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木の雑記帳
  楽器用材としてのトウヒ・カエデの仲間たち


 楽器作りの素材としての木材に関しては、伝説的、職人的、科学的、あるいは怪しげな講釈がいろいろあって、これ自体が実に楽しい世界である。とりわけバイオリンに関しては途方もない金額で取引される古い時代の名器とされるものが存在し、楽器制作者はこれら名器を範として少しでも近いものを目指している。この風景はまるで古刀の再現を目指す刀匠のようでもある。一方、演奏家は更なる高みを目指す過程で、当然のことながらより評価の高いものを求め、手に入れることを夢見ているようである。 【2012.3】


   特に弦を使った楽器は木材が重要な役割を果たしていて、ピアノの響板(sound board)とバイオリンの表板(top plate 表甲、上甲板とも)はともにトウヒ属の樹種が使用されていることが広く知られている。元来はこれら楽器の発祥の地でトウヒ属の最も広く分布するヨーロッパトウヒが適材として選定され、定着した歴史があり、科学的にも本属樹種の材の音響的特性が適合していているとして説明されている。 
   
 
       ピアノ響板の例(ヤマハ)
 ピアノ響板は弦の振動(音)を増幅するため、弦を張った鋳鉄フレームの下に配置された共鳴板。トウヒ属樹種の柾目板を集成(矧ぎ板)加工して使用する。 
             同左部分
 
響板の木目は正面から見て45度程度の角度で構成されている。目はきれいに揃えられている。ピアノは本体、内部構造のほとんどが多様な木材で構成されていて、間違いなく大きな木製品であることを実感できる。 
       バイオリンの表板の例
 表板のF字孔付近の様子である。トウヒ属樹種の柾目板が使用される。これはイタリア産であるから多分ヨーロッパトウヒなのであろう。バイオリンは精緻な木製品であることがよくわかる。   
         同左バイオリンの裏板
 裏板にはシカモアメイプル(セイヨウカジカエデ)の柾目取りで得られるこうした縮み杢の材が好まれていて、2枚の板を中央で合わせるのが一般的な仕様である。
 この杢は Fiddleback figure (バイオリン杢、バイオリン背杢)と呼ばれている。
   
   現在販売されているピアノやバイオリンのメーカーカタログを見ても、やはり響板や表板・裏板の素材としての木材については特に細心の注意を払って選定・吟味していることを謳った記述が多い。そして、これら使用素材に関しては既に伝承的に確立された産地由来のグレードが存在し、それに応じた明確な価格差が存在している。木材の産地など誰が見てもわかるわけがないのは食品と同様であるにも係わらすである。人間界にあっては避けることのできない、誠実さと不誠実さの両方が渦巻いた世界の存在を既に感じてしまう。  
   
   ピアノ響板とバイオリン表板・裏板の素材に関する伝説

 以下は、必ずしも実感を伴ったものではなくても、現在に至るまで伝承され、実質的にこの世を支配している価値体系に基づく記述の例である。
 
   
  (ピアノ響板) 
   
 
 最高級のスプルース(注:ここではヨーロッパトウヒを指す。)は緯度の最も高い地域から産出されるが、同緯度で生長した樹木でも経度が違えば、木質は異なっている。中央及び東ヨーロッパ産のスプルースは抜群の共鳴性を有していることから、ピアノ用の最高級音響板、バイオリン、リュート、ギターなどの表板に使われる。【世界木材図鑑】 
   
・    北イタリアはトレンティノ州、アルプスの自然が育んだフィーメ渓谷産のスプルース(注:ここではヨーロッパトウヒを指す。)はピアノ響板材として高く評価されており、世界最高峰のバイオリンを生んだアントニオ・ストラディバリが、響きの増幅に優れるという理由から選んだことでも知られる品質の高い木材です。白く繊細で美しく、軽くて強いこの木材は、打弦エネルギーを音のエネルギーに変換する音響交換効率に優れており、アルプスを思わせる「透明感のある明るい音色」を予感させるのに充分な美しさと言えるでしょう。【河合楽器】
   
 響板の役割はいかに弦の振動を芸術に昇華させていくかの一語につきます。ヨーロッパルーマニア地方の北の斜面で育った年輪のつまったこの真っ白なトウヒ(注:ヨーロッパトウヒを指す。)はピアニストの心を映し出す鏡といえます。【東洋ピアノ製造株式会社】
   
 日本では主にアカエヅマツ、スプルース(注:ここではシトカスプルースを指していると思われる。)を使うが、高級品にはルーマニアトウヒを用いる。(出典忘却)
   
  (バイオリン表板(表甲、表甲板)) 
   
 
 表板はヨーロッパトウヒ(スプルース)で、ルーマニア産が最高級とされてきた。(スイスや北部イタリアが最良ともいわれる。)裏板と側板はカエデメープル)で、ユーゴスラビア産が最適とされる。ネックにもメープルを使用する。指板は黒檀が普通。駒はメープルのうち目の詰んだ、地の赤い材料が好まれる。魂柱はスプルースで、年輪幅が1ミリ以下のものが良材。糸巻き、テールピース、あご当ては材料を統一するのが一般的で、黒檀、ローズウッド、ボックスウッド(ツゲ)などの硬い木が用いられる。【「ヴァイオリンを読む本」ほか】
   
