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木の雑記帳
  レンタカンバのいかにも日常的な芳香


 「レンタカンバ」の名の樹名板が付された北米産の樹木が植栽されているのを見かけた。カンバ類で緑化木として広く植栽されるのは在来種のシラカンバのみであり、したがってわざわざ外国産の特に樹皮・樹形等が美しいわけでもない樹種を積極的に導入する理由もないから、この樹種名も普段耳にすることはない。しかも一般性のない外国樹種は、呼称が標準的なものに収束していないことが多く、登場するたびに異なった名前となっていることもあってやっかいである。
 さて、この樹の小枝を手元に引き寄せてメモ帳代わりに葉の写真を撮ることにした。葉はカバノキ類ではよく目にする三角状の広卵形のタイプではなく、特に葉の付き方の印象からおやっと思った。何やら見たことがあるような・・・・・ そこで、もしやと思い、その小枝の皮を爪で少し剥がしてクンクンと嗅いでみた。すると、まさに 
「なんということでしょう!」 であった。【2012.12】 


   米国農務省(USDA)の資料では、この樹の筆頭掲載の英語名は Sweet birch スイートバーチである。学名は Betula lenta で、レンタカンバの名は種小名を使った呼称である。
 肝心な樹皮(内皮)の匂いに関してであるが、同じカバノキ属のミズメの樹皮の匂い物質で知られるサリチル酸メチルの芳香そのものであった。そこで、国内の資料で和名を調べてみると、ちゃんと「アメリカミズメ」の名がある。つまり、ミズメの近縁種であることを認知した上での和名であることが理解できる。豊かな教養があれば驚くほどのことではないということになるが、体感するとやはり感動してしまう! (以下アメリカミズメの呼称を使用する。)
   
 1  アメリカミズメのあらまし 
   
   樹皮の割れる様子には以下のように様々な表情が見られた。 
 
 
  アメリカミズメの樹皮 1 
 サクラのような横長の皮目が目立つ。白色の斑紋は地衣類によるものである。
   アメリカミズメの樹皮 2
 樹皮の縦割れの目立ったタイプ。 
  アメリカミズメの樹皮 3 
 樹皮が不規則に厚く浮いて反り返ったタイプで、薄皮状には剥がれない。
   
 
 アメリカミズメの樹皮 4 
小径木の樹皮の様子。
      アメリカミズメの短枝の葉
 短枝には2枚ずつ(ときに3枚)、左右に行儀よく振り分けて葉がついている。
         同左
   
   アメリカミズメ  Betula lenta
 北米東部原産のカバノキ科カバノキ属の落葉高木
 英語名は Sweet birch スイートバーチ,Black birch ブラックバーチ,Cherry birch チェリーバーチ
 和名はアメリカミズメのほか、サクラカンバ、アメリカンブラックバーチレンタカンバの名を見る。 
   
 
@  かつてはウィンターグリーンオイル(後述)の唯一の採取源であった。スイートバーチ(Sweet birch) の名はこの香りによる。材はイエローバーチ Betula alleghaniensis(Yellow birch , キハダカンバとも。→ こちらを参照)とよく似ていて、製材品や単板はしばしば市場では区別されない。この材は家具、キャビネット、木製品、柄、内装、フラッシュドアに利用される。樹皮からはバーチオイル Birch oil が商業的に生産されたが、合成品の登場で利用は減った。【USDA】
(注)ミズメの近縁ということであれば、利用する立場からは良材であることは間違いない。 
   
A  チェリーバーチ(Cherry birch)の名前の由来に関して、朝日百科世界の植物では桜色の材に由来するものとして説明しているが、樹皮の外観に関連した次の説明例が見られた。 
   
 ・  チェリーバーチの名は、その樹皮が桜の木(Cherry tree)のそれを連想させることによる。スイートバーチの名は、樹皮に含まれるその甘いスパイシーな精油に由来する。【Wood and Other Organic Structural Materials by Charles Henry Snow (1917)】
   
