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木の雑記帳
  ドロノキは本当に刃物を傷めるのか


 ドロノキは木材利用としては近年は存在感ゼロで、身近でその利用事例を確認することは困難である。軽軟な材であるから案の定、かつては下駄材としても利用されたというが、仕上げ面が毛羽立ちやすいとして、決して上質なものとは評価されなかったという。歴史的にドロノキの存在が最も認知さられたのはヤマナラシと並んでマッチ軸木として多用された時代のようである。こうした歴史もおもしろいが、それよりもドロノキが刃物を痛めやすいという経験則が伝えられている点は他に例がなく、特に興味を惹かれる。【2013.3】 


 
       ドロノキの外観                ドロノキの葉
   
 
       ヤマナラシの外観              ヤマナラシの葉
   
    ドロノキとヤマナラシの樹皮と葉のアップ写真はこちらを参照 
   
 マッチ軸木から早生樹種への歴史 
   
   ドロノキの本場は北海道とされていて、かつては燐寸(マッチ)軸木用材の供給の多くを担い、河畔には大径木が群生していたいわれる。しかし、開拓・開発の進展に伴い、急速に資源量が失われてきた歴史があるという。大量に利用されたドロノキであるが、実は燐寸軸木用材としてのグレードは、同じヤナギ科ヤマナラシ属のヤマナラシには少々及ばなかったことが知られている。 この理由に関しては以下の古い書籍に記述がある。 
   
  <参考資料> 【木材の工藝的利用】燐寸軸木(マッチ軸木):
 
 ・  燐寸(マッチ)軸木にはドロ、サワグルミ、エゾマツ、トドマツ等を賞用す要するに軟材硬材火附宜し殊にドロは餘燼(よじん:残った燃えさし)の速に消ゆる長所あり 欧州にてはフィヒテ(トウヒ)、キーフェル(マツ)、タンネ(モミ)、アスペ(ヤマナラシ)を用ひ瑞典(スウェーデン)燐寸はアスペのみを用ふ 
 ・  ドロ類中ヤマナラシを最も上等となす材色純白材質稍堅けれども靭く細軸に適す ワタドロ(ドロノキ)は一般に材太くして腐れ易く樹皮粗にして材質最も軽く靭性に乏しく細軸となす能はず材色悪しく最も下等とす 
   
   こうした歴史がある一方で、ドロノキは成長が早いため、早生樹種として注目され、特に製紙会社が有望な製紙用原料として期待し、その研究部門で選抜や交雑による育種に取り組んだ歴史もある。そのため、「カイリョウドロノキ」(改良ドロノキ)の語が、その痕跡として残っている。 
   
   ドロノキの研究成果は、以下に掲げるような登録品種が生まれたことで、その歴史を知ることができる。 
   
      王子製紙のドロノキに係わるかつての登録品種
 
登録年 登録品種の名称 由 来 
1989 北海ポプラ M-1011 北海道内の自然林から成長等の優れた個体を選抜し、これらを交配して育成したもの。 
1989 北海ポプラ M-1012
1989 北海ポプラ M-1017
2001 北海ホープ 32号
2001 北海ホープ 75号
2001 北海ホープ 79号
2001 北海ホープ 19号 北海道内の自然林から選抜した成長等の優れた個体にアメリカクロポプラの混合花粉を交配して育成したもの。 
2001 北海ホープ 20号
     (注)上記のいずれも育成者権は消滅している。個別情報は農林水産省品種登録ホームページで閲覧できる。  
   
   ドロノキの名前の由来

  植物の名の由来、語源に関しては今となってはほとんどのものがわからないといってよいくらいで、図鑑の説明の最後に諸説が紹介されていることが多い。論争があったとしても、自説が真実であると証明する術はないから、誰もが参戦できそうな印象もあるが、真面目に考えれば簡単ではないことがわかる。堂々と自説を開陳するためには、植物学の基礎の上に古今の植物学、民俗学に係る万巻の和漢書物を渉猟し、地域の当該植物に係る伝承や古老の知恵を調べ上げた情報を基本として、長年にわたって身に付けた広い分野にわたる博学的教養を前提にしないと説得力のある論理展開が出来ないであろうことは想像できる。したがって、図鑑を編纂するに際しても、個々の植物の名称の由来に関してはとても深入りはできないことから、通説の紹介に止まっている。

 そこで、ドロノキの呼称に関する収束を見ない諸説等を掲げれば以下のとおりである。

 @ 材木として用いると柔らかくて役に立たないことが泥のようであることから
 A 北海道松前地方の方言名デロに由来する
 B 樹皮が泥を塗ったように見えることから
 C ドロノキは泥を吸い上げているからこの名がある。ドロノキで刃物が痛むのはこのせいである。


 このうち、@Bは全く共感が持てない。Aは北辺の地の局所的な方言が標準和名に至るなど信じられない。Cはドロノキの材の特性を知る伐採作業に従事する者の経験則として知られているものである。根から泥を吸い上げるなえどあり得ないが、体験に基づく実感が込められているようで、興味本位の立場からは、はやりCが一番面白い。

 図鑑類では決して触れられていないが、伐採時のみならず、加工に際しての経験則としても広く知られていたようである。ただし、近年は木材利用上はドロノキの出番はないし、それ以前のものとして、資源的にも激減してしまったことから、体感的にこれを知っている者は多くないと思われ、話題になることもほとんどない。

 こうした状況にあるものの、漢字表記として一般に「泥の木」されているのは、かつての感性的経験が呼称、表記に反映しているように思われ、変に感心してしまう。
   
  <記述の例> 
 
 ・  ドロノキは軽軟な材であるが、昔から経験的に刃物の損耗が著しいといわれ、利用上難点を持つ樹種とされてきた。【北海道大学演習林研究報告第45巻第3号】 
 ・  ドロノキは樹幹が通直であり、比較的成長も速いことから大径材が得られやすいといわれている。しかしこの樹種は多湿心材であり、刃物の摩耗の進行が早いなどの理由から、これまであまり利用されていない。【北海道林産試験場】 
   
   刃物はどの程度減耗するのか

 
これを測定するのは面倒なため、真面目に試験した情報は少ないが、次のような情報がある。

 「自動一面鉋盤で高速度鋼SKH3によりドロノキを総切削材長500mまで削ったときの刃物の摩耗量はミズナラの場合の約4倍に達した。刃物を超硬合金K30にすると、摩耗量はSKH3の約1/5〜1/10となり、欠けの出現も激減した。ドロノキは毛羽立ちの発生頻度が極めて高かった。」(昭和61年度 北海道立林産試験場)
 
   
   刃物の減耗をもたらす原因は何か
 

 さすがに、根から泥を吸い上げるなどということはあり得ないが、材中にある結晶成分が存在することが確認されている。それは主として炭酸カルシウムであるという。 
   
  <記述の例> 
 
 ・  ドロノキの特徴として、心材の道管の一部に炭酸カルシウムの結晶が多数見られます。カルシウムの非常に多い水食いの水から、結晶が析出する機構については、心材形成直後の低温による結晶の生成・成長や、バクテリアによる誘因などが考えられています。【樹体の解剖:深沢和三(1997.12.20)】 
 ・  ドロノキ(Populus maximowiczii) は軽軟な材で生長が早いが、材の切削時に刃物の損耗が著しい。それは主に心材中に高い含有率で存在する無機物に起因している。SEM観察などにより、心材中の結品は接線方向にリング状の配列をとって、道管、繊維状仮道管中に存在し、構造は炭酸カルシウムのカルサイトであることが分かった。ドロノキの心材中にある結晶は注意して見ると肉眼でも白く見えるほど多い。
【李起泳:北海道大学農学部演習林研究報告第45巻第3号717-788(1988)】 
 
   
 
      ドロノキの材の様子(木口)
 36センチほどの部位のまだ水を含んでいる木口面の様子で、心材部の色が濃く見えるが、乾燥すれば
心材と辺材の色の差はこれほど激しくはない。 
          ドロノキの材の様子
 径11センチほどの枝部の材の様子で、辺材は淡黄色で、心材は淡褐色から緑色がかった灰褐色である。 いくら目を凝らしても、肉眼では炭酸カルシウムの結晶は確認できない。
   
 参考メモ  
 
   ドロノキにはしばしば芽吹きや新葉が特有の匂いを持ったベタベタの樹脂様物質にまみれている個体を見る。これを中国や朝鮮半島に分布するニオイドロ(チリメンドロ)と同一種と見る考えがある一方、国内のものはドロノキの品種の範疇と見る考えがある。
   
 
日本の樹木
(山と渓谷社) 
  ニオイドロ(別名 チリメンドロ)Populus koreana 
 ・  葉は小型で細長い。質は薄くて、しわが目立つ。新芽や若葉には香気があり、著しく粘る。北海道、本州(仙丈岳、立山)、朝鮮南部、中国東北部、ウスリーに分布 
日本の野生植物  
(平凡社) 
  チリメンドロ(ニオイドロ)Populus koreana
 ・  ドロノキに形態的に極めて近いが、成葉の表面は葉脈が凹入してしわが特に著しく、また冬芽と若い枝が芳香を放ち、かつ粘質が強いものをチリメンドロ(ニオイドロ)P.koreana Rehder という。朝鮮半島北部の原産本州北部の山岳地帯や北海道、南樺太からも報告があるが、これらがはたして真正のチリメンドロかどうかは疑わしく、むしろドロヤナギの葉のしわの顕著な品種ではないかと思う。
管理者注:中国にも分布する。 
   
 
 写真はニオイドロと思われる自生の個体である。葉は表も裏もベタベタで、特有の匂いをまき散らしていた。樹脂状のベタベタ成分は淡黄色で、白い葉裏ではその存在がよく目立つ。
 中国名はやはり匂いを意識して「香楊」という。
 
  ニオイドロのベタベタの芽吹き(自生)            ニオイドロのベタベタの葉裏(自生)
   
 
      植栽木の看板例 1       植栽木の看板例 2   (参考)テリハドロノキ(中国産)
   
 
 ギンドロであれば、広い公園で植栽されている例はあるが、ドロノキは公園樹として積極的に利用する対象とはなっていない。 このため、一般的にはドロノキの植栽樹を身近で見ることはない。ところが札幌市内の住宅地で、小さな川の両岸にドロノキが列状に植栽されているような風景を見かけた。

 よく見ると、片側は護岸ブロックの隙間を押し広げるように根付いていることから、植栽樹ではなさそうである。

 調べてみると、綿毛を持つヤナギ類やヤマナラシ類の種子は川水に浮かび、例えば融雪時の増水時に川岸に定着する例(二次散布)が多いとの話もあるから、これもその例なのかも知れない。 
  川沿いに植栽されたように見えるドロノキ