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続々・樹の散歩道
ナナメノキとナナミノキのいずれが標準和名なのか
そしてその語源の定説はあるのか


 ナナメノキ又はナナミノキと称している樹木は、静岡県以西の暖地に分布するモチノキ科モチノキ属の常緑高木( Ilex chinensis )であるが、一部の地域を除いて同じモチノキ属のクロガネモチ、イヌツゲ、モチノキ、ヒイラギモチ(中国原産)、ウメモドキ(これは落葉低木)などのように、公園木や庭木として広く利用されることもないため、知名度は低いようである。都内でも植栽されている姿を見る機会は少なく、たまに出会うとやや唐突な印象さえ受けるのが現実である。
 さて、この樹の和名であるが、樹名板としても「ナナメノキ」と「ナナミノキ」の両方が見られるところであり、改めて標準和名としてはどちらが優勢なのか、また、このわけのわからない和名について、どんな語源説が優勢なのかを調べてみた。【2022.4】 


   植栽木での樹名板の様子

 目にした範囲の樹名板では「ナナメノキ」が優勢であった。数ある語源説のうちのどれを支持しているのかということでは決してないと思われる。 
 
   
 
          都内林試の森公園
 
これとは別の既製品の樹名板もナナメノキである。 
           宮崎県綾町 
 郷愁を感じる平仮名のななめのき表記である。
   
         岡山市半田山植物園 
 ナナメノキとした既製品の樹名板の例である。
        イオン品川シーサイド
 
ちなみに、権威を一身に背負った小石川植物園のシンプルな樹名板もナナミノキとしている。 
 
   
 2  図鑑類での筆頭和名

 図鑑類では、見た範囲では「ナナミノキ」を筆頭名としているのがふつうで、したがって「ナナメノキ」は別名として一般に整理されている。一方、「ナナメノキ」を筆頭名としている事例としてとりあえず確認できたものは「樹木大図説」と「原色日本樹木図鑑」のみであった。

 標準和名に関しては厳密なルールはないとされるため、強いていえば、実態上は「ナナミノキ」が標準的な和名として定着していると理解できる。

 ナナミノキが優勢であることについては、樹名板でナナメノキが多かったことと同様に、特に深い意味、理由があるとは思えないから、全くの成り行きによるものと思われる。

 ただ、これは全くの想像であるが、ナナメノキの名は、それを口にした場合に何が「斜め」なのかを直ちに問われる可能性が高く、これに対して明解な説明が困難であることから、心理的には積極的に採用しにくいものとなっているのでは?と思えてくる。
 
     
 
       赤い果実をつけたナナミノキ 1
 
雌雄異株の樹木であるため、実をつけるのはもちろん雌株である。クロガネモチとは葉の形態が全く異なる。 
       赤い果実をつけたナナミノキ 2  
 果実はわずかに楕円形である。実が細長いという印象はない。
 
     
 
        ナナミノキの葉 1
 葉の縁にあらい鋸歯がある。写真では若い実をつけている。
    ナナミノキの葉 2
 右側は比較用のシラカシで、日に透かしたもの。鋸歯の形が異なる。 
    ナナミノキの葉 3
 右側は比較用のシラカシで、共に葉裏の様子である。 
 
     
 
    ナナミノキの雄花序
 淡紫色の美しい花をたっぷりつけるが、花が小さくてほとんど関心を引かない。 
      ナナミノキの雄花
 花弁は通常は4個(雄しべも4個)つける。
      ナナミノキの雄花
 しばしば5弁花が見られる。
     
     ナナミノキの雌花序 
 雄花序よりも花は少なくてスカスカである。
      ナナミノキの雌花
 花弁は通常4個つける。退化した雄しべは花粉を出さない。 
     ナナミノキの雌花
 しばしば5弁花が見られる。
 まれに両性花があるという。 
 
     
   ナナミノキとナナメノキの語源について

 語源については諸説(:最後に参考としてとりまとめた。)を目にするも、残念ながらどれも説得力に欠けている。やはり、わからないものはじたばたしてもわからないものであり、この樹種の呼称に触れるときは素直に「語源(名前の由来)は不明」とするのが適切であると思われる。あやしい諸説を採り上げて、素人が想像してもスペースの無駄であり、何の知見も提供できない。

 そもそも、あまりミステリアスではない単語である「ななめ」と「ななみ」の語でスタートしても、想像の翼は全く羽ばたかない。読んでおもしろい蘊蓄を開陳するためには和漢の万巻の書物、資料を渉猟し、全国各地の歴史、民俗に精通したバックボーンがなければだめである。

 個人的には、この樹が生育地の条件の如何を問わず常に樹幹が斜めに傾いて生育しているのであれば、文句なしの「ナナメノキ」として一番わかりやすくてうれしいのであるが、そうではないのが誠に残念である。
 
     
  <参考 1:都内での植栽例>   
     
 
        日比谷公園のナナミノキ
 ゆったりと広がった樹冠がいい緑陰を提供している。
 突然の1本の雄株である。開花時期(5月下旬)の様子。 なお、写真左奥に“斜めの木”が見られるが、残念ながらナナメノキではなく、何らかの原因で傾いてしまったただのケヤキであった。
     イオン品川シーサイド店前のナナミノキ
 写真に収まった7本がナナミノキで、雄株雌株の両方がたぶん計画的に植栽されているのはエライ!イオンは宮脇教こちらを参照)の熱心な信者であることに由来するものであろう。ただし、残念ながら、ルビーロウムシすす病によって、ひどく衰弱しているものが見られる。被害の様子はこちらを参照。
   
