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続・樹の散歩道
  北の大地のハルニレ


 北海道で目にするものの中で、最も北海道らしい樹木は何かとなれば、やはりハルニレであろう。豊かな半球状の樹冠を広げた大樹は北海道の広大な大地の象徴的な存在と言える。現在でも生活エリアで巨木が保存されていて、安らぎの緑陰を提供している。また、郊外では河川敷の草地や畑地が宅地化された地域にぽつんと存在するハルニレの巨木は、いかにも北海道らしい風景を形成し、記念写真のスポットとしても親しまれている。元々ハルニレは滴潤で肥沃な土壌を好むことが知られており、北海道ではかつては豊穣の大地の象徴でもあったようである。
 ニレの仲間が欧米では街路樹としても好まれているといわれるが、北海道ではハルニレが街路樹として利用されることは少ない。ハルニレらしい自然樹形を楽しむためには空間的な余裕が必要となる事情が影響しているものと思われる。
 一方、ハルニレの材は同じニレ科のケヤキの材が“広葉樹の王様”として君臨してきたのに対して、全く存在感がなく、そもそも何に利用されてきたのかもあまり知られていない。 【2019.2】


 ハルニレのある風景  
     
 
 
             北大構内のハルニレ 1 
 北大の構内にはハルニレの巨木が多くあって、ゆったりと落ち着いた空間を演出している。る。
 
 
         北大構内のハルニレ 2
 上の写真のハルニレの根際部分の様子である。  
        北大構内のハルニレ 3
  落葉期の全体の樹形である。  
   
         北大植物園のハルニレ
 北大植物園にもハルニレの巨木が多数ある。
       江別市保存樹木のハルニレ
 看板には樹高18m、直径76cm、樹齢 推定100年としている。冬季に雪をまとった姿も美しい。 
   
      北海道三笠市幾春別のハルニレ
 看板には樹齢600年、周囲6mとしている。さらに、「明治20年頃から入植した人達が、この木を目印にして、深いクマザサをかき分けながらたどり着いたといわれている。」と説明している。  
         新宿御苑のハルニレ
 都内の公園等ではアキニレは多数見るのに対して、ハルニレの樹を見ることはあまりない。ただし、新宿御苑には複数のハルニレの大きな樹が見られる。北海道のハルニレと違っていて、クスノキの樹形のようである。 
   
    都内港区愛育病院前のハルニレの並木 
 都内では珍しいハルニレの並木である。植栽から間もないため、樹はまだ細い。
           ハルニレの葉
 一般に葉の上面はざらついているが、個体差があるのか、都内で見たハルニレは皆ツルツルであった。
 
 
  ハルニレと言えば、北海道豊頃町内の十勝川の広い河川敷に堂々と立つハルニレの巨木も有名で、その姿はシルエットだけでもそれとわかる存在である。
 なお、ハルニレの樹を前にして樹種名がわからずもどかしい思いをしていた人に対して、「舟木一夫の樹です。」としてヒントを与えている風景を見たことがある。時代が変わればヒントにもならないが、いい年であればわかる「楡(にれ)の木蔭には~ず~む声・・・」である。
 
 
 ハルニレのあらまし  
     
 北海道、本州、四国、九州、中国、朝鮮、旧ソ連に分布。アカダモとも。
 ニレ科ニレ属の落葉高木で、樹高は25~30m、に達する。Ulmus davidiana var. japonica
 ニレ属は国内ではハルニレ、アキニレ、オヒョウが分布し、中国には20余種分布するという。都内の公園ではアキニレはふつうに見かけるが、ハルニレは少ない。
 中国名は春楡、山楡、紅楡で、原変種の Ulmus davidiana var. davidiana (中国名 黑榆)も中国に分布。
 
 
   ハルニレの両性花の集まり 1
 赤褐色の葯が裂開し始めた状態である。雄しべが邪魔で、雌しべはよく見えない。花が春に咲くからハルニレ。
   ハルニレの両性花の集まり 2 
 写真ではわかりにくいが、1つの花には雄しべが4個ある。花粉放出後の葯は暗褐色となる。
   ハルニレの両性花の集まり 3 
 白く見えるのが雌しべの柱頭で、花柱が2裂し、柱頭の内側には白い毛が密生する。
 
 
 
   ハルニレの両性花の集まり 4 
 雄しべがほぼ脱落した状態で、この個体では柱頭がピンク色を帯びている。
  ハルニレの若い果実(翼果) 
 先端部が凹んでいる。
    ハルニレの成熟果実 
 種子は風で散布される。
 
 
<参考: その他のニレの仲間たち>  
 
      アキニレの葉
 Ulmus parvifolia
 本州、四国、九州、中国、朝鮮に分布。 
     アキニレの両性花
 ハルニレより花が少ないため、1つの花を確認しやすい。雄しべは4個。花が秋に咲くからアキニレ。 
      アキニレの樹皮
 まだら模様に剥がれる樹皮が特徴的である。
     
       ノニレの葉
 マンシュウニレとも。Ulmus pumila
 中国、旧ソ連、モンゴル、朝鮮等に分布。中国名:楡樹、白楡、家楡 
      ノニレの樹皮
 樹皮はハルニレと違ってゴツゴツしている。 
      コブニレの枝 
 ハルニレの品種で、枝にコルク質が発達している。Ulmus davidiana var. japonica form. suberosa
     
