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続・樹の散歩道 中国植物誌に中国産とされるトウモクレンが
なぜ掲載されていないのか?
ハクモクレンもシモクレン(名称が混乱しやすいので、一般に筆頭和名となっている「モクレン」の名は避けて、ここでは別名とされる「シモクレン」の名を採用する。)も中国から渡来したものとされるが、ハクモクレンは緑化木として広く植栽されているのに対して、シモクレンが植栽されている例はそれほど多くないように思われる。 一方、このシモクレンの変種とされるトウモクレンは比較的多く植栽されているのではとの勝手な思いがあったが、観察を進めるうちに実はシモクレンに比べるとはるかに影が薄い存在となっていることが薄々わかってきた。植物が大好きなおじさんやおばさんでも、これらが決してわかりやすい名前ではないことから、どっちがどっちであったのか、しばしば混乱しているようである。自分でも同様であるが、参考として中国ではこれらを何と呼んでいるのか知りたくなって、まずは中国植物誌で調べてみると、何と中国では広く栽培されているのではと想像していたトウモクレンが掲載されていないのを確認した。はて、これはどういうことであろうか。 【2018.5】 |
1 | シモクレンとトウモクレンに関する図鑑等での記述内容 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
図鑑における両者の花や葉の特徴等を捉えた記述を抜粋すれば以下のとおりである。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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注:種小名として liliiflora と liliflora の綴りが見られる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ポイントをまとめれば、 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ということになると思われる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2 | 真正のシモクレンはどの程度植栽されているのか | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「樹に咲く花」に掲載されたシモクレンの花が内側と外側のいずれも濃い紅紫色であったことから、これを参考として以前から日常生活の中でシモクレンを探索していた。しかしながら、内側が淡色のトウモクレンらしきものが多いように感じられ、たぶんシモクレンなのであろうと思われるものは植栽樹としてはわずかしか目にできないままとなっていた。しかし、改めてシモクレンについて学習すると、園芸植物大事典の次のような記述があるのを目にした。 「(シモクレンでは)ハクモクレンと同様に変異が多く見られ、花色の濃いものや淡いもの、花弁の幅が細くて先端がとがり気味のものや幅の広いものなどがあるが、これは長年の栽培過程での実生変異と思われる。園芸品種として日本では、花色のやや淡いトウモクレン(‘Gracilis’)、花色濃いカラスモクレン(‘Nigra’)のほか、アメリカには数十種がある。」 となると、花の内側の色が薄くてトウモクレンと思い込んでいたものは、実はシモクレンのふつうの変異の範疇であったということになる。ただし、探索していて気づいたことであるが、公園樹で「シモクレン」と表示しているものでも明らかに真正のシモクレンではないものがしばしば見られた。 |
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シモクレン及びシモクレンらしきものの例 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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花弁の色の濃さは、特に内面は濃淡差が大きく、「2」の花は外側と内側がほとんど同色で、カラスモクレンと呼ばれているものかもしれない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
3 | トウモクレンを簡単に識別できるのか | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
まず、形式的な整理であるが、比較的新しい図鑑ではトウモクレンはシモクレンの栽培品と見なすのが普通になってきているようである。そもそもシモクレンに変異の幅があり、さらにシモクレンはハクモクレンをはじめとする他のモクレン属との交配品種が多数あるとされ、どの程度が導入されているのかさえわからない。公園やビル周辺の植栽樹としても利用されていると思われ、花弁の外側の色が暗紫色のものからピンク色のものまで目にするが、これらの素性は見ただけではさっぱりわからない。要は身の回りにはシモクレンの実生変異、栽培品種及び種間交配品種が多数存在することを承知しておかなければならない。 したがって、もはやどれがトウモクレンなのかと思い悩むこと自体、無駄なあがきであり、意味がないような気持ちになってくる。しかし、徘徊・検分した範囲では、たぶん真正のトウモクレンなのであろうというものを概略絞り込む拠り所は、特に花が小形で、花弁の外側が赤紫色でやや細くて内側が白に近く、葉が狭いということがポイントと感じる。注意して観察していると、次第に目が慣れてきたような気になれるが、該当するものは極めて少ないという印象がある。そもそも、トウモクレンの名前自体がほとんど一般に知られておらず、苗木の販売情報もほんのわずかしか見られない。 なお、注意が必要なのは、単に小ぶりな淡紫色の花をトウモクレンと見誤ってはならない。ガールマグノリアの名のあるシモクレンとシデコブシの交配種群は総じて花が小振りで淡紫色である。見た範囲では、葉もかなり小形である点も特徴であると思われる。 |
