、先端が凹んでいる。このためダイコンの芽生えと間違えそうであるが、エノキでも同様である。
    セイタンの芽生え 2
 本葉が1枚展開すると、ダイコンではないことがわかる。 
    セイタンの芽生え 3
 本葉が2枚となった状態である。 
 
     
 現物は見たが、ややインパクトに欠ける樹種であったため、興味深い特性などの有無についでに知りたいところであるが、国内の図鑑では守備外であるから、中国植物誌で学ぶことにした。その記述の概要は、以下のとおりである。  
 
 セイタン(青檀) Pteroceltis tatarinowii
 ニレ科(アサ科)セイタン属
 中国名は青檀(榆科 Ulmaceae 青檀属 Pteroceltis)  *APGではとりあえずは何と「アサ科」

 青檀は落葉喬木で、高さは20m又は20m以上に達し、胸径は70cm又は1m以上に達する。樹皮は灰色又は暗灰色、不規則な長片状に剥落する。小枝は黄緑色、後に栗褐色となり、まばらな短柔毛に覆われ、その後次第に脱落、皮目は明瞭、楕円形又は円形に近い。冬芽は卵形。
 は互生し、紙質、広卵形から長卵形、長さ3~10cm、幅2~5cm、先端は尾状尖り、基部は不対称で、楔形、広卵形又は切形、辺縁には不整斉の鋸歯があり、基部から3行脈があり、側出の1対は、ほぼまっすぐに葉の上部に達し、側脈は4~6対で、先端は葉縁に達する前に弧状に曲がって鋸歯に届いていない。葉面は緑色、幼時は短硬毛に覆われ、後に脱落して円点が残り、光沢があるか、ややざらつく。葉裏は淡緑色で、脈上にわずかな又は密な短柔毛があり、脈腋には簇毛があり、多の部分は弱い光沢があって無毛。葉柄は長さ5~15mm、短柔毛に覆われる。托葉は早落。
 は単性で同株、雄花は数個が当年枝下部の葉腋に簇生し、花被は5深裂、裂片は瓦状に配列。雄しべは5個、花糸は直立、花葯の頂端には毛があり、退化子房が簇生する。雌花は当年枝の上部の葉腋に単生し、花被は4深裂、裂片は披針形で、側方にひしゃけていて、花柱は短く、柱頭は2個、条形で、胚珠は倒垂。
 翼果状の堅果は円形に近いか四方形に近く、直径10~17mm、黄緑色または黄褐色で、翅は広く、やや木質を帯び、放射線状紋があり、下端は切形又は浅心形で、頂端は凹缺、果実の外面は無毛又は多少曲柔毛が覆い、不規則なしわがあり、時に耳状付属物があり、花柱と花被が宿存し、果梗は非常に細く、長さは1~2cmで、短柔毛に覆われる。
堅果は球状に近く、内果皮は骨質。種子にはわずかな胚乳があり、胚は湾曲し、子葉は広い。
 花期は3~5月、果期は8~10月。
 本属はセイタン1種のみで中国特産(固有種)、東北(遼寧)、河北、西北、中南に産す。
 海抜100~1500mの山谷溪辺の石灰岩山地の疏林中に見られる。
 樹皮の繊維は宣紙注2参照)を作る主要な原料である。木材は堅硬細緻で、農具、車軸を作ることができ、家具や建築用の良質な木材である。種子は油を搾ることができ、樹は観賞用となる。 
 
 
注1   セイタン属の名は学名の属名をそのまま読んで、プテロケルティス属とも。和名「セイタン」は中国名の青檀をそのまま日本読みしたものであるが、その他の和名として、エノキにやや似ること及び中国で特別の紙の原料とされることから、「カミエノキ」の名も目にする。 
注2   宣紙は中国で書道、水墨画に使用される特定の優良な紙を指し、セイタンの樹皮青檀皮)が主要原料であることが要件となっている。日本では敬意を込めて、本画仙(本物の画仙紙の意)とも呼んでいる。書道家なら「セイタン(青檀)」、「青檀皮」に関しては常識になっていると思われる。 
 
なお、宣紙の名は、中国安徽省宣城県で作られてきたことによるとされる。
 
     
 ということで、樹種当てクイズのお陰で、この樹の樹皮が中国の書道、水墨画用の優良な紙である「宣紙」(英語名 Xuan Paper)の主要原料となることを初めて知ることになった。

 そもそも、日本でいう画仙紙(画牋紙、画箋紙、雅仙紙、雅宣紙和画仙とも自体が、中国の宣紙を模倣して国内で調達できる原料で工夫を重ねて製した紙を指しており、この流れで、本家中国の宣紙本画仙とも呼んでいるようである。

 中国で現在でも生産され、引き続き日本にも輸入されている宣紙は、にじみ具合を調整できる稲藁を青壇皮の繊維にさまざまな配合比で混じて製作されているという。著名ブランドの「紅星牌」は特に高価である。

 青壇の英語名は Blue Sandalwood 又は Tara Wing Celtis
 属名Pteroceltis は翼のある意のギリシャ語 pterugion とニレ科樹の Celtis からなる。 種小名のTatarinowii はロシアの植物学者、植物収集家のAlexejevitch Tatarinow(1817-1886)への献名。 【davisla.wordpress.com】