 ・  樹皮は若木では艶があって滑らかな暗赤色で、古い木では暗色で、粗く鱗状に外反し、黒い板状となって、ブラックチェリーの樹皮に似る。【northernwoodlands.org】 
  (注)ブラックチェリー(black cherry)は、暗色の樹皮を持つ Prunus serotina を指す模様。 
   
   ウィンターグリーンとは

 英語での Wintergreen の意味には幅があって、日本民族としては理解しにくいため、さらっと調べたところ、概ね以下の@〜Cの場合があることがわかった。
   
 
 @  北米産の特定の低木を指す場合

 北米産のツツジ科シラタマノキ属の常緑のよじのぼり性低木 Gaultheria procumbens を指して呼ぶ場合が多い。
 和名としてヒメコウジ(姫柑子)オオミコウジ(大実柑子)のほか、ウィンターグリーンを直訳した冬緑樹(トウリョクジュ)の名がある。白い釣鐘形の花が咲き、赤実を冬の間もずっとつける。葉からは芳香のある精油が採取できる。果実や植物体の他の部分も同様に使用されるという。 
   
 
 英語名として、wintergreen ウィンターグリーンのほかに、teaberry ティアベリー、boxberry ボックスベリー、checkerberry チェッカーベリー、spice berry スパイスベリー、wax cluster ワックスクラスター、partridgeberry パートリッジベリーといった多数の名前を見る。

 街の花屋さんでも特に赤実を付けて見栄えのする頃にポット苗が販売されていて、その場合は「チェッカーベリー」又は属名から「大実ゴールテリア」の名が使われている。

 葉も実もつぶすと確かにサリチル酸メチルの香り(いわゆるサロンパスの香り、あるいはトクホンの香りである。)がある。実は甘さもなくまずいと感じたが、違った評価も目にする。

(注)ウィンターグリーンの匂いを有する先のアメリカミズメそのものについては Wintergreen とは呼んでいない
   
    鉢植えのウィンターグリーン(チェッカーベリー)   
   
   果実はまったく美味しくないというわけでもなく、Germolene(注:商標)の非常に強いスパイシーな味で、ちょうど病院の待合室のような匂いである。果実はパイに利用されるほか、ジャムなどにもされる。【Plants For A Future】 
   
 A  @の樹種が含まれる属の樹種の総称とする場合

 ツツジ科シラタマノキ属の樹種全体を指す場合がある。
なお、シラタマノキ属の国内種としては、白実をつけるシラタマノキGaultheria miqueliana シロモノとも)及び赤実をつけるアカモノGaultheria adenothrix イワハゼとも)が知られている。前者の偽果の果肉には@と同様の芳香があり、後者の偽果は甘くて食べられる。 
   
 B  Aとは異なる別の科の数種の常緑草の総称とする場合

 イチヤクソウ科のイチヤクソウ属 Pyrola 及びウメガサソウ属 Chimaphila の数種の小さな常緑草の総称とされる場合がある。  
   
 C  @から採った精油を指す場合

 ヒメコウジの葉から精油が採取できて、wintergreen ウィンターグリーン, wintergreen oil ウィンターグリーンオイル, oil of wintergreen オイルオブウィンターグリーンと呼んでいる。和名で冬緑樹の油ということで、冬緑油(とうりょくゆ)の名がある。主成分(約98%)はサリチル酸メチル(methyl salicylate メチルサリシレート(注:サリチル酸メチルに同じ)= oil of wintergreen)とされる。
 輸入販売されているエッセンシャルオイルとしてもこの精油がみられ、小瓶の製品表示は wintergreen (ウィンターグリーン)としていて、来源植物として基本的に Gaultheria procumbens (ヒメコウジ)の名を明示している。 
 ウィンターグリーン(Wintergreen)の語はかつては冬の間も緑色のままで光合成をする植物を意味していたが、この意味の表現はエバーグリーン(evergreen 常緑)の語に置き換わっている。【Wikipedia】 
 英語の Wintergreen の語は、オランダ語又はドイツ語に由来する。【ランダムハウス英和大辞典】  
   
