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続・樹の散歩道 ビルの谷間の謎の樹木
近年、都内の新しいビルの公開緑地のおしゃれ度が高まってきていて、従来のワンパターンの緑化木だけでなく、しばしば意外なものが植栽されていて、〝植生調査〟も楽しむことができる。先般、ある公開緑地を散歩していたところ、見慣れない高木を目にした。グランドカバー的に植栽される低木や草本類はふつうに外来の品種が多用されているのを見かけるが、高木となると植物園でもない限りは全く心当たりのない樹種に遭遇することはほとんどないはずである。仮に奇妙な外来種が植栽されていたら同定が容易ではないが、これもまた楽しみである。 【2018.7】 |
1 | 謎の植栽木の各部の特徴とその素性 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
花の時期ではなかったが、その特徴等は以下のとおりであった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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細部はともかくとして、樹木で3小葉となればかなり絞り込まれる。そこで検索の結果、アメリカデイゴの細葉タイプであることが判明した。実は今まで目にしたアメリカデイゴは小葉が丸葉(広卵形)のものばかりであったことから、直感的にはさっぱりわからなかった次第である。少々悩んだお陰で、アメリカデイゴの葉柄に1~2個の刺があることが多いことや新枝が極めて軟弱であることを初めて認識した。未知の樹木との遭遇ではなかったことから、やや拍子抜けではあったが、この機会に細い葉と丸い葉のアメリカデイゴの情報を探索するとともに、従前から少々気になっていた本種の名前の由来を念のために確認してみることにした。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
<遭遇した細葉のアメリカデイゴの様子> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
南アメリカ原産のマメ科デイゴ属の落葉低木 アメリカデイゴはアルゼンチン、ウルグアイの国の花とされている。 目にする丸葉のアメリカデイゴは樹が縦に深く割れてゴツゴツして、樹形がずんぐりしているのに対して、目にした細葉のアメリカデイゴでは樹皮の割れが浅い印象で、樹形もすらりと高く伸びていた。これが細葉の場合の通性なのかについては確認できていない。 |
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2 | 一般に見かける丸葉タイプのアメリカデイゴの様子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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3 | アメリカデイゴに関して確認したい点 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アメリカデイゴに関して確認したい点は以下のとおりである。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(1) | アメリカデイゴの小葉の違いについて | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
そもそも、一般に植栽されているアメリカデイゴは、目にした範囲ではほとんどが小葉が卵形のものばかりである。果たして、原産国ではどうなのかという疑問も生じるが、とりあえずは国内の複数の図鑑をみてみると、概略次のとおりであった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
図鑑におけるアメリカデイゴの和名及び葉形に関する記述例 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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上表で整理したとおり、アメリカデイゴの小葉の形状に関して、各図鑑で必ずしも変異の幅があるとはしていないが、複数の図鑑で幅があることを明示しており、特に園芸植物大事典では「個体変異がかなり著しい。」と具体的に記述している。 要は、アメリカデイゴでは小葉が丸いものから細いものまで、連続的な変異がふつうに存在するということであろう。 そこで気になるのが、「マルバデイゴ」の名の栽培品種(園芸品種)が存在するとされていることである。学名としては、Erythrina crysta-galli L. cv. Maruba Deiko H. Murata 又は Erythrina crista-galli‘Maruba-Deiko’の名を目にする。命名の経緯はわからないが、明らかに日本人が命名したようである。しかし、国際的には全く認知されていないようである。