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続々・樹の散歩道
  クリ、クルミをむさぼり食う憎き幼虫の正体


 拾ったり購入したいろいろな種類のクルミやハシバミ、クリ類をかごに盛り合わせにして、しばらくの間観賞用として飾って置いていたところ、ある日、予想もしなかった悲惨な状況を目の当たりにして、すっかり打ちのめされてしまった。
 かごを持ち上げたところ、明らかに虫食いによると思われる粉(フン)がたっぷりと下部にたまっていたのである。大切な木の実コレクションを突然に襲った〝激甚災害〟であった。【2025.9】
 


   被害の実態

 かごの内訳と被害の有無は下表のとおりである。 
 
     
 
種類  素性  食害の有無 
シナノグルミ  国産栽培品(購入品)   有
テウチグルミ  国産栽培品(購入品)   有
テウチグルミ  中国産(購入品)   有
ペルシャグルミ  米国産栽培品(購入品)   有
オニグルミ  国内採取   無
 ヒメグルミ 国内採取   無
セイヨウハシバミ  国内採取   無
セイヨウハシバミ  殻付きロースト・米国産(購入品)   有
ツノハシバミ  国内採取 
クリ  国内栽培種・採取   有
クリ  中国産錐栗・乾燥品(購入品)   有
 
   
   被害の総括
 
 
被害状況を整理すると以下のとおりである。 
 
     
 
 ・  栽培クルミは全滅であったが、野生のオニグルミとヒメグルミは全くの無傷であった。 
 ・  ロースト加工した殻に割れ目の入ったセイヨウハシバミは全滅であったが、採取したセイヨウハシバミとツノハシバミは全くの無傷であった。 
 ・  クリは全滅であった。 
 
     
   被害の分析   
     
 
 
 ・  クルミの殻自体は強靱であるが、栽培クルミでは明らかにお尻部分が弱点になっているものと思われる。つまり、縫合線の下部に隙間があることが致命的になっているのであろう。虫にとっては実にうれしい条件であるに違いない。これに対して、野生のオニグルミとヒメグルミは縫合線に一分の隙もない完全防備の構えがある。栽培ものはやはり軟弱である。 

 右の写真はお尻の弱点を示している栽培クルミで、隙間が確認できる。〝お尻が無防備〟ということである。
 
 ・  ハシバミ類は殻が厚く、守りは完璧であるが、ロースとした殻付きのセイヨウハシバミは、実を取り出しやすいように殻に割れ目が入っていて、これが虫にとっては開けっ放しの玄関となったようである。  
 ・  クリ虫にとってクリは食べ放題のごちそうであることが知られており、改めて被害を免れることは困難であることを実感することになった。実が成熟するずっと前に卵が産み付けられているというから、クリのイガは虫に対しては全く無力であることがよく理解できた。全滅もやむなしといったところである。
 
     
   以上の加害虫はいずれも小さなブヨブヨの白い幼虫であることを確認した。   
     
   加害虫の正体 

 加害虫のの正体を見極めるためには、ブヨブヨの白い幼虫から昆虫の種類を同定することが必要となるが、これがなかなか難しいことを実感した。幼虫は成虫ほど個性がない上に、幼虫の詳細な写真を掲載している図鑑がなかなか見当たらないからである。

 そこで、まずは書籍で総論の学習をしつつ、気長に羽化するのを待つ方針とした。
 
     
(1)  クルミの場合

 幼虫がうごめくクルミもろとも(割って生息を確認したもの)チャック付きのポリ袋に納めて、成虫になるまで放置することとした。途中、驚くことに幼虫がポリ袋を食い破って徘徊しているのを発見したことから、穴をふさぎ、二重の袋とした。食害されたクルミをチャック付きのポリ袋に納めて、幼虫が成虫になるまで放置することとした。

 幸いにして、ある日、袋の中でパタパタやっていた小さな蛾(ガ)を観察することができた。

 そこで、シナノクルミを購入した長野県内の販売業者に聞いたところ、クルミは梅雨時を過ぎるとひどくやられることがあるが、虫の名前についてはわからないとのことであった。そこで、長野県果樹試験場に成虫の写真を添えて照会したところ、「ノシメマダラメイガ」であろうとの回答をいただいた。 
 
     
 
【ノシメマダラメイガの解説例】(生活害虫の事典)

