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続々・樹の散歩道
  ムクノキのはなし


 ムクノキはしばしば大きな樹を見るが、老樹では枝が好き勝手に伸びているようで樹形は決して美しくない上に樹皮はボロボロに剥がれていて、これまた全く美しくない。ただし、こうなってしまう前の樹皮は、樹齢による七変化があって、一見すると全く別物と勘違いしかねないほどで、これはこの樹の個性でもある。また、その材の利用も影が薄くて昔は天秤棒として第一等であったとか、馬鞍の特用材であったとか、地味な分野での利用があったと聞くものの、現在では全く認知されていない。やはり広く知られているのは、ざらつきのある葉がサンドペーパーと同じ用途に利用されてきた点で、これに関しては非常に興味深く、そのノウハウについても知りたくなる。【2022.10】


 ムクノキの様子  
 
   ムクノキの大木は神社や田舎の道端ではお馴染みであるが、都市部の緑化木としてはほとんど利用されていない。   
     
     津別市中山神社のムクノキ
 看板では推定樹齢500年、目通り周囲5.3m、樹高23mとしている。 
      大分市寒多のムクノキ
 昭和49年大分市指定名木で、樹齢500年、幹周4.86m、高さ18mとしている。
 
 
   豊後大野市歳神社のムクノキ
 昭和54年旧清川村(現豊後大野市清川町)指定天然記念物で、胸高幹囲6.8mとしている。
(撮影は2月中旬の落葉期で、緑色はツルの葉)  
      佐伯市本匠のムクノキ
 静かにたたずむムクノキで、特段の表示はない。
(撮影は12月上旬の落葉期)
 
     
 
        ムクノキの新葉
 日本の関東地方以西、中国、東南アジア等に分布するニレ科ムクノキ属の落葉高木 Aphananthe aspera  、雌雄同株。
      ムクノキの成葉
 ザラザラの葉は識別のよい目安になる。 
 
     
 
 
     ムクノキの雄花
 雄花は新枝の下部に集まってつく。 萼片(花被片)、雄しべはそれぞれ5個。
     ムクノキの雌花 1 
 雌花は新枝の上部の葉の腋に1~2個見られるが、意識しないと見過ごしてしまうほど目立たない。萼は5裂。
      ムクノキの雌花 2 
 雌花の花柱は2裂し、内側の柱頭部には白い毛が密生している。
     
 
  ムクノキの若い果実(核果)
 雌しべの花柱がそのまま残るのが普通の風景である。 
    ムクノキの成熟果実
 食べ頃の状体で、小粒であるが、ドライプルーンに近い味がする。
     ムクノキの種子(核)
 丸い核の先端の白い部分を「種枕」と呼んでいる例(樹に咲く花)が見られるが、適当なのか不明。 
 
 
 ムクノキ樹皮の多様な表情(ムクノキの樹皮3態)  
 
 若齢の樹と高齢の樹の樹皮の様子が異なるのはふつうで、一般的には高齢になるほど樹皮が粗くなるのは経験則でよく知られているが、ムクノキの場合はその変化振りが激しくて驚かされる。  
     
 ムキノキの樹皮 1 ムキノキの樹皮 2   ムキノキの樹皮 3
 
 
 ムクノキの葉の利用  
 
(1)  かつての利用に関する情報  
 
 さすがに現在ではサンドペーパーや多様な研磨具に主役の座を譲っているが、かつては仕上げの研磨用としてはごく一般的な存在であった模様である。具体的な使用方法に関する若干の情報も見られた。  
     
