トップページへ  樹の散歩道目次へ   続・樹の散歩道目次へ
続・樹の散歩道
  フタリシズカの果実に群がるアリの謎


 センリョウ科のセンリョウ、ヒトリシズカ、フタリシズカの奇妙な花については別項(こちらを参照)でちょっとだけ観察してみたが、ヒトリシズカやフタリシズカの果実については地味な印象があるのみで、話題として採り上げられることもないため、全く興味がわかず、目を凝らして見たことがないままになっていた。あるとき、花後のフタリシズカに目をやると、果穂の果実部分が真っ黒になっているのに気づいた。よく見ると多数のアリが押し合いへし合いの状態で、大賑わいとなっている。以前にも果実にいくらかのアリが集まっている風景を見たことがあったが、今回はこの賑やかさは尋常ではないと感じ、一体これが何なのかが知りたくなり、改めて可能な範囲で調べてみることにした。 【2016.9】 


 フタリシズカの概観  
 
           花期のフタリシズカ
 花穂は1個から数個まで幅が見られる。センリョウ科センリョウ属の多年草。 Chloranthus serratus
         フタリシズカの花穂
 花穂が2本のタイプが最も多く、ヒトリシズカに対してこの名を与えられたとされる。花には花弁も萼もない。夏から秋には下方の節から閉鎖花をつけた細い花序を出す。 
   
            フタリシズカの花 1
 花は3個の短い花糸が帽子状に並ぶ。中央の雄しべの花糸(A)は基部の内側に葯が2個つき、外側の2個の雄しべの花糸(B、C)には1個ずつ葯をつける。葯は花を壊して雄しべの帽子を裏返さないとよく見えない。 
           フタリシズカの花 2
 帽子状の雄しべの下に雌しべが隠れている。写真の上部の花では雄しべが脱落していて、柱頭が露出している。 
 
 
 
           フタリシズカの花 3
 軸側から見た花の様子で、花粉を出している4個の葯と花粉が付着した柱頭を確認できる。 
            フタリシズカの果実 1
 果実は3分の2ほどが裸出した核(種子)と下部の中果皮(果肉)からなると理解される。果肉は個性的で半透明の多汁質である。
 
 
 
     フタリシズカの果実 2
 果実を透過光で撮影したもので、果肉の中央に軸が透けて見える。
   フタリシズカの果実の断面
 果実の断面で、果肉の中心に緑色の軸があることを確認できる。 
   フタリシズカの核(種子)
 種子の黒い点のある側が頂端部で、緑色の尖った部分があるのは軸側である。 
 
     
   上記写真で、果実は半端な色合いに見えるが、ちょっと手で触れるとポロリと落ちたから、成熟果実と理解される。
 果実の果肉は半透明で、核(種子)部分は淡褐色で、一部が緑がかっている。

 果実部分は一見すると、クスノキ科樹種で見られるような花柄の上部がムッチリ太ったような形態にも見えるが、半透明の部分はそれとは雰囲気が違っている。

 一方で、フタリシズカの果実は核果とされるが、果実上部の丸い部分は硬くて果肉(中果皮)には覆われていないから、むき出しの核(種子)と理解した。

 そこで調べてみると、一般の図鑑では詳しい説明がないが、「種子の半分を果肉が包んでいる。」(花の自然史)とする記述を目にした。

 ということで、とりあえずはこの果実は内果皮に包まれた種子(すなわち核)が上3分の2ほどむき出しとなって、下3分の1ほどが中果皮たる果肉で覆われた構造であると理解することにした。 
 
     
 フタリシズカの果実にアリが群れる様子  
 
    アリが取りついたフタリシズカの果実 1 
 専ら果肉部分をむさぼり食っているように見える。
     アリが取りついたフタリシズカの果実 2
 後方の葉の上には、果肉を食い尽くされて落下したと思われる核(種子)が転がっている。 
 
 
 アリの様子を見る限り、果実の果肉部分に食らいついて、これをむさぼり食っているようである。
 アリが群れるということは、餌となる昆虫並みの栄養があるか、極上の甘さがあるかのいずれかしか考えられない。

 そこで調べてみると、研究者による観察結果を目にすることができた。要約すると、

 ・ フタリシズカの種子はアリによって散布される。 (注:たぶん、ヒトリシズカも同様と思われる。)
 ・ アリはふつうは落下した果実の果肉に惹かれて果実を運ぶ。 
 ・ アリは植物体についた果実にも取りつくが、これを直接持ち去ることはない。 

 ということである。やはり実際の観察成果には説得力がある。

 果肉の成分についての情報も別に見られた。多くの植物のエライオソームの成分を調べた科研費研究(河野 昭一)の報告概要によれば、「エライオソ-ムには糖を含む糖型(オオバナノエンレイソウ、ヒトリシズカ)と脂質型(カタクリ、フタリシズカ)があり、糖型にはとんど脂質は含まれていないことが判明した。」とあった。
注:フタリシズカは広い意味のアリ散布種子ということになるが、この果肉をエライオソームと呼ぶことには疑問がある。

 フタリシズカの果肉を実際にかじってみたが、脂質型と言われながらもアボカドのようなネットリ感など全くない上に甘さもなく、味はほとんど感じなかったが、ごく薄い塩味に似たような味を感じた。アリにとっては蜜や昆虫の濃厚な脂肪・蛋白分に比べたらあまりにも淡泊と思われ、これに取りついているアリは相当餌に不自由し、ひもじい状態にあったに違いない。

 職業的植物観察大好きおじさん達
のおかげで、フタリシズカの果実に関する理解を深めることができた。 
 
 
<参考メモ>

【花の自然史 −美しさの進化学−】北海道大学図書刊行会
 多年草フタリシズカは、なぜ閉鎖花を作るのか:岩手県立大学 平塚 明

 フタリシズカの果実はアリによって散布される。実は、親個体に果実がついているときからアリが取りついていることが多いのだが、そこから持ち去るようなことはない。
 果実が地上に落ちた後、これを見つけたアリは、さかんに運び始める。アリを引きつけたのはどうやら果肉の部分らしい。種子本体と果肉とを切り離しておいた場合、果肉だけが運ばれるからである。
 体の大きいオオアリ属、ヤマアリ属は1つの種子を1匹で、小型のオオズアリ属は5、6匹で1つの種子を運んだ。
 明らかに開放花種子より閉鎖花種子のほうが散布される確率が高い。