トップページへ  樹の散歩道目次へ   続・樹の散歩道目次へ
続・樹の散歩道
  森のソーセージを食する


 ここで「森のソーセージ」と呼んだものは、見たことのある人ならすぐにピンと来るであろう「ツチアケビ」のことである。この名称はもちろん、つる性のアケビの果実をイメージしたことによるものであるが、その形態や色合いは、むしろタコウィンナーに利用される日本固有の(決して上質ではない)真っ赤なウィンナーソーセージといった風情である。どこにでも生育するものではないようであり、今までに2回だけ見たことがある。森の中で突然このミステリアスな植物体に遭遇すれば、誰もがしばらくの間は目が釘付けとなることは間違いない。「朝日百科 植物の世界」でも見開き2ページにわたる巨大な写真が掲載されていて、編集者も読者と驚きを共有したかったに違いない。
何とも奇妙で興味深いツチアケビであるが、調べてみると面白い性質があることを知った。
【2013.11】 


   ツチアケビの様子   
     
 
      たくさんの果実を付けたツチアケビ        ムッチリ実ったツチアケビの果実
 
     
   ウィンナーソーセージが見事に鈴なりにぶら下がっていた。それほどごつい躯体ではないのに、これだけの重さに耐えていることが不思議なくらいである。
 赤い果実は小ぶりのサツマイモのようでもある。別名のヤマトウガラシの名は、赤いトウガラシに見立てたものである。他にヤマノカミノシャクジョウヤマシャクジョウキツネノシャクジョウの名もあって、これは果実が多数ぶら下がった様子を、修験者の錫杖(しゃくじょう)に例えたものである。 
 
     
   図鑑での説明事例(抄)    
     
   野にある植物とは全く異質で、葉が見られないし、かといってキノコとも全く違っているし、見ただけではこれをどう理解してよいのかさっぱりわからない。図鑑等には次のように説明されている。   
     
 
 ツチアケビGaleola septentrionalis 土通草(ラン科ツチアケビ属):
 深山陰地に生ずる多年生の無葉蘭にして黄褐色を呈し高さ30-50cm、時に1mに達す。根茎は粗大にして鱗片を互生し、長く地中を横走す。茎は硬直にして立ち、上部に分岐し鱗片を散生す。・・・花後肉質赤色果実を結び短柄を有して枝端より懸垂し、長さ10cm内外、径15-26mm許ありて長楕円状円柱形を成し頗る異彩あり、基部は短く狭窄し表面は粗にして平滑ならず。種子は無数碎小、果実の側壁胎座に着き、長楕円形にして平扁、周辺に翼あり。【増補版牧野日本植物図鑑】 
 ツチアケビ(土通草)は、葉緑素をもたない植物で、落葉樹林内のササの間などに菌類のナラタケと共生(一方的に利益を得る「偏利共生」と考えられている。)する腐生植物。果実は多肉質で、完熟しても皮が裂けない熟した果実にはスイカ並みの濃度(15%)の糖分を含む。【植物の世界】  
 
     
   薬用としてのツチアケビ

 やはり、珍奇なものは何か効用がありそうな気持ちにさせるのであろうか。薬学的な知見・講釈は目にしないし、一般性をもった漢方処方としては認知度が低い印象であるが、民間薬としては案外広く知られていた模様で、広辞苑にまで、その〝興味深い薬効〟について記されている。 
 
     
 
 果実を乾したものは生薬の土通草(どつうそう)で、漢方で強壮・強精剤とする。【広辞苑(抄)】 
 薬用には秋、果実を取り、日干しにする。成分は明らかでないが、味は収斂生がある。わが国独特の薬草で、昔から強壮、強精利尿に効果があるといわれ、また、この果実を甘草と煎服すると淋病に効くといわれている。また関東地方では全草を黒焼きにして頭髪油を加えると頭皮のでき物を治すという。強壮、強精、利尿には1日10~15グラムに水300cc を加え、1/3量に煎じて飲む。【新訂原色牧野和漢薬草大図鑑(抄)】 
 
     
   現に乾燥品が非常に高い値段で販売されている例もあり、また効果を信じて焼酎漬けにして楽しんでいる例もあるようである。やはり、「強壮・強精」の語を目にすると、弱い人は強くなりたいと考え、また強い人はさらに強くなりたいとの欲望を抱くのであろう。ただし、残念ながら実際の効果に関する詳細な体験的レポートは目にしない。   
     
   ツチアケビの試食

 この奇妙な果実の最も興味深い点は、もちろん糖度が高いとされること及び強精効果が謳われていることである。強精はともかく、〝スイカ並み〟とされる甘さだけは是非とも体験してみなければならない。  
 
     
 
           ツチアケビの果実
 果実は熟しても裂開しないことから、種子は動物が果実を食べて散布されるものと考えられている。 
    果実の果皮の一部を剥ぎ取った状
 多数の小さな種子が果肉に入り組んでいる。果肉は水分に富んでいる。
 
