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続・樹の散歩道
  クマゼミはオニグルミの樹が大好きなのか?


 知り合いがおもしろ半分にオニグルミの実を庭先に数個植えたところ、ふつうのこととして、やがて芽を出しスクスクと伸びて数年になろうか、現在3メートルほどの高さとなっている。放っておいたら10メートルにもなって、とんでもないことになり、他の植物の生育を邪魔する性質もあることをアドバイスするも、当人はしばらくは静観する構えである。まだ小さなこのオニグルミの樹に、クマゼミが押し合いへし合いしがみついて、大合唱をしている姿を目撃した。
 そもそもこんな風景を見るのは初めてであり、異常発生なのか、あるいは単に住宅地の庭先で大好きな?オニグルミの樹を見つけて集まったのか、一体どう理解すればよいのであろうか。【2014.9】


 
 
       クマゼミ 1
 この写真では7匹のクマゼミが確認できるが、なぜかアブラゼミが1匹だけ紛れ込んでいる。やかましいクマゼミの中に入って、よく我慢ができるものである。

(8月中旬撮影) 
クマゼミ 2  クマゼミ 3 
   クマゼミ 4 クマゼミ 5 
 
     
   単にこれだけを見た場合には、素人的にはオニグルミの若木の樹皮がまだ軟らかくて、ストロー(口器、口吻)を突き立てやすいようにも見える。

 現在、3本のオニグルミの若木が大きな葉を広げていて、もちろん、上方で邪魔をする木などないから、日当たり良好で生育条件としては安泰である。そのそれぞれの樹にクマゼミがズラリと並んでいる風景にはビックリであった。(午前も午後も同様の風景であった。)
 
 かつては、子供たちにとってクマゼミは希少な存在で、虫網で捕えるなど、よほど運がよくなければ叶わぬことであった。(東海地方での話。ちなみに、当地ではクマゼミのことを「シャーシャー」と呼んでいた。)

 そのクマゼミが時間帯によって変動があったものの、最大で1本の小さな樹に15匹もしがみついていたのである。一斉に樹液を吸い取られる側も大変である。

 セミの生態に関しては、とにかく土の中にもぐっている期間が長いせいか、わからないことが多いようであるが、日常生活で目にしたこのような現象について、わかっている範囲での講釈を是非とも聞きたいところである。

 ついでながら、

@ そもそも近年のクマゼミの生息数・分布状況に大きな変化がみられるのか

A クマゼミの幼虫、成虫(吸汁及び産卵時)のそれぞれが好む樹があるのか

B オニグルミに対する嗜好性の情報はあるのか

C 樹種に対する明らかな嗜好性が認められる場合、何が要因となっていると考えられるのか


等についても知りたいところである。

 そこで、百科事典や図鑑類を少々調べてみたところ、とりあえずの関心事であるセミの成虫がよくとまる樹種については従前からその傾向が知られていることがわかった。
 
 まずは、クマゼミのあらましからお勉強である。
 
 
   
   クマゼミのあらまし

 クマゼミの鳴き声を意識して聞いていると、確かに定説どおり、午前中にだけ鳴いていて、特に日が差しているとよく鳴く印象がある。また、おとなしくしているときにカメラを近づけたところ、全く逃げる気配のないことにもは驚きを感じた。以下は図鑑等から抽出したクマゼミの簡単な説明事例である。
 
 
     
 
・   クマゼミは半翅目セミ科の昆虫。日本最大のセミで、体はがんじょうで黒く、光沢がある。このような特徴から和名がつけられた。日本では関東地方から琉球諸島にかけて普遍的に分布する。おもに平地に多く、7〜9月に出現し、午前中こずえなどに止まって(オスは)シャワシャワ……と鳴く。【平凡社世界大百科事典(抄)】 
・   体長はオスで43〜48mm(翅端まで60〜64mm)、メスで40〜44mm(翅端まで63〜68mm)。平地や市街地に多く、近年都市部で増加。鳴くのはオスで、午前中だけ鳴くか、曇っていたり午前中雨の時は午後も鳴く。【検索入門セミ・バッタ】 
 
     
   クマゼミの成虫がよく集まるとされる樹種(クマゼミが好きな樹)

