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続・樹の散歩道
  ヤナギ科の美しい絹毛と綿毛


 ここでいう「美しい絹毛」とは、もちろん種名としてのネコヤナギを含めた広義の慣用的な呼称としての「猫柳」の毛を指す。まだ肌寒い早春に、光を浴びて銀色に輝く花芽の繊細な絹毛は誰の目にも美しく、さらに開花して鮮やかな黄色い花粉を見せる雄花もひときわ美しい。このため、花材としても広く利用されている。
 一方、同じヤナギ科の堂々たる高木であるポプラドロノキの雌株は豊かな綿毛をまとった種子を大量に飛散し、地面を白く覆うだけでなく、マスクが必要なほどに空中を漂い、これは時に傍若無人な振る舞いと見なされていている。しかし、この綿毛もよく見ればそれなりに美しい。
【2014.2】 


 美しいヤナギの花芽 

 ヤナギの花芽を覆う絹毛は、特に逆光で見るとうっとりするほどに美しい。花材としても一般に利用されている。
 
   
 
     ネコヤナギ♂
花穂が大きい雄株が花材に利用されるという。 
    フリソデヤナギ
ネコヤナギとバッコヤナギの雑種とされている。アカメ(ヤナギ)とも。花材とされる。
   エゾノカワヤナギ      イヌコリヤナギ♂ 
 牧野博士は和名犬行李柳はコリヤナギに似て敢えて利用の途無ければ曾て田中芳男氏斯く命名せりとしている。
       
   バッコヤナギ♀ 
果穂が大きく、よく目立つ。黄緑色の柱頭が透けて見える。
    バッコヤナギ♂     エゾノキヌヤナギ       クロヤナギ♂
ネコヤナギの雄株の突然変異と考えられている変わり者。
 
     
 綿を大量生産するポプラ、ハコヤナギ類   
     
@  ふわふわの綿毛のファンタジー
   
 
   綿毛をとりわけ大量に生産するドロノキの果穂を1本採って、果実が裂開する様子を観察してみた。    
     
 
          ドロノキの裂開果実
 果実(刮ハ)は3から4裂して爆発し、たっぷり綿毛をまとった種子をはじき出す。このふわふわの素材感はほとんど高品質のダウンのようである。 
           ドロノキのふわふわの綿毛
 A4サイズのクリップバインダーの上にドロノキの果穂を1本だけ置いて、そっとして様子を見ていたところ、バインダーの全面にこんもりと美しい綿の山が出来上がった。果穂は下に隠れて見えない。ここでクシャミをしたら大変なことになる。 
 
   
A  樹上の綿の様子
 
 
綿を生産する木々の樹上の様子は以下のとおりである。 
 
     
 
          ドロノキ        カイリョウポプラ         ポプラ類
 一般にセイヨウハコヤナギとして誤認されているが、セイヨウハコヤナギには雌株は存在しない。 
 
     
B  綿毛を撒き散らしている現場

 綿毛は空中に放出される一方で、落下した果穂からもたっぷり地上に散らされる。
 例えば札幌市のど真ん中の北海道庁前庭に植栽された巨大なポプラ類は、毎年大量の綿毛を飛ばし、辺り一帯はまるでぼたん雪が漂うような信じ難い風景となる。誰もが口や鼻に入る危険を感じるはずで、暗色のウール系の衣類にはペタペタまとわりつくかもしれない。

 これらの木々は綿毛を飛散する時期には隣接住民にとっては全くの嫌われ者となっていて、地面まで真っ白に埋め尽くす。さらに、縁石部分では大量に吹き溜まっている状態となる。気楽な立場で通りがかった場合にこれを目にしたら、この綿を何かに利用できないものかと、真面目に考える人も少なくないはずである。
 しかし、ほうきで掃き集めて枕、クッション、ふとんを試作したという話は聞かない。実際問題として、性能的にどうなのかについては是非とも知りたいところである。    
 
     
 
         カイリョウポプラの綿毛のマット
 樹下に草があれば、綿が一定量止まるために、綿のマットが出来上がる。 
       舗装道路の道端に吹き溜まった綿毛
 歩道の境部分に貯まったカイリョウポプラの綿毛で、これを集めれば簡単に布団ができそうである。           
 
     
 C  綿毛の繊維の様子

 
綿毛の質感を実感するため,手のひら大に綿毛を集めて、ついでに顕微鏡で様子を確認してみた。 
 
   
 