     
      オヒョウの葉 
 Ulmus laciniata
 北海道、本州、四国、九州、アジア東北分に分布。オヒョウニレとも。
 中国名:裂葉楡、青楡、大葉楡
     オヒョウの両性花 
 雌しべが赤く、確認しやすい。
     友禅ケヤキの葉
 友禅ケヤキ(ユウゼンケヤキ)はアキニレの園芸品種で、庭園樹にされる。  新葉に黄色の覆輪が入る。 
 
 
  その他のニレ類の例

トウニレ Ulmus davidiana(var. davidiana
 中国に分布。学名上はハルニレの基本種(基準変種)となっている。
 中国名:黒楡、山毛楡
アメリカニレ(ホワイトエルム) Ulmus americana
 American elm , white elm , gray elm , water elm , soft elm , Florida elm
 カナダ、米国に分布。
セイヨウニレ(セイヨウハルニレ、ウィッチエルム、オウシュウハルニレ)Ulmus glabra
 elm , wych elm , English elm , Scotch elm
 北・中央ヨーロッパ、西アジアに分布。
ヨーロッパニレ、テリハヨーロッパニレ Ulmus minor
 Europian field elm , smooth elm
 ヨーロッパ原産。
イングリッシュエルム (オウシュウニレ)Ulmus procera , Ulmus minor var. vulgaris
 Atinian elm, common elm, elm, elm tree, English cork elm, English elm, European elm, silver elm
 西ヨーロッパ原産。
スプレディングエルム Ulmus laevis
 spreading elm , European white elm 
 ヨーロッパ中部・東南部、コーカサスに分布。
 (中国名:欧州白楡) 

特にヨーロッパ原産のニレ類については、定着した和名がない。
 
     
 ハルニレの材の様子  
 
 
       ハルニレの材面 1 
      ハルニレの材面 2 
  ハルニレ材のフクロウ
 (北大総合博物館展示品)
 
   
 板目面での木目は、同じ環孔材のヤチダモやハリギリと較べるとかなり地味な印象は否めない。ニレ材は輸入材もある模様であるが、中国、ロシアには同じ種が存在しするし、アメリカニレも似ているようで、区別できる人がいるのであろうか。  
 
 ハルニレの材の利用  
 
 ハルニレの材(環孔材)の辺材は帯褐灰白色、心材は暗褐色で色の変化の幅が大きく、以下に掲げるような利用(注:古い時代の用途を含む)が知られている。  
 
 材が比較的重硬、強靱で粘り(曲げ強さ)があって、車体、車台、車軸(大八車の軸等)、車輌の轂(こしき)、船舶用材(船底)、手斧柄、臼・杵、くさび、曲木に 
 ケヤキ等代替として太鼓胴、椀、盆に 
 一般的な用途として建築(内部造作)、家具、器具に 
 雑用途として、魚箱(トロ箱に同じ。)、枕木に利用されたという。 
 
 
   また、稀に瘤から美しい玉杢が現れる素材が得られ、花台や工芸素材として珍重され、楡瘤(にれこぶ)の呼称がある。
 一方で、マイナス的評価として、材色が地味でくすんで見えると一般に表現され、仕上げ面にはざらつきがあって光沢に乏しく、さらに乾燥による狂いが出やすいとも評価される。

 ある製品を購入するに際して、ニレ(ハルニレの意)、タモ(ヤチダモの意)、ナラ(ミズナラの意)の3種類の素材(いずれも集成材)が用意されていたことがあって、価格の序列が明確になっていた事例として確認した。高い順にナラ、タモ、ニレとなっていて、かわいそうなことにニレは最も低価格となっていて、市場での原木価格がそのまま反映しているものと思われる。

 こうした価格差は、やはり見た目の印象に由来するものであろうことは容易に理解できる。ナラは昔から重厚なイメージが定着していて、集成材となっても集成の違和感はない。タモはナラより淡色の明るいイメージで、材色も均一で集成材となってもナラと同様に違和感のない外観を保っているが、ニレは同じニレ科のケヤキの材色の鮮やかさには遠く及ばず、従前から「くすんだ色」と評され、さらに集成材となると材色の変化幅が大きいことに由来して継ぎ接ぎが目立つ点も好みが分かれるかも知れない。
 
 なお、その他、特異な利用として次のようなものが知られている。 
 
     
 
 ・  アイヌは火起こしの材料として特にチキサニ(ハルニレの意)を用いた(アイヌと植物)という。 
 ・  (北海道では)ハルニレは多分材価も安かったものと思われ、「かつてはニシン箱、玉ネギ箱などの安物の箱をつくった(北方植物園)」とも言われている。個人的にもハルニレが北海道では昔は魚箱の材料とされ、水を含んだ材は水に沈む特徴があるとも聞いたが、この点は検証していない。 
 ・  根を細に砕き水に浸出して得た粘汁は製紙用に供する。(樹木大図説) 
 
     
   樹種毎の材の外観は異なっていて当たり前であり、それぞれの個性として受け止めたいが、業界的な固定的評価はなかなか厳しいものである。結果として、「ハルニレの材はヤチダモと同じような用途に使われるが、材色も暗くくすんでいるので、それより劣等な材と考えてよく、また、ケヤキ、ヤチダモの代用材とされていることが多い。」(木の大百科)と記述されていて、ハルニレの材はどうあがいても日陰の存在である。