 ストラディヴァリの時代から表板に関しては北東イタリア・ドロミテ渓谷にあるVal di Fiemme(ヴァル ディ フィエンメ)産のAbete Rosso(アベーテ ロッソ:赤樅)材が最良の素材として使われてきました。【マジコ工房】
(注)バイオリン制作者は、どういうわけかヨーロッパトウヒのことを赤樅(アカモミ)と呼んでいる場合がある。
   
 ストラディヴァリはどこから木材を調達していたのでしょうか。私は、表板のスプルースはクレモナの北にあるパネベッジオの森で、裏板のカエデは旧ユーゴスラビア、現在のクロアチア、ボスニア周辺で調達したのではないかと推察します。【ストラディヴァリウスの真実と嘘:中澤宗幸】(注)特段の根拠は示していない。
   
  (バイオリン裏板(裏甲、裏甲板)) 
   
 
 (バイオリンの裏板用の)カエデバルカン材が最良とされ、高級品用に輸入される。バルカン材とはユーゴスラビアのダルマチア地方やボスニア地方のバルカン山地で産する木材で、質の良さから古くから楽器用だけでなく、多くの高級木製品に使われてきた。【出典忘却】
   
 裏板用楓材ユーゴスラヴィア産のバルカン材を最良とするのにたいして、駒材はチェコスロヴァキアの東、ソ連のコーカサスに近いところで産出するものを最良とするそうです。【ヴァイオリン:無量塔蔵六】
   
 偉大なるクレモナのバイオリン制作者たち(ストラディヴァリウスを含む)はボスニア地域から木材(セイヨウカジカエデ)を手に入れていた。【bosniantonewoods.com】
   
 シカモアカエデセイヨウカジカエデAcer pseudoplatanus)は古くからリュートの指板や肋材として、また、バイオリンの背板(裏板)として用いられきた。【世界木材図鑑】
   
 バルカンメイプルBalkan Maple 、ボスニアンメイプルBosnian Maple の呼称がふつうに使われている。
(注)  上記のバルカンメイプルの名は、当該地方に産するセイヨウカジカエデを指しているものと思われるが、バルカンメイプル Balkan Maple の名は、Acer heldreichii (Heldreich's Maple , Greek Maple)の一般名のひとつでもあるため、混乱する恐れがある。
   
  <参考:科学的コメント> 
   
 
 バイオリンの表板やピアノの響板には、ドイツトウヒ、スプルース、アカエゾマツなどのトウヒ属の木材が使用されている。また、樹種に加えて、密度、年輪幅、材色などについて厳しい選別が行われている。振動的な性質に限ると、これらの樹種の木材は、密度が比較的小さく、繊維方向の音速が大きく、振動の減衰が小さい特性をもち、したがって、振動のエネルギーが音のエネルギーに変換される効率(音響変換効率)が高いという楽器響板にとって有利な性質を備えている。【社団法人 日本木材加工技術協会関西支部】
   
 古木の研究によれば、長い年月の間に穏やかな一種の熱処理による木材の結晶化が進んで弾力性が増加し、伐採後約350年に木材の弾力性がピークを示すことが明らかにされました。これは、ちょうどバイオリンの名器ストラディヴァリウスなどが製作されてから現代までの年月に相当し、木材材質の経年変化と名器の音色に密接な関係があるのではないかと考えています。【木材と科学:日本木材学会編】
   
 古木化効果の仮説はもっともらしい作り話ではないかとの論も出てきた。【楽器の研究よもやま話:静岡学術出版】
   
  <参考:エイジング(慣らし)> 
   
 
 正しい演奏で、ていねいにに弾き込まれた楽器は、それに応じて良い音色をもつようになる。【ヴァイオリンを読む本:(株)トーオン】
   
 日頃から時間をかけて弾き込んでこそストラディヴァリウスらしい音色になるわけで、ちょっと弾いただけではなるはずもないのです。【ストラディヴァリウスの真実と嘘:中澤宗幸】
   
 楽器というものは、一般に使っているうちに音が良くなるものである。特にヴァイオリンは下手なものが弾いた場合は例外として、弾いているうちにエイジングにより音色が良いなってくることは事実である。つまり熟成するのである。
【楽器の事典 ヴァイオリン:(株)ショパン(1995.12.20)】
   
 通説による伝説の素材 
   
   上記の記述から、以下の伝説の素材が見えてくる。 
   
 
@  ピアノ響板、バイオリン表板はルーマニア産のヨーロッパトウヒが最良とされてきた。
 
ルーマニアンスプルース(Rumanian Spruce)の呼称がある。
   
A  バイオリン裏板は旧ユーゴスラビア、ボスニア地方のバルカン山地産のシカモアメイプル(セイヨウカジカエデ)(Sycamore Maple)Acer pseudoplatanus が最良とされてきた。
 バルカン材
バルカンメイプル(Balkan Maple)、ボスニアンメイプル(Bosnian Maple) の呼称がある。
 材面の杢目(縮み杢、波状杢、バイオリン杢)Flame (Figure) の状態でグレード区分されている。杢目の出た材を指して Flamed Maple の呼称がある。
   