そもそも、自生種で葉の形状に大きな変異が存在するのであれば、変異に連続性があったとしても葉の丸いタイプを勝手に変種として位置付ける立場の者がいるかも知れないが、わざわざ栽培品種として命名することなど考えられないし、仮の話が品種登録にも全く耐えないと思われる。 ということで、マルバデイゴの名の個体は、仮に無性繁殖したものがあったとしても差別化が可能な特性は有していないと思われ、単一の系統のものとは考えられない。 一方、アメリカデイゴの別名として「ホソバデイゴ」の名があるとしている例(植物の世界、園芸植物大事典)がみられる。これはデイゴの葉が(菱状)卵円形であるのに対して、たぶん細葉のアメリカデイゴを念頭においた、あまり適正でない呼称の例と思われる。この呼称は混乱を招くだけであるから、使用すべきではないと思われる。 ところで、アメリカデイゴでは細葉タイプと丸葉タイプのどちらが原種なのか、あるいはどちらの自然分布が多いのであろうか。残念ながら有用な情報は得られない。先のマルバデイゴを栽培種ととらえる一部の見解は、細葉タイプを基本種と信じた立場であるが、真実はわからない。アメリカデイゴの学名で世界の画像を検索すると、やはり葉のかたちは細葉タイプと丸葉タイプがふつうに存在することだけは認識できる。 なお、流通の世界でどうしても小葉のかたちによって区別して呼ぶ必要があるのなら、便宜上の流通名として「マルバアメリカデイゴ」、「ホソバアメリカデイゴ」と勝手に呼ぶのは特に害はないと思われる。 |
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(2) | デイゴ(梯悟、梯姑、梯沽)の名前の由来 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アメリカデイゴ Erythrina crista-galli の和名はその名のとおり南アメリカ原産で、アメリカのデイゴの意味である。一方、デイゴ Erythrina variegata は東アフリカから印度、東南アジア、太平洋諸島、ニューギニア島原産とされ、日本では移入されている沖縄等へ行かなければ見られない。デイゴは沖縄の県花に選定されている。 和名デイゴ(デイコ)は漢字表記で梯悟、梯姑などを目にするが、音も漢字もさっぱり具体的なイメージがわかないのは理由がある。音は琉球の方言に由来し、追ってテキトーな漢字が充てられたことによる。 この経緯については樹木大図説が、呉 継志の「質問本草附録」の該当分を訓読文で引用している。 |
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本書の訳注書が存在し、該当箇所の訳注は以下のとおりである。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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要は、漢字表記のひとつ「梯沽」は沖縄での方言に清国の冊封副使が漢字を充てたというストーリーである。 デイゴ(デイコ)については、梯悟、梯姑、梯沽、梯枯と漢字表記が多数あって、個々の漢字表記はいずれもだれかの仕業であろうが、すべて音に基づく所詮当て字であるから、意味などないし、こだわることは何もない(注:沖縄方言のデイゴの音が何に由来するのかはほとんど論じられていない。)。ちなみに、中国ではデイゴは「刺桐」で、アメリカデイゴは「鸡(鷄)冠刺桐」で、前者は材が桐に似て刺があることによるものと思われ、後者は花の印象が鶏の鶏冠に似ることによるものであろう。漢字本家の呼称には属性が反映した意味がある。 なお、まだ触れていなかったが、属名と種名にいて濁音版と清音版の2種が併存しているのは困ったことである。沖縄県人であれば、デイゴであろうとデイコ、ディーグであろうと、昔からの呼称を使えばよいが、図鑑の植物名として、デイゴ属、デイコ属、デイゴ、デイコ、アメリカデイゴ、アメリカデイコが混在しているのは迷惑なことである。 次に、沖縄の方言とされる例えばデイゴ(デイコ)の音は何に由来しているのであろうか。何らかの意味があるのか。 これは想像してもさっぱりわからないが、坂﨑・邑田は中国でのデイゴの名称「刺胴」の中国音〔Cì tóng〕が沖縄で訛ったのではないかとしている(日本植物園協会誌2014:デイゴの名称と伝来について)が、説得力に欠ける。もしそうであれば、最初から「刺胴」の漢字表記もセットで導入されていたはずであり、真実はなお謎である。 |
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(3) | カイコウズ(海紅豆)の名前の由来 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
