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樹の散歩道
   クヌギ移入種説の周辺


 日本列島は沿革的にもユーラシアプレートのかけらのような存在であるから、植物の分布種数においても中国の足元にも及ばない実態にあり、したがって古くから有用な木本植物、草本植物を人為的にせっせと移入してきた歴史がある。このため、ごく身近な存在である植物が、古い時代に中国から渡来したものであることを知ると、「へー、そーなんやー・・・」ということになり、いいネタを仕入れたような気になってしまう。
 こうした中で、北海道以外ではごく普通に見られるクヌギについて、図鑑類では触れられていないが、巷には根強い移入種説が存在する。【2010.3】


クヌギの樹皮
クヌギの葉
クヌギの雌花
クヌギの雄花
クヌギの若い堅果
 具体的には次のような説を耳にし、あるいは目にした。必ずしも明確な根拠が示されているものではない。
@  クヌギは弘法大師が炭焼き技術を中国大陸から持ち帰ったときに一緒に持ってきた。
A  クヌギは外来種であり、約1200年ほど前弘法大師らが朝鮮半島より持ち帰った。
B  クヌギは外来種の可能性が高い。
C  クヌギは移入種であり、古くから人の手で植えられてきた歴史があり、武蔵野のクヌギも元々は植栽されたものである。
 その一方で、次のような記述も見られる。
D  日本におけるクヌギの利用の歴史は古く、縄文時代中期から建築用資材や燃料として利用されてきたことが各地の遺跡出土木で明らかにされている
(日本森林学会大会要旨2005)
E  クヌギは日本においては古くから食料、薪炭材などとして、近代からはしいたけ原木としても利用され、植栽の歴史が長く天然分布は明確ではない
(日本森林学会大会要旨2006)
F (DNAの調査結果から)日本へクヌギが分布拡大した際に、ボトルネックを受けたこと、また、国内においては、人為によって種子が林分間を移動することにより分化の程度が低くなったことが考えられる。一方、中国及び韓国で検出されたハプロタイプから遺伝的に分化した日本固有ハプロタイプも検出されたことから、元来クヌギが日本に天然分布していた可能性も示唆された
(日本森林学会大会要旨2006)
 弘法大師伝説の真偽

 弘法大師はとにかく人気者で、北海道を除く日本列島各地にその伝説があるとされる。その数の多さには本人もあの世でビックリしているに違いない。弘法大師が登場すると 非常に楽しいが、残念ながら、@、Aの出所はもちろん不明である。
 花粉分析ではどこまでわかるのか

 花粉分析は太古の植生を調べる手法として古くから行われていて、ここでは花粉分析でクヌギを同定できるのかが問題である。結論的には、その識別の限界は属の段階までといわれている。したがって、例えばクヌギとアベマキの花粉を識別することはできないということである。ということで、花粉分析のみを根拠として、太古の日本にクヌギが存在したか否かを判定することは困難ということである。
 出土木材の鑑定ではどこまでわかるのか

 木材の細胞組織は、その樹種の分類群ごとに形態的な特徴を有することから、遺跡出土木材から顕微鏡切片を採取して、その樹種グループを判断することが一般的に行われている。
 Eで、遺跡出土木でクヌギの使用が確認したとするレポートの存在に言及している。遺跡調査による樹種の鑑定成果を多数収録した図書を見ると、「クヌギ」、「クヌギ類」とした記述が確かに見られる。
 そこで、木材組織の顕微鏡的観察でクヌギを同定できるかが問題である。結論的には、木材組織学的識別では、種のレベルまで識別できるのはごく一部の分類単位に限られていて、例えばクヌギとアベマキを識別することは困難とされている。
 したがって、先のクヌギとして鑑定されている成果について、木材組織学的情報だけではクヌギとして特定することは困難であるはずで、「クヌギ類」であればわかるが、「クヌギ」と特定している根拠が、その他のデータを総合的に捉えて判断しているものなのかはわからない。
 DNA分析ではどこまでわかるのか

 DNA鑑定に関しては、犯罪捜査における個人の特定、親子関係の判断、産地偽装の判断等に実用化されているとおりで、理論的には広くDNA情報が事前に集積されていて、対象のDNAが採取できれば樹種の特定や、さらには種内の無数に存在する系統の同一性の確認も可能とされている。
 ただし、例えば国内の全樹種の遺伝情報が蓄積されているわけではないので、現時点では樹種鑑定サービスの一般的な手法として実用化されているものではないので、今後に期待するしかない。
 にわか勉強した限りでは、以上のとおりで、日本人の生活と共に存在したクヌギはいろいろな話題を提供していて、移入種説に関しても簡単に明快な結論には至りそうもない。

参考メモ1:クヌギの利用
 建築・工芸素材としての定着した使途は全く聞かない。小枝を柴とする場合、枯れ葉がまとわり付き気味で、コナラの評価に及ばなかった。しかし、炭材としては一級品として評価されてきた。(参照)
参考メモ2:移入種いろいろ  注:説明文は主として「樹に咲く花」(山と渓谷社)より引用
<一般樹木>
イチョウ 中国原産とされるが、自生地は不明。 東京都の木となっている。
エンジュ 中国原産で、 日本へは古い時代に導入された。
クスノキ 古い時代に移入された外来種ともいわれていて、基本的には原生林には存在しない。
クヌギ? 人の手で古くから植栽されてきた歴史があるが、移入種とする見解もある。
シダレヤナギ 中国原産。古くから各地で栽培され、時に野生化している。
トウネズミモチ 中国原産。日本には明治初期に渡来。
ニセアカシア
(ハリエンジュ)
北アメリカ原産。日本には明治時代初期に渡来。
<花木>
コデマリ 中国中部原産。古い時代に渡来。
サンシュユ 中国・朝鮮半島原産。日本には江戸時代に薬用植物として渡来した。
ソシンロウバイ 中国原産。
ハナカイドウ 中国原産。
ハナズオウ 中国原産。古くから庭などに植栽されている。
ボケ 中国原産。平安時代に渡来したと言われる。
ムラサキハシドイ ヨーロッパ南部原産。日本には明治中期に渡来し、北海道によく植えられている。 札幌市の木となっている。
レンギョウ 中国原産。日本へは1680年代に渡来したと言われるが、もっと前に入ったという説もある。
ロウバイ 中国原産。江戸時代初期に渡来。
<果樹>
アンズ 中国北部原産。いつ頃日本へ渡来したかはよくわかってない。平安時代にはすでに唐桃の名で呼ばれていたという説がある。
ウメ 中国中部原産。奈良時代に大陸から移入されたという。
スモモ 中国中部原産。
モモ 中国北部原産。
<その他有用樹>
ミツマタ 中国〜ヒマラヤ原産。日本には室町時代に渡来した。野生化したものも多い。
<竹類>
ハチク 中国原産説と日本原産説があり、はっきりしない。
モウソウチク 中国原産。250年ほど前、薩摩藩に中国から移入された。北海道南部から九州まで、各地で広く植栽されている。
注:マダケは中国原産という説もあったが、日本原産らしい。