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続・樹の散歩道
  中国のヒガンバナはふつうに結実するのか


 国内でヒガンバナが結実しないのはこれらがすべて三倍体であるためであり、また、その由来は古い時代に中国から渡来した史前帰化植物と考えられているというのが一般的な理解となっているところである。しかし、少ないながらもタネをつけるヒガンバナの存在が確認されているとの話があるせいか、図鑑における表現はやや歯切れが悪く、また、中国には二倍体で結実するヒガンバナが存在するといった中国での全体の視点が抜け落ちた半端な表現が見られたりと、科学的な情報が十分でないという印象を持たざるを得ない。また、種子散布ができないにもかかわらず、国内でこれほどまでに広く分布していることについてもよくわからないために様々な説が存在するなど、ヒガンバナは依然として謎に満ちた植物であり続けている。【2016.12】 


        田園地帯の道端のヒガンバナ
  ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草 Lycoris radiata
 曼珠沙華の名は赤花を表す梵語に基づくという。 
         都市部の公園のヒガンバナ
 葉は花が終わったあとの晩秋に現れ、翌年の3~4月に枯れるため、葉を見てヒガンバナとわかる人は少ない。 
 
 
 結実に関する様々な記述例  
 
   図鑑や書籍では、国内ではヒガンバナは すべて3倍体である( 3倍体の系統である)、 大部分が3倍体 としている例があり、また、結実に関しては 結実しない、ほとんど結実しない、結実しても発芽しない  としている例が見られる。   
 
 日本に分布するものはすべて3倍体(2n=33)で、もっぱら鱗茎の分裂によって繁殖している。【植物の世界】 
 日本のヒガンバナはすべて3倍体種子ができない。【野草大図鑑】 
 日本産のヒガンバナはすべて3倍体種子ができない。【園芸植物図譜】 
 ヒガンバナは日本には3倍体不稔種しかない。【園芸植物大事典】 
 日本のヒガンバナは3倍体の系統なので、花は咲いても実は出来ない。【花の声】 
 ヒガンバナは種をつくらず球根(注:一般的には鱗茎と呼んでいる。)で増えてきたのでクローン植物である。
【雑草のはなし】
 ヒガンバナでは種子は普通できない。【原色日本植物図鑑】 
 日本産のヒガンバナは大部分が三倍体のため、子房は不稔で種子を結ばない。【世界大百科事典】 
 三倍体植物であるから結実しない。花どきに花茎を地ぎわから約1センチのところで切って水にさしておくと、1000本に1,2本が結実するという。しかし、結実して発芽しないようである。【植物観察図鑑】 
 日本のヒガンバナはほとんど結実せず、種子が出来ても発芽しない。【野に咲く花】 
 ヒガンバナは果実は不稔で種子はできないまれにできても発芽しないことが多い。【日本の野生植物】  
 
 
 以上のように、表現にはかなりの幅があるが、3倍体以外の明らかな2倍体のものがどの程度国内に存在するのか、どんな属性のもので結実例がみられるのか、どの程度の発芽率が確認されているのか等については明記できる情報が乏しいものと思われる。

 なお、ヒガンバナの中には種子形成するものが存在し、正常に発芽すること確認したとする報告(神奈川自然誌資料 2011 瀬戸ほか)も見られるが、これがどんな素性の個体なのかはわからない。仮に2倍体のものであれば結実して発芽・生育して当たり前である。

 中国からたぶんマイナーな存在と思われる3倍体のものだけが持ち込まれたという説明自体には不自然な印象があるから、国内に2倍体のものが少ないながらも各地に存在しても不思議ではないようにも思われるが、詳細な実態はよくわからない。
 
 
 元祖中国のヒガンバナの結実に関する記述例  
 
 中国にたまたま存在していた3倍体のヒガンバナが日本に渡来して、これが鱗茎で人を介するなどして広まったとするのが一般的な理解となっているから、中国には基本的に2倍体のヒガンバナが最も普通に存在すると解されるが、中国におけるこれらの構成割合の実態に関する情報が得られないのか、図鑑や書籍では明確に語られていない。  
 
 中国には3倍体(9月開花)とともに種子で繁殖できる2倍体(2n=22、8月開花)が分布している。【植物の世界】 
 中国中部には結実するものがある。その染色体数は2n=22である。【原色日本植物図鑑】 
 中国には、きちんと種をつくる「二倍体」のヒガンバナがあるといわれる。【雑草のはなし】 
 中国には2倍体で結実するもの〔Lycoris radiata var. pumila 〕がある。開花がはやく、やや小形。【園芸植物大事典】
 注:この記述に関してはあとで補足説明する。 
 中国には2倍体のものがあり、やや小形ではあるが種子ができる。【園芸植物図譜】 
 
 
   以上の例では、何れも中国国内に主として分布するヒガンバナの属性に関する記述がなく、もちろん2倍体のものが普通の存在であるとも明記していないため、欲求不満となる。そこで、中国の図鑑類や百度百科を見ると、ヒガンバナ(中国名 石蒜 学名はもちろん日本のヒガンバナと同じである。)の果実や果期について、淡々と記述されている。つまり、種子をつけるのが当たり前の属性として扱っているほか、種子による繁殖方法まで普通に記述されているから、中国ではたぶん2倍体が一般的な(主たる)存在となっているものと思われる。したがって、「中国には2倍体のものがある。」というよりも、「中国にあるものは通常は2倍体のものである。」と表現した方がわかりやすい。   
 
