トップページへ   樹の散歩道目次へ 
樹の散歩道
 
  奇妙奇天烈 石化杉                


 植物では、まれに奇妙なものが生まれることがあって、葉や花の形や色の変化などが園芸的に利用できるものは古くから園芸品種として育成・利用されている。
 あるとき、本体から切り離された枝ではあるが、見たこともない何とも奇妙な形態のものを目にした。杉であるにもかかわらず、トサカケイトウの形態そのものである。
【2009.7】
 


 写真は山口県内の個人宅に植栽されていた庭木の枝葉である。都合で移植したところ、残念ながら衰弱して枯死してしまったということである。
 樹種はもちろんスギであるが、明らかに帯化したものである。帯化は特に草本類でしばしば見られる現象で、自然状態の野草類で多くの報告事例がある。具体的には茎が平たく幅広の帯状になる現象で、外的な要因によるケースのほか遺伝性が認められるケースがある。調べてみると、スギの帯化品種が古くから知られていて、まれに庭先に植栽されている模様で、聞いてみると、具体的な所在地の事例も知ることができた。

 帯化の発現形態にも色々あるようであるが、写真のスギは奇妙奇天烈そのもので、既に地球外植物と化した風情である。見方によっては何やら恐ろしい感じがしなくもない。これを初めて見たら、たちの悪い病気に冒されていて、ばい菌をまき散らすのではないかと恐怖を感じる人もいるかも知れない。しかし、その心配は無用で、また、珍しいのは間違いないのであるが、好みは分かれるであろう。庭木用の苗木としては販売例を確認できず、わずかに鉢植えのきれいな斑入り種の商品例を確認しただけであった。
 
 この品種は一般的にセッカスギ石化杉石化スギ)と呼んでいる。そのほか、テッカスギ綴化杉綴化スギ)、ケイカンスギ鶏冠杉鶏冠スギ)の呼称のほか、園芸品種を示す学名由来のクリスタタクリスタータの呼称も見られる。

(注) 石化スギの学名は Cryptomeria japonica 'Cristata' で、同じ帯化が固定したものといわれるケイトウトサカケイトウ)の学名も Celosia cristata である。“Cristata”は鶏冠(とさか)の意とされる。

 「樹木大図説」では次のように説明している。
 「高さ2メートル以下、樹冠不整広円錐形、枝は分岐点で扁平帯化現象を示す。ケイトウの如し。普通枝は除去すると帯化は著しく現はれる。葉は短く密生する。爪白杉のせっか草木奇品家雅見(注:そうもくきひんかがみ:植木屋増田金太(1827))に示されたこの斑入品種である。」

 知名度も低く、庭木、盆栽としてあまり人気がないように思われる石化スギであるが、海外に目を向けると、驚くべきことに事態が一変する。
 学名Cryptomeria japonica 'Cristata' でネット検索すると、海外のHP掲載記事がぞろぞろヒットするのである。もちろん画像検索すれば国内HPではほとんど見られない石化スギの画像がこれでもかとばかりにヒットする。関係国はヨーロッパ各国、米国にわたり、内容も苗木の販売はもとより植物園等での植栽種としての紹介も見られる。特別の存在というほどのものではないと思われるが、珍奇な樹木として商品にもなっているのであろう。

 海外では学名の Cryptomeria japonica 'Cristata' の呼称を使用しているほか、crested Japanese cedar(注:crested は「鶏冠状の」の意)の呼称も見られる。

 スギは日本固有種であり、石化スギも日本から海外に渡ったものとされるが、本家の日本でほとんど存在感のないものが、海外ではしっかり増殖され、商品となっているとは、何とも皮肉なことである。米国の種苗業者(The Maple Farm,Maple Ridge Nursery)のHPには、1900年頃に日本から輸出されたものとして説明している。

 国内では今後もごく一部の愛好家に大切にされ、静かに存在し続けるのであろう。
【2010.12 追記】 石化杉 その2
 高知市内の牧野植物園で、小振りではあるが石化スギを見られる。奇妙奇天烈ぶりは同様である。
 【2011.2 追記】 石化杉 その3
 茨城県十王町の林木育種センターで保存植栽している石化スギである。試験研究の目的に限り穂木が有償で配布される。自然仕立てで、背丈を遙かに超える大きさに育っていて、遠目にはただのスギに見えるが、近寄れば枝先が写真のとおりである。板状になった茎の表面から葉がチョロッと出ているさまは、実に奇妙である。  
 
 
<参考 1: 石化エニシダ>
 写真はセッカエニシダ石化エニシダ)で、白花エニシダCytisus multiflorus)の帯化品種である。シロバナセッカエニシダ白花石化エニシダ)の呼称もあって、花材として一般的なものである。
 ところで葉らしいものが見えないが、帯化に伴って退化してしまったのであろうか。
<参考 2: 石化柳(石化ヤナギ)> 
   
   帯化したエゾノキヌヤナギの茎の様子             湾曲した先端部分 
 
 これはエゾノキヌヤナギの天然分布個体の挿し木で見られたもので、茎が帯化して平たい状態となっていたものである。いわば天然・自生物の「石化柳」である。
 石化柳としては、オノエヤナギで選抜されたとされる帯化品種が「石化柳」の名で普通に花材として流通しているのを見る。ヤナギ類でしばしば見られるものなのかも知れない。 
 
<参考 3: 石化メドハギ> 
 
   
       帯化したメドハギの先端部分
 メドハギ(蓍萩)はマメ科ハギ属の多年草。
       帯化したメドハギの茎の様子
  やはり茎が平たい状態となっている 
 
<参考 4: オオムラサキツツジの帯化雌しべ> 
オオムラサキツツジの通常の柱頭      オオムラサキツツジの
    帯化しためしべの柱頭 1
 
    オオムラサキツツジの
    帯化した雌しべの柱頭 2
  
 たまにこうしたことがあるようである。通常の雌しべの柱頭の模様はツツジ類が5心皮性の複合雌しべ であることが反映したものと思われるが、帯化したものではどういう構造になっているのかは、よくわからない。
 
* 石化檜(ヒノキ)、石化黒松、八房トドマツ等についてはこちらを参照