   
                ドロノキの綿毛       ドロノキ綿毛の顕微鏡写真
   
   
              カイリョウポプラの綿毛    カイリョウポプラ綿毛の顕微鏡写真
   
   
              バッコヤナギの綿毛      バッコヤナギ綿毛の顕微鏡写真
   
   
          〔比較用〕ガガイモの綿毛(種髪)        ガガイモ綿毛の顕微鏡写真 
 
     
   ドロノキカイリョウポプラバッコヤナギの綿毛は似たような印象で、手にすると、いかにも布団の中綿になりそうな質感で、打ち捨てられているのがもったいないように思えてくる。残念ながら、国内での綿毛(種子繊維、種子毛繊維)の利用に関する具体的な情報は全く 得られない。これらはいずれも綿と同様に中空繊維とされる。

 参考比較用としたガガイモ(ガガイモ科ガガイモ属のつる性多年草)の綿毛(種髪、絹毛、白毛)は、ヤナギ科の綿毛の繊維よりやや太くて(と言っても非常に細い。)長い直毛で、肉眼で見ると美しい絹様の光沢があって、高級感がある。この毛は、草綿の名もあり、綿の代用として針刺し朱肉に使われたとされ、さらにこの毛で傷口を押さえると、止血の効果があると言われている。たぶんこれも中空繊維なのであろう。同科で花材とされるフウセントウワタも同様に種子に毛をもっている。
 
     
 D  ポプラ等の綿毛による紙漉きは可能か

 さすがに自分で布団を試作する根性はないが、繊維質であるから、紙漉きの素材としては全く問題がないと思われる。
 早速、素材として、@ドロノキAカイリョウポプラBバッコヤナギ について特に事前処理をすることなく試してみたが、やはり繊維表面の油脂分が邪魔をするのか、平滑すぎるのか、一旦はシート状になるものの、“分子間力(水素結合)” が有効に発揮されず、すぐにほぐれてしまって全く紙の体をなさないことが判明した。

 ところで、同じ種子繊維(種子毛繊維)としては王者的な存在となっているのは綿花(ワタ)であるが、かつては「木綿紙(もめんがみ)」の名で、木綿のたちくずで作った紙が存在したとされ、現在でも綿(コットン)の紙(コットンペーパー)やエコを演出した「再生木綿紙」の生産が見られ、さらにワタの短繊維(リンター)が広く製紙原料になっているというから、
正しい処理をすれば紙漉きができるはずで、そもそもセルロース系の植物繊維であれば紙にならないものはないはずである。 
 
     
 
 そこで、少々横道にそれて、参考として脱脂綿を利用して紙漉きを試みることとした。先の経験から、製紙の手順としての叩解(こうかい)すなわちビーティング(beating)のプロセスを意識して、繊維表面を少々荒らすため、綿を濡らして金鎚でポカポカ叩いて繊維をしごくこととした。(体験的な紙漉きでは、取り扱いを簡便とするためにミキサーがよく利用されている。)

 これにより、出来はいまいちであるが綿(ワタ)の紙が出来上がった(右写真)。しかし、表面はややソフトな手触りで、ツルッとした仕上がりとするには、相当丁寧に叩解処理が必要であることを実感する。

→ 後出<追記>で補足。  
             綿(ワタ)100%の紙(木綿紙) 
 
     
   これで見通しが立ったことから、今度はドロノキの綿毛について改めて試験することとし、まずはタンサン(重曹、炭酸水素ナトリウム)で処理した上で、木槌でポカポカと叩いた後に紙漉きをしてみた。   
     
 
           ドロノキの綿毛で漉いた紙           同左拡大写真
 
     
   結果は写真のとおりで、紙になることを確認した。暗色の点状のものは、種子の残骸で、木槌で叩いているため種子の原状ををとどめていない。種子を繊維を事前に手作業で分離するのは至難の業である。また、合成糊等でとろみをつければ、繊維がもう少しきれいに分散した上に絡みも増してきれいな仕上がりとなると思われる。   
     
3   ポプラ等の綿毛が果たして布団の中綿となるのか

 
国内での情報が存在しないことは先に確認していたことから、改めて英語サイトを検索すると、何と、誰もが夢想する用途である「ふとんの中綿」としての利用が既に海外に存在することを確認した。 
 
     
 