一般にアメリカデイゴの別名とされているこの名称に関しては明らかになっていて、中国の雲南、貴州、広西、広東、福建、台湾、ミャンマー、カンボジア、ラオス、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどに産するマメ科のナンバンアカアズキ属のナンバンアカアズキAdenanthera pavonina L. var. microsperma の中国名「海紅豆」(海紅豆属)が誤って用いられたものとされる。熱帯アメリカ原産とされ、海紅豆の名は「海外からきた赤い豆」の意で、赤い豆ができるが、姿形はアメリカデイゴには全然似ておらず、誤用に至った背景はわからない。 カイコウズの呼称が誤りに由来するとされていても、日本の野生植物では筆頭和名として掲載されているほか、樹名板としてもその使用事例を目にし、元々誤用であったとしても、既に確実に市民権を有しているようである。現に日本語大辞典でも既に認知されている。また、鹿児島県は県木を「カイコウズ」と定めている。ただし、広辞苑第七版ではカイコウズの説明を①デイゴの俗称、②ナンバンアカアズキの漢名としていて、①は勘違いと思われる。 |
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4 | しばしば目にするサンゴシトウの学名と漢字名の怪 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(1) | サンゴシトウの素性 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
サンゴシトウはデイゴ属の2種の交配種とされ、一般に以下のように紹介されている。 サンゴシトウ(珊瑚刺桐)は、デイゴ属の Erythrina herbacea L.(半低木性の株基部が木質になる“宿根草”) と Erythrina crista-galli L.(アメリカデイゴ・花粉親) の交配種で、園芸家 William Macarthur (1800-1882)によって1840年にオーストラリア(ニューサウスウェールズ)で作出された。属名はギリシャ語の“erythros”=赤色 に由来。種小名は英国の植物学者 John Carne Bidwill(1815-1853)への献名である。 草本と木本の種間交雑種とは恐れ入谷の鬼子母神である。 |
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(2) | サンゴシトウの学名 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
サンゴシトウの学名は、通常 Erythrina × bidwilli とされているが、The Plant List では Erythrina bidwillii さらに、一般に普及していないが、本交配種とは別系統の園芸品として Erythrina × bidwillii Lindl. 'Camdeni' 、Erythrina × bidwillii Lindl. 'Blakei' がしばしば紹介されている。 |
を accepted name とし、Erythrina corallodendron T.C.Huang & H.Ohashi をシノニムとしている。詳細は未確認。|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(3) | サンゴシトウの和名 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
サンゴシトウの漢字表記である「珊瑚刺桐」のうち、「刺桐」は デイゴ Erythrina variegata の中国名であるから、やはり珊瑚刺桐は中国名を取り入れたものであろうと直ちに想像される。 そこで、中国植物誌をみると、Erythrina corallodendron の中国名として、筆頭名龙牙花(龍牙花)を掲げ、その他 象牙红(象牙紅)、珊瑚树(珊瑚樹)、珊瑚刺桐(珊瑚刺桐)の名を掲げている。 ということで、サンゴシトウの名前、漢字名は中国由来であることを確認できるが、この学名が少々気になる。なぜなら、園芸植物大事典にはサンゴシトウの説明で、「日本では Erythrina indica , Erythrina corallodendron などの誤った学名がときにあてられている。」とあるからである。一方、中国植物誌ではこの学名の種について、決して交配種として説明はしておらず、単に南米原産としているだけである。 いよいよもって、真実がどこにあるのかさっぱりわからない! |
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5 | 東京のビルの谷間の意外な植栽木の例 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
特に新しいビル周りの公開空間で意外な樹種の植栽例を見ることがある。他との違いを演出したいという施主様の意向に応えたものなのか、単に緑化木生産業者の手の平の上で踊っているのかは明らかではない。ただ、比較的大きな樹が植えられるのがふつうであるから、緑化木生産者の見込み生産の結果として、その時点で供給できるものの範囲で選択しているのは間違いない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
<都内のビルの谷間で見かけた意外な植栽樹の例> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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