 3  ウィンターグリーンオイルの採取源と用途

(採取源)
 wintergreen oil (oil ob wintergreen)の北米におけるかつての唯一の供給源は、先にも引用したとおり、米国東部に分布するアメリカミズメの樹皮であったとされる。
 現在、エッセンシャルオイルとして販売されている精油 wintergreen はそのほとんどが同じく北米東部に産するチェッカーベリーの葉を湯に浸した後に水蒸気蒸留することで得ている。精油の主成分であるサリチル酸メチルは、湯に漬けられた葉の中で酵素反応によりグルコシドから生成されるもので、それまでの間は植物体内には存在していない(Wikipedia)とされる。まれに Sweet birch (アメリカミズメ)を来源としている製品も見られる。
 これら製品の精油の原産国を見ると、多くが「中国」としていて、カナダ、ロシアの名も見る。この事情の詳細はわからない。
 wintergreen oil の主成分のサリチル酸メチルは合成もされ、oil of wintergreen として販売されている(britannica)という。こうした中で天然の wintergreen oil の生産は減少し、希少となっている中で、これを使用するメーカーもあるが、市場でwintergreen oil として表示したものは、多くが合成品である(American Botanical Council)ともいう。 中国産は果たして・・・
  
 
(注) 別項で紹介した北米産のイエローバーチも winntergreen の芳香のあることが知られていて、念のために確認するとやや弱い印象である。サリチル酸メチルは多くの植物に微量ながら含まれているという。
   
  (用途)
 ウィンターグリーンのオイルには抗炎症作用を持つサリチル酸メチルを含み、この物質はよく知られたアスピリンと密接に関連している。ウィンターグリーンとそのオイルは鎮痛剤、筋肉痛・リューマチ痛の緩和のための温熱感が得られる製品に利用されている。このオイルはまた蜂窩織炎、皮膚の炎症に伴う細菌感染の治療にも利用されてきた。また、かつてはウィンターグリーンが慢性粘液分泌、ホルモン調整、利尿治療に国内で使用されたが、毒性があるため、もはや医療目的では使用されていない。

 ウィンターグリーンは一般的にキャンディー、チューインガム、ハーブティ、洗口液、歯磨き、各種飲料の風味調製のためにごく少量使われている。また防虫剤や殺虫剤での利用も見られる。
 
 北米のインディアンはチェッカベリーの葉に特有の風味があるため、これを噛んで 痛みの処置に利用し、重労働の合間の休息の補助とした。独立戦争の間は中国茶の代用とした。民間療法として体の痛み、風邪、 疝痛、頭痛、炎症、痛み、皮膚病、のどの痛み、リューマチ、虫歯に利用した。【American Botanical Council】  
   
 
(注)  サリチル酸メチルは日本国内ではもっぱら外用消炎剤としての存在である。添加物の使用基準では、香料、着香の目的以外の使用は不可となっている。カナダでも内服用には許可されていない模様である。 
   
   英語の Sweet と日本語の「夜糞」考

 英語の Sweet birch の “sweet” は香りを肯定的に捉えたもので、訳語としては「芳香のある、香りのよい、甘い(香りの)」の語意がある。まあ、素直な感性である。
 一方、同じサリチル酸メチルに由来する匂いをもつ在来種のミズメでは、「ヨグソミネバリ」の別名があるとして、図鑑でも広く認知していて、樹木に関する一般教養と化している。その説明として、牧野日本植物図鑑で、「ヨグソミネバリ(夜糞峰榛)はその皮の臭気に基づきし称なり」としているところである。これに関して詳しい説明を見ないが、英語の“スイート”とこの“夜糞”の落差の激しさにはため息が出るほどである。