 
ノシメマダラメイガ (メイガ科 Plodia interpunctella

 成虫は開張13~16ミリ、体長7~8ミリ。前翅の基部側半分は淡黄色、外側半分は濃淡褐色で赤褐色の斑紋がある。静止時に翅をや屋根型にたたむこと、前額部が突き出ているなどが他種と異なる特徴である。雌成虫は付着性のある卵を産卵する。
 幼虫の頭部は茶褐色、胸部と腹部は淡黄白色であるが、淡紅色や淡緑色の場合もある。幼虫の糞が餌にかかわらず赤褐色なので、他種と容易に判別できる。幼虫は様々な食品を食害する。強い穿孔力で包装材を食い破って食品にすることから、麺類、菓子類などの加工食品の大害虫として知られている。
 ノシメマダラメイガ(熨斗目斑螟蛾)の名は、前翅の模様が熨斗(のし)に似ていることによる。
 
 
     
   上記書籍の掲載写真と比較すると、主たる犯人はやはりノシメマダラメイガであることが判明した。しかし、これとは異なると思われる蛾が2種類存在していることを確認した。このうちの1種はイッテンコクガであることを確認した。しかし、このような展開となると、幼虫について種類を同定することが困難となってしまった。

 以下はこれらの写真である。 
  
 
     
 
 クルミの虫     クルミの虫(同左アップ)
 糞の色からノシメマダラメイガと思われる。
クルミの虫 
     
 クルミの虫  クルミの虫  ノシメマダラメイガ成虫
     
 ノシメマダラメイガ成虫 イッテンコクガ成虫(雌)   不明
 
     
 
【イッテンコクガの解説例】(生活害虫の事典)

イッテンコクガ (メイガ科 Corcyra cephalonica ) 

 雌成体の体長は10ミリ前後、開張23ミリ程度(雄はこれより小型)。前翅は灰褐色で黒点が一つある。雌の黒点は大きくはっきりしているが、雄は黄褐色の斑紋とともにあり小さい。
 老齢幼虫の体長は24ミリほどになり、頭部は黒色、胴部は微黄白色、蛹化直前には黄色になる。
 概ね年1化で5月から6月に掛けて成虫が羽化し産卵する。ふ化幼虫は米などの胚芽部から食害し、糸を吐いて米をつづる。老熟すると米袋の内側などで蛹化する。繭の中で老齢幼虫のまま越冬休眠に入り、翌春蛹化し、その後成虫になる。主に穀類を加害する。
 イッテンコクガは1点穀蛾の意である。
 
     
     
(2)  クリの場合

 クリの場合は、生活に密着した食品となっていることから、非常に情報が多い。生のクリの場合は専らクリシギゾウムシの幼虫が主たる犯人であるというのが定説である。加えてクリミガの幼虫も活躍しているようである。いずれもクリ虫の名前で広く知られている。(特に前者の成虫は一部で親しまれている。)  
 
     
 
【両種に関する解説例】

 
クリシギゾウムシ (ゾウムシ科 Curculio sikkimensis

 シギゾウムシ類は長い口吻を用いてドングリ類、ツバキ、エゴノキなどに多くの種子に孔を開けて産卵することで知られている。とりわけクリシギゾウムシはクリの実の害虫として著名である。(原色日本甲虫図鑑)

 成虫は9月上旬〜10月中旬に羽化し、果皮と渋皮に間に1個ずつ産卵する。卵は10月上旬頃からふ化し、幼虫が果実を食害する。老熟した幼虫は10月中旬ごろから果実を脱出して土中に潜り、幼虫のまま越冬するが、成虫になるのは2〜3年後の秋である。(島根県農業技術センター)

 終令幼虫の体長8ミリ内外。体は肥満した円筒形で少し腹方へまがる。頭部は黄褐色、その他は乳白色。胸脚を欠く。頭部は縦に長い球形で下口型。全体に短刺毛を疎生する。幼虫はクリの実の中を穿孔生育する。(日本幼虫図鑑)

 ゾウムシの幼虫は尻の方が太く丸まった感じとなる。(原色日本蛾類幼虫図鑑)

 土中の蛹室で長期休眠中の幼虫は釣りの餌に利用される。(原色日本甲虫図鑑)

 クリシギゾウムシによる被害果は果皮に産卵のための小さな穴があいている。幼虫が食害した跡には細かい虫糞が充満しており、果外に虫糞をださない。被害果は食害が進むと果皮が黒くなり、外観上見分けられるようになるが、被害の初期では産卵のための小さな穴があるだけで見落としやすい。10月中旬以降になると老熟幼虫が脱出した丸い穴があいている。(島根県農業技術センター)

