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続・樹の散歩道
  シロエゾマツとは


 北海道の針葉樹の御三家はもちろんトドマツエゾマツアカエゾマツであり、「北海道の木」については「エゾマツ」ということになってる。ただし、ここでいうエゾマツは、和名のエゾマツとアカエゾマツの両方を包含したものとなっている。資源的にはトドマツの蓄積が最も多いものの、やはり「蝦夷(えぞ)」の文字が入っていることから、迷うこともなく成り行きで選定されたものと思われる。
 さて、北海道内ではエゾマツのことをアカエゾマツ(アカエゾ)と仕分けるために「クロエゾマツ(クロエゾ)」と呼ぶのが一般的である。これとは別に、しばしば「シロエゾマツ(シロエゾ)」の存在に関して言及した記述を一部の書籍等で見ることがある。現物を見てみれば、これがちょっと変わり者であることがわかる。【2013.4】 


   シロエゾマツに関する図鑑等での説明例

 シロエゾマツ(白蝦夷松)の呼称自体は、決して広く定着したものとはなっておらず、一般の樹木図鑑はもとより、比較的詳しい「平凡社 日本の野生植物」、「朝日百科 植物の世界」でも掲載されていない。また、本場の北海道においてもその存在は一般にはほとんど認知されていない。そこで、古い書籍を見ると、以下のような記述が見られる。 
 
     
 
【昭和29年増訂 増改 邦産松柏類図説:岩田利治・草下正夫(産業図書株式会社)】
 シロエゾマツ
 館脇博士はエゾマツで樹皮が亀裂せずトドマツの如き感あるものに対し、シロエゾマツ Picea jezoensis Carr. var. Takedai Tatewaki in Res, Bull. Coll. Exp. For. No. 7, p.188(1932) ; Hokkaido-ringyokaiho Vol. 34, p. 140 (1936) なる
変種名を與えている。このものは北海道および樺太にあるという。

【昭和34年発行 樹木大図説:上原敬二(有明書房)】
しろえぞ Picea jezoensis var. Takedai Tatewaki (注:エゾマツの
変種とする学名)
樹皮は裂目がなく一見トドマツの如し、北海道、樺太の産。

【昭和35年発行 日本産針葉樹の分類と分布:林弥栄(農林出版株式会社)】
日本産針葉樹の分類と分布:林弥栄(昭和35年1月20日、農林出版株式会社)
シロエゾマツ 
Picea jezoensis Carr. forma takedai (Tatewaki ) Hayashi stat. nov.
Picea jezoensis Carr. var. takedai Terawaki in Res. Bull. Hokk. Imp. Univ. 7, p. 188 (1932)
 これはエゾマツ(Picea jezoensis)の樹皮が亀裂せずトドマツ(Abies sachalinensis)樹肌を呈するものである。最初の命名者館脇博士はエゾマツの
変種にしたが、私は自生地の実物調査の結果、樹皮のみの相違で他の形態は全く同じであることを知り品種にした。
〔天然分布〕シロエゾマツはエゾマツの一品種で、北海道のエゾマツの森林中に稀に見られる。天然分布の北限地は北緯およそ44°50′にある天塩茂島越、知駒岳である。44°線では北限地のほか知床半島の岩宇別国有林、大雪山系、層雲峡などの諸国有林に分布している。そして天然分布の南限地は十勝三股国有林の北緯およそ43°23′である。また、シロエゾマツの垂直分布の範囲は、海抜およそ400mから1000mの間である。 
 
     
   元々は、「シロエゾマツ」は北海道大学教授の館脇操教授が、北海道大学農学部付属天塩地方演習林で樹皮がトドマツに似たエゾマツ認知し、昭和 7 年(1932年)に北海道大学演習林報告第7 巻、天塩演習林植物目録においてエゾマツの変種として位置付け、シロエゾマツ(シロエゾ)として報告し、学名をPicea jezoensis Carr. var. Takedai Tatewaki, n.v.としたとされる。

 樹木は一般に同一種内でも各部位の外観に関して一定の連続的な変異が認められるのが普通で、もちろん樹皮に関しても同様であり、このことは広く知られているとおりである。このトドマツのような樹皮をもったエゾマツの存在については、伐採を業とする作業者や、原木を扱う業者の間では普通に認知されていたものと思われ、地域によってはその材の特性に関する言い伝えもあるという。
 
 
     
   まずは御三家の樹皮等の様子を確認

  トドマツ、エゾマツ、アカエゾマツについては、その樹皮の外観で概ね識別が可能である。もちろん、葉を手にすることができれば間違えることはない。
 
     
 @  トドマツ (マツ科モミ属)    
     
 
 
    トドマツ樹皮1     トドマツ樹皮2     トドマツ樹皮3 トドマツの葉表(上)と葉裏(下)
 
     
 A  エゾマツ (マツ科トウヒ属)   
     
 
     エゾマツ樹皮1     エゾマツ樹皮2 エゾマツ樹皮3(大径木) エゾマツの葉表(上)と葉裏(下)
 
     
 B  アカエゾマツ (マツ科トウヒ属)   
     
 
   
アカエゾマツ樹皮1     アカエゾマツ樹皮2  アカエゾマツ樹皮3
(大径木) 
アカエゾマツ
葉表(上)と葉裏(下) 
 