   バルカン」、「ルーマニア」の語は映像の影響でそれぞれ反射的に耳の尖ったスポックのバルカン星やドラキュラ伯爵の妖気漂うトランシルヴァニア地方の森の奥にある居城を勝手に連想してしまって、これだけでワクワクしてしまう効果十分である。

 果たして、これら地方から産する木材が、他の地域から産する木材と明らかな違いがあるのか、さらに、楽器とした場合に、明らかな音色等の違いとして認知できるのか、実に興味深いことであるが、ほとんど宗教に近い印象がある。信じるのは本人の自由であるが、特にバイオリンの素材は業者が産地と外観からきめ細かなグレードに仕分けて大きな価格差を設定して、上手に商売をしており、一方、利用者たるバイオリン制作者にとっては、素材の素性等の詳細を知ることは極めて難しいであろうことが想像できる。
  
   
 楽器素材に求められるもの 

 楽器が楽器として機能を発揮する根源は、@ 楽器に適合した素材の適切な選定 A 制作者の手の業により生まれる形態、素材の使いこなし、加工精度、そして B 演奏者の技量 に由来すると思われるが、その奏でられる音色に関する評価は、感性による(時に先入観による思い込みによる)ものであり、究極的には(わかると自認する)人による嗜好の違いで大きく左右されると思われる。

 素材に関しては、ヨーロッパトウヒを念頭に置けば、トウヒ属の他の針葉樹材でも、軽く柔らかめで、年輪がほどよく詰まって均一な材の割柾であれば、求める機能は大方カバーできそうな気がする。計測可能な物理的特性の少々の違いが差別化の決定的な要素になるとも思えない。したがって、国産のトウヒ、アカエゾマツでも全く問題なく遜色のない製品となると思われる。さらに、トウヒ属ではないが、例えば木曽ヒノキなどの良質のヒノキを使っても近いものができそうな気がする。しかし、さすがにヒノキではやや異質のようであり、子供用の小型ヴァイオリンでは一応成功したが、普通型のものでは成功しない(ヴァイオリンの製作:糸川英夫、熊谷千尋)とのことである。伝統的な楽器のための伝統的な素材は、まさに木材の工芸的利用≠フ世界があって不思議はないが、現実は伝説の呪縛からは逃れられないのであろう。

 なお関連して、仕上げのニスに関しても、神秘的なものとして実態以上に高度なものとして演出する傾向がある。「クレモナのニスの秘密」などという表現もあるほどである。もちろん、技術的な切磋琢磨、日々精進は必要なことことであるが、数百年前に現在では失われた塗装の特殊な技術があって、現在ではその醸し出す効果に遠く及ばないなどということは考えられない。要は、上品・上質で耐久性を備えた丁寧な塗装がなされていれば、それ以上求めるものはないであろう。

 それにしても、流通するルーマニア、バルカンものに関しては、時代が変わっても決して変わることのないヒトの行動様式に思いを巡らせば、常にリスクが伴うことは、間違いなさそうである。
   
 実際にどんな材が使用されているのか 
   
  (メーカー別の情報例)

 メーカーは製品のグレードによってその使用素材に差を設けていることを明らかにしているが、その全貌は明らかでない。販売戦略上も、伝説の素材を使用することは本当の効果如何にかかわらず、製品のステータスとなる一方、評価の指標とされてしまう現実があることから、意識せざるを得ないのであろう。以下は会社ホームページでの記述例である。 
   
 
 鈴木バイオリン  自社ホームページで、「ドイツから、十分に乾燥しブロック状に製材された良質で最高な材料を輸入しています。」としているほか、最上位のバイオリンでは、「表板:最高級のスプルース、裏板・側板・ネック: 最高級のメイプル」としている。さらに、「スプルースは日本では一般にベイトウヒ(米唐檜)と言われ、軽軟で、弾力性があります。加工、仕上がりとも良く、乾燥も早く、強度的にも優れています。音響特性にも優れており、楽器用材の中で一番比重が小さく、音響伝播速度が速いのでバイオリンの表板材の他、高級ピアノにも利用されています。」としている。
(注)ここでベイトウヒといっているものは、たぶんシトカスプルースを指しているものと思われる
 ヤマハ   自社ホームページで、「響板の材料にはスプルースやエゾ松を製材して厳選し、天然乾燥と人工乾燥を経て含水率を整えてから使います。」としているほか、最上位のフルコンサートグランドピアノCFXを初めとするCF シリーズでは、「響板の素材には厳選されたヨーロッパスプルースを採用」としている。
 ヤマハのコンサートグランドピアノCF には世界で最高といわれるヨーロッパのルーマニアスプルースが用いられている【楽器の事典 ピアノ:(株)東京音楽社)ほか】とする記述がある。
(注)「エゾ松」は北海道産のアカエゾマツを指しているものと思われる。響板にはアカエゾマツ米国産スプルース(シトカスプルース?)を一般的に使用し、高級品にルーマニアンスプルース(ヨーロッパトウヒ)を使用しているのであろう。
 