 
クリミガ  (ハマキガ科 Cydia kurokoi

 開張15~22ミリ。前翅は褐色、翅の内方2/3に、青みを帯びた灰白色の鱗粉を蜜に散布する(そのため白みを帯びて見える)。(日本産蛾類標準図鑑)

 成虫は羽化後間もなく果梗の基部や葉裏に1個ずつ産卵する。ふ化幼虫は直ちに果実に食入する。(島根県農業技術センター)

 幼虫の体長17ミリ内外。東部は黄褐色。体は乳白色で老熟すれば背面が赤味を帯びる。市販のクリを買ってくるとよく虫が付いているが、長い円筒形ではっきりした脚があり歩き回るのは本種である。成熟した幼虫は晩秋にクリの実より脱出し、土中に繭を作りその中で越年する。この幼虫は翌年蛹になり、夏の終わり頃成虫になる。(原色日本蛾類幼虫図鑑)

 クリミガによる被害果はイガの基部及び果実の上皮と座の境に小さな穴があいている。穴の付近には細かい虫糞がたくさんでている。果実は渋皮の下が広く食害されているが、内部には虫糞がほとんどない。10月下旬以降になると老熟幼虫が脱出した穴があいている。(島根県農業技術センター)
 
 
     
   是非とも幼虫が成虫となった姿を確認したいところであるが、特にクリシギゾウムシの場合は成虫になるのに2~3年を要するとされる点は気が重いところである。結果クリミガだけでもやむなしとの思いで、クリ虫が生息する生栗をプラ容器中の土の上に放置して、気長に待つことにした。しかし、クリにカビが発生して生息環境が悪化したため、幼虫の正体の確認は断念せざるを得なかった。まあ、定説どおり、両種のいずれかであることは間違いないのであろう。

 ついでながら、完全乾燥状態の中国栗である錐栗(ヘンリーグリ)に穴を開けた虫がいたため、クルミと同様にチャック付きのビニール袋に閉じ込めて、成虫になるのを待ったところ、やはり小さな蛾が発生していた。翅がよれよれで、種類はわからない。

 以下はこれらの写真である。  
 
     
 
 クリ虫
穴を水攻めしたところ。
        クリ虫
 同左、その後に頭を出した状態。
 クリミガか? 
クリの実中のクリ虫 
     
 クリ虫 錐栗の穴から這い出したクリ虫    錐栗の幼虫が羽化した成虫
  種類は不明。 
 
     
   感想

 栽培グルミは収穫され、しばらく経過した後にどこからともなくやってきた特定の蛾が、これ幸いと殻のたぶん尻の部分に卵を産み付け、ふ化した小さな幼虫が尻の隙間から侵入するものと思われる。人にとってはいずれも生活害虫であるが、ターゲットとなる食べ物さえあれば、確実に登場すること自体が驚きである。というより、〝自然豊かな〟住環境にあるということなのか?

 クリは収穫された時点で既にほとんどが卵を生み付けられているというから、そのこと自体が驚きである。しかも、栽培グリは実も大きく、生まれ来る幼虫たちにとってはこの上ないごちそうに違いない。しかし、よく管理された栽培栗に生み付けられたクリシギゾウムシの卵が、首尾よく成虫となれるのは、それほど多くないと思われる。
 
 
     
  <おまけ1:ゾウムシの仲間たち>

 クリの木についたほとんどの実に卵を産み付けると言われるクリシギゾウムシであるが、いろいろな時期に栗の木を観察したものの、残念ながらそのユニークな姿を確認することができなかった。クリシギゾウムシのお母さんは随分働き者に違いないから、額に汗しながら忙しく卵を産み付けている姿を是非見たかったのであるが、これが叶わなかったため、代替として以下にその仲間たちに登場願うこととする。
 
 
     
 
 スグリゾウムシ  コフキゾウムシ  オオゾウムシ  キンケクチブトゾウムシ
 
     
  <おまけ2:ドングリが大好きな虫たち>

 ドングリもクリと同様に、いろいろな幼虫にとっては豊かな食べ物となっているようである。やはり、樹上で卵を産み付けられるようである。 
 
     
 
     
ハイイロチョッキリの産卵痕 ハイイロチョッキリの幼虫  クヌギシギゾウムシの幼虫 
 
     
   ハイイロチョッキリについても成虫の姿を見たくて、産卵痕のある堅果を採取して経過観察したが、幼虫は多数発生したが、成虫を見届けることはできなかった。クヌギシギゾウムシは、特に産卵痕のないクヌギの堅果を水に浸けておいたところ、異常事態を感知したのか、幼虫が種皮に孔を開けて這い出してきた。