   
     ツチアケビの果肉の中の種子の様子
 
種子には翼があって、空飛ぶ円盤風の形態である。 
     ツチアケビの種子の拡大写真 
 
     
   試食結果:

 丸かじりする元気はないから、果実の一部の果皮を取り除いて、おそるおそるその様子を見てみた。
 水気が多い内部はスイカのような質感で、さらに小さな暗褐色の翼のある平たく丸い種子がグチャグチャに入り組んでいる。また、困ったことには奇妙な臭いが鼻を突いた。決してどぎついものではないが、やはり不快臭の一種である。この臭いは食欲を減退させるには十分で、多数の種子まで気持ち悪いものに見えてきてしまい、先程までは旺盛であった探求心がやや萎えてしまった。しかしせっかくでもあり、思い切って水気の多い果実の中味を口に含んでみた。

 やや甘く感じるが、まずい!! ついでにウリのような質感の果皮も口にしてみたが、甘さは弱く、人の食べ物とはならない!! 二度と口にすることはないであろう。 
 
     
 
 先のサンプルを自然乾燥したところ、水分の多い果肉は萎縮するとともに果皮は暗褐色となり、結果として概ね薄い果皮と種子だけの貧相なものとなってしまった。(写真)
 生の時の臭いの影響で、もはや乾燥果実を煎じて例の効用を確認する気など、とっくに失せてしまった。

 なお、試しに、オーブンで少し熱してみたところ、意外にも豊かな糖分のせいで、焼き菓子風の甘い香りが漂った。(もちろん食べていない。)
 
    乾燥したツチアケビの果実(切り分けた部位)
 左は果皮側、中央は輪切り、右は果肉側の様子。
 
 
     
   参考: オニクのはなし

  ツチアケビで遊んでいて、「オニク」のことを思い出した。この植物についても名前を聞いてピンと来る人が必ずいるはずである。それもそのはず、この植物もツチアケビと同様に珍奇な存在で、ピンピン効果が知られている。

 かつて知り合いがオニクを漬けた焼酎をもったいぶりながら振る舞ってくれたことがあった。瓶の底には暗色の棒状の奇妙なものが沈んでいて、これが希少なもので、昔から強精効果が知られているとの講釈を聞いた上で飲んでみた。 その場には妻帯者と独身者が数人居合わせていて、自覚できる効果がみられた場合は情報交換する手はずとなっていた。その時は興味と期待で随分盛り上がったものの、残念ながら、翌日以降に効果を物語る興味深いレポートは全く聞くことがなかった。ということで、この手のものはよくわからない。

 実は、オニクは先のツチアケビよりも漢方として認知度が高く、成分についても知見があるから面白そうな存在である。しかし、強精効果を謳うものは、総論的には即効性を期待するのは無理であり、長く服用しなければだめであるとか、元々精力旺盛な人が欲を出しても効果は期待できないとか、真相は闇の中である。ひょっとして、腎虚寸前の患者なら効果がみられるのかも知れないが、遅効性では手遅れになる可能性もある。先入観に満ちた個人的な感覚では、植物系よりもマムシやスッポンのような動物系の方が即効性がありそうな気がしてならない。

 いずれにしても、こうした精力剤毛生え薬と並んで、とりわけ事業者にとっては魅力ある市場として永遠に存在し続けるのであろう。 
 
     
 
<参考資料>

 オニク(キムラタケ) 御肉、金精茸(ハマウツボ科オニク属):
 Boschniakia rossica

 本州中部以北、北海道及び東アジアの寒帯に分布し、高山の低木帯に生える1年草ミヤマハンノキの根に寄生する。草丈15~30センチ。根茎は太い塊となって寄生の根を包む。茎の先は太くなり穂状花序をつくる。
 薬用部位は全草(和肉蓯蓉 ワニクショウヨウ、ワニクジュヨウ)で、7~8月の花期に全草を採集し水あらいして乾燥する。ネコにとられないよう注意を要する。
 成分としては、地上部はボシュニアキン、ボシュニアラクトンなどのモノテルペン化合物やフェニルプロパノイド配糖体、根茎にはマンニトール、アルカロイドを含む。
強壮、強精薬として単体若しくは処方中に配合される。使用法は、中国産肉蓯蓉代用として、1日量6~10グラムに水300ccを加え、1/3量に煎じ、3回に分けて服用する。
 オニクの名前の由来は肉蓯蓉を尊重して御肉(オンニク)と呼び、それがオニクとなったといわれている。別名のキムラタケは金精茸の意味とオニクが強精薬として利用されたことによる。オニクはマタタビと同様にネコの大好物であることは案外知られていない。中国産の肉蓯蓉は中央アジアからモンゴル、中国に産する宿根生寄生草、ホンオニク Cistanche salsa(C. A. Mey)G. Beck の肉質茎を乾燥したものである。また、本科に属する薬用植物としてイネ科植物に寄生するナンバンギセル Aeginetia indica L. などがあり、全草を強壮、強精に用いる。
【新訂原色牧野和漢薬草大図鑑(抄)】