 【樹木大図説】むくのき:
 粗渋の葉面を利用トクサ代用に器物を磨く材料とする、ベッコウ象牙木地等の最後の仕上磨にはこの葉を用う、仕上げ前にはトクサを用う、即ち八月下旬なるべく大きい葉を集め陰干しとして貯へ、使う前には一旦水にひたし、その水分をふき取ってから磨用とする。 
 【木の大百科】ムクノキ:
 葉を乾燥したものは桐だんすをはじめとした各種の木製品象牙などの工芸品の仕上げ研磨に広く使われている。(注:もちろんかつての話である。) 
 【和漢三才図会(抄)】椋(むくの木):
 葉面を以て象牙鹿角及び木器を摩琢すべし、木賊(とくさ)より勝る 
【木材の工芸的利用】 (注)「ムク」の表記を「ムクノキ」に改めた。
 ツゲ及び唐木類は皆木賊(トクサ)ムクノキの葉を用ひて光沢を発せしむ 但普通の場合は木賊のみを用ひ丁寧のときはムクノキの葉を以て水磨きとなし仕上げをなす、精巧なる細工にありては最後に砥石を用ひて磨き以て光沢を発せしむ 数珠玉、将棋駒、三味線棹及胴の如き是なり 堅木を以て作れる指物旋作物等は研磨紙を用ふ
 槍の柄は木賊及ムクノキの葉にて磨
 ツゲ櫛は先鮫皮にて磨き張木賊(はりどくさ)ムクノキの葉うづくり(カルカヤの根を束ねたもの)の順に磨く但し水を用ふることなし速成には鹿角を用ふ
本書ではその他桐胴丸火鉢の磨き工程で木賊磨きの後にムクノキの葉で磨くとしている。 
 【漆工辞典】椋の葉:
 木材表面の研磨に用いる。
 乾燥させたものを水に浸して十分戻してから余分な水を拭き取って使う。
 通常は木賊磨きの後の最終研磨に用いる。サンドペーパーの出現でほとんど使われなくなったが、桑指物樺細工の仕上げには使われている。研磨材というより木材表面の光沢を出すための仕上げ材というべきである。
 【中国植物誌】糙叶树(糙葉樹)
 干葉面粗糙、供銅、錫和牙角器等磨擦用 (注:銅、錫、牙角器の研磨用とある。)
 
 
(2)  葉に含まれる物質に関する情報  
     
【木の大百科】ムクノキ
葉の両面とも有毛であるが、ことに表面にはシリカを含んだ剛毛が密生していて著しくざらつく。 
【筑波大学生物学類】
ムクノキの葉の剛毛には珪酸質が沈着しており、紙ヤスリ代わりに使える。 
 
 
(3)  現在でも利用されているのか  
 
 ムクノキの葉による磨きはほぼ絶滅したと理解してよいが、一部の工芸家がその仕上がりの質感にこだわって利用している例が実際に確認できる。  
 
 研磨材としての各種生物系素材  
 
 伝統的な工芸では、研磨用の素材として手に入れやすく、実用に耐えるものを何とか自然物から探し出して利用してきた歴史があり、ムクノキの葉はその一つである。砥石以外で研磨に利用できるものはそれほど多くないと思われるが、ついでながらここで思い浮かぶものを掲げてみる。  
     
(1)  植物体   
     
   ざらつきのある葉といえば、ムクノキ以外ではロウバイハルニレ、さらには最強と思われる荒々しさではマルバチシャノキが思い浮かぶ。これらがかつて研削用として利用された歴史があるのかは気になるところである。

 ロウバイに関しては詳細は不明であるが、ムクノキの葉の代用としての利用の記述が見られる。しかし、ロウバイは鑑賞樹であり、国内で普遍的に研磨用としての利用があったとは考えにくい。

 ハルニレに関しては情報がないが、研削力が弱そうで、実用に供することは難しいと思われる。

 マルバチシャノキについては荒々しいざらつきが見られるが、辛うじて利用に言及した情報が見られる程度で、たぶんこれも利用に普遍性があったとは考えにくい。

 また、トクサの茎は研削材として古くから利用されてきており、前出の資料でも見られたとおりであるが、ムクノキと同様にそのざらつきは珪酸質に由来するという。トクサには「木賊」の他に「砥草」の表記があるとおりで、現在でもつげ櫛の歯を磨く「歯ずり」の仕上げ工程で利用されている。具体的にはトクサの茎を展開して薄い板に貼ったもの(張木賊 はりとくさ)が使用されている。 
 
     
 
   ムクノキの葉の表面 1
 葉面の毛は鋭い刺状である。
    ムクノキの葉の表面 2
 
左の写真よりも拡大したもの。 
    ロウバイの葉の表面
 粒状の突起が見られるが、尖ったトゲではない。
     
    ハルニレの葉の表面 1
 ハルニレの葉のざらつき感にはかなり幅広の個体差が見られる。
  マルバチシャノキの葉の表面 2    マルバチシャノキの葉の表面 3
 左の写真よりも拡大したもの。ゴツイとげが生えている。
     
       トクサの様子
 北海道の山間部では群生しているのをしばしば見かけた。
    トクサの茎の表面 1
 
研削力は上記の葉よりもはるかに強力であるが、鋭く尖っているわけではない。。 
    トクサの茎の表面 2
 
左の写真よりも拡大したもの。研磨用としては最も好ましい形態である。  
 
     
 
