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樹の散歩道
   お化け松%o場!  マツの花性転換


 奇妙なクロマツのひとつとして石化黒松 (参照) を別項で紹介したところであるが、今度は同じクロマツのお化け≠ノ出会った。サンプルとして採取された枝であるが、こんなものは今までに見たことがない。聞いてみると、注意していれば頻度は低いものの、しばしば見られるもののようである。何が原因でこんな姿になるのか、全く想像もできない不可思議な存在である。【2011.1】


 
    江戸時代には、珍奇な植物を探索・育成し、これを大切に保存・増殖して、愛好する文化のピークがあったといわれるが、今回の事例は常時安定して発現するものではないため、庭先で人に自慢するような対象にはならない。
   
お化け松≠フ部分
   
    これだけを見たら、松ぼっくりを冗談半分に接着剤で多数くっつけた、あまりセンスのよくない工作と見られそうである。しかし、着生部をよく見て、接着剤など一切使用していないことが確認できると、
エエッ!
 ヘーエ!の声を発することになる。

 アカマツでもクロマツでも、普通は雌花はスラッと伸びた若枝の先に1〜3個つけて、これが1年半ほどかけて成熟した球果となる。その一方雄花は若枝の下部に多数着けているのが見慣れた風景である。
クロマツの普通の雄花(先端は雌花)        クロマツの普通の雌花
 ところが、以下に示した先の写真の全体像を見ると、ぐちゃぐちゃと多数の球果が着いている部分は明らかに本来は雄花がつく場所である。そして、上方の少数の球果(ここでは4個)をつけている部分が本来の姿である。写真に即して言えば、前年のマツの球果は輪生する枝とほぼ同じ位置につけているのが普通の風景である。
サンプルの全体像
(雄花の着生部位に多数ついた球果)
サンプルの先端部分
(普通の球果の着生部位)
 上の写真で、

  @Cは枝が輪生状についていた部位である。(枝は切ってある。)
  Aは輪生枝とほぼ同じ位置についた普通の球果である。右の写真はその拡大写真。
  Bは冒頭に紹介した部位である。個々の球果はクロマツの普通の球果よりやや小ぶりである。
 このぐちゃぐちゃと多数の球果がついた状態を指して、雄花が雌花に転換(花性転換)したものと表現している。

 植物や動物では「性転換」の事例が知られていて、このうち植物では @条件が整えば雌個体なって雌花をつける草本類が知らているほか、 A自家受粉を避けるための、雌性先熟や雄性先熟についても、やや違和感があるが性転換の例といて整理している模様である。

 しかし、ここで取り上げたものはこれらとは見事に異なる性転換花性転換)そのものである。植物の生理としてどういうことなのかはわからないが、何とも興味深い現象である。お花の材料として使ってもおもしろそうである。
   
   <参考1:アカマツの花性転換?>
   
 
 左の写真はアカマツの枝部であるが、球果の数が5つと、普通のものより多く、着生部位からも花性転換を思わせる。
<参考2:人為的な花性転換誘導の例>

 松くい虫の被害に対して一定の抵抗性を示すアカマツやクロマツの「抵抗性マツ」の種子を効率的に生産することを目的にして、人為的な処理で雄花を雌花に転換雌性誘導)する取り組みが複数の県の林業試験研究機関で進められている。具体的には、「サイトカイニン系の植物生長調整物質であるベンジルアミノプリン 6-benzylaminopurine (BAP) を花房原基段階にあるマツの頂芽に処理すると、本来は雄性花房となるものが花性転換して雌性花房となり、多量の球果を着生する」というものである。

 園芸分野では広く利用されている各種合成植物ホルモンのひとつの活用事例である。先に登場したものは自然現象によるものであるが、この場合にも冒頭の写真で掲げたものに近い印象の結実が見られるそうである。
   
  【追記 2011.2】
   
   上原啓二の「樹木大図説」に、同様の形態で「センナリアカマツ」(クスダママツ)の名のアカマツが、品種( Pinus densiflora f. aggregata Nakai ) として写真入りで紹介されていた。「球果が多数で小型のもの、枝を囲むように生ずる、雌花序が雄花序に代わって枝の基部についたものである。朝鮮にも産する。」とある。さらに、「モトセンナリアカマツ」Pinus densiflora f. basi-aggregata Uyuki )として、「前種に似るが着生部を異にす、共にこの形態はクロマツの方に多く見られる。」として、変わり者の存在を紹介している。

 これらは、品種として紹介されているから、何かの拍子に部分的に生じるものではなく、すっかり癖になってしまっているものなのであろう。