Oregon State Conducts Rsearch on Poplar Fibers 【oregonstate.edu】
オレゴン州がポプラ繊維の研究を実施 (抄訳)
オレゴン州の研究者たちは、ポプラ繊維(poplar fibers)の性能特性が合成繊維の断熱素材に対して持続可能で環境に優しい代替材となりうるとして楽観視している。ポプラ種子毛繊維(poplar seed hair fibers)はウールや中空ポリエステルよりも優れた断熱材を提供することがわかっている。オレゴン州立大学のHsiou-Lein Chen准教授は2003年に研究を始めている。その契機は、オレゴン州で育ったポプラの種子毛繊維の特性試験の実施について、ドイツの仲間からの接触があったことによる。
試験の結果、ポプラ種子毛繊維は非常に細く(径は8−12ミクロン)、径の割に中心部は大きな中空となっていた。繊維の品質は柔らかく、かさを維持し、耐湿性があり、洗濯機が使用でき、持続可能性があることが明らかとなった。ポプラ繊維の最大の欠点は繊維長が短い(3/8″−5/8″)ことで、したがって紡績糸や織物には不適である。
2006年に、ドイツではポプラ種子毛繊維が「ファイバーオブザイヤー」に選定されていて、今やドイツ国内の企業は100%ポプラ繊維あるいはウールやキャメルなどの天然充填繊維とのブレンドの掛け布団を販売している。
注:既にドイツ、オーストリア、スイスの7つの事業者がポプラ綿毛の掛け布団を生産しているとする情報もある。(ドイツ連邦食料・農業・消費者保護省プレス公告)

他の繊維との機能性の比較に関して、次のような記述がある。

Assessment of Poplar Seed Hair Fibers as a Potential Bulk Textile Thermal Insulation Material【ctr.sagepub.com】
潜在的なバルク繊維保温素材としてのポプラ種子毛繊維の評価(要約)
ポプラ種子毛繊維は、米国内で生育している最も一般的な樹木の刮ハから得られ、保温材としての理想的な繊維の特性を有している。予備的な調査によれば、ウールやダウンに比較するとポプラ繊維の直径はより細くて軽く、最も高いフィルパワー(繊維のバルク復元力)を示している。保温テストでは、ダウンよりわずかに劣るが、ウールや中空ポリエステルと同等の熱抵抗値を示した。加えて、ポプラ繊維のきわめて大きな空洞及び溶剤・洗浄処理後の濡れに対する抵抗力は、ポプラ繊維が環境に優しく、実用性のある軽量繊維バルク保温材としての優れた能力を強く示唆している。

さらに、次のとおり「油吸着材」としての有望な可能性についても注目されている。

Populus seed fibers as a natural source for production of oil super absorbents【www.ncbi.nlm.nih.gov】
高性能油吸着材生産のための天然源としてのポプラ種子毛繊維 (抄訳)
ヤマナラシ属(ハコヤナギ属 genus Populus)にはポプラ、コットンウッド、アスペンが含まれ、特異な物理的特性を有する膨大な天然繊維を代表している。
セイヨウハコヤナギ(Populus nigra italica)の種子毛繊維(poplar seed hair fibers)では、外径は3から12ミクロンメーターの間で、平均繊維長は4±1ミリ、平均中空膜厚は400±100ミクロンメーターである。ポプラ種子毛繊維は、その特異な化学的、物理的、微細構造上の特性により、重質エンジンオイルやディーゼル燃料に対して高い吸収能力を持ち、優れた吸収作用を発揮し、油吸着材生産のためのきわめて有望な天然源である。
注:こうした用途としてはカポック(パンヤ)繊維(パンヤ科セイバ属の落葉高木の実から採れる繊維)の利用が先行して実用に供されている。 
 
     
   ということで、ポプラの綿毛はその感触から想像されるとおり、保温材としても高い評価を得ていることがわかった。しかし、やはりハードルはこれを効率的に低コストで収集できるのかということである。集めた果序から機械的に綿毛を分別することができるというが、だれがどうやって果穂を集めるのかが問題である。まさか地面に降り積もった綿毛をほうきで集めるわけにはいかない。事業的に実施している例では、綿毛が自然に飛び散る前に果穂を枝ごと採取しているようであるが、高所作業車を使用するとしても、大変なコストになりそうであり、市販のポプラ綿毛布団は決して安い製品にはならないと思われる。   
     