 複数の図鑑等をみると、クマゼミの成虫がよく見られる樹種として、
センダンが共通して掲げられている。ほかにホルトノキ(平凡社世界大百科事典、北驫ル原色昆虫大図鑑、朝日百科動物たちの地球)、アオギリ(保育社原色日本昆虫図鑑、世界文化生物大図鑑、検索入門セミ・バッタ)、カキ(学研生物図鑑、北驫ル原色昆虫図鑑)、サクラ(学研生物図鑑)、ポプラ(検索入門セミ・バッタ)の名が掲げられていて、時に何十頭も群生していることがある(保育社原色日本昆虫図鑑)としていて、群れること自体は珍しいことではないようである。しかし、残念ながらオニグルミは登場していなかった。
 オニグルミは緑化木や公園樹、庭木等として植栽されることはないため、平地のクマゼミにとっては一般的にこの樹との接点などないものと思われる。仮に先に登場した樹種にオニグルミが混在していれば、同じようにクマゼミが集まる可能性が考えられる。
 
 
     
 
 
センダン  ホルトノキ  アオギリ  カキ 
       
 
ソメイヨシノ  ポプラ  オニグルミ  オニグルミ(若木) 
 
     
   クマゼミの成虫が特定の樹種に集まる理由

 「朝日百科動物たちの地球」によれば、クマゼミの成虫がよく集まる樹木は、幼虫が育つ寄主植物ではなく、成虫の嗜好摂食植物と考えられるとしている。つまり、成虫にとって樹液がお気に入りの味の樹種が存在するということである。

 もちろん、本当のところはクマゼミに聞いてみなければわからないが、想像の翼を羽ばたかせて、クマゼミになったつもりで考えてみれば、@ 樹液の流動が多く、その成分の特性が要求にマッチすること、A 樹皮がツルツルでとまりにくいものではないこと、B 樹皮が極めて厚い又は硬いなど、ストローを突き立て難いものではないことは意識しそうな気がする。ただし、どんなにゴツイ樹皮をもった樹種でも、若い枝は軟弱であるから、あまり関係がないかも知れない。
 なお、センダンの樹液について、何らかの特徴があるのか興味を感じるが、特段の情報は得られなかった。
 
 
     
 
<参考1:セミの成虫の嗜好摂食植物(「朝日百科動物たちの地球」より)

 セミは一般に多食性で、寄主樹種は厳密には決まっていない。しかし、樹液の味にもよるが、成虫はしばしば特定の木に集まり、時として集団を作ることがある。
 この嗜好樹木は種によって異なり、アブラゼミではサクラなど、ミンミンゼミはケヤキなど、
クマゼミはセンダンやホルトノキ、オオシマゼミはイジュやリュウキュウマツ、ニイニイゼミはサクラ、ビワ、ミカンなどである。
 一方、中には特定の植物しか吸汁しない単食性又は狭食性のセミがある.ハルゼミはアカマツとクロマツだけにすみ、ツマグロゼミはイスノキに依存している。イワサキクサゼミは樹木ではなくススキ、サトウキビなどのイネ科草本に依存している。
 
<参考2:クマゼミと樹種の関係(「地球温暖化と昆虫」より)

 クマゼミの成虫は、福岡ではケヤキなどの広葉樹を好む傾向がありますが、非常に多くの種の植物から吸汁することが知られています。そして、雌成虫は枯れ枝であれば(直径には好みがあるようですが)、樹種に関係なく産卵を行うようです。
 幼虫は地中に潜って樹木の根から吸汁しますが、産卵された樹であれば、どんな樹種からでも吸汁して成育できる訳ではなく、その樹が生育している環境や樹種によって、いくぶん成長の度合いが影響を受けているようです。しかし、幼虫時代の生態がまだ詳しくわかっていません・・・
 
 
     
 4  参考メモ

 特にクマゼミに関しては、近年よく目に付くようになったことから、その生息状況や生態に関してしばしば話題にされるところとなっていて、こうした中で特定のグループが様々な説明や報道に対してかなり過激で時に信じ難い攻撃的な言葉を浴びせている。本来的にはキッチリとデータがあるのであれば淡々と論文を投稿して世に問うべきであり、人ごとながら心配になるほどいやな雰囲気が漂っているのは残念なことである。

 ということで、セミの研究はなかなか大変なようで、まだ知見が十分ではなく、いろいろな疑問を解消するに至らなかったため、以下はただの備忘録である。
 
 
     