         都内港区内のナナミノキ 1
 ナナミノキの分布は静岡県以西とされ、都内の旧来の地域での植栽例は少ないと認識していたが、よく見ると新しいビル周りの歩道の並木としてしばしば使用されていることがわかった。
         都内港区内のナナミノキ 2
 これも突然のナナミノキといった印象があり、増殖した業者が売り込みに成功したのかも知れない。実をつける雌木の比率は未確認である。
 
     
  <参考 2:掲載種名と語源等諸説メモ>   
 
 書籍名 抜 粋 
樹に咲く花
(山と渓谷社) 
筆頭名 ナナミノキ (別名 ナナメノキ)
名前の由来:美しい実がたくさんなるので七実の木の名がついたとか、モチノキに似て実が長いのでナガミノキとつけられ、それがなまったとか、実が美しいので名が知られているという意味で名の実の木とつけられ、それがなまったなど、諸説がある。 
木の名前
(婦人生活社) 
筆頭名 ナナミノキ (別名 ナナメノキ)
名前の由来:七実の意味で美しい実を多くつけることから、ナガミノキ(長実の木)、名の実(名の実)の転訛などの説があります。 
日本の野生植物  筆頭名 ナナミノキ (別名 ナナメノキ)
名前の由来:七実の意味で、美しい実がたくさんなるためといわれる。中国名は冬青。 
植物の世界  筆頭名 ナナミノキ (別名 ナナメノキ)
和名の由来:たくさん実をつけるという意味で「七実の木(ナナミノキ)」とする説もあるが、定かではない。 
改訂増補 牧野新日本植物図鑑  筆頭名  ナナミノキ (別名 ナナメノキ、カシノハモチ)
名前の由来:語源がはっきりしない。 
原色日本樹木図鑑
(保育社) 
筆頭名 ナナメノキ 
樹木大図説
(上原敬二) 
筆頭名 ナナメノキ (別名 ナナミノキ、ナノミ、ナモメ、ナマメ、ナナムノキ、アヲギ、ヒチジョウ)
:本書では語源について特段の主張はせず、参考として何と以下の8種の書の抜粋を掲載している。ただし、語源の参考になるものはなく、モチノキ属の各樹種の呼称が錯綜していたことだけが伺える。
@大和本草、A大和本草批正、B小野嵐山本草記聞、C本草鏡、D紀南六郡志、E花譜、F本草啓蒙補遺、G樹木和名考

 以下にその一部を抜粋する。

@【大和本草】
 ・・・ナナミ二種あり、一種は十大功労葉トリモチの木なり・・・
F【本草啓蒙補遺】
 クロガネモチ三種あり、一種は葉短にして実少し、シャクセンダンと云、九州間々あり、一種は実甚多きものあり、筑前ナノミ、肥前ニハナノミ一種葉先の尖るものあり、ナノミ又ナナメ。
G【樹木和名考】
 大和本草、及大和本草批正に記する所、本草鏡、紀南六郡志、本草啓蒙補遺の諸説を総合して考ふるに大和本草のナナミノ木は今日のモチのき、トリモチの木は今日のナナの木に当り、本草啓蒙補遺に記すクロガネモチ一種シャクセンダンと云ふもの今日のクロガネモチに当り、ナノミ一名ニハノミと云ふもの今日のモチノキに当り、葉先の尖るものと云ふもの今日のナナメノキに相当するが如し、紀南六郡志のモチノキは今日のクロガネモチ、同書のエドモチは今日のモチノキに符合し、大和本草記聞のモチノキは今日のナナメノキ、クロガネモチは今日のクロガネモチを云ふものの如く大坂モチ、エドモチ何物なるや考ふ可からず、大モチ、トリモチと云ふものの中何れかが今日の山車を指すものならん。 
植物の名前の話
(前川文夫) 
・ ナナミノキの果実は楕円形である。これの属するモチノキ属では一般論として、果実は球形で通っているのに、中には例外的に細長い実(:細長いの表現はよろしくない。)のなるのがナナミノキなのである。それで斜め木であるがこれは多くの植物が名をもらうようになった徳川後半の命名であると思われる。
・ ナナメノキはナナミノキ=ナガミノキ=長実ノ木でクロガネモチやモチに比して長みの実のなることから名ができ、(クロガネモチはモチに較べて葉が乾けば黒褐色となり鉄を連想させる色になるのによるかと思う。) 
:何を言っているのかよくわからない。
植物和名の語源探求
(深津正) 
 本草啓蒙補遺(:前出)に「ナノミ」、「ナナメ」とあるのにヒントをえて、ナナメノキは、本来「ナノミ」と称したものであると推定、その語源を「名の実」ではないかと考えた。ここにいう「名」とは,名声とか評判の意味で、名の木(有名な香水)、名の草(人に名前をよく知られた草)、名の筆(名高い人の書いた書画)、名の月(名月)など、有名であることを意味する形容詞として「名の」を冠する例は少なくない。このような例に漏れず、実の美しいところから、もともと「名の実の木」と称したものが、いつしかナナメノキに転訛したものであろう。
:クロガネモチやモチノキなどを差し置いて、ナナミノキの実がとりわけ美しいとする感覚は一般性がないと思われる。