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トウモクレン及びトウモクレンらしきものの例 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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トウモクレンやシモクレンはビル周りの植栽木等として積極的に利用されていない印象があるが、その理由をこの機会に改めて考えてみると、まず、樹形が小さい上にざわざわと株立ちとなる性質から姿がスッキリしないことが考えられる。さらに人気のあるシモクレンの交雑品種では主幹ははっきりし、樹高の特性、花の色や大きさが多様性に富んでいて、選択の幅が広く、結果としてトウモクレンやシモクレンの影が薄くなっているものと思われる。ただし、シモクレンは交配に際しての紫の花色を出す重要な素材として大活躍してきた経過があるようである。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(株立ちの話はどこかに挿入) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4 | トウモクレンはなぜ中国植物誌に掲載されていないのか | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
トウモクレンは国内の図鑑では Magnolia liliiflora Desr. var. gracilis Rehd. の学名を掲げて、シモクレンの変種として扱っている場合と、これとは別に栽培品として扱っている場合が見られる。 このうち、変種と見なす学名については、シモクレンの学名のシノニムと見なす見解(The Plant List 参照)があり、栽培品としては ‘Gracilis’の名がある。中国名として狭萼辛夷(百度百科、中国語版ウィキペディアなど)の名もあることを確認したが、認知度は高くない印象である。 中国植物誌でトウモクレンが掲載されていないのは、自然分布する変種と見なさず、あくまで数ある栽培種のひとつと見なしていることによるものと思われる。 |
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5 | 気になる問題の所在及び対処案 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
多様な品種が存在することは、緑化に際しての選択肢が多いことを意味し、鑑賞する側も楽しめるから結構なことである。ただし、次のような現実の問題がある。 ① 真正のシモクレンではないものにシモクレンの名の樹名板を付している例がみられる。 ② 実は真正のトウモクレンを見る機会は極めて少ない。 ①は、シモクレンとハクモクレンの交雑品種が多数存在する中で、苗木生産者がこれらの系統の素性の認識がが十分でないことに起因して、流通上の名称がテキトーになっている実態が反映しているものと推定される。 ②の実態から、図鑑ではシモクレンとトウモクレンの両者がふつうに掲載されていても、実際に両者を見較べる機会がない。こうした中で、トウモクレンをお散歩がてらに見つけて同定しようと試みるも、なかなか果たせなくて悩んでいる者がいることは不幸なことである。 この現実を踏まえ、まずは以下のように名前を交通整理することを提案したい。 ハクモクレン、シモクレン、トウモクレンのいずれも中国から渡来したものと考えられている中で、トウモクレンだけに「トウ(唐)」を付した呼称は種の呼び分けの機能混乱を招きやすく不合理で、属性も反映していないことから混乱の一因になっており、トウモクレンの和名及びこれを変種と認識した学名は抹殺すべきである。 この上で、トウモクレンの和名に替えて、花が小さいことを捉えた別名とされている「ヒメモクレン」を筆頭和名として使うべきである。また、トウモクレンを変種と見なした学名が図鑑でみられるが、国際的にもシモクレンの学名のシノニムと見なされており、栽培品としての学名、Magnolia liliiflora ‘Gracilis’を使用すべきである。 さらに、シモクレンとハクモクレンの多様な交配品種については、苗木生産者がしっかり素性を把握して、適正な系統管理の下に出荷するように努力願い、樹名板を付すときは極力品種名を明示願いたいものである。 次に、トウモクレンの認識の助けとなる教材がどうしても必要となるが、これについては次に検討する。 |
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6 | シモクレンとヒメモクレン(トウモクレン)の適正な学習素材の探索 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