 改めてこのことについて考えてみると、単に民族的な性向の違いなどというのは適当ではなく、むしろ“夜糞”とした呼称の支離滅裂さ加減に問題のあることがわかる。
 和名は各地の人の生活と共に歴史的にそれぞれの地方名として形成されたものであり、ヨグソミネバリの呼称もたぶん関東地方のどこかでわずかに使用された地方名なのであろう。そのことは別に構わないが、このわけのわからない呼称をミズメの別名として位置づけてきたことには、大いに不満がある。少なくとも、呼称はできる限りその特徴を的確に捉えて短く表現したものが望ましい。しかし、サリチル酸メチルのにおいと糞のにおいには何の因果関係も感じられない。いくら特徴のある匂いであるといえ、あまりにも投げやりで、センスも極めて悪い。加えて“夜の糞”とは一体何か。朝の糞より臭いとでも言うのか。まあ、こうしてまじめに論じること自体がばかばかしく感じる。願わくば、国民に違和感を抱かせる杜撰な呼称であるヨグソミネバリの語を植物図鑑から抹殺することを望むものである。

 なお、サリチル酸メチルの匂いを的確に表現できる日本語の形容詞が存在しないが、現在、これを表現するには特定のこの成分そのものを使用した商品の呼称を借用するよりほかになく、@トクホンの匂いAサロンパスの匂いBサロメチールの匂い、のいずれかを各人が適宜生活実態により使用しているとおりである。英語でも spicy スパイシーであったり、minty ミンティであったり、ついには“病院の待合室”であったりと、日本のように著名な製品がないのか苦労しているようである。  
   
  <参考:ミズメの様子> 
   
  (概説)Betula grossa
     カバノキ科カバノキ属の落葉高木。岩手県以西の本州、四国、九州に分布。

 ミズメの内皮にはサリチル酸メチルによる芳香のあることが知られているほか、材はミズメザクラとも呼ばれ、ヤマザクラの材と同等の材として評価されている。しかし、量的には決して多くないため、木材としての認知度は決して高くない。
 ミズメが属するカバノキ属では、葉は基本的に長枝に互生し、短枝に2枚ずつつくのが一般的で、特にミズメの短枝の葉については2枚ずつ几帳面に左右に振り分けて付けている印象が強い。先のレンタカンバ(アメリカミズメ)の葉についても同様の印象があるため、冒頭で「もしや」と思った次第である。
 
     
 ミズメの樹皮 1 (大径)
ミズメの樹皮 2 (中径)
ミズメの樹皮 3 (小径)
   
 
 ミズメの若い葉 ミズメの成葉 (葉裏側から見上げた状態)
   
 
 
      ミズメの若い果穂       ミズメの果穂 
 成熟後に崩れてきた果穂。写真ではわかりにくいが、果穂上部の花鱗は3裂している。
      ミズメ材による小物の例 
 ミズメ製の「孫の手」の先端部分。堅さと靭性を備えていて、薄く仕上げることで適度なしなりが生かされている。
   
   
   樹皮を鉈でザックリ削って内皮を露出させれば、その爽やかな香りに疲れも吹き飛ぶが、よそ様の樹にそんなことをしてはならない!! 小枝をカリカリやれば十分である。

 
(木材の利用)
 この材を素材とした製品では、「水目桜」、「ミズメ桜」の呼称を普通に見る。昔からヤマザクラの材は評価が高かったことから、サクラ材に近いものに対して「サクラ」の語を使いたがることによるものである。ただし、時に「ミズメ樺」の呼称まで見かける。
 家具に良し、フローリングに良しで、現在でもそれらの製品がグレードの高いものとして存在する。

 古くは弓の素材ともされ、梓弓(あずさゆみ)の梓はミズメとされる。ミズメ材の利用に関して、歴史を感じさせる用途を列挙した次のような記述が見られる。

 「ミズメの材は器具(ことに木器・盆に賞用),漆器木地・指物・ガラスの木型・柄・三味線の棹・琵琶の胴・算盤・櫛,家具,合板,建築(内部造作)などかなり広く用いられる。」【原色木材大図鑑】