 河合楽器   自社ホームページで、「スプルース(マツ科トウヒ属 常緑針葉樹 産地:北米大陸)は、特に音響特性に優れ、音と密接に関係する響板や響棒に用いられています。」としているほか、最上位のフルコンサートグランドピアノSK-EXでは、「響板用のスプルース材・・・」の表現が見られ、米国産のスプルースを使用していることを明らかにしている。
 一方、同社のRX-2NEO/RX-3NEOでは、イタリアのチレーサ社製のヨーロッパトウヒ響板を使用しているという。 
 東洋ピアノ   自社ホームページで、アポロピアノでは、すべてルーマニアンスプルース(Rumanian Spruce)をドイツで加工した響板を採用しているとしている。 
 スタインウェイ
(Steinway & Sons)
 自社ホームページ(日本語)で、コンサートグランドピアノD-274 では「響板には最高級のシトカスプルースが使用され、中心部から端に向い徐々に薄くすることで、比類なき響きを実現しています。」としている。
 自社ピアノ購入ガイド(英語)で、「スタインウェイ響板はアラスカ、ブリティッシュコロンビア産の最高グレードの木目の細かい柾目の( quarter-sawn )シトカスプルースを使用している。」としている。 
   
  (樹種別の情報) 

 ピアノ響板やバイオリン表板等に使用されてきた樹種、現に使用されている樹種の全貌を知ることは困難であるが、新旧の記述情報に頼って以下に抽出してみることとする。ほとんどがマツ科トウヒ属であるが、一部にマツ属とツガ属が登場するのは興味深い。 
   
  ◎ 国産樹種に関する葉の形状の記述は「日本の野生植物」より。
◎ 外国産樹種はUSDAの公開資料より。
印は森林総合研究所北海道育種場植栽樹
 
   
 ヨーロッパトウヒ(ドイツトウヒ、オウシュウトウヒ)  
   
 
     ヨーロッパトウヒの葉(上面)
   葉は裏表なしで、軸方向にやや扁平。
      ヨーロッパトウヒの葉(下面)
   上面と下面ではほとんど印象に違いがない。
   
 
 マツ科トウヒ属 Picea abies ヨーロッパ(ヨーロッパアルプス、バルカン山脈、カルパティア山脈)原産。
 Norway spruce , European spruce

・   種小名 abies はモミ属の Abies に由来。Abies は Abies alba (ヨーロッパモミ Silver fir)の古ラテン名。
 
 樹高は中央ヨーロッパで203フィート(60m)に達するとの報告があり、一般には100〜200フィート(30〜61m)の間である。球果は群を抜いて大きい(4〜7インチ〔10〜18センチ〕)。針葉は長さ2インチ以下(12〜24ミリ)。【USDAほか】
 樹の様子、球果については別項を参照。
 ヨーロッパでは広く分布しているが、生育環境による材質の違いが考えられるほか、トウヒ属は交雑しやすいため、地域により微妙な違いがあることも指摘されている。

 ピアノ響板バイオリン表板の元祖で、これらに最適の素材とされてきた。
 楽器素材としての流通上、産地イメージを意識して、アルパイン・スプルースAlpine Spruce 、ルーマニアン・スプルース Rumanian spruce 、カルパティアン・スプルース Carpathian spruce 等の呼称が見られる。
   
 シトカトウヒ(シトカハリモミ)  
   
 
          シトカトウヒの葉(上面)
 シトカハリモミの和名のとおり、(後出のハリモミには及ばないが)葉先は鋭く尖って痛い
         シトカトウヒの葉(下面)
 下面の気孔帯がよく目立ち、樹冠を下から見上げると青白色に見える。
   
 
 マツ科トウヒ属 Picea sitkensis 北米産
 Sitka Spruce , sitka spur , coast west spruce , coast spruce , tideland spruce , yellow spruce , western spruce , silver spruce , menzies' spruce

・   種小名 sitkensis はアラスカのシトカの意。
 
 日本の輸入材「ベイトウヒ」の代表格である。
 樹高は200フィートに達する。針葉は黄色がかった緑色〜青みがかった緑色で、硬くて非常に鋭く、長さは1〜1 1/2 インチ、白い気孔帯が目立つ。【USDA】
 シトカトウヒは世界で最も大きなトウヒ類である。鋭く尖った葉は邪悪な意図を妨げる力があると信じられてきた。【USDA】
 製材・パルプ用として経済的に重要な木材で、無節材は重量比強度が高くよく響く特性があり、伝統的に高品質のピアノ響板ギター表板等の特別の利用に供されてきた。この材はピアノ響板やギターを製作する上で高く評価されている。【USDA】
   
 エンゲルマンスプルース(エンゲルマントウヒ)  *
   
 
    エンゲルマンスプルースの葉(上面)      エンゲルマンスプルースの葉(下面)
   
 
 マツ科トウヒ属 Picea engelmannii 北米産
 Engelmann Spruce , Silver spruce ,white spruce , muntain spruce , Columbian spruce