まずは、シモクレンの植栽があるとの情報がある小石川植物園をのぞいてみることにした。園内を徘徊すると、シモクレンとしたものが3株植栽されているのを確認した。 ①小石川植物園 柴田記念館手前 樹名板表示 モクレン Magnolia liliflora Desr. 樹は株立ち状で、樹高が一番高くて5mほどあり、相場からすると大きい。 ②小石川植物園 分類標本園 樹名板表示 モクレン Magnolia quinquepeta(Buchoz)Dandy (この学名は異名) 樹は株立ち状の低木。 ③小石川植物園 園内シマサルスベリ付近 樹名板表示 モクレン Magnolia quinquepeta(Buchoz)Dandy(この学名は異名) 樹は貧相な株立ち状の低木で、花が全く見られなかった。(2018.4) 天下の東大附属の小石川植物園であるから、たぶん真正のシモクレンと受け止めてよい思われるが、残念ながらトウモクレンは見られなかった。 |
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そこで、もしやと思い、向島百花園をのぞいたところ、シモクレン(紫木蓮)と記した札がつり下がった植栽木が2箇所にあって、よくよく見るとこの1つが真正のシモクレンで、他の1つが真正のトウモクレンと勝手に確信を持った。 ついては、この2本を「シモクレンとトウモクレンの学習用標準木」として暫定的に認定することとしたい。ほぼ隣接した箇所に植栽されていることから、両者を比較することも容易で都合がよい。 |
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向島百花園のシモクレンとトウモクレン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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上記の2株を左右に見比べれば、花色、花の大きさの違いが一目瞭然で、手軽にガッテンできる有り難い存在である。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
7 | シモクレンとトウモクレンの樹形 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
シモクレンやトウモクレンの植栽樹を見ると、いずれも株立ち状態となっていることが確認できる。「シモクレンでは常に叢生する(中国植物誌)。」として表現されているとおりで、これが自然樹型であると理解できる。植木の仕立てとして、主幹を伐って背丈の低い株立ち状に誘導する手法があることが知られているが、シモクレンやトウモクレンでは放っておいても根元から次々とヒコバエが出ることによる。ただし、「根元から出るヒコバエを掻き取り1本立に仕立てると高さ6mにもなる(原色園芸植物大図鑑)。」とあるから、手間を掛ければ、1本立ちに誘導することも可能なようである。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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8 | 通販で扱われているシモクレン系の交配種の素性について | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ネット通販でいわゆるマグノリアの類(モクレン属樹種及び栽培品種)が多数販売されている。このうち、紫から桃色の花をつけるシモクレンの血の流れているのであろう交配種について、その素性が気になるところである。販売情報だけではよくわからないため、可能な範囲で以下に調べてみた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
シモクレン系交配種の苗木販売例 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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注:栽培品種の増殖に際しては、実生のコブシの台木に接ぎ木する手法が採用されている模様である。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
なお、モクレン属の数多くの栽培品種を覚えようなどという気持ちはさらさらないが、都内でモクレン属の品種を多数植栽していることで知られる京王フローラルガーデン アンジェ(東京都調布市多摩川4-38)を参考としてのぞいてみた。マグノリアガーデンの木々は開花時期に幅があるため、欲張って30種ほどの花を一度に見ることはできないが、大変参考となった。 (実は、トウモクレンの樹名板はここで始めて目にした。) |
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<参考: 街中で見かけたマグノリア スーランジアナと思われる植栽樹の例> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ハクモクレンとシモクレン(花粉親)を使った本交配種群は、ハクモクレンのお陰で花が大きく、シモクレンのお陰でピンク色となって、華やかで美しい。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||