 【樹木大図説】ロウバイ:
 ムクノキの葉の代用として物を磨くに用いられていると物理小識に記されている。
 【樹に咲く花】マルバチシャノキ:
 葉の質は厚く、表面は剛毛があってざらつき、裏面は短毛が密生して白色を帯びる。 
 【熊野物産初志】マルバチシャノキ: (樹木大図説より転載)
 葉面細砂の如く糙渋ありて厚く木角を錯すべし。 
 
     
(2)  動物体   
     
   現物を手にしたことはないが、鹿の角の粉(鹿角)が漆の塗面の仕上げ研磨用としてコンパウンドのように利用されてきた。さすがに現在では入手しにくくなっていて、ほとんど代替材に置き換わってきているようである。
 鮫皮は現在でもわさびをおろすためのこだわりの調理具(鮫皮おろし)として健在である。ある事業者の説明によれば、現在はその素材としてカスザメ(カスザメ目カスザメ科)、ウチワザメ(エイ目ウチワザメ科)、シノノメサカタザメ(ガンギエイ目シノノメサカタザメ科)などの皮を使用しているという。木工芸等でも利用されてきた歴史があり、特につげ櫛の磨きにも使用されてきた経過があることは前出の資料のとおりである。 
 
     
 
 ・  【漆工辞典】角粉(つのこ):
 艶出し用研磨材の一種。鹿の角を焼いて粉砕したもの。塗面や蒔絵の最終的な艶上げに用いる。堅木の板でつくった角粉盤で、磁器の釉薬のかかった堅くなめらかな部分を用いて粒子を細かくすり潰して用いる。蝋色仕上げにおいては、摺漆をした後、微量の植物油と角粉を指先や手の平で伸ばし、絡め取るように磨く。近年は角粉が入手しにくくなり、代用としてチタニウムホワイト等が利用され、角粉を用いる人は少なくなっている。 
 ・   【日本民具辞典】鮫皮(さめがわ):
 乾燥させた皮は部位によって表面に細かな凸凹があり、その突起は硬くて鋭いから山葵下(わさびおろし)として用いたり、木材などの研磨材として広く使用された。今日の紙鑢(かみやすり)の原型と考えてよく、薬屋・乾物屋などで売られていた。鮫皮は専ら荒磨きに使用された。刀の柄(つか)や鞘(さや)に巻くこともあった。 
 ・   【図説魚と貝の事典】鮫皮:
 (刀剣の装飾用として鮫皮の)粒の模様の美しい物は実は東南アジアのエイ類の皮で、日本産のサメは粒の大きさが同じなので鞘だけに用いたという。 
 ・   【広辞苑】鮫皮(さめがわ):
 サメの皮(実は東南アジア産のエイの一種、真鮫(まさめ)などの背中の皮)を乾かしたもの。近世、輸入されて刀剣の柄や鞘などに用いた。
注: 「真鮫」とは種名ではなく、刀剣の柄用に適した上質の柄鮫の総称。 
 ・  【ものと人間の文化史 35・鮫】 サメ皮:
 サメ皮がいつ頃から刀剣に使用されたかは不詳。美しいサメ皮は実はエイの仲間の皮で、サメ皮がとれるエイはツカザメツカエイと通称されるが日本近海にはいない。
 サンドペーパーがなかった時代、鮫鑢(さめやすり)といってサメ皮が研磨用に広く用いられていた。これに適する種類はコロザメ、カスザメ、ヨロイザメ、アイザメ、ネコザメなどで、体の部分により粒の荒さが異なり、種々の番手のヤスリが得られる。南洋でとれるアカエイの仲間は鬼ヤスリほど粒が荒い。昔は刀の飾りに用いた残片をヤスリとして大正時代まで市販していた。
 サメヤスリは骨や角、堅木を加工するのに昔は必ず使われたもので、漢方薬の犀角や一角などの薬剤を細末にするにも適した。黄楊(つげ)の櫛屋が使用する「歯ずり棒」は長さ17センチ、幅1センチくらいの三角断面の木のへらにサメ皮を貼り、これで櫛の歯の間を磨く独特の工具である。(次の工程ではトクサを貼ったものを使用した。)
 サメ皮にある楯鱗はエナメル質と象牙質、つまり人間の歯と同じ組織から出来ている。
 