 
区分        国産ヒガンバナ(3倍体)
        (日本の野生植物による)
       Lycoris radiata
  中国産ヒガンバナ 中国名:石蒜
   (中国植物誌による)
   Lycoris radiata
鱗茎 広卵形で外皮は黒い。 球形に近く、直径1-3センチ
線形、深緑色で光沢があり、長さ30-50センチ、幅6-8ミリ 狭い帯状で、長さ約15センチ、幅約0.5センチ、頂端は鈍く、深緑色、中央部分には粉緑色帯がある。
花茎 高さ30-50センチ 高さは約30センチ
総苞片 披心形で膜質、長さ2-3センチ 2枚で、披心形、長さ約3.5センチ、幅約0.5センチ。
果序 花柄は長さ6-15センチ、花は朱赤色で、花被片は狭倒披針形で、長さ約40ミリ、幅5-6ミリ、強く反り返り、筒部は6-10ミリ、雄しべは著しく突出する。 傘状花序で、花は4-7輪、花は鮮紅色。花被裂片は狭倒披針形で、長さ約3センチ、幅約0.5センチ。雄しべは花被より著しく長く伸びる。
花期 9月下旬 8-9月
果期 (果実は不稔で種子はできない) 10月
分布等 北海道~琉球に分布するが、もとよりの自生ではなく、昔、中国から渡来したものが広がったものと考えられている。 山東、河南、安徽、江蘇、浙江、江西、福建、湖北、湖南、広東、広西、?西、四川、貴州、雲南に分布。
注:内容は明らかに2倍体についてのものである。
 
     
   日本国内で普通に見られる3倍体のヒガンバナは、中国で普通に見られるたぶん2倍体のヒガンバナよりも葉が長く、花茎が高く、花被片も長いなど大形で、開花が遅いことがわかる。

 中国の中薬大辞典の翻訳書には、ヒガンバナの果実に関する以下の記述がある。

 「蒴果は背面が裂け、種子が多数ある。開花期は9-10月、結実期は10-11月。繁殖はおもに鱗茎で繁殖させる。」

 また、中国語の百度百科にヒガンバナの実生繁殖に関する次の記述がある。

 「育種播種法:一般には交雑育種のために用いられる。種子は休眠しないので、直ちに播種する。20度で15日後に胚根が出る。・・・・実生苗は開花までに4-5年を要する。」
注:一般的には種子をつけ、人為的な交雑は容易とされている。 
 
     
 なお、上記2-④ で登場している Lycoris radiata var. pumila の学名は、日本に育っている(3倍体の)ヒガンバナを何と基本種 Lycoris radiata とし、中国で一般に見られる(2倍体の)ものを変種のシナヒガンバナ(コヒガンバナ)とする専ら日本国内での整理で、一方、元祖中国では変種とする学名は認知していない。現在、中国に一般的に存在する2倍体のものも、日本に存在する3倍体のものも学名上は Lycoris radiata であり、Lycoris radiata var. pumila の学名は Lycoris radiata のシノニムと見なされている。

 2倍体のヒガンバナは、筑波実験植物園でコヒガンバナの名で現物が植栽されている模様である。
 
 
 ヒガンバナの渡来・分布拡大に関する自由奔放な諸説  
 
 この概略を記す前に、ヒガンバナに関して語られている特異な効用・特性に関して列挙してみる。  
 
(ヒガンバナの効用・特性)  
 ・  鱗茎は多量のデンプンを含み食用となるが,毒性のあるアルカロイドも含むので,すりつぶした後,数回水洗してアルカロイドをとり除く必要がある。アルカロイド成分は去痰(きよたん)・催吐薬として薬用に利用される。【世界大百科事典】 
 ・  ヒガンバナの球根にはリコリンの名の毒が含まれていて、ネズミやモグラはこの球根を避けるため、昔からこの植物を田や畑の畦や墓のまわりに植えたという。ネズミやモグラがこの毒を嫌い、荒らさないからである。【雑草のはなし】 
 ・  土の中に鱗茎をすり込むと、ネズミの害をまぬかれるという。【植物観察図鑑】 
 ・  球根は地際に密集する上、土が流れると牽引根が縮んで球根を地中に引き戻すので、土止め効果もある。【花の声】 
 ・  ヒガンバナの球根のまわりには,あまり雑草が生えない。強力なアレロパシー物質を出していることによる。【出典失念】
 
     
  (ヒガンバナの渡来・分布に関する諸説)   
 
在来説  九州に2n (二倍体)が発見されたため、わが国に昔からあったという説 
広域分布説 日中両国が陸続きであった地質時代から分布していたとするもの 
人為渡来説 ネズミの害を防いだり、救荒植物として利用するために持ち込まれたとするもの 
海流渡来説 揚子江流域に自生するものが洪水時に流出して漂着したとするもの 
 
     
  <参考:シロバナヒガンバナ(シロバナマンジュシャゲ)  
     
   シロバナヒガンバナは観賞用としてしばしば植栽されているのを見ることができる。
 この花の由来については、赤花のヒガンバナと黄花のショウキズイセンの交雑種と推定されている。その場合は中国からもたらされたことが前提となる。推定ということは、未だにだれもDNAを調べていないということなのであろうか。そのためか、シロバナヒガンバナはヒガンバナの突然変異である可能性を指摘する意見もある。  
 
     
 
 シロバナヒガンバナ(シロバナマンジュシャゲ) 中国名:乳白石蒜
 Lycoris albiflora Koidz. 
  ヒガンバナ Lycoris radiata Herb.
 中国名:石蒜
     ショウキズイセン
    Lycoris aurea (L'Hér.) Herb.
    中国名:忽地笑
 
漢字表記の「鍾馗水仙」は中国名ではなく、鍾馗さんとの関係などの名前の由来は不明。
 
     
  <参考:花後のヒガンバナの様子>  
   
     
      花後に出現した葉       枯れて倒れた花茎     慎ましやかなヒガンバナの葉