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続・樹の散歩道
  クチナシの花の雄しべが奇妙な形態となっている理由


 雑木林で自生のクチナシを見つけたなら、おや、これは珍しいと、しげしげと見つめることはあると思われるが、ふつうは庭、庭園、公園等の定番植栽木であり、この強烈なにおいで季節を実感する日常生活の指標木の一つではあるが、現実は一瞥されるだけである。それほどふつうの存在であるこの花のイメージとしては、風車にもなる白い花冠を持つ花で、確か花弁(花冠裂片)の間にはモールのような褐色の地味な飾りが挟み込まれている印象がある。これが何かなどと考えたことも、疑問に思ったこともない。
しかしである。つい最近のことであるが、これがへばりついた「雄しべ」であることを教えられた。と、わかると、何でこんな姿でいるのか疑問が湧いてくる。  【2015.7】 


   クチナシの花を改めて観察   
   
 
お馴染みのクチナシの花  通常の雄しべの状態  雄しべが倒れる前か? 
     
      雄しべの様子
 開花状態の雄しべの葯は花粉を出しきって乾燥しているように見える。
      蕾をこじ開けた花
 たっぷり花粉を抱いた葯が雌しべの花柱に密着していたことがわかる。
     蕾をこじ開けた花
 雌しべの花柱に葯の形が転写している。 
 
   
   お馴染みのねじれた形態の蕾の中で、雄しべは既に成熟して大量の花粉を雌しべに塗りたくっていた。雌しべは柱頭が割れる等の形態的な変化がないため、成熟時期を目で確認することができない。   
     
   クチナシは雄性先熟なのか

 ふつうの状態のクチナシでは、雄しべが倒れて花冠の裂片の間にぺたりと張り付いた状態は、明らかに雄しべが花粉を放出しいている状態にはなく、既に役割を終えた状態にみえる。葯の表面をよく見ても花粉が存在しているようには見えず、さっさと雄しべを脱落させても何ら問題はなさそうである。

 一方、雄しべがまだ寝ていない状態では、花粉が確認でき、さらにこじ開けた花冠の中の雄しべには大量の花粉が確認できる。雌しべの表面を見ると、付着した花粉は葯の形態が転写されており、この雄しべ(葯)が雌しべに密着していたことが伺える。

 こうした状態を見ると、例えばキキョウで見られるような「雄性先熟」のパターンが頭に浮かぶ。つまり、雌しべが成熟する前に雄しべが先に成熟して花粉を出し、その花粉が他の花の受粉に使われて、同花受粉を防ぐというシステムである。

 しかし、クチナシでは、雌しべが成熟期に柱頭が割れて開くような目でわかりやすい形態的な変化がないためにわかりにくいのが難である。

 そのためかどうかは確認できないが、図鑑類でクチナシが雄性先熟であるとしている記述例は残念ながら目にできない。わかりやすさでは模範的なキキョウに較べたら、雄性先熟の事例として積極的に掲げるには少々ふさわしくないと見られているのかもしれない。 
 
     
   ついでながら八重咲きのクチナシの中心部はどうなっているのか 

 八重咲きのクチナシは白いバラのようで美しく、思わず鼻を近づけてその強い香りをクンクンしてしまう。ところで、この八重咲きのクチナシであるが、中心部に雄しべや雌しべの痕跡があるのか確認したくなり、手当たり次第に優しくこじ開けてみた。
注:八重の大形のクチナシをオオヤエクチナシと呼んでいる例が多いが、品種の素性がよくわからないので、ここでは単に「ヤエクチナシ」とした。  
 
     
 
ヤエクチナシ 1 ヤエクチナシ 2  ヤエクチナシ 3 
 
     
 
 ヤエクチナシをこじ開けた状態 1
 雌しべは変形しているように見える。雄しべの葯は短いが確認できる
 ヤエクチナシをこじ開けた状態 2   たっぷり花粉を出している。    ヤエクチナシをこじ開けた状態 3
 小さな虫の方が気になってきてしまった。 
 
     
   今回、複数箇所で見た範囲では、意外や何れも中心部にはやや小さいながらも雌しべや花粉を持った雄しべがふつうに見られた。 一般的には八重咲きの花とは雄しべや雌しべ(ときに萼片)が花弁化したものと理解されているが、雄しべや雌しべを有する八重咲きのクチナシの場合は、構造としては純粋に花冠の裂片(花弁)のみが多いタイプと理解できる。

 ただし、合弁花の八重とは、花冠筒がどういう構造なのかは理解しにくい。一重のクチナシでは花冠筒はスカスカで、内側に雄しべが合着し、中心に雌しべがゆるゆる状態で子房までつながっている。一方、八重咲きのクチナシの花を解体してみると、花冠筒には空間がなく、中身の詰まった円柱状になっていた。これは多数の肉厚の花弁が合着していているために、隙間がなくなったようである。

 ところで、八重咲きのクチナシには果実ができないというのが定説になっている。自分でキッチリ確認したことはないが、このとおりであるとしても、ものの言い方としては、「八重咲きのクチナシでは雄しべや雌しべが花弁化しているために果実ができない。」という表現は正しくないことになる。想像も含めて言えば、「八重咲きのクチナシでも雄しべや雌しべは存在するが、子房の機能が不完全であることが多く、結実に至るのはまれである。」くらいのことであろうか。

 庭先のヤエクチナシを観察した人に聞いたところでは、小さな果実ができそうな印象があったものの、途中で落ちてしまったそうである。 
 
     
  <参考:八重咲きのクチナシの花に特に多い不快虫の素性>   
     
   クチナシの花を見ていると、特に八重咲きのクチナシで、ごく小さな細身の虫がしなやかに、しかもすばしこく蠢いているのをふつうに見かける。花の中心部を開くと何十匹もザワザワと蠢いていて、実に気持ちが悪い。これを知ると、もう鼻を近づけにくくなってしまった。   
     
 
   この虫の正体を調べると、アザミウマ目(旧名 総翅目)のアザミウマの仲間スリップス Thrips とも呼ばれる。)の昆虫であることがわかった。種名は特定できない。

 白いバラのように美しく、またいい香りを持つ花にこんな不快昆虫がザワザワ生息しているのは残念なことである。

 アザミウマの仲間は国内で2亜属4科数百種が知られていて、一般に植物体の間隙に生活する習性があり、特に農作物の吸汁害虫としても知られている。  
      ヤエクチナシの住人のアザミウマの仲間
 
貧弱であるが羽を持っていて、いじめるとしばしば飛ぶ。