   トドマツ、エゾマツ、アカエゾマツの雌花の様子はこちらを参照   
     
   シロエゾマツ(シロエゾ)の樹皮等の様子   
     
   山中でこれに出会ったとしても、トドマツ風にしか見ない。自然観察好きであれば、念のために葉を確認した場合に、葉はエゾマツなのに、樹皮がトドマツ風であるため、少々頭が混乱するかも知れない。しかし、こうしたものが世の中に存在することを知ってさえいれば、「ああ、これがシロエゾマツとか呼ばれているエゾマツなんだな」と得心できる。(写真はいずれも北海道育種場植栽樹)   
     
 
シロエゾマツ樹皮1  シロエゾマツ樹皮2  シロエゾマツ樹皮3  シロエゾマツ
葉表(上)と葉裏(下) 
 
     
 
     シロエゾマツの雌花 1     シロエゾマツの雌花 2       シロエゾマツの雄花
 
     
    一般に、シロエゾマツに関しては、木材生産上は特段の識別、区分がなされているような実態はなく、変種(品種)として取り扱う考え方についても決して広く認知(支持)されているとは言い難い。よくあるように、変種とするか、品種とするか、変異の範囲として扱うかは見解が分かれる場合がある。現状を踏まえれば、「樹皮が亀裂せず、トドマツに近い印象のエゾマツをシロエゾマツ(シロエゾ)として変種又は品種とする考え方(説)もある。」といった表現になろうか。   
     
   シロエゾマツの分布・特性に関する情報と保護・保存

 シロエゾマツの天然分布に関しては、現在までの報告で、@手稲山(国有林)、A天塩地方(北大天塩研究林)、B大雪山系(国有林)、C夕張山地(国有林)、D日高山地(国有林)、E阿寒地方(国有林)、F厚岸地方(道有林)、G知床半島(国有林)等の天然林に分布することが確認されている。樺太にも分布するという。(北海道におけるシロエゾマツの分布:栄花茂(北海道の林木育種 VOL.24,NO.1,1981)ほか)
  
 
     
   シロエゾマツの材質に関しては、「釧路、厚岸方面の造船業者達は、加工しやすく、柔軟性があり、弾力性に富む木材として、“シロシンコ”の名のもとに大変重宝がられていた」(長谷川將八郎 林業指導所月報109(1961))とする記述がある。また、天然林、植栽木のいずれも成長が良好であると評価する見解も見られ、これらのことが注目されて造林樹種としても期待されたが、エゾマツの養苗自体が従前から難しい面があって、尻つぼみとなった感がある。このため、シロエゾマツに関する研究報告は少なく、未だに十分な知見が集積されていない。
:北海道ではカラマツ、トドマツ、一部にアカエゾマツが造林用樹種として一般的であり、結果としてエゾマツ資源が減少の一途をたどっていることから、エゾマツの育苗技術の改善のための取り組みが現在でも進められている。

 一方、シロエゾマツは天然林での特異な存在であって、将来的には資源利用に伴って個体数の減少が見通されたことから、国有林や道有林に保護林や保存林が設定されており、また、育種及び遺伝資源の両面の視点から、森林総合研究所北海道育種場には実生及び接ぎ木由来のシロエゾマツが場内に植栽・保存されている。
 
 
     
                  シロエゾマツの保存林・保護林等   
 
区分 名称又は産地  場所  設定時期
国有林(天然生林)    北海道シロエゾマツ15林木遺伝資源保存林 4.79ha  北海道夕張市  1990.4.1 
旭川シロエゾマツ17林木遺伝資源保存林 1.09ha  北海道上川郡上川町  1989.4.1 
帯広シロエゾマツ11林木遺伝資源保存林 3.31ha  北海道釧路市  1988.4.1 
道有林(天然林) シロエゾマツ保護林 17.60ha  厚岸郡浜中町字火散布(ひちりっぷ)
道有林釧路管理区42林班02小班 
 
昭和31年
(1956) 
北海道育種場
(植栽樹)
 
<接ぎ木>
3産地(大雪、厚岸、阿寒)12クローン72本
<実生> 
2産地(天塩、夕張)68本
 
北海道江別市  − 
 
     
  <参考:接ぎ木増殖されたシロエゾマツの台木の正体は?>   
     
 
 写真は先に紹介した北海道育種場内に接ぎ木・保存されているシロエゾマツの根際部分の様子である。継ぎ目がクッキリとわかり、台木の樹皮が鱗甲状に割れているから、シロエゾマツの台木ではないことは確実である。

 樹皮だけを見れば、アカゾマツのようにも見えるし、エゾマツのように見えるものもある。エゾマツの育苗に際しては色々な障害があって得苗率が低く、従前から一般性がなかったし、アカエゾマツは成長がやや遅いから、台負けする可能性が考えられる。一方で、トウヒ属樹種の台木としてはヨーロッパトウヒ(ドイツトウヒとも)が多用された経過があるとされ、加えてヨーロッパトウヒの樹皮は比較的平滑なものから鱗甲状に割れるものまで色々見られるから、可能性としてはヨーロッパトウヒが有望である。
 接ぎ木増殖された
シロエゾマツ 1
接ぎ木増殖された
シロエゾマツ 2
 
 
 
     
      ヨーロッパトウヒ(ドイツトウヒ)の樹皮の様々な表情  
 
           
 
     
   上の写真はいずれもヨーロッパトウヒの樹皮で、幹径はほぼ同様であるが、樹皮がマツのように割れているものと細かい割れしか見られないものまでその様子は様々で、色にも変化が見られるなど、かなりの個体差が確認できる。