 
・   クマゼミは南方系のセミで、棲息数は西日本地域に多いが、温暖化の影響により北上しつつあるのではないかと感じている地域住民の受け止めがある一方で、人為的な樹木の植栽(移植)による幼虫の移動が分布域の変化と誤認されているとの見解がある。 
・   クマゼミ(成虫)がセンダンの木を好むことが広く認められているが、センダンにクマゼミの抜け殻がほとんど見られないことを理由に、センダンはクマゼミが “ 嫌いな木 ” であるとの主張が一部にみられる。
・   これに対して、クマゼミがセンダンに産卵しないのは、センダンの枯れ枝がもろいからで、 センダンはクマゼミの幼虫の嫌いな木ではないとの見解が見られる。
・   クマゼミはアブラゼミより飛翔能力が高く、都市部の疎林環境では捕食者から逃げ延びやすいとの見解がある。 
 
     
    樹種に対する嗜好性の話は興味を感じるが、これを客観的に評価するのはなかなか難しそうである。生息域が人為的な環境に偏っていて、主としてそこの植栽樹種の範囲でしか確認できない上に、幼虫時、成虫時(吸汁時、鳴いている時、産卵時)それぞれを把握しなければ説得力がないと思われるからである。
 なお、成虫は木の種類を選んで産卵しているわけでもなく、幼虫も木を選んでいるわけではないとの見解があるほか、鳴く時は木を選ばないという見解もみられる。
 今後、さらに穏やかな雰囲気の下に研究が深まることを期待したいものである。
 
 
     
   セミの鳴き声の種類(「鳴く虫セレクション(東海大学出版会)」より)   
   以下はセミの鳴き声を分析した事例で、よく調べたものである。   
 
@ 本鳴き 代表的な鳴き声。普通前奏音で始まり、高潮音へ続き、終奏音で終わる。 野外で鳴いているとき、大部分は本鳴き。
A さそい鳴き メスを誘う恋の歌。相手に近づきながら出す。 ニイニイゼミはチ、チ、チと鳴きながら相手の方へ歩み寄り、時々とまってはディー・ジー、チ、チ、チと鳴く。
B 呼び交わし メスと間違えて、オスが誘い鳴きをしながら近づいてきたときなどに鳴く。 ニイニイゼミはチッ、チッチッと鳴き、アブラゼミはジッ、ジッ、ジッと鳴く。
C ひま鳴き 鳴いていないときに、ポツンと出す短い音で、各種の声の基音そのまま。比較的若いセミが発することが多い。 アブラゼミはジッ、ジーッ.これに応えて、ジッ、ジッと鳴き交わすことがある。
D 相づち ツクツクボウシの場合に顕著で、そばで仲間が鳴き出すと、それに応えるように、ジューシュルルルルルというような、5秒くらいで終わる声を出す。 仲間の声を妨害するという説と、合掌尾変形であるという説がある。ミンミンゼミニイニイゼミにもある。
E つなぎ 2回以上同じ場所で本鳴きをするとき、その間をつなぐ声。誘い鳴きによく似ている。 ニイニイゼミはチ、チ、チ、チと鳴く。
F つぶやき 本鳴きの前後や飛び立つ直前に出す弱い音。アブラゼミヒグラシミンミンゼミなどが出す。 ヒグラシは本鳴きの前後にガーガー、クークーと鳴く。
G 悲鳴  鳥に追われたり、人間に捕まえられた利したときに出す音。    
 
 
   本書では、セミの鳴き声は、まず群れを作ることが第一義的に働き、それが同時にメスを呼ぶのにも役立っていると考えられるとしている。著者はセミの心を理解しているような解説をしていてビックリである。
 
     
  ★ おまけ: ツクツクボウシの本鳴きの流れ(「鳴く虫セレクション」より)   
   セミの中でもツクツクボウシの鳴き声の複雑さは別格の存在であることは万人が認めるところである。親からの指導教育なしで、なぜ代々伝えることができるのか、全く理解を超えている。   
     
 
区分 本書での表記 本書での説明 素直な表記
@ 前奏音 ジューーンジュクジュクジュク  − ジューグチュグチュグチュ
A 高潮音 ツクツクホーシ 15〜30回近く繰り返し、次第に速くなる。 オーシンツクツク
B 切り替えの合図 ツクツクウィシ  − ウウィンツクツク
C 終奏音の前 ウィホーシ 2〜5回繰り返す。音量は高潮音と変わらない。 モゥイーヨー
(これは空耳ではなく、なぜか明確に「もう、いいよー」と言っている。)
D 終奏音  ジューー    − ジュー・・・ 
 
   全体の長さは20〜45秒くらい。   
 
注: 書籍での表記はほとんど外国語のように感じ、全く受け入れられない。辺境の地であった武藏国での感覚なのかも知れないし、セミ自身にも地域的な訛りがあるのかも知れない。「素直な表記」として掲げたものは、東海地方での感覚である。