4   国内では野の植物の綿毛や繊維を布団充填物とした歴史はないのか

 ふつう感覚で思い浮かべてみると、例えばガガイモの種子は絹様光沢のある美しい毛を提供するが、せいぜい針刺し朱肉に使われたといわれる程度で、大量に得られるものではないことが制約になっていたことは明らかである。また、ハコヤナギ属樹種に関してであるが、果序の果実が裂開すれば直ちに空中に舞い散るし、地上に落ちた果序では多くの種子が飛散した後の状態にあって、綿毛を集めるのは簡単ではない。裂開前の果実を大量に採取し、これを効率的に処理する手段が無ければ生活用具の素材にはなり得ない。そのためか、これら綿毛を布団の充填物としたなどと言う情報は一切目にすることができない。樹木大図説には、ドロノキの項で「熟果に白毛あり、取って綿の代用とする。」とだけあり、詳細は不明であるが、普遍性のある利用があったとは思えない。

 結局のところ、かつて木綿綿(もめんわた)の代替として布団の充填物としての利用が確認できたものは、農村部における「わら布団」(稲わらのはかま(下葉)を詰めた布団)のみであった。その他に身近で手に入りやすいイネ科の穂綿等を活用した可能性も想像されるが、歴史の闇に消え去ってしまったのであろうか。 

 我々日本人のご先祖様達は、ごく一部の支配階級を別にすれば、みんな貧乏が当たり前であったわけで、そもそも寝具としての布団の形態が一般化した歴史も短く、中綿として何を詰めるか苦心したり、工夫して地域における一般性のある生活用品として定着したような例はほとんどなかったのかも知れない。なお、粗末な麻の袷(あわせ)に苧屑おくそ。苧麻の繊維屑)やガマ(蒲)の穂を入れて保温性を高めた例はあったという。
 
     
  <参考メモ 1:布団充填物の素材>   
 
 充填物  呼称   概 要
綿(木綿綿) 綿布団  布団が現在のような木綿綿の入った形式となったのは江戸時代の中期になってからのこととされる。
真綿(絹)  真綿布団
(掛け布団)
元は高貴なお方のためのもので、庶民には無縁な存在であったが、現在でも高価な製品として存在する。最高級品は純国産の繭を使用しているという 
麻(麻綿)  麻布団(夏用掛け布団)  中綿が百パーセント苧麻又は亜麻の布団が製品として存在する。 
羽毛  羽毛布団
(掛け布団)
かつては高級品のみであったが、安価な中国産羽毛のお陰で近年普及した。 
羊毛  羊毛布団 
(敷き布団)
羊毛を中綿としたものと毛皮を敷布団に仕立てたものが見られる。 
化繊  化繊布団  主としてポリエステル綿で、吸湿性は劣るが、軽さと安価であることで普及している。
わら(稲藁のはかま)  わら布団 少し前まで国内の農村部では健在であったという。なお、藁を詰めたマットレスは普通に存在していた。 
 
     
  <参考メモ 2:「蒲団」の語のかつての意味>   
   「蒲団」の語はかつて使用された蒲(ガマ)の葉を編んだ円座で、座禅の時に禅僧がお尻の下にあてがうための小型の座蒲団(中にパンヤなどを詰めたと考えられている。)を意味していたとされる。したがって、ガマの穂綿を中綿にしたことから蒲団の名があるとする説明は誤りとされている。   
 
                ヒメガマの花穂     綿を出したヒメガマの果穂
 
     
  <追記 2014.8>   
   脱脂綿を使用した紙漉きの出来が今ひとつであったことから、製紙技術の観点で何が問題なのかを知りたいと思っていたところ、機会があって、都内北区王子の「紙の博物館」の製紙技術に関して詳しい館員の方に話を聴くことができた。

 ワタを使って紙漉きを行うのであれば、通常のワタの繊維は製紙用としては長すぎるため、例えばワタの繊維を5ミリ程度に刻めば事態を改善することができるのではないかとのことであった。個人的にはビーティングの不足を予想していたのであるが、これは意外であった。また、一般的な製紙では、木材の繊維が比較的短くて絡む力が弱いため、(低コストである)でん粉を使用して強度を高めていることから、同様の扱いによる効果についても示唆があった。

 再試験はしていないが、脱脂綿の繊維を刻んで、洗濯のりを薄めて漉いてみる必要がありそうである。