・   種小名 engelmannii は植物学者で針葉樹の権威 George Engelmann に因む。
 
 樹高は60メートルに達する。針葉は小枝の全面から出て、長さは1.6〜3(3.5)センチで、4稜があり、硬く先端が尖っていて、青緑色。【USDA】
 製材品には多くの小さな節が出るため、上級選別材の比率は低い。軽くて強度は低い。かつては主として坑木、枕木、杭とされたが、現在では多くの材は高い強度を求められない住宅建築部材やプレハブ木製品に使用されている。最近は合板製造でロータリーベニヤが利用されている。その他に特殊な品目として、バイオリンピアノ、航空機部品に利用される。また、ロッキー山脈北部ではパルプに利用されてきた。なお、クリスマスツリーとして広く利用されている。【USDA】 
 あまり一般的ではないが、バイオリン、ピアノ、ギターの響板にも利用されている。【USDA】
 その音響特性からバイオリンやピアノの製造に利用されてきた【USDA】
 
   
 ホワイトスプルース(シロトウヒ、グラウカトウヒ、カナダトウヒ)  * 
   
 
      ホワイトスプルースの葉(上面)        ホワイトスプルースの葉(下面)
   
 
   マツ科トウヒ属 Picea glauca , Picea alba 北米産
 White spruce , Canada spruce , skunk spruce , cat spruce ,single spruce , western white spruce
 
・   種小名 glauca は glaucus(帯白色の、灰青色の)より。英語名の White spruce の' white' と同趣旨。樹皮が灰褐色を帯びる。

・   25(50)メートルに達する。針葉は小枝の全面から出るが、しばしば上面に多い.長さは(0.8)1.5〜2(2.5)センチで青緑色、4稜あり、しばしば内側に湾曲し、硬く先端が尖る。【USDA】 
 ホワイトスプルースレッドスプルースブラックスプルースの材は識別は困難で、米国ではこれら3種はふつう単にイースタンスプルース(eastern spruce)として取引されている。主たる用途は製材とパルプで、ピアノ響板ギター、マンドリン、オルガンパイプ、バイオリンの表板としても好まれる。【USDA】 
   
 レッドスプルース(アカトウヒ、ルーベンストウヒ)  * 
   
 
       レッドスプルースの葉(上面)
      (アディロンダックスプルース)
       レッドスプルースの葉(下面)
      (アディロンダックスプルース)
   
 
   マツ科トウヒ属 Picea rubens 北米産
 Red spruce , Adirondack spruce 
 
・   種小名 rubens は「赤くなる、赤味の」の意。英語名のRed spruce の ' red ' と同趣旨。樹皮は赤茶色を帯びる。

・   樹高は60〜80フィートに達する。針葉は4面あり、濃く艶のある黄緑色で、長さは約1/2インチ、枝の全面につく。【USDA】 
・   本種はギターの表板のひとつとしても利用されていて、その場合は英語ではAdirondack spruce の呼称が使用されていて、国内でもこれに倣ってか専らアディロンダック・スプルースと呼んでいる。 
   
 ブラックスプルース(クロトウヒ、アメリカクロトウヒ、マリアナトウヒ)  * 
   
 
       ブラックスプルースの葉(上面)       ブラックスプルースの葉(下面)
   
 
   マツ科トウヒ属 Picea mariana 北米産
 Black spruce , Bog spruce , swamp spruce , shortleaf black spruce
 
・   種小名 mariana はメアリー女王に関係した「メリーランド」の意。英語名 Black spruce は樹皮が暗色であることによる。
   
・   樹高は25メートルに達する。針葉は長さ0.6〜1.5(2)センチで4稜あり、硬く鈍頭で、白みがかった青緑。【USDA】 
    
上記の外国産トウヒ属の各樹種は、ヨーロッパトウヒを除いて馴染みがなく、葉を見てもよく似ていて面白くも何ともないが、米国ではそれぞれの樹種ごとにエセンシャルオイル(精油)が販売されていて、そのうちの一部は日本にも輸入・販売されているのは興味深い。 
   
 アカエゾマツ(テシオマツ、天塩松)  *
   
 
   
         アカエゾマツの葉(上面)
 アカエゾマツの葉の横断面は菱形であるのに対して、ヨーロッパトウヒの葉は軸方向にやや扁平であることから、葉一本で両者を識別できる。
        アカエゾマツの葉(下面)
    上面と下面は大きな違いがない。
      
   
 