     
 5  ムクノキの材の利用   
     
   ムクノキの材は“エノキよりは良質”とされるものの雑用材として取り扱われてきた模様で、現在では全く存在感はなく、かつての利用の歴史を参考として知るのみである。   
     
 
 ムクノキの材面 1
(森林総研木材データベースより)
ムクノキの材面 2
(森林総研木材データベースより) 
 
     
 
 ・  【木の大百科】ムクノキ:
 辺材は淡黄色、心材は黄褐色。肌目は粗い。強さはほぼ中庸であるが、靭性があり、割裂しにくい。俗にアオムクというのは壮齢林からのものが多く硬質であり、アカムクは老木のものである。一般に材質はエノキに似てそれより良質である。
 用途は器具材が多く、また家具、建築その他雑用材および薪炭材に使われる。器具材では靭性があることから天秤棒馬鞍ショベルなどの工具の柄材に賞用された。 
 ・  【原色木材大図鑑】ムクノキ:
 用途は旋作、器具(農具・運動具ことにバット・ブラシ木地・下駄の歯・三味線の胴・櫛・度工具の柄・荷棒)、機械(滑車)、建築(皮付床柱)、船舶(櫂)、薪炭に、枝条は海苔粗朶に、葉は骨・角細工における研磨用に供される。 
 ・  【和漢三才図会(抄)】椋(むくの木):
 椋樹欅に似て美白色、其材堅重用て搾酒木(しめき)及び枵杖(おうこ。天秤棒の意)となす 
 
     
  <参考メモ:ムクノキの名前に関する諸説>   
     
   ムクドリがこの実を好むことからムクノキの名があるとか、この反対にこの鳥がムクノキの味を好むためにムクドリの名があるとかいった話があるが、こうなるとふざけているとしか思えなくなってしまうから、どちらも信用できない。ムクノキの中国名は糙葉樹と、葉のざらつきに着目した名称となっている。   
     
   【牧野日本植物図鑑】
 和名ムクの意従来正解なし、按ずるに是れ或は剥クの意乎,即ち其糙渋葉を以て物を磨き剥くより謂ひしならん乎、或は茂(モ)クにて茂り栄ゆる樹の意乎。

 【樹木大図説で掲げられた諸説】
  ムクとは黒実(ミクロ)の転訛
  ムクは実木(ミキ)の略訛
  ムクは削剥の義
  ムクは果実の総称でこれをこの樹に限って用いたのは後世のことに属す
  本多林学博士の著書にはムクドリが好んで食する故ムクノキというとあり。
 
 
     
   【追記】ムクノキの雄花を改めて観察 
 ムクノキの雄花エノキの両性花や雄花と同様で、写真を撮ると、葯の花粉が空っぽであるのが普通である。つまり、雄しべが放射状に展開したときは既に花粉を出しきっていることに気づく。最も雄しべらしい写真を撮ったつもりでも、これではどうも本調子ではない。

 そこで、ムクノキの雄花をよーく観察すると、雄しべの花糸が折れ曲がった状態で船形の萼片に収まっていることがわかる。小枝を水挿しして観察した結果では、この雄しべが(イラクサ科の植物には及ばないが)ピンと伸び出すことを確認した。たぶん、葯はこの少し前に裂開し、そもそも花が総じて下を向いているから、この際に花粉が放り出されるようである。カテンソウなどのように花粉をまき散らすほどのパワーはないようである。ムクノキは風媒花とされるが、花粉を自力で散布する能力も少しあるようである。そして、あっという間に雄花はその役割を終えてしまう。
 
 雄しべが伸びる様子を動画撮影することはできなかったが、以下はムクノキの雄しべの葯の変化の様子を観察した追加の写真である。
 
     
 
     ムクノキの雄花 1 
 葯は裂開直前である。
     ムクノキの雄花 2 
 ひとつの葯を残して花粉を出しきっている。 
     ムクノキの雄花 3 
 ひとつの雄しべの花糸が内側に畳んだ状態となっている様子が確認できる。伸びた花糸の内側にはしわがある。
   
     ムクノキの雄花 4 
 前出写真「3」の矢印の雄しべがピーンと伸びた直後の様子である。花粉は放出済みである。 
     ムクノキの雄花 5  
 すべての葯がそれほど間を開けずに花粉を次々と出しきって間もない状態の写真である。
      ムクノキの雄花 6
 抜け殻となって萎びた葯の様子である。普通雄花として紹介される写真はこの状態である。