   マツ科トウヒ属 Picea glehnii  
・   種小名 glehnii は樺太の植物収集家グレーン Glehni より。
 
・   北海道、本州(岩手県)南千島、樺太に産する。北海道雌阿寒岳の純林は有名で、登山道で目にすることができる。 
 葉は針形で長さ6〜12ミリ、幅1.0〜1.5ミリ、暗緑色でやや湾曲し、先端は鈍形〜鋭形、横断面はひし形で4面に白色の気孔帯がある。 【日本の野生植物】 
・   製材・パルプ用に適し、国産ピアノのピアノ響板素材としても利用実績が長い。 
・   ・・・ことに楽器(ピアノやオルガンの響板、ヴァイオリンの上甲板)として定評がある。【原色木材大図鑑】 
・   特にアカエゾマツの良質の糸柾(いとまさ、年輪幅の極めて狭い柾目材)のものは優秀なバイオリン上甲板になるといわれる。【木の大百科】 
・   北海道の旧丸瀬布町(現遠軽町)の北見木材株式会社は昭和25年創業で、国産ピアノ響板、鍵盤板の2/3を製造している(同社HP)という。古くからヤマハ専属工場として国有林から産するアカエゾマツの節のない極上の優良大径材をピアノ響板用素材等として調達し、ヤマハに供給してきた実績があり、近年は響板の加工工程を担う技術も身に付けてきた模様である。自社ホームページで、現在はアカエゾマツのほかに、アラスカ産スプルース(シトカスプルースか?)も使用しているとしている。 
   
 エゾマツ(クロエゾマツ)  * 
   
 
   
      エゾマツの葉(上面)
 エゾマツの葉はモミのように平らに付き、葉も扁平である点で、アカエゾマツとは明らかな違う。 
       エゾマツの葉(下面)
     下面の気孔帯の白さがよく目立つ。 
   
 
   マツ科トウヒ属 Picea jezoensis 
・   種小名 jezoensis は「道(蝦夷)産する」の意。
 
 北海道、南千島、樺太等に産する。
 
・   他県と同様、住民投票で本種が北海道の木として選定された経過がある。多分、旧蝦夷地であるから、特に深く考えることもなく、成り行きで決まったものなのであろう。実質的にはアカエゾマツも含めるとの建前になっている。実は、北海道の樹種別の蓄積ではトドマツが圧倒的に多い。 
・   葉は線形で扁平、長さ10〜20ミリ、幅1.5〜2ミリ、鋭頭又は鈍頭。葉裏に幅広い白色の気孔帯が2条ある。【日本の野生植物】 
・   エゾマツは製材、パルプ用に適し、(国内で)バイオリン、ビオラ、セロ、コントラバスの上甲板材として随一の材料である。【木の大百科】 
・   特定用途としてピアノ響板ヴァイオリンの上甲板に賞用される。【原色木材大図鑑】 
・   用途:ヴァイオリン上甲板洋琴(ピアノ)及風琴(オルガン)の響板【木材の工芸的利用】
 
: エゾマツに関して上記の記述例が見られるが、アカエゾマツに比べると、利用の経過、実態、評価がはっきりせず、存在感が薄い。ひょっとすると、需用者は専らアカエゾマツをエゾマツと呼んで利用してきた可能性もある。 
   
 トウヒ  *  
   
 
          トウヒの葉(上面)
    エゾマツと同様に葉が平らに付く。
           トウヒの葉(下面)
 下面の気孔帯の白さが目立つ点はエゾマツに似る。
   
 
   マツ科トウヒ属 Picea jezoensis var. hondoensis 
・   学名上はエゾマツの変種扱いとなっている。
 
・   本州中部ほかに分布。長野県木曽地方の亜高山帯で、樹高が30m程、直径が1mほどの大径木が点在するのを見たが、ヨーロッパトウヒのように森林を構成する主要樹種とはなっていない。そのため、出材量が限られていて、木材としての存在感は薄い。 
・   葉はやや短く、長さ7〜10ミリ、幅約1.5ミリ、裏面は灰白色。 【日本の野生植物】
 
・   学名上はエゾマツの変種として整理されているが、こちらの方が大木となる。この大径材の端材でサンプルを作成したことがあるが、色が白くて非常にきれいな材であった。かつて木曽福島でもバイオリンを生産していた鈴木バイオリンが当地に疎開・立地した理由が、トウヒを含む素材が現地で入手しやすかったこととされていて(木曽福島町HP)、この国産トウヒを普通に使用したものと思われる。 
   
 ヒメコマツ(ゴヨウマツ) 
   
 
              ヒメコマツの葉
 
    名前のとおり葉は5個ずつ束生する。
         ヒメコマツの盆栽
  庭木のほか、盆栽としてもよく利用される。
   
 
   マツ科マツ属 Pinus parviflora 
・   種小名 parvifloraparviflorus (小型の花の)の意。
 
・   北海道から九州に分布。葉は針形で5本、短枝上に束生し、針形で多少ねじれ、長さ3〜6センチ、3角形で縁にまばらに微鋸歯があり、両表面に白色の気孔帯がある。【日本の野生植物】 
・   盆栽をやる人にはお馴染みで、彫刻用材としても広く知られている。 
・   ・・・楽器(ピアノ・オルガンの鍵盤)ことに木型・ピアノ響板として定評がある。【原色木材大図鑑】 
   
 ツガ(トガ)   
   
 
             ツガの葉(上面)
   葉の先端は少しへこみ、先端は鈍頭。
           ツガの葉(下面)
      葉裏は白い気孔帯がよく目立つ。
   
 
   マツ科ツガ属 Tsuga sieboldii 
・   種小名はシーボルトの名から。
 
・   本州、四国、九州に分布。  
・   葉は線形で長さ10〜20ミリ、幅1.5〜2.5ミリ、表面は濃緑色で光沢があり、裏面に白色の気孔帯が2条ある。【日本の野生植物】 
・   材は土木・建築・家具・器具用などに用いられる。【日本の野生植物】 
・   戦前の鈴木バイオリンでは栂(ツガ)を多く使用しました。【ヴァイオリン:無量塔蔵六】 
   
 ハリモミ(バラモミ)  * 
   
 
          ハリモミの葉(上面)
 葉はその名のとおりで、硬く鋭く尖っていて、手で触ることは困難である。
          ハリモミの葉(下面)
  日本のトウヒ属の中では最も葉が太いとされる。
   
 
   マツ科トウヒ属 Picea polita , Picea torano 

 種小名 polita は politus(磨いた、平滑にした)。葉は光沢があり硬くて鋭く尖っている。

・   本州、四国、九州に分布。山梨県山中湖村のハリモミ純林は国指定の天然記念物となっている。 
・   葉は線形で、長さ15〜20ミリ、幅1.5〜2.5ミリ、やや湾曲し、先は鋭くとがって、触ると痛く、この属の中ではもっとも強剛で、ハリモミの名もこれによる。横断面は四角形で、4面に白色の気孔帯がある。【日本の野生植物】
 
 
(注)  葉に個性があるが、これも国産のトウヒ属の樹木で、しばしば図鑑で用途のひとつに「楽器材」を掲げていて、「材の用途もトウヒと同一としてよい。(木の大百科)」とする記述も見られたが、具体的な楽器名に触れている記述は確認できなかった。 
   
   バイオリンの裏板、側板、ネックの素材用のメイプル(カエデ類)としては、定番のセイヨウカジカエデのほか、ノルウェイカエデ、さらにはシュガーメイプルの名まで目にするが、近年の実態はよくわからない。トウヒ属の各樹種と同様にカエデ属のこれら樹種の物理的な特性はそれぞれ異なるはずであるが、たぶん外観からは誰も識別はできないと思われ、本当のところ、バイオリンの裏板等として使用されている素材は、カエデ属のうちのどれだけの樹種に及んでいるのか、真実を知る人は何処にもいないのではと思えてくる。実際に、一般に素材のメイプルの樹種名を積極的には明示していないケースが多い。実は、関心は樹種名より波状杢の美観的価値の方にあるようである。なお、国産の素材としてはイタヤカエデが使用されてきたとされている。  
   
 セイヨウカジカエデ(シカモアカエデ)
   
 
   カエデ科カエデ属 Acer pseudoplatanus
 Sycamore maple
 
 種小名中  pseudo は「偽の」の意で、葉形がプラタナスに似ることによる。

・   ヨーロッパ、西アジア原産。
  
・   複数の園芸品種が導入されているようであるが、なぜか本種の植栽樹は国内では目にしたことがない。もちろん、日本固有種の別種である「カジカエデ」 Acer diabolicum はしばしば見かける。
・   ・・・ 楽器(バイオリンの裏板、横板、棹など)その他に用いられる。【木の大百科】 
  (注)バイオリンの素材用の “メイプル” としては本種が最も一般的であったと思われる。 
   
 ノルウェーカエデ(ノルウェイカエデ)
   
 
 カエデ科カエデ属 Acer platanoides
 Norway maple


 ヨーロッパ、西アジア原産

 種小名は「プラタナスに似た葉の」の意。
     ノルウェイカエデの葉 (北海道内植栽)
   
 
 葉が紅紫色の園芸品種「クリムゾン・キング」は広く植栽されている。

 実は、ストラディヴァリウスのバイオリンは、ノルウェーカエデで作られたといわれている。【Nebraska Forest Service】

 目の詰んだものは楽器の製造にも利用され、17,18世紀には、ストラディヴァリウスのバイオリンの制作に利用された可能性がある。【ehowcom】
   
 サトウカエデ(シュガーメイプル)
   
 
 カエデ科カエデ属  Acer saccharum
 Hard maple , Rock maple , Sugar maple

 北米東部原産

 種小名は「砂糖の」の意。
       サトウカエデの葉 (北海道内植栽)
   
 
・   広く利用されている材で、バイオリン素材としても利用されている。まれに貴重な鳥眼杢が現れることでも知られる。
   
 イタヤカエデ 
   
 
 カエデ科カエデ属  Acer mono

 
日本固有
 しばしばイタヤカエデ、アカイタヤ、エゾイタヤ等に細分される。

 種小名はもちろん「1つ」の意であるが、何を指しているのかは未確認。
  イタヤカエデ(アカイタヤ)の葉 (北海道内自生)
   
 
・   ・・・楽器材ではピアノのアクションその他、縮れ杢のものはバイオリン・ギターの裏甲板と側板に賞用され・・・【木の大百科】 
 
<参考:我国の明治末期の使用素材> 
 ピアノもヴァイオリンも我が国では実質的には明治以降に製品の輸入によって徐々に一般化し、やがて高度な部品あるいは自給困難な樹種の部品は輸入に頼りつつも明治後期には製品の国産化が図られてきた。
 
 響板は秋材の軟かきを可とす且木理の幅及材質の堅さ一様なるを尚ぶ目の広きものは春材多き為め材の堅軟の差著しくして宜しからず材質軟きに過ぐれば音を吸収し堅きに過ぐれば音を反響すること過度にして不可なり、脂気あるものは可なり但脂気多きに過ぐるものは不可なり、又工作にも悪し脂壺のある又不可なり「あて」材も不可なり而して響板としてヒメコマツテシオマツ(アカエゾマツ)に優るといふ【木材の工芸的利用】
 ヴァイオリン腹甲は欧州にては高山に生ずるフィヒテ(ヨーロッパトウヒ)を用ひ我国にてはヒメコマツテシオマツ(アカエゾマツ)、又はツガを用ふ何れも糸柾の真直なるものを要す鈴木工場に就き調査する所によればヒメコマツは島田ヒメコと称し大井川上流に産するものを可とす樹脂比較的少なきを以てなり併しヒメコマツは材質軟にして樹脂多く今日余り使用せられずツガは木曽産を用ふ此木は樹脂なく堅きに過ぎ品質ヒメコマツに下る然るにテシオマツは堅さも脂量も前二者の中間にあり最も適当せり腹板は響板となるものにして其の繊維は通直に年輪の幅は一斉にして1.5ミリメートル乃至2ミリメートルなるを最も可とす之れより狭きときは音粘り広きときは響かず
 【木材の工芸的利用】

 
背板(裏板)胴(側板)及棹モミジトチを用ひ安物にはヒメコマツを用ふトチは関西にては主に三重県、和歌山県産を用ふトチは斑の美なるを賞用すモミジも亦斑の真食に平行せるものを用ふ之をチヂミといふ皮付の処にチヂミ多しトチは材質軟にして音弱し而も之を厚くすれば音出にくし然るにモミジを用ふれば其工合宜し以前はトチのみを使用せしが今日はモミジを多く用ふ又ブナを用ふることあるも下等品なり【木材の工芸的利用】
 腹板にはマツを用ひ就中木曽山中に産するツガマツ(ツガ)及北海道天塩産のマツ(アカエゾマツ)を以て最良とす【鈴木政吉 明治43年3月】
 明治から大正時代、東京浅草にあった山田ヴァイオリンは裏板桂(カツラ)を用いていました。楓によく似た縞模様をもち、材質もヨーロッパの楓にかなり近いものに、栃(注:トチノキ)があります。価格が楓にくらべ安価であるため、戦前に良く使用され、それらのバイオリンを今でもよく見うけます。【ヴァイオリン:無量塔蔵六】
   
    名器とされるバイオリンがウン億円で取引される風景は、一般人から見れば、ああ、やはり美術品と同じなんだなといった印象で、特に驚くことでもない。要はそれだけ出しても手に入れたい者がいることで活力ある市場が形成されているということである。手に入れたい者にとっては、伝説の評価に依拠したものであろうと、実質の価値が本当にあるのか計りかねようとも、固定的な価値体系が既に形成されている世界に身を委ねることは、間違いなく安心、安らぎ、満足感が得られるし、価格のつり上がりを期待するバイオリンディーラーは市場が活気づくようあの手この手で評価が高まる努力をしているのであろう。

 一般市民としては、これが魑魅魍魎の世界であっても、そこから美しい音色が奏でられるのを期待し、こころを穏やかにしてただ演奏を楽しめばよい立場であるから、全く気にならないし、関心もわかない。しかし、全神経を集中した高度な木材の利用技術が現在に至るも脈々と継承されている風景は、やはり実に興味深い世界である。
  
   
【追記 2012.4】 
  国内にも至高のルーマニアン・スプルース≠ェ育っている!! 
   
  ルーマニア産のヨーロッパトウヒ(ルーマニアン・スプルース)の実生木が北海道内に存在する。  
   
 
 
    ヨーロッパトウヒ(ルーマニア  ン・スプルース)の樹皮  同左樹幹の様子 
   
 
   北海道内の植栽樹で、正真正銘のルーマニア産のヨーロッパトウヒの種子から育った真正のルーマニアン・スプルース である。

 ルーマニアン・スプルースが高い評価を得た理由の詳細はよくわからないが、@ 開発を免れた高齢の天然林を擁していたのか、利用目的に照らして A 遺伝的形質が優れていたのか、B 適合した年輪が形成される環境条件にあったのかのいずれかであろう。

 もちろん、いくら目を凝らしてこの樹を見ても、樹種としてはただのヨーロッパトウヒである。

 (北海道育種場内植栽樹) 
 ルーマニアン・スプルースの葉
 
   江別市に所在するこの北海道育種場には、育種素材、遺伝資源として多様な樹木が植栽・保存されていて、ヨーロッパトウヒについても、ヨーロッパ各国産の種子から育ったものが存在する。国名を挙げると、スイス、フランス、ドイツ、デンマーク、オーストリア、チェコ、ブルガリア、ポーランド、スウェーデン、